「フハハハハハハ! フハハハハハハッ! 我輩ともあろう者が抜かったわ! 貴様をとっとと始末しておくべきであったなトイレの女神よ!」
「やれるもんならやってみなさいな仮面悪魔! ウチのカズマさんに何を売り付けようとしたのか知らないけれど、思惑通りにいかなくって八つ当たりとか恥ずかしくないんですか? それで本当に大悪魔なの? 大悪魔って自称なの? 商品ダメにされちゃってどんな気持ち? ねえどんな気持ち? ちょーうけるんですけど! クスクスクス、プークスクス!」
「「…………」」
「『バニル式殺人光線』!」
「『リフレクト』ー!」
俺は大変な騒ぎになっている背後を指さし、嘆息しながらセレナに言った。
「……おい、あの二人どうするんだよ」
「……聞くなよ、どうしたら良いのか分かんないよあたしにだって。そもそも、バニルとまともに渡り合ってるあのプリーストはなんなのさ」
一応は女神です。
セレナが深々と溜息を吐き、攻撃の煽りを受けたのか、焦げてるウィズを見て目を閉じた。
「唯一止められそうなウィズが真っ先にやられたんじゃ、もうどうしようもないだろ。言ったろ、あたしは幹部の中でも強くは無いんだ。……あーあ……。なーんか、バカらしくなってきた。お前と関わるとロクな事が無さそうだなー……。お前の周りにはキワモノが多すぎる。バニルと互角に渡り合っているあの女以外にも、どうせお前の周りや知り合いには、物騒なのがゴロゴロいるんだろ?」
否定は出来ない。
ウチの自慢の頭のおかしい子を筆頭に、紅魔の里の人達からアクシズ教団の皆さんに到るまで。
そんな俺の微妙な表情を見て取ったのか、セレナがうわあ……と、嫌そうな顔をした。
「はあ……。もういいよ、この街は諦めた。正直に言う。お前を舐めてたよ、最初から本気で当たれば良かったね」
そんな事を言いながら、セレナは深々と溜息を吐いた。
そんなセレナの視線は、未だ暴れているバニルとアクアに向けられている。
まあ無理もない。
こんな連中を、まともに相手なんてしていられないだろう。
「このアバズレ女神め、貴様があの小僧と共に大金を手にした事は我輩にも知れている! 貴様がダメにしたポーション、全額弁償して貰おうか!」
「あははははは! なんじ、全てを思い通りに動かしているつもりで、毎度毎度最後の最後で報われない悪魔よ! 弁償なんてお断りします。アクアの美味しい水に変えたポーションの請求先は、お宅の、太陽の下に出るとすぐ乾く店主に言いなさいな」
「貴様! 我輩が人を呼称する時の語呂を真似るな、それは我輩のアイデンティティーであるぞ! もう我慢ならぬ、ぶっちめて貴様の有り金巻き上げてくれるわ!」
…………うん、無理もない。
まあ、丸く収まるなら俺もその方が良い。
アクアの敵討ちは一応は完了してる訳だし。
…………。
……いやいや!
