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五部
19話
「どうしてこうなった……! ずっと上手くいっていたのに、何処でどう間違えてこうなった! 後少しで……! この街の冒険者の傀儡化も進み、後少しで準備も完了したってのに……! 一体何処で間違えたっ!」

 半泣きで、ブツブツと愚痴をこぼしながら駆けるセレナ様。

 俺はそんな彼女の後を追い。
「大丈夫ですよセレナ様。この俺が居るじゃないですか」
「お前が全ての元凶だろうがああああああー!」

 前を駆けていたセレナ様が、堪えていた何かが切れた様に突然俺に襲い掛かってきた。

「お前が……っ! お前がちっとも、あたしの言う事は聞かない癖に、ワガママばかり言うからこんな……っ! うぐぐぐぐぐ……!」
「あぐぐぐ……! セ、セレナ様、俺の首を締めたらセレナ様も……!」
 俺に掴みかかり、そのまま首を締め始めたセレナ様は、自らも苦しそうにしながら手を離す。
「くそ……! くそ……っ! くそったれ……っ! なんでだよお……! なんで、お前はそんなに簡単に宗教に入っちゃうんだよお……っ! 神を信仰するって事は、一生涯の事なんだからよく考えて入信しろよお……っ!」
 セレナ様が、俺の胸に拳を何度も叩きつけ、そのまま地面に崩れ落ちていく。
 声が震え声なのは泣いているのか。

「そんな事言われても、俺の居た国では色んな宗教があるもので……。そもそも、俺の国には神様が八百万は居るとか言われてまして。……なもんで、お手軽な感覚で信者になったんですが。確かどこかに、空飛ぶスパゲティモンスター教なんてのもありましたし」
「あたし、お前の国嫌いだ……。大っ嫌いだ……」

 地面に崩れ落ち、顔を覆って声を震わせるセレナ様。
 俺はそのセレナ様のスカートの裾をぴらっとめくった。
 俺の首を締めた代償を貰っておかないと。

「……黒好きですね」
「……ぬああああああああああーっ!」

 セレナ様が涙目で立ち上がり、スカートをめくっていた俺の手を跳ね除けた。

「お前の屋敷に行くぞ! 来るなって言ってもどうせ付いて来るんだろうからとっとと来い!」
「それは命令ですか? なら、それなりの代償を……」
「じゃあ来なくていい!」
「俺に一人寂しく留守番しろと? 俺を退屈させるだなんてとんでも無い、謝罪と代償を請求する」
「もういい喋るな、お前は喋るな! 今のお前と話していると頭がおかしくなる!」

 セレナ様が、もはや人目もはばからずに叫びながら、俺の屋敷の方へと駆け出した。
 ここ最近の奇行により、街の住人のセレナ様への目は痛々しい物になっている。
 巷では、パンツを見せつけてくる痴女なんて噂すら流れているらしい。
 どうしてそんな事になったのかは分からないが気の毒な事だ。

 セレナ様が、もはや本性を隠そうともせずに必死の形相で街中を疾走し、やがて懐かしき我が屋敷の前へと辿り着く。
 セレナ様は、息を整える間もなく屋敷のドアへとすがり付き。
「開けろーっ! おい、居るんだろ? 開けろーっ! お前らの大事な仲間を返品しに来たぞ、開けろおっ!」
 そんな事を大声で喚きながら玄関のドアを叩き出す。
 だが、しばらく待っても誰も出ない。
 どうやら留守にしている様だ。

「くそったれ! こんな時に……っ! おい、行くぞ! ギルドにでも居るんじゃないのかあいつら!」

 言って、セレナ様が駆け出していく。
 ……俺はそんなセレナ様の後を追いながら、何となく屋敷の方を振り返った。
 …………。
 無駄にデカく、そして今は誰も留守番がおらず、ポツンと佇むその屋敷。
 それを見ていると、何だか後ろ髪を引かれる様な……。

「おいっ! 何してんだ、お前が来ないと話にならねえだろうが! とっとと行くぞ……!」
 セレナ様が、後を付いて来ない俺を振り返り、イライラと急かしてくる。
 付いて来るなと言ったり早く来いと言ったり、忙しい人だ。
 俺はもう一度だけ屋敷の方を振り返ると……。

 …………?

