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最初は他の冒険者視点です。
五部
25話
 一体どうしてこうなってしまったのだろう。

「くそっ! もう追いついて来やがった! ステラ! ステラ!! フラッシュの魔法が込められたスクロール、もう無いのかよ! もう一度目眩ましを……!」

 ギルの泣き声を聞きながら、私は……
「もうないよ! さっき使ったので最後だから!」
 怒鳴りつけるように、同じく泣き声で返した。

「せっかくお宝手に入れたってのに! ここで終わりなのかよぉ!」
 最後尾のゲインが、背中にお宝の入った袋を背負い悔しそうに泣き叫ぶ。

 それを聞きながら、なおも走る。
 鼻の奥がツンと痛むのに任せ、涙が溢れるのを拭いもせず。
 小さなランタンの光で真っ暗なダンジョンの通路の先を照らしながら、数十分前までの自分達の行動を激しく後悔していた。

 私達にはまだ、地下十階は早かったんだ……。
 九階までの探索は、毎日毎日少しずつマッピングをして、じっくり四ヶ月も掛けて来たのに!
 九階のモンスターに苦戦しなかったからって、調子に乗ったのが悪かったんだ……!

 まだ攻略者がいないとされているこの最大級のダンジョンは、探索階を一階下に下げるなら、階層の数に四をかけたレベルになるまで、探索は待つ。
 それが、このダンジョンを探索する者にとっての強さの目安だった。

 つまり、地下十階を探索するにはレベル四十以上は必要と言う事。
 私達の平均レベルは、まだそこに届いていない。

 背後に広がる真っ暗な闇の中から、私達を追うモンスターの唸りが聞こえた。
「死にたくない……。死にたくないよお……!」
 それを聞き、私のすぐ後ろをひた走る妹が、グスグスと泣き言を言っていた。

 この先に行けば、地下九階へ続く階段がある。
 そこまで逃げられれば……。
 そこまでなんとか辿り着ければ、きっと後ろから追ってくるモンスターからは逃げ切れる……!

 地上に自然発生しているモンスターと、ダンジョンに生息しているモンスターは違う。
 ダンジョンに生息しているモンスターは、何者かに召喚されたモノがほとんどで、それらは、召喚者がダンジョン内に放出している魔素と呼ばれる物を取り込み生息している。
 地上に居るモンスターとは違って、召喚された彼らは魔素が無いとこの世に存在が出来ない。
 魔素は地獄の空気だとも、魔力が空気の様になった物だとも言われているが、とにかく、それらはダンジョン最深部の主の部屋から放出される。
 当然、深部に行けば行くほど、主の部屋に近いほど魔素は濃い。

 強いモンスターほど濃い魔素が無いと活動出来ない。
 逆に、弱いモンスターは濃すぎる魔素の下では生きていけない。

 だから…………。

「ステラ、もう少しだ! もう少しで、九階への階段がある! そこまで逃げれば、魔素の薄い上の階層までは、きっとコイツは追っては来れない! 上の階に逃げられれば! そうすりゃ、俺達はきっと助かる!」

 ギルが、自らに言い聞かせるかの様に、私にそんな事を言ってくる。
 あのモンスターに奇襲を受けた時、ダンジョン探索に最も必要な、一時的に結界を張る為の魔道具を破壊されてしまった。
 更には、食料の入った荷物も。

 それはつまり、このダンジョンの中で休憩が取れなくなると言う事。
 これで魔力の回復も出来なくなった。
 このモンスターから逃げ切れても、恐らく、無事に地上まで帰れる可能性は低いだろう。
 それでも、あのおぞましいモンスターに殺されるよりはずっとマシだ……! 

 このまま上の階層に上がれれば、魔素が薄い階層に行くのを嫌がり、きっとあのモンスターは私達を追い掛けるのを…………!

「うあっ!」

 最後尾を走っていたゲインの悲鳴で我に返る。
 悲鳴の方へ振り向くと、ゲインは背負っていた荷物袋から、拾った宝をこぼしていた。
 こんな時に何やってんのと叫びたくなったが、そうではなかった。

 ソレがゲインの背中を引っ掻いたのだ。
 形容しがたい姿のそいつが。

 ゲインの声に、皆も足を止めていた。
 そして、全員がゲインの背後に視線を向ける。
 真っ暗な闇の中、何かがズルッ、ズルッと引きずられる音が聞こえてきた。
 地を這っているくせに、異様に早いモンスター。
 そいつがランタンの光の下に姿を現そうとする前に……。

「来やがったな! 仕方ない、ステラ! 魔法の用意をしろ! 一発かまして怯ませて、その隙に……」

 ギルのその言葉に混じり。

 ペタッ、ペタッ……と何かの足音が、今後は私達の前から聞こえてきた。
 その音を聞き、ギルが言い掛けていた言葉を飲み込み、絶望の表情を浮かべ。
 他の二人も同じ様な表情で、もうダメだと呟いた。

 恐らく、私も同じ様な顔をしていただろう。
 ……挟み撃ちにされてしまった。
 神様、神様……。
 どうか、前から来るモンスターが、せめて、獲物を嬲る性質を持っていませんよう……!