別にアクアがションボリしていたから蹴りくれた訳じゃない。
アクアの為に魔王の幹部に喧嘩を売った訳じゃない。
あの穀潰しは関係ない、自分の胸のモヤモヤをスッキリさせる為にやった事だ。
俺は自分に何度も言い聞かせながらセレナに言った。
「それじゃあ、和解って事でいいのか? 言っておくけど、俺は本当に魔王になんぞ興味無いし、俺なんかを危険視する必要は無いからな? 正直こんな平和な街で暮らしてると、世界の何処かで戦争中とか言われてもピンと来なくてさ。一度王都に行った事はあるけれども、その時に夜襲警報が鳴ってた時ぐらいだな、ああ、戦時中なんだなって実感したのは。本当に、俺としてはそっとしといてくれれば波風立てるつもりなんて無いからな?」
「分かった分かった。それじゃあ、魔王の奴にはお前は何の問題も無い奴だったって言っといてやるよ。そしてあたしは、この街から素直に出て行く。それでいいな?」
セレナの投げやりなその言葉に、ホッと息を吐きながら。
「よし、それじゃあこれで手打ちって事で。……はあ、あんたは幹部の中じゃ強くないって言ってたが、それでもあんたと対峙した時なんてヒヤヒヤしてたんだからな。俺みたいな最弱職に構ってないで、幹部なら幹部らしくもっと大きな謀略でも企んでいてくれよ……」
俺は思わず、ここ最近の、それなりに緊張感のあった日々を思い出し、愚痴を零した。
それにセレナが、未だに視線はバニルとアクアの対決を見詰めたまま肩を竦める。
「まあ、こっちにも色々あったんだよ。それもどうでもよくなっちまったけどな。……あーあ、気が重いねぇ……。あんたはこれでいいかも知れないが、あたしはこれから魔王の奴に報告だ。仲間に引き込むか、もしくは殺す。それがあんたに対する指令だったんだけどねぇ……。……ま、上手く言っておいてやるよ、あたしもあんたと関わるのはコリゴリだからね。あたしを大衆の前で晒し者にした事も忘れてやるよ。だから、あんたも色々と忘れてくれ」
言いながら、セレナが神官衣の懐から、キセルみたいな物と煙草を出した。
キセルの先に煙草を詰めて、その先に、とても見覚えのあるジッポで火を付ける。
ゆっくりとそれを吸い込みながら。
「……これであんたはもう、魔王軍に狙われる事もないだろ。……はあ。ったく、少しは感謝しなよ?」
言いながら。
セレナは、その視線は未だ俺に向けず、アクア達の戦いをぼうっと見ながら、吸い込んだ煙を吐き出した。
「ああ、見逃してくれて感謝してるよ。でも、俺はともかくこんな街で一体何企んでたんだよ。ここって、駆け出し連中の…………」
…………あれっ?
何だろう、この違和感。
「……言ったな?」
セレナが、未だ俺の方には目も向けず。
紫煙を吐き出しながら呟いた。
……言ったなって、……俺、今何を言った?
何だ、この体の違和感……、……と言うか、頭がぼーっと……?
…………あっ。
……や……ばい……!
「いやいや、お前、大したもんだよ。もうあたしの能力にも見当付いてんだろ? ここまであたしの力に迫った奴は、お前が初めてかもな」
ああ、やばい……、こ、こいつ汚ねえ……!
バニルやアクアが騒いで、こんなグダグダな流れになって油断した所で……。
「こんな駆け出しの街で何企んでたんだって? よしよし、幾らでも教えてやるから感謝しなよ? 聞かれたら答えないとな。お前が聞いたんだから、これは貸しだからな?」
やばい……、やばい……!
おい止めろ、やっぱいい、これ以上言うな……!
頭ではそう考えていても、声が出ない。
と言うか、体の動きも自分の意志に反して酷く鈍い。
「あんた卑怯よ、さっきからウィズを盾にするのは止めなさいよ! なんかウィズが透明になってきてるんですけど!」
「なら貴様が破魔の魔法を放つのを止めればよい! ……やや? いかん、やり過ぎた。危険信号である、このままでは店主が無くなってしまう」
「どどど、どーするの!? ねえどーするの? 回復魔法なんて掛けたらウィズが消えちゃう!」
「よ、よし、そこの鞄に砂糖水が入っているので、店主に染み込ませてみよう。きっとカブトムシの如く復活するであろう……。……多分……」
アクアとバニルは、何だか透明になってきているウィズを間に挟み騒いでいる。
そんな中。
セレナがやっとこちらを向いた。
口元に、勝ち誇った様な笑みを浮かべて。
「実はな? そう遠くない内に、この街に軍が派遣される。と言っても、ここは最前線から遠く離れた隅っこの街だ。街道通ってこんな所まで進軍なんて出来ないからな。それほど多くない限られた部隊が、テレポートで転送されてくる。でもまあ、駆け出し冒険者しかいないこの街の連中には、それでも十分過ぎる量だ」
おい止めろ、言うな。
「この街は、以前から攻撃目標にされてたのさ。幹部が何人も姿を消したり、大物賞金首が破壊されたりして注目を浴びる前からな」
止め……!