「おい、早く来いってんだよ! 本当に、なんでお前はちゃんと言う事聞いてくれないんだよ!」
「いやセレナ様、俺の屋敷の窓に、なんか女の子が……?」

 ほんの一瞬だけ。
 屋敷の、二階の窓にピタリと張り付いた金髪の女の子が見えた気がした。

 あいつら、あんな小さな少女を屋敷に泊めるとか。
 そんな大事な事はもっと早く言って欲しい、そうすれば俺だって帰る事を考えたのに。
「そんなもんどこに居るんだよ! 女の子だあ? お前いよいよ見えちゃいけない系の物が見え出したのか? ……いや、何だかこの屋敷からはゴースト臭が……? というかお前、レジーナ様の加護で簡単なプリーストの能力まで付いてるんじゃないだろうな? ほら、早く早く!」

 ……?
 疑問に思い、もう一度屋敷を振り返る。
 そこには、先ほど見た気がした金髪の女の子は見えなかった。
 ……何だろう、凄く気になる。
 後ろ髪引かれると言うか、長く一緒にいた誰かが、寂しそうに俺を見ている様な……


 俺はもう一度だけ屋敷を振り返ると、そのままセレナ様の後を追って駆け出した。





「は? 街の外?」
「この時間帯ですし、恐らくは」

 冒険者ギルドに駆け込んだセレナ様。
 セレナ様は、アクア達の姿が見えないのを確認し、そのまま宛もなく飛び出そうとしたのだが。

「街の外にワザワザ何しに行くんだよ? 外に何かあるのか?」
「外に何か、というか。ウチの魔法使いの日課がありまして。多分それで、皆で外に行ったんだと思います。何時もこのぐらいの時間帯に行ってましたし」
 そう答える俺の言葉に、ガクリと脱力したセレナ様は。
「もっと、早く言えよおおおおおおおお!」

 ギルド内で、人目もはばからず喚きだした。
 もう色々と限界なのかも知れない。
 そんな事より。

「セレナ様、ついでなので何か食って行きたいです」
 言いながら、手近なテーブルに着く俺を、セレナ様が恨めしそうに睨み付けた。
「……金は払わねーぞ。もうお前に貸しを与える必要は無いからな」

「すいませーん、メニューのここからここまでを、この人のツケで」
「払わねーぞ! あたしは払わねーからなっ! ……あっ。あたしは……、私は水をお願い致します……」

 店員に、今更ながら取り繕って水を頼むセレナ様が、ソワソワと落ち着きなく。

「なあ、なあ……! お前、仲間が何処で何してるか知ってるんだろ? 早く言えよ。あたし、ちょっと行って来るからさ。お前はここで食ってればいいから」
「お断りします。セレナ様を一人で行かせる訳には参りません。俺の仲間には頭がおかしいと評判のアークウィザードを筆頭に、セレナ様の力を超えるかもしれないプリースト、硬い以外にはあまりパッとしない娘がいます。あの狂犬みたいな連中が大人しくセレナ様の言う事を聞いてくれるとは思えません、街の外で会ったなら、恐らくは戦闘になりますよ?」
 その言葉にセレナ様が少し考え込んだ後。
 やがて……
「……よし、注文した物を食い終わったらちょっと来い。相手は街の外に居るんだからな。使える手がある。……今日こそ、お前にちゃんとした仕事を与えてやる」
 顔を上げたセレナ様が、そう言って不敵に笑った。









「遅かったですねセレナ様。待ちくたびれましたよ。どうするんですか、せっかく奢って貰ったのにこれだけ待たせた所為で、貸し借りはトントンですよ?」
「……お、お前……お前って奴は……」
 地面に座ってだらけていた俺に、セレナ様が疲れた様に項垂れた。
 そこは街の外の共同墓地。