「へいらっしゃい! ウィズ魔道具店、ダンジョン出張店です!」

 ……………………。

「「「「えっ」」」」

 あまりにも場違いで、あまりにも唐突なその言葉に、私達四人は固まった。
 前から現れたのは仮面の男。

 なんというか。
 その男はなんというか、もう、これなんなのと言う奇抜で場違いな格好をしていた。
 ランタンに照らされるその服装は、白い肌シャツにステテコ、サンダル。
 中年のおじさんが、そこらにちょっと買い物にでも行くような。

「ここで会ったのもなにかの縁! さあ、ダンジョンにおいて役立つ品々が……。……やや?」

 その仮面の男は、背負っていた風呂敷を下ろそうとして、私達の背後を見て声を上げる。
 その視線で、私は背後から迫っていたモノの事を思い出した。

「ああっ、あなたも逃げて! アイツが、アイツが追って来て……!」
「ネロイド! 地獄ネロイドではないか! なぜこんな所に地獄ネロイドが! おお、よしよし。ほれ、こっちに来るがいい」

 ……地獄ネロイド?

 突然現れた仮面の男は、私の警告を遮り、私達の背後から姿を表したソレ……。
 その地獄ネロイドとやらに、物怖じもせずに近付いた。
 地獄ネロイドと呼ばれた、私達を追っていた形容しがたいその生き物は、仮面の男が差し出した左手に、まるで甘えるように……。

 ゴリッ。

「きゃああああっ! 手がっ! あ、あなた、手、手が……っ!」
「こっ、こらっ! 我輩の手をかじるでない! それは食べられない物だ、吐き出して我輩に返すがいい! ほら、ペッと! ほら、早く……、早……。…………『バニル式殺人光線』!」

 腕をかじられていた仮面の男は、叫ぶと同時、右腕から眩い光を放つ。
 放たれた光は地獄ネロイドに突き刺さると、それを爆裂四散させた。

 …………私達が苦戦したあのモンスターをいとも容易く葬り去った仮面の男は、かじられて無くなった腕の先を辺りに散ったネロイドの方に向けると、まるで時間を逆に進めるかの様に、ネロイドの残骸からその腕を再生させた。

 その行動と強さで、ひと目で人間ではないと分かる。
 しかし……。

「なんて躾のなっていないネロイドか。きっと野良であるな。しかし、なぜこんな所に地獄ネロイドがいたのか……。地獄にしかいない愛玩生物なのだが……。このダンジョンの魔素が強い所為で、うっかり地獄と繋がり、こちらに来てしまったのだろうか?」
 そんな事を言いながら、ふうむと悩む仮面の男。

 少なくとも、人間ではないこの男に命を助けられた事は間違いない様だ。
 未だ展開に付いていけていない三人に代わり、礼の一つも言うべきだろう。

 だが、仮面の男は私が礼を言う前に背中の風呂敷を下ろすと、
「おっと。まあ、野良ネロイドの事はどうでも良い。お客さん、ダンジョンで重宝する品々が沢山ありますよ! お値段はダンジョン価格となっておりますが、さあ、いらさいいらさい!」
 言いながら、その風呂敷の中身を床に広げた。

「結界石! 使い捨ての結界石があるじゃないか! すまない、これを譲ってくれ! ダンジョン価格って幾らだ!?」
「薬とか、ポーションも……! た、助かった……! 九階に登る階段もすぐそこだし、これだけ揃っていれば、無事に地上まで帰れるよ!」
「食い物まであるじゃねえか! さっきのヤツに食い物が入った荷物も食われてさあ……! 助かった……、助かった……!」
 仲間達が、仮面の男が広げた風呂敷の中身の品々を、あれもこれもと次々に買っていく。

 なんだろう、この人は。

「ありがとうございます、ありがとうございます! フハハハ、当店始まって以来の大繁盛ではなかろうか! 今後もダンジョン内への出店を考えるべきか!」

 ……なんなんだろう、この人は。

 商品が売れて、大喜びで笑うこの人は。
 颯爽と現れて、私達の窮地を救ってくれたこの人は。
 まるで……
「…………神様…………」
「幾らお客様とは言え、我輩を神呼ばわりとはなんと無礼な」
「あっ! す、すいません……!」