…………。
「な、なんで……?」
自分の意志ではなかなか動かない、重い口を無理やり開く。
セレナの大事な秘密を教えてもらえば、それだけ傀儡化が進む。
それは分かっている。
分かっているが。
「ここが駆け出しの街だから。始まりの街だからさ。今は魔王の幹部とはいえ、あたしは人間。これでも昔は冒険者をやっていてね。もちろんあたしも、冒険者を志した時、最初にこの街に送って貰ったよ。誰もが、ここで初めてのクエストだ。ここは駆け出しの街。この世界で最も弱いモンスターが生息している地に作られた、初心者冒険者の修行の街」
ゲームで言う、スタート地点みたいなもんか。
そんな初心者の街のはずなのに、なぜか俺達はえらく苦労した覚えしか無いんだが。
「じゃあ、この駆け出し冒険者の街が無くなったら? 初めて武器を手にした冒険者には、美味しい部類のモンスターと言われるゴブリンの集団ですら、ちょっとした脅威になる。満足に鎧も買えない駆け出しには、ゴブリンの持つ赤錆だらけの刃物ですら脅威なんだよ。ジャイアントトードなんて、人数さえ揃えば余裕なお手軽モンスターは、ここいらにしか生息しない。さあ、この街が無くなったなら、駆け出し達は一体何処で鍛えればいい?」
……なるほど。
「分かるか? 養殖なんて名の謎の修行法を行う紅魔族。そんな極一部の例外を除いて、どんな名うての冒険者も最初はここから始めるんだ。そしてレベルを上げて、レベルに応じた他の街へと移って行く。特別な理由でもない限り、そこそこレベルが上がった連中はこの街を後にする。そうして育っていった冒険者は、いずれあたし達の前に立ち塞がる訳だ」
駄目だ、どんどん頭の中がぼうっと…………
「変わった名前の連中が現れなくなった今、ここの街が無くなれば冒険者の供給はほぼ止まる。……魔王軍幹部の筆頭、魔王の娘がな? 近々王都に、大部隊での襲撃を計画してるのさ。きっと冒険者の被害は大きな物になるだろうね。……だが、今も新しい戦力が来るのを待ちながら戦っている連中が、冒険者の訓練所代わりのこの街が、滅ぼされたなんて話を聞いたら?」
……士気は当然落ちるだろう。
モンスター蔓延るこの世界で、一つの街を復興させるなんて何十年の時間が掛かるのやら…………
ああ……、や、ヤバイ、意識が遠く…………
「……そろそろ、あたしの話を聞くのも限界? この力は呪いじゃない。どんな奴でも抗う事など出来はしないさ。あんた程の男でも、絶対にね。でも安心すると良い、本当に嫌な命令には、激しい苦痛が伴うが抗う事も出来る。どうせあんたの事だ。大人しくあたしの傀儡に収まっている訳もないだろう? ……さあ、あんたがあたしの命令に、一体どれだけ抵抗出来るのかを楽しみにさせてもらうよ……!」
愉悦そうなセレナの声。
それを聞きながら、俺はいよいよ何も考えられなくなり…………
そして最後に、セレナの囁くような声を聞いた。
「さあ、あたしの言葉に耳を傾けるんだ……。自らの胸の底に燻る物があるだろう? それは、お前が今までに受けてきた屈辱、理不尽、不当、嘲り……。ほら、思い出せ。お前はこの街の住人に舐められてきただろう? 最弱職だと馬鹿にされたりしなかったか? 足を引っ張る仲間にすら、怒りを覚えはしなかったか?」
その言葉が、甘美に胸に染みていく。
「そう、どうして何時も、俺が後始末ばかりするんだと……。もう我慢する事は無いんだよ。良心を捨てろ。常識を捨てろ。我慢を捨てろ。道徳を捨てろ。……さあ、あたしと一緒に復讐しよう。いずれこの街に、あたしの仲間が押し寄せる。あんたはその時、あたしと傀儡達と共に、内側から手引きをするんだ。さあ、この街の住人へ。お前の、元仲間だった連中に逆襲しよう……!」
「……ウィズ、大丈夫? ほら、私が誰か分かる?」
「……? アクア様? それとバニルさん? どうしたんです、そんな近くで私の顔を覗きこんで……?」
「うむ、前後の記憶が無いなら何があったかは特に気にしなくてもいい。無理に思い出さない方が吉と出た」