 飯を食い終わったら墓場へ行くぞと言われたので、頼んだ物を適当に食べた後、俺は気を利かせて一人で先に来ていたのだ。
 大量に注文したので、食い切れない分を、ここ最近ロクな物食べてないセレナ様に分けてあげたいという下僕心だ。
 セレナ様にはトイレに行くと言って、ギルド職員に言伝を頼み、そのままそっとギルドを後にしてきたのだが。

「美味しかったですか?」
「ああ美味かったよ! 金が無い所為で、その後こんな時間までタダ働きさせられなきゃもっとな!」

 泣き顔で食って掛かるセレナ様。

「お前とのお喋りにかまけている暇はねえ。ほら、やるぞカズマ! この墓地の下に眠っている死体を掘り起こせ、あたしはここから先をやるから、お前は向こうな」
「すいません、信仰上の理由で仏さんにそんな罰当たりな事出来ないんですけど」
「お前、レジーナ教徒だろうが! 信仰上の理由って何だよ! 死体に触りたくないってそう言えよ! 良いからやれ! ワガママ言うな、たまにはちゃんと働いて貰うぞ!」
「マジ勘弁」

 死体を掘り起こすだとか、流石に無理だ。
 こればっかりはと、激しい痛みに耐えて本気で命令に抵抗しているとセレナ様がいよいよ泣き出しそうな顔をしながら諦めた。
「くそ、もういいよ! お前はそこでじっとしてろ!」
 半泣きのセレナ様が、シャベルを片手に墓を掘る。

 セレナ様が働いていた所為で、時刻はすっかり夕刻近くになってしまった。
 これでは、アクア達も自宅に帰っている頃では無いだろうか。
 つまり、死体を傀儡化してアクア達を襲撃するとしても、もう街中に戻ってしまっている為……。

 今更死体掘り起こして操っても、街中じゃ使えませんよと言おうとしたが、セレナ様に有利な助言をすると、せっかくセレナ様から受けた貸しを返してしまう事になる。
 俺は、汗だくで墓を掘るセレナ様を暖かい目で見守った。

「はあ……、はあ……っ! よ、よし……最初の一体! 後はコイツを操って、墓を掘らせればいい……『マリオネット』!」
「だが傀儡ポイントが足りない」
「!?」
 セレナ様が俺の言葉にギョッとした表情で振り返る。
 そして、俺の言葉通り掘り返された死体は動きもしない。

「お、おい! 傀儡ポイントって何だよ、これ、どういう……」
 セレナ様が呟き、そしてはたと手を打った。

「傀儡ポイントって、お前に注いでいる支配力の事か! 勝手な名前付けやがって! おいカズマ、抵抗するなよ? 今からお前に送っている支配力、お前に貸し付けている借りを少しだけチャラにする。いいか、本当にもう抵抗するなよ! お前の支配を解きたいのは山々だが、それをするとお前が邪魔するのはもう理解した。だから、いいか? 今回お前の支配を弱めるのは他に傀儡を増やす為だからな? 抵抗するなよ?」
「そこまでしつこく言うって事は、お笑い芸人的な前振りと受け止めていいんですかね」
「違うよ! いいか、抵抗するなよ? いくぞ……! …………抵抗するなって言ってんだろうが! お前あたしの傀儡なんだろ、たまにはちゃんと言う事聞けよお!」

 俺は、体内に宿っているセレナ様の力が外に抜け出そうとするのに激しく抵抗。
 この俺が居るのだ、他の傀儡など必要ない。

 セレナ様が、ちっとも言う事聞かないそんな俺の胸ぐらを、涙目になって締め上げた。

「うぐぐ、ちょ、ちょっと聞いて下さいセレナ様……! セレナ様がタダ働きしたりモタモタ墓掘り返してる間に、もうすっかり夕方近くに……。多分、もう街に戻り家に帰って……」
「早く言えよおおおおおおおおおお! 大体誰の所為でタダ働きしたり墓を掘るのが遅れたと……! ちっくしょおおおおおおおお!」
 セレナ様は、もうこぼした涙を拭きもせず、再び俺の屋敷へと……!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ぐったりと疲れきったセレナ様。
 美女の気ダルそうな表情というのはなかなかどうして悪くない。
 そんなセレナ様が、俺の屋敷のドアを力無く叩いていた。
 もう、声を出す気力も無い様だ。