 神様呼ばわりをしたら怒られてしまった。
 自分なんかと神様を同一視するなと言う事だろう。
 この人は、きっと信心深い方なのだ。

「まさかの完売、ありがとうございますお客様」
「いや、こ、こちらこそ……! あんたが居なかったら全滅してたと思うしな。これらの品も、本当に助かったよ、恩に着る!」

 商品が売れて満足そうにしている仮面の男に、ギルが慌ててお礼を言った。
 仮面の男は、立ち上がると。

「いえいえ、お客様がご無事で何よりである。では、我輩はこれで! 毎度どうもー!」

 そう言って、そのまま灯りも持たずに、ペタペタとサンダルの音を響かせながら暗闇の中へと消えていった。
 残された私達はしばらく無言で立ち尽くし、やがて誰かが呟いた。

「今のって……。……結局なんだったんだろうな……」

 名前も告げずに去っていったあの人は、ダンジョンの妖精か何かだったのだろうか……?
 いや、やっぱり私にとっては、あの人は……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「あのレアモンスターは、こんなダンジョンの中を何の目的でほっつき歩いてんだ。もう飯も食べたし、そろそろ行きたいんだけど」
「今のバニルさんの珍妙な格好だと、本当にレアモンスターって感じですしね。なぜかあの服がお気に入りみたいで……。冒険者の方に出くわして、襲われてたりしなければいいんですが……」

 俺の食事休憩中、バニルがどこかへ行ってしまった。
 一応簡易的な結界を張っている中なので安心して休めるが、それでもダンジョンの中はやはり怖い。
 あの珍妙なレアモンスターにもそばに居て欲しい所だ。

 ウィズが、自らが生み出したドラゴンゾンビの顎を撫でながら、
「でも本当に、一体どこ行っちゃったんでしょうね。他のモンスターも集めてしまうかもしれませんが、ちょっと呼んでみましょう……か…………?」
 言い掛けた言葉を尻すぼみにさせていった。
 見れば、ウィズは通路の前の方をじっと見ていた。
 不思議に思い、俺もそちらを見ると。

「…………モンスター……だよ……なあ……?」
「でしょうねえ……。こんなダンジョンの奥深くに、あんな女の子がいる訳がないですから……」

 前に続く通路の曲がり角から、金髪の女の子がひょっこりと顔を覗かせ、こちらをうかがっている。
 こんなダンジョンにいる女の子が、普通の子な訳がない。
 ……だが。
「おかしいな、敵感知に反応がないんだけど。敵意は無いのかな? でも、年齢的に冒険者にも見えないし」
「敵意が無いんですか? というか、あの子は何のモンスターなのでしょうか。ゴーストでも無いですし、ドッペルゲンガーなら、あんな風に様子をうかがうなんて行為はしない筈なんですが……」
 敵感知スキルに反応しない女の子。
 俺とウィズは、その子から警戒を解くこと無く、ヒソヒソと囁き交わす。
 と、女の子が小首を傾げた。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん。二人は、悪い冒険者? それとも、良い冒険者?」

 その言葉に、俺とウィズは顔を見合わせ。
「……どちらかと言えば、良い冒険者かな」
「私は、冒険者ではありませんが悪いお姉さんではないと思いますよ」
 離れた位置から様子をうかがう女の子に向けて、未だ警戒は解かないままに返事を返す。
 すると、女の子はにこっと笑顔を見せ。
「良かった。私の名前はアマリリス! ねえ、私とお話しない? ずっとこのダンジョンを彷徨っていて、寂しかったの」
 はにかみながら、そんな事を……。

「……お話するのはいいけど、アマリリスはなぜこんなダンジョンに一人でいるんだ? そもそも……。……アマリリスは人間なのか?」

 俺は恐る恐るアマリリスに尋ねる。
 すると、アマリリスは表情を少しだけ悲しそうに歪め。

「……今は、人間じゃないよ。私を育ててくれたおじさんが魔法使いでね? 魔法の研究で、私をキメラにしたの。それでね、それでね。私はちょっと街には置いておけない姿になっちゃったから、このダンジョンに隠れてなさい、って。私を直す研究が済んだら、また迎えに来るから、って。だから、それまでこのダンジョンで隠れてるの」

 そんな、とてつもなく重い事を…………。
 思わず、俺とウィズは静まり返る。

「えっと……。そのおじさんとはどういう関係なの? お父さんやお母さんはどこに行ったの?」
「パパとママは死んじゃった。おじさんはね、私を買ったんだって言ってた。ご飯を食べさせてくれる、とっても良い人なんだ!」

 …………このダンジョンに隠れてなさいと言ったその魔法使いのおじさんとやらは、もうこの子を助けるつもりは無いのだろう。
 両親を亡くしたこの子は魔法実験用に買われ、そして実験後、このダンジョンに捨てられたのだ。

 なんとも言えない重苦しい雰囲気の中。

「……それじゃあ、お姉ちゃんが直してあげます! お姉ちゃんは、こう見えて凄い魔法使いなんですよ? 昔の知り合いにキメラの人だって居ましたし、きっと直せますから!」

 ウィズが、唐突にそんな事を言い、微笑んだ。
 ……すげえ。今まで、リッチーを舐めてて本当に悪かった。
「ほ、本当? 本当に、私を元に戻してくれるの?」
「ええ、本当です。ですから、怖がらないでこっちに来て? このドラゴンゾンビは、お姉ちゃんのお友達ですから」

 ウィズの優しげな言葉に、それでもアマリリスは迷った様子で……。
「でもお姉ちゃん、私の体を見ても怖がらない? 気持ち悪く思わない?」

 そんな事を、不安そうにモジモジと呟く。

「大丈夫よ。お姉ちゃんは、お化けとだってお友達だから。ほら、心配しないで、こっち……」

 そこまで言い掛けたウィズは。
 通路の角から現れたアマリリスを見て、絶句した。
 俺はと言えば、ウィズの隣で失禁しそうになりながらツバを飲み込む。



 アマリリスの頭は、蜘蛛の体から生えていた。



 アマリリスが、ワシャワシャと蜘蛛の足を動かして、意外な速さでこちらに迫る。
「お姉ちゃーん!」

「ふわーっ!」
「まままま、待って! あああ、アマリリスちゃん、ちょっと待って! お姉ちゃん落ち着くから、ちょっとだけ待ってね!」
 俺が悲鳴を上げながらウィズの背に隠れる中、ウィズが涙目でアマリリスに呼びかけ、
「お姉ちゃんどうしたの? お姉ちゃんどうしたの? 言ったじゃない! 怖がらないって言ってくれたじゃない! 直してくれるって言ったじゃない! 言ったじゃないっ!」
 アマリリスが、そんな事を叫びながら髪を振り乱し、首をカクカクさせながらこちらに迫る。

 怖い、何このホラー!

「お嬢ちゃん、落ち着いて! ほら、お兄ちゃんがアメをあげよう!」
「だだだだ大丈夫よお姉ちゃんは別に怖がってなんていないから直してあげる直してあげるからお願いちょっとだけ落ち着かせてねえ待って待ってくださいああああバニルさんバニルさんバニルさあああああん!」
「ああああああ子供は好きだけどもお嬢ちゃんちょっと待ってくれえええええええ!」




 俺とウィズが、震え上がりながら涙目で抱き合う中。




「何を騒いでおるのだ騒々しい。……やや? そこにいるのはアマリリス殿か?」

 俺達の後ろから聞こえてきたバニルの声。
 それを聞き、こちらに迫っていたアマリリスが動きを止めた。

「おや? もしや、その美しい仮面はバニル様? こんなダンジョンの奥深くで、なんとも奇遇な事ですね?」

 …………?
 俺とウィズは涙を浮かべて抱き合いながら、恐る恐るバニルを振り向く。

「アマリリス殿は、また趣味の良い格好をしておられるな。恐怖の悪感情を美味しく頂いているところ悪いのだが、この二人は我輩の連れでな」
「なんと、それは失礼致しました。いや、ステスキーと言う名の、わたくしのペットの地獄ネロイドが脱走しましてね? 追いかけてみたら、魔素の濃いこのダンジョンと、地獄の一部が繋がっておりまして……。それで、わたくしもこちらに渡ってステスキーを探していたら、このお二方を見つけたので、ちょっと悪感情を馳走になろうかと……」

 …………おい待て。

「なに? このアマリリスってキメラの子、ひょっとして悪魔なの? さっきの魔法の実験台にされたキメラって話は?」
「ああ、あんなモノは大嘘でございますよ。わたくし、恐怖の悪感情が大好物でして、好んでこの格好を取っており……。おっと、その苛立ちと怒りの悪感情はバニル様のお好みですね、わたくしは結構ですよ?」

 ……悪魔、嫌い。


「では、わたくしはこれにて。ペットのステスキーを探しに行かねば……。おお、そうだバニル様! 貴方様の見通す力で、わたくしのペットの居場所を」
「おっと、我輩達はそろそろ行かねばならぬ。ではなアマリリス殿! また、地獄で会おうか!」
「……は、はあ……」