 やがて、ドアが開けられるでなく、屋敷の内から声がする。
「こんな時間にどちら様? 物売りなら間に合ってるんですけど。宗教の勧誘なら論外ですけど」
 それは久しぶりに聞く、すっとぼけたアクアの声。

「よう、あたしだよ。お前の所の大事な男を返しに来たぜ」

 そんなセレナの声を聞き、一瞬シンと静かになり。
 やがて、ドアがほんの少しだけ開けられた。
 その隙間から、こちらを覗うようなアクアの視線。

「……カズマさん? 本当に? ……本当に?」

 恐る恐るといった感じで、アクアがドアの隙間から俺を見てくる。
 そんなアクアの背後から、ガタンと大きな音がした。
 そして、バタバタとこちらに駆けて来る音。

 セレナ様が、俺の耳元に顔を寄せ囁いた。
「いいか、ややこしくなるからお前は黙ってろよ? 大人しくしてたら、宿に帰った暁にはちゃんとお前が満足する代償をやるからな」
「帰ったらと言わずに今ください」

 セレナ様が、ぐっ、と何だか悔しそうに一瞬呻く。
 セレナ様は、そのまま気を取り直した様に腕を組んで堂々と立つ。
 やがて玄関のドアが開けられると、何だかオドオドしているアクアの背後に、めぐみんとダクネスが並び立った。
 めぐみんとダクネスが、俺の顔を見て、その表情がパアッと明るくなり。

 そして……、
「…………その男は、何してるのかを聞いてもいいですか?」
 めぐみんが真顔で言った。

 その男とはもしかしなくても……。
「この男の事は、今は気にしないでいい。と言うか、こいつを返品しに来たんだ」
 そんな事を言うセレナ様の隣に膝を抱えて座り込み、堂々とスカートをめくって、間近でパンツ見ている俺の事だろう。

 体育座りの姿勢でセレナ様の隣に座り、片手でスカートの裾をめくる俺。
 そんな俺を、セレナ以外の三人が呆然と見つめていた。

 まじまじとパンツ見る俺から、まるで痛々しい物から目を逸らすかの様に視線を外し、めぐみんがそのまま前に出る。
「……カズマに一体何をしたんですか? ヘタレのカズマがこんなに堂々とセクハラするなんておかしいですね。セクハラ大好きな男ですが、こんな風に堂々とはしないはずです。不可抗力を装ったり理由付けをしてみたり。私にセクハラする時は何だかんだと小賢しい手を使っていたカズマが、こんな……」

 言い淀むめぐみんの言葉の続きが気になる。
 こんな……、何だろうか。

「ん……、私が迫ってみてもすぐ怖気づくヘタレな所が、この男の駄目な所でもあり良い所でもある。貴様が怪しいのは以前から気付いていた。何をした? そもそも、ここ数日カズマと貴様との噂を色々と聞いた。一旦は手懐けたカズマを返すとは、何を企んでいる。この男のこんな痛々しい姿は……こんな……こんな……」

 こんな、何だろうか。

「……と言うか。このカズマさんはちょっと要らないんですけど。返すなら、ちゃんと元に戻して返してくれます? 人から物を盗んで、壊れたからやっぱり返すってのは酷いと思うの」
 最後にアクアがそんな事を……。

 人を、要らないとか壊れたとか、言いたい事は山とあるが、今の俺はセレナ様に喋る事を禁じられている。
 と言うか、パンツを拝むのに忙しい。
 と、セレナ様がアクアに向けてスッと片手を出した。
「取引しよう。この男を元に戻してやる。代わりに、あんたが大事そうに抱えているそのポーションを寄越しな。そうしたら、この男をちゃんとした状態で返してやるよ」

 そのセレナ様の言葉に、アクアが、大事そうに持っていた俺が渡したポーションをじっと見る。

 そして。
「お断りします。これはね、まともだったカズマさんから貰った物なの。あんたなんかに渡す義理なんてありません。このポーションは何に使う物なの? あの仮面悪魔は何て言っていたの? これを何に使う気か教えなさいな」

 ギリッ、と。
 セレナ様が歯を食い縛る音がした。
 多分、俺によって散々な目に遭って色々限界なのかもしれない。
 セレナ様が、顔を俯かせながら静かな声で。

「……あたしが耐えてる内に言う事聞いた方がいいぞ? あたしを舐めてもらっちゃ困る。これでもあたしは…………」

 そんなセレナ様の言葉を最後まで言わせる事なく。
「カズマから貰った物だし大事にしてるの。お断りします」
「そうかい分かった、それじゃ交渉はここまでだ! くたばんな!」
 セレナ様が、アクアを指すと同時に叫ぶ。
 ダクネスが、それを聞き咄嗟にアクアの前に出た。
「『デス』!」
 鋭く叫んだセレナ様の、その指先が輝き、そして……!

「…………あれっ?」

 セレナ様が間抜けな声を出すと同時に、その指先に灯っていた光が消えた。
「…………確保ー!」
 アクアとダクネスが、そのままアッサリとセレナ様を取り押さえた。








 セレナ様が地面に押し倒され、その上にダクネスが跨っている。
 今のダクネスは鎧は着ていないものの、プリーストのセレナ様とでは鍛えた体による体重差がある。
「畜生、魔法が……! なんでだよお……っ! レジーナ様、レジーナ様……っ! あたしに力を……!」
 ダクネスの下で逃れようともがくが、身動き取れないセレナ様。

 そんなセレナ様に、ダクネスが首を締め上げながら詰問した。
「さあ、この男の呪いを解いて……、な、なんだコレは、私も苦しい……っ?」
 ダクネスが戸惑う中、セレナ様が上に乗られたままダクネスを指し。
「『デス』ッ! 『デス』! デ……」
 何度も魔法を唱えるも、何も起こらず、やがてダクネスに口を塞がれた。
 さて、俺はどうしたものか。
 ここはセレナ様をお助けするべきなのだろうが……。

「……ねえ二人共、本当にこの男、返して欲しいの? 私、コレ、要らないんですけど」
「う……、いやまあ、私もコレは……要らない……かな……」
 コレとは、取り押さえられたセレナ様のスカートを捲って、未だパンツを覗いている俺の事だろうか。
 と、そんな俺の服の袖が横からクイクイと引っ張られた。
 そこには、どことなく嬉しそうなめぐみんが立っている。
 めぐみんは、自分のローブの裾を両手で掴み、それを少しづつ持ち上げて……。

「…………みんな、黒が好きなだなあ……」
 めぐみんが見せつけてきた黒い下着を、体育座りの体勢で超至近距離でまじまじ見ながら俺は呟いた。

「めっ、めぐみん!?」
「めぐみんが超大胆なんですけど!」

 騒ぐ二人を尻目に、パンツを見る俺の頭に満足そうに片手を置いて。
「では、みんなが要らないならこの男は私が貰っていきますね」
「あっ!」
 どや顔で勝ち誇った様に宣言するめぐみんに、ダクネスが困った様な驚き顔で声を上げた。

 しかし妙な状況だ。
 セレナ様に馬乗りになるダクネスに、口元を押さえられもがくセレナ様。
 俺の頭を撫でるめぐみんに、そのめぐみんのパンツを見続ける俺。
 そして…………。

「……ほうほう。あんた、レジーナとか言うマイナー神からの加護が半減してるわね。神の加護は、本来は信者に公平に分配されるの。つまりあんたの所の神様は、マイナー過ぎてあんたぐらいしか信者が居なかったのね。今まではマイナー神の力をあんた一人で独占出来ていたけれど、ウチのカズマさんが信者になっちゃったもんだから……」
「!?」
 セレナ様が口を塞がれたまま、俺に殺意の篭った視線を送ってきた。
 どうも、俺が傀儡どころか勝手に信者になってしまった所為で、セレナ様が弱体化してしまったらしい。
 しかし、俺をそんな目で睨まれても。
 アクアが、そんなセレナの傍で屈み込み。