 バニルの素気ない返事に、アマリリスは俺達に一礼すると、蜘蛛の体をワシャワシャ動かし、通路の奥へと去っていった。
「うっ……。ううっ……。ぐすっ……。改造されたキメラじゃなくて、良かったんですけど……。良かったんですけども、釈然としないです……」
 気持ちは凄く分かる。
 と言うか、思わずチビリかけた。

「いつまでメソメソしているのか。ほれ、二人共そろそろ行くぞ? フハハハハ、そんな事より喜べウィズ! 小僧が買わなかった他の売れ残りが全て掃けたぞ! 今後もたまに、ダンジョンに行商に来てくれようか!」

「……私、悪魔族がちょっと嫌いになりました……」
「!? まて、あやつ一人の為に種族全体を推し量るのはどうかと思うのだが」








――地下十二階――


「バニルさん、ちょっとだけ! ちょっとだけですから、ちょっとだけですからっ!」
「止めろ! 悪魔は魔力が力の源であり存在の全てなのだ! こっ、こらっ! ドレインしようとするな、魔力回復ならば、次に出会ったモンスターから吸えばいいではないか!」

「ダンジョンのモンスターの魔力は、魔素を多く吸っているからか、なんだか重たくて胃に貯まる感じの魔力なんですよ! いいじゃないですか少しぐらい! 悪魔の持つ魔力は最上級の質の魔力でしょう? ちょっとだけ! 先っぽだけでいいですから!」
「や、止めろ、我輩の仮面を触るな! と言うか、どういう事だ? リッチーである汝が早々に魔力切れを起こすとは、先程からこのモンスターの量はおかしい。小僧のレベル上げには都合が良いが、これほどまでにエンカウントするとは……」

 ウィズとバニルは揉み合う中、俺は周囲のモンスターを警戒しつつ、
「そう言えば、随分とモンスターに遭うよな。地上とは比べ物にならないぐらいに。俺も、一日でこれだけレベルが上がるとは思わなかったんだが」

 既に俺のレベルは二回リセットされ、三周目のレベル上げに突入していた。
 地上では、繁殖の時期の、普段より数の多いカエルを五匹討伐するのでも半日ぐらいはかかったものだが、このダンジョンでのモンスターとの遭遇率は確かにおかしい。

 と、バニルからドレインタッチで魔力を吸おうとしていたウィズが、自慢そうに首から下げていたロザリオを見せびらかしてきた。

「それは、きっとこのロザリオのお陰ですよ! これは、素敵な出会いがあると言われている魔法のロザリオなんですが、ダンジョン内のモンスターまで引き寄せていたみたい……ああああっ、バニルさん止めて! 返して下さい、捨てようとしないで下さい!」

 本当に、この人の仕入れて来る物はどれもこれもが……。

「全く、おかしいと思っていれば……! 次に出会ったモンスターを我輩が押さえ付けるから、そいつから魔力を吸うがいい! ……と言うか、そんなに出会いが欲しいのか? 我輩の友人に、少々頭が足りないが整った顔立ちの悪魔が居るぞ。愛情深い奴でな。異世界から来た悪魔なのだが、紹介してやろうか」

 ロザリオを取り返そうとしていたウィズが、それを聞いて満更でもなさそうにソワソワする。

「……愛情深い、整った顔立ちの方ですか……。いえ、愛情深い優しい方なら、別に顔はあまり気にしないんですけれども……。頭が足りないって、どの位ですか? 計算が苦手だとか?」
「後頭部がすっぽり無い」
「嫌ですよそんな人! 物理的に頭が足りないんですか! って言うか、よく考えたら悪魔に性別は無いじゃないですか!」

 大騒ぎする二人を見ていると、ここが危険なダンジョン内だと言う事を忘れそうになるな……。







――地下十五階――

 もうどれだけの時間が過ぎたのだろう。
 現在で二度目の休憩を取っているのだが、常に緊張状態にあるダンジョンでは時間の経過が分からない。
 バニルから買った疲労回復ポーションを飲んで、疲れこそはあまり感じないが、頭がぼーっとしてきていた。

「む? そろそろ眠くなってきたか? 無理もない、地上ではもう丸一日以上経っている。ほれ、このポーションを飲むがいい、眠気が取れるぞ? スカッと一発覚醒ポーションである」
「えっ! バニルさん、それ持って来たんですか!? それはだって、副作用がむぐっ!」