「さあ、早くカズマさんを元に戻して!」








「……そのポーションをかければ元に戻る。もっとも、その男は激しく抵抗するだろうがな」
 セレナ様が、観念した様にぐったりしながらアクアに伝える。
 どうしたものか、セレナ様の忠実な下僕である俺はどう行動するべきか。

 というか現在、めぐみんが俺の片手をぎゅっと握り、離さない。
 そして、もう片方の手で俺の頭を撫で続けている。
 俺はと言えば、相も変わらず体育座りの状態で、片手でめぐみんのスカートめくって見ている訳だが……。
「ふふっ、久し振りですねカズマ」
 めぐみんが、少し恥ずかしそうにしながらも嬉しそうにはにかんだ。
 俺としても、セレナ様を助けに動きたい所なのだが、こんな嬉しそうな顔した魔性のめぐみんに誘惑されると……。
 今の俺はセレナ様に全ての本能を開放され、自らの制御が効かない状態だ。

 だから、仕方ないんですセレナ様、許してください。


「と言うか、どうしてこんな事態になったんだ。貴様は何を考えている。ウチのカズマをこんなド変態にして、一体何が面白いんだ?」
「あたしだってこんなんなるとは思ってなかったよ! あたしはコイツを傀儡にしようとしただけだ。本能を開放して、良心を切り捨てさせただけで……。後は、コイツが予想以上に勝手に懐いてきただけだ!」

 セレナ様が悔しげに唇を噛み締め。

「……ここ数日、本当に酷いもんだった……。理由を付けては働く事を常に拒否し、隙があればセクハラ、何かあればセクハラ。人生舐めててワガママ放題の贅沢放題……」
「……それは、元のカズマさんとあんまり変わってない気がするの。まあいいわ、とにかくこのポーションをかければ元に戻るのね?」

 言いながら、アクアが俺に近付いて来る。
「……私としては、別にこのままでもいいのですが……」
 めぐみんが、俺にパンツをガン見され、ほんのりと頬を染めながら言ってきた。
 めぐみんの隣で、俺はセルフでスカートを捲っているのだが、めぐみんに片手を握られているので逃げられない。
 俺がこのままでいいと言うのなら手を離して欲しい。

 そんな俺に、アクアがそろそろと警戒するかの様に近付いて来ると。
「ねえカズマさん、今から元に戻してあげるから、余計な事しないでね?」
「このままでいい」

 即答する俺に、アクアがジリジリと距離を詰める。

「そうもいかないの。そのままよ、そのままジッとしてるのよ……?」
「おいプリースト、抜かるなよ! その男は絶対に何かするぞ!」

 アクアにセレナ様が鋭く警告する中、アクアがそんな事は分かっているとばかりに言い返す。

「わ、分かってるわよ、私がどれだけカズマと付き合っていると思ってるの? めぐみん、カズマが逃げたり何かしたりしない様に捕まえていてね! さあ、それじゃあ……」

「『スティール』」
「「「「あっ!」」」」
 俺はめぐみんの下着から視線を外し、アクアに向けて片手を出す。
 そのスティールは、一撃でアクアからポーションをもぎ取った。
 そして……。

「そおい!」
「わああああーっ!」

 俺は無造作にポーションを投げ捨てる。
 それが地面に落ちる寸前、アクアが叫びながら、咄嗟にスライディングし受け止めた。

「だから言っただろうが! その男は何かするって!」
「だってだって、仕方ないじゃないの! あんただってこの男に色々されたんなら分かるでしょ! この男、突然何しでかすか分かんないんだもの! めぐみん! めぐみーん!!」

 アクアが半泣きで、今度こそ俺に盗られまいと、大事そうにポーションを胸に抱きかかえながらめぐみんに泣きついた。
 それに続いてセレナ様もが、ダクネスに乗っかられた仰向けの状態で言ってくる。