 何かを言い掛けたウィズがバニルに口を塞がれ、それを見て、俺は手渡されたポーションを飲むのを躊躇した。

「……眠気を飛ばす覚醒ポーションって……、これ、何で出来てるんだ? 中毒性とか無いよな?」
「そんなモノはない。運が良い貴様には副作用はまず無いであろう。……うむ、見える、見えるぞ、ポーションを飲んでも平気そうな貴様の未来が」
「お前、さっきみたいに、本当に無事だったのかみたいなのはドッキリはもうやるなよ」

 疑心暗鬼になりながらも、俺はダンジョンの冷たい床に座ったまま、ちびちびとポーションに口を付けた。

「かなりのスキルポイントが稼げたな。もうそろそろ帰ってもいいんじゃないか? レベル上げが目的であって、ダンジョン攻略が目的じゃないしな」
 と、そんな俺の言葉に、ウィズがバニルの手を引き剥がし。

「とんでもない! ここまで来たからには最後まで攻略しちゃいましょう! こういったダンジョンの最深部、主がいる部屋なんかには、大概財宝と共に強力な装備が眠っている事が多いんです! 魔王さんと戦うなら、きっとそれらが役立つはずですよ?」

 ……ま、魔王か……。

「いやまあ、本格的に魔王と戦うかはまだ迷ってるんだけどな。……ていうか、二人は魔王の知り合いなんだろ? 俺達に魔王が倒されちゃったりしてもいいものなのか?」
 一応この二人は魔王の幹部をやっていた訳で、それなりの親交もあったと思うのだが。

 だが、ウィズとバニルは顔を見合わせ。
「魔王は、最後には倒されるのも仕事の内ですしね?」
「であるな。ネチネチと人類を苦しめ、最後は勇敢な冒険者と派手に戦い、派手に散る。それが魔王と言うものだ。それに、あやつも随分な歳だろう。魔王らしい派手な最後を飾り、そろそろ娘に魔王の座を引き渡したいのではなかろうか」

 魔族の考える事ってのは、よく分からん。

 そう言えばこの悪魔も、ダンジョンを造るのが最終目標ではなく、冒険者に討ち取られて滅び逝く中、最後に、自分を倒した冒険者達の最高に悔しがる悪感情を食べたいとか、そんなどうしようもない夢を持っていたっけ。
 彼らには、彼らなりの生き様や美学みたいな物があるのかも知れない。

 本気を出せば、それこそ世界を支配できそうなほどの絶大な力を持ちながら、冒険者になるでもなく、靴屋や服屋やニートをしているアークウィザードの集団もいるのだ。

 この世界の住人は変わり者が多いのは知ってはいたが……。
「魔王ってのは歳なのか。歳とは言っても、魔王ってからには魔王軍の中で一番お強いんでしょう? ……でもひょっとして、俺でもなんとかなっちゃったりする位、もうヨボヨボしてたりとか?」
「いいや、一番強いという訳でもないぞ。娘の方が、既に力は上回っているのではなかろうか。貴様にどうにか出来るかは分からぬが、歳とは言っても素手でオーガの頭を握り潰せる程度には元気であるな」

 ですよね。
 そんなに甘くは無いですよね。

「しかし、お前らの世界では力が全てだと思ってたんだけど。単純に、一番強い奴が魔王な! って話になるのかと思ってたよ」
「我々を脳筋だとでも思っておるのか。それとも、貴様の居た国の指導者は一番強い輩がトップに立っておったのか? 貴様らの所は知らぬが、代々の魔王は……。……まず、癖のある魔王軍幹部をまとめられるカリスマ性、配下に舐められない程度の力。後は、それなりに知恵が回る事だな。特にこの、癖のある幹部連中をまとめられるカリスマ性、と言うヤツが最も重要だ」
「お前やウィズを見てると、まとめられてなかったんじゃないかって思うんだけど」

 自由奔放なコイツを見てると、案外魔王も苦労していたのかもしれないと思えてくる。
 バニルが、休憩はもう良いか? と言いながら立ち上がり。

「何にせよ、貧弱な貴様でも少しはマシに戦える装備があると良いものだな。我輩としては、金になる財宝などが良いのだが! 待っておれよダンジョンの主よ、お宝全てぶん盗ってくれるわ! フハハハハハ!」