「我が傀儡サトウカズマに命ずる! そのまま! そのまましばらく動くな!」
「しょうがないですね、私としてはこのままでもいいのですが……。ほら、カズマ。ギュッとハグしてあげましょう。……そのままじっと……、じっと……? ちょっ、モゾモゾしないでじっとしていて下さい、アクア、早く! この男、私のブラを……!」
「めぐみんそのまま! こっちを向かせないで抱きしめていて!」

 めぐみんの胸元に顔を埋める俺の後頭部に、冷たい物が振りかけられた。
 それを受け、体から何かが抜けていくのを感じ取る。

 おい止めろ、俺はまだこのままでいい。
 まだセレナ様にやり残した事が残っているのだ。
 その為には復讐の女神の力が必要で……!


 ……あれっ?
 なんで復讐の女神の力が必要なんだっけ。
 と言うか、セレナ様?
 なんで俺は魔王の幹部を様付けで……。
 そもそも、なぜ俺はロクに知りもしない女神をいきなり信仰なんてしたのだろう。

 ……ああ、そうか。

 確か操られそうになる直前、魔王の幹部に、ウチの駄女神を傷付けた代償を払わせると、絶対復讐してやると強く願って…………










「カズマ、どうですか? 治りましたか?」
 ぺちぺちと頬が叩かれる。
 ふと顔を上げると、目の前にはめぐみんの顔。
 …………。
「もう少し強めにハグしてくれると何かと治ると思います」
「治ったようですね。では……ちょ、も、もう治ってるなら離れて下さい」

 めぐみんに引き剥がされて、俺は仕方なく立ち上がる。
 と言うか、何だか夢を見ていた様な。
 何だか、とても良い感じの神様に仕えていた様な。
 まあいいか、俺は基本無宗派だ。

「カズマさんカズマさん。大丈夫? レジーナだなんて、私も聞いたことないようなマイナー神を拝むぐらいなら私を信仰した方が良いと思うの。今なら、カズマさんの下手くそな字が達筆になったりと様々なご利益があるわよ」
「いらねえ。そもそも、なぜ俺がマイナー神なんかを崇めたと思ってんだ……。……あれ?」
 ……?
 何でだっけ?
「何で崇めたの?」
「さあ? よく分からん」

 自分でも腑に落ちないが、今はそれ所じゃない。
「よう。無事に元に戻れた様だな」
 ダクネスに馬乗りになられたまま、未だ地面に寝そべるセレナ。
 コイツをこれからどうすればいいのやら……。

「……あんた、始末に困るなあ……」
「なら、このまま見逃す気は無いかい? しばらく一緒に暮らした中だろ? そうすりゃお互い、幸せに慣れると思うよ」
 両手を投げ出したまま、セレナが投げやりに言ってくる。
 自分でも分かっているのだ、俺がコイツをどうにも出来ない事を。

 ……警察にでも突き出す。
 ……何だろう、凄く不安が残るしスッキリしない。

 いっそ、復讐の呪いを受けてもアクアに蘇生してもらう事を前提に、遠く離れた街の外に連れて行き、俺がセレナを。
 ……うん、殺人は無理だ。
 俺にそんなクソ度胸があれば、ヘタレだなんて罵られる事も無いだろう。
 ……簀巻きにしてダンジョンに持って行って放置とか。
 いやいや、それも結局は殺人みたいなもんだしなあ……。

 クソ、下手に数日一緒に暮らした所為で、中途半端に情が移った。
 しかし、このまま見逃すってのも……。

「……悩んでるみたいだな。なあ、カズマ。あたしを見逃した所で、お前に何か損はあるのか? あたしを見逃せば、この街への襲撃計画は見直す事になるだろうさ。あんたが居るこの街に関わるのはもうコリゴリだよ。……これは本音だ。……それに、名前だけの魔王の幹部、ウィズ。そしてバニル。街を襲っても、気まぐれなこの二人がどう出るか、全く分からないからね。あたしは城に帰って、計画を練り直すよ。あたしを見逃せば、この街は見逃される。どうだい? 今度こそ、ちゃんとした取引だ」