 コイツといると、なんか、冒険者稼業の最中ってよりも、押し込み強盗の気分になってきた。

「そう言えば、カズマさんはどんなスキルを取るかは考えているんですか? このダンジョンから帰る際には、私がテレポートを教えてあげますよ」

 テレポート!
 テレポートは欲しいな、使い方一つで凄く色々捗りそうだ。
 そう、例えば……

「テレポートや光の屈折魔法など、魔法を悪用した犯罪は、通常の罪よりも遥かに重い罰が課せられるぞ」
「……ッ!? べべべ、別に俺まだ何も言ってないし!? ただ、テレポートがあれば色々捗りそうだなーって思っただけだから! ほら、テレポート一つ覚えとけば、魔王の城に万一乗り込んだ際に、ピンチになったら逃げられるだろ!?」
「……テレポートで脱出を考えているのなら、城を覆っている結界をなんとかせねばならんぞ? ……それはそうと、我輩のスキルを覚える気はないか? 殺人光線や目ビームがあるぞ」
「……殺人光線って、人間の俺が撃ったら……」
「もちろん死ぬ。だが考えてもみろ、必殺技を放つと同時に撃った本人が突然死ぬのだ。相手もビックリである。これ以上に体を張った一発芸はそうそう無いのではなかろうか」
「俺はどっかの女神と違って、芸に魂捧げてる訳じゃないんだよ!」








――地下十八階――

「『バニル式殺人光線』! 『バニル式殺人光線』! 『バニル式……』……ええい、数が多い! ウィズ、なんとかならんか! もう面倒臭い、爆裂魔法でふっ飛ばしてしまえ!」
「だ、ダメですよこんな所で爆裂魔法だなんて! ダンジョンが崩れてきたら……。……あっ! きゃーっ、私が作ったドラゴンゾンビが、ミノタウロスの群れにたかられてる!」
「うおおお、おい、こっち来てる! モンスターがこっちに流れてきてるってええええええ!」
 いきなりの大ピンチだ。

 階段を降りるとそこは、モンスターハウスだった。
 バニルとウィズだけでは押さえ切れず、俺の方にも一体のミノタウロスが……って、
「ブモオォォォォッ!」
「ひょっ!」

 慌てて頭を下げると、その数センチ上をミノタウロスの斧が通り過ぎた。
 あとほんのちょっと遅かったら首が飛んでいただろう。

 アクアがいない今、死んだらアウトだ。
 やばい、ダンジョン怖い、ていうか、モンスター怖い!
 心臓がバクバクいってる!

 そうだよな、これが本来の戦闘で、普通は死んだら終わりなのだ。
 今更になってアクアの有り難みを痛感する。
 アイツに会ったら、ちょっとだけ優しくしてやろう!

 バニルやウィズも、大量のモンスターを制圧するので手一杯の様だ。
 自分の身長の数倍はあろう牛頭の巨人。
 それを見上げながら、逃げ腰で剣を抜く。
「ちくしょー、こんな時にアクアの有り難みが分かるなんて! ここで死んでたまるかよ、アクアを連れ戻したら面白おかしく退廃的な生活送るんだ! 昼間から酒飲んでゴロゴロしたり夜遊びしたり、皆でどこかに旅行に行ったり! 俺、まだほとんどこの世界を旅してねーぞ、冒険者なのに!」

 そんな俺に、ウィズが叫ぶ。
「デレた! 聞きましたかバニルさん、素直じゃないカズマさんがデレました! やだもう、ピンチの時に自分の本当の気持ちに気づくだなんて、なんてロマンチックあうっ!?」
 訳の分からない事を叫んでクネクネしていたウィズが、ミノタウロスの一匹に斧で側頭部を強打された。

「ちょっ!? ウィズ!?」

 ミノタウロスと対峙したまま、ウィズの方をチラ見する。
 弾かれた様に吹き飛ばされたウィズだが、何事も無かったかのようにムクリと起き上がり。
「これは絶対にカズマさんとアクア様を再会させて、二人の愛を確かめさせないといけませんね! バニルさん、大量の魔力を使いますので、この戦闘の後で魔力の補充をお願いしますね!」

 あきらかに何か勘違いしているウィズは、周りのミノタウロスにたかられ、攻撃を受けても気にせず、何かの魔法を唱え出した。
 リッチーには魔力の篭っていない攻撃は効かないらしいが、傍から見てると凄い光景だ。
 俺の傍では三体のドラゴンゾンビがミノタウロス達と真っ向から戦っている。
 バニルはと言えば、倒したミノタウロスの血で床に何かを描き……

「ブモオオオオオオオ!」
「こ、こいやああああああ!」

 対峙していたミノタウロスが、鳴き声を上げて斧を振り上げた。
 俺は、ミノタウロスの足元にすかさず飛び込み、街で買ったロングソードで斬りつける。
 街で売っている中でも最高級品を使ったにも関わらず、元が貧弱な俺の攻撃は、浅く、ミノタウロスの固い皮膚を斬っただけだった。
 だがこれでいい。
 麻痺か昏睡の状態異常が発動すれば……って、ピンピンしとる!
 ヤバイ、ハズレを引いた!

 ミノタウロスが、振り上げた斧を……、
「『カーズド・ペトリファクション』!」
 振り下ろす事は無く。

 ウィズが唱えた魔法の効果か、俺と対峙していたミノタウロスはその体を石へと変えられた。

 見れば、ウィズの魔法は俺の目の前にいたミノタウロスだけでなく、周囲にいた他のモンスターをも巻き込んで、その多くを石へと変えていた。
「フハハハハハハ、ウィズ、やるではないか! では、我輩も……! 地獄の公爵バニルが命ず! さあ、地獄より来たれ我が眷属よ!」

 バニルは、哄笑を上げながら、ミノタウロスの血で描いた足元の魔法陣に手を置くと……。

 手を置かれた魔法陣は、輝き、そして光を放ち。
 やがて光が収まる頃には、これこそが悪魔とでも言うような、鬼の体躯にコウモリの様な翼を持った連中が所狭しと並んでいた。

 突然現れた大量の悪魔達の姿に、ミノタウロスを筆頭に、その場のモンスター達が怯み逃げ惑う。
 俺は、大悪魔の本気を目の当たりにし、軽い恐怖を……。

「なんですかバニル様。困りますよ、クソ忙しい中いきなり召喚されては……」
「そうですよ、領地を放り出して地上で遊び呆けてるバニル様の代わりに、俺達必死で働いてるんですから」
「ていうかバニル様、なんですかその格好は。地獄の公爵の格好では…………」
 口々に不満を垂れる悪魔達。

 悪魔達は皆、おどろおどろしい姿なのだが。
 ……俺はちっとも恐怖を抱かなかった。








 数多の悪魔、そしてアンデッドやゴーストの集団を引き連れて、ダンジョン内を、探索、ではなく。
 もはや、進軍の様相で突き進む。

 現れるのは、既に俺が剣を振るってもどうこう出来るクラスのモンスターではなく。
 それこそ、これだけの大所帯に囲まれていなければ、一目見ただけで失禁する様な大物ばかりが現れた。
 それらをウィズが次々とアンデッドに変えて行き。
 やがて、俺達が到達したのは…………。


――地下二十階――


 これまでの様相とは趣の異なるその階層は、壁のあちこちが淡く光っていた。
 壁に魔法が掛けられているのか、それとも、光りゴケでも植えられているのか。

 この階層に来てからは、不思議とモンスターの気配は無い。
 このダンジョンの主以外には、この階層への立ち入りが禁じられているのかもしれない。

 俺達は、ダンジョンの最深部である主の部屋の前に立つ。
 主の部屋のドアは、まるでゲームのラスボスの部屋の様な、仰々しくも禍々しい装飾が施されていた。
 この先に、このダンジョンの主がいるのだ。
 俺はバニルやウィズ達と頷き合うと、そのドアを押し開ける。


 そこには…………。

「ほう……。よもや、ここまで到達する者が現れようとは……! 我がダンジョンを攻略し、ここまで来れた事は褒めて遣わそう。さあ、ここまで来た汝らの力! アンデッドの王! 永遠の命を持つ存在! ヴァンパイアの真祖にして、千年の時を経たこの………………! …………この…………。……………………………………」

 主の部屋の中央に、仰々しい王座が置かれている。
 そこに悠然と佇んでいたダンジョンの主の口上が、次第に尻すぼみになって消えていった。
 俺の後ろに並ぶ面々を見たからだろう。

「あらあらうふふ、いつからヴァンパイアがアンデッドの王になったのでしょうか。本当に、ここまで来るのに苦労しましたよー。うふふふふ、あははははははは!」
 ここに来るまでに大量の魔法を連発し、嫌々ながら数多のモンスターから魔力を吸収してきたウィズが、目に涙を浮かべて乾いた声で笑いを上げる。

「フハハハハハハ! フハハハハハハ! フハハハハハハハッ! いやいや全く、よくもまあこれだけ大仰なダンジョンを造ってくれたものだな! たかだか千年程度生きたひよっ子が、随分とまあ大きく出たものだ! フハハハハハハハハハハハハハ!」
 同じく、ここに来るまでに大量の魔力を使い、ひたすら光線を放ってきたバニルが、ゲタゲタと笑いを上げた。

 俺の前で固まっていたダンジョンの主は…………。




「……あの、今お茶淹れますから、ま、まずはご用件から伺いましょう……か……?」


 泣きそうな顔で、必死で牙を覗かせて作り笑いを浮かべて言った。



 き、気の毒に……。


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