 セレナが、悩む俺を見透かしたかの様に。
 そして、そんなセレナに跨るダクネスが、静かに言った。
「……おいカズマ。この女は何だ? 魔王の関係者か。街の住人を守る為なら、私がぶっ殺してやろうか」

 物騒な事を言うダクネスの、その肩を掴む。
 ダクネスは貴族で、この街の仮の領主の娘でもある。
 意外と短気なこの女は、街の住人を守る為ならセレナの殺害くらいやりかねない。

 そして、そんなダクネスの言葉に覚悟を決めた。

 もう一度、一からやり直そうと。

「悪いなセレナ。交渉は無しだ。俺も痛いが、今回はお互い痛み分けって事にしとこうぜ」

 レジーナの復讐の呪いにより、俺もレベルが一になるだろう。

「何する気だ? ……おい、止めろよカズマ。一緒に暮らした仲だろ? 賢くなれよ、ここはあたしを見逃しとけって」

 俺は右手を閉じたり開いたりしながら、セレナへと近付いて……。

「……レベル一からやり直してくれ。……俺、レベルドレインが出来るんだよ」
「!?」
 それを聞き、途端にセレナが暴れ出す。
 ダクネスが、暴れるセレナの腹に拳を入れた。
「ぐあっ!」
「あぐッ!? な、なんだこれは? おいカズマ、この女を殴ったら、私の腹が……!」

 戸惑うダクネスに静かに告げる。
「そいつを攻撃すると、ダメージがそっくりそのまま返ってくる。間違っても殺そうとするなよ。殺されると、辺りに大量虐殺の死の呪いを振り撒くらしいぞ」
 そんな俺の言葉に、
「……なるほど。以前ドロップキックを食らわせてカズマが気を失ったのはそういう訳ですか」
 めぐみんが、一人納得した様に頷いた。

「…………」

 ダクネスがそれを聞き、無言でセレナの頬をつねり出した。

「いたたた、何すんだ!」
「あうう……! 貴様、何か隠している事があるだろう? さあ、吐け! 私の目は誤魔化せない! はあはあ……、い、痛い……! くうっ……、だが、こんな痛みではこの私は……!」
「何言ってんだ、そこのカズマが大体知ってる! 痛い! おい止めろ、カズマに話した事以外特に何も無いって! 痛い、止めろ! お前にも痛みが返ってくるんだぞ、止めろ! 止めろって!」
 セレナを使って特殊な一人遊びを始めたダクネスを、必死に押し退けようとするセレナ。
 そんなセレナに近付くと。

「おい、カズマ、この女を止め……! ちょ、ちょっと待て、お前も近付くな、分かってんのか、お前もレベルが下がるんだぞ? 考え直せよ、あたしのレベルを下げてお前にどんな得がある? か、考え直せって!」

 慌てるセレナに手を伸ばし。

「今後はまあ、ゆっくりとレベルを上げるさ。金もあるし、装備を最高級品にしてのんびりとな。……さあ、一緒にやり直そうぜ」

 セレナが引きつった顔で、自らの頬をつねるダクネスの手を掴み。


「お前って、やっぱり魔王軍にとって、最も危険な奴だと思うよ」

「そりゃ過大評価だろ。今後はのんびり生きてくから、魔王の城に帰ったらよろしく頼むよ」
 セレナは、冗談めかした俺の言葉を無視し、こちらに指を向けてきた。
 ……?
 何のつもり…………。


 ……あっ。


「やっぱりお前は生かしておけない。お前が治ったって事は、レジーナ様の信者はまたあたし一人になったって事だ。さよなら、ワガママな傀儡」

 俺はセレナがこちらを指さす手を掴もうと。
 そしてダクネスが口元を掴もうとしたが、セレナが呟く方が早かった。











「『デス』」
こんな引きなのに全くドキドキしない問題点。

前話に続き、色々ご都合主義でやはり苦しいかなと思います。
しばらく置いてみて、読み返して納得いかない様なら、後日修正するかもです。
ご迷惑をお掛けします。



今話でセレナ編の決着付けると言いましたが伸びました、申し訳ない……。


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