「そ、そーね! 思い出せないなら、それはきっと思い出さない方が良い事よ!」
ウィズの傍に屈み込んでいたアクアが、
「カズマー、そろそろ私達も帰るわよ。カズマが居ない間、ダクネスとめぐみんが屋敷の中を熊みたいにウロウロしてて怖かったんですけど。とっとと帰って、二人をなだめて欲しいんですけど」
言って、俺の方に向かって歩いて来た。
アクアは、セレナに若干の警戒をしつつも俺に近付き、俺を連れ帰ろうと手を……。
……俺は、伸ばされたアクアの手をひょいと躱した。
「…………?」
アクアがキョトンとした顔で首を傾げて俺を見る。
そんなアクアを、セレナ様が実に楽しげに。
肩を震わせ、笑いを堪える様にして言った。
「この男はね……。もう、あんた達の元には帰りたくないんだとさ。このあたしの仲間になったんだよ。そうだろうカズマ? その傀儡を解くポーションも、もう必要ないだろう? さあ、そいつに言ってやんな!」
そのセレナ様の言葉に、俺は。
「俺、今日からレジーナ教徒になるわ。そしてセレナ様とよろしくしてくる。という訳で、みんなによろしく」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
セレナ様が、俺の前を歩きながら何やら考え込んでいる。
どうしたのだろうか、俺の敬愛するセレナ様が悩み事だろうか。
……と、セレナ様が足を止める。
そして俺を振り向き言ってきた。
「……なあ。お前、今は傀儡化してるんだよな? あたしの言う事は絶対だよな?」
そんな、不思議な事を。
セレナ様が、俺と言う優秀な手駒を手に入れたので、新しい拠点に引っ越すと言い出した。
セレナ様は、念には念を入れて、他の傀儡への支配を弱め、代わりに俺への支配を強めてくれたそうだ。
何でも容量がどうとか言っていた。
一度に傀儡化出来る人数は限られているのかも知れない。
そして、俺への支配を強めるというのは、それ程までにこの俺の力を必要としてくれていると言う事だ。
俺はセレナ様に、何を言っているんですとばかりに言った。
「当たり前じゃないですかセレナ様。俺はセレナ様の為なら、その重そうな胸を支えるために一日ブラの代わりになれと命じられても、喜んで応じますよ」
「お、おう……。そ、そうか……。でも、そんな馬鹿な事は命じないから安心しろ。今までの傀儡はレジーナ様を信仰するだなんて事口走らなかったから、ちょっとな。うんまあ……気にするな……」
セレナ様が、俺の言葉にやはり首を傾げながらも歩き出した。
アクアにレジーナ教徒になると告げた後。
アクアが泣きながら何かを喚き散らしていたが、勝ち誇った様に笑うセレナ様に連れられて、俺達はその場を後にしていた。
ちなみに、バニルに貰った傀儡化を解除するポーションはアクアに渡した。
アクアは、そのポーションが何か分かっていない様子だったが。
セレナ様の敬虔なる配下となった今、俺にはもうあんな物は不要だ。
俺は、前を歩くセレナ様に、今の内に聞いておかねばならない事を聞く事にした。
「そう言えばセレナ様。俺の傀儡化が解ける条件とかって何なんですか?」
俺の言葉に、セレナ様がピタリと足を止め。
「……お前、本当に傀儡化してるんだよな? なぜそんな事を聞く必要がある?」
厳しい声で、俺の方を振り向きもせずに言ってくる。
「いえ、万が一にもセレナ様の俺への支配が解けると、この俺が困りますから。傀儡化が解けそうな物には近寄らないでおこうかと」
俺が平然とそう答えると、セレナ様が驚いたように振り向いた。
やがて、俺の顔をマジマジと見る。
「……お前……? ……うん、確かにレジーナ様の力をお前からは強く感じる。どういうこった。アレか? 支配を強め過ぎて、洗脳が強力に作用し過ぎたのか……? 傀儡ってよりも、自分でちゃんと考えて行動する、下僕みたいな……。……まあいい、あたしにとっては好都合だ。その調子で頼むぞ」
「もちろんですセレナ様」
俺の返事に、セレナ様は満足そうに頷くと。
「よしよし、それじゃあ教えてやろうか、これもお前への借しになるしな。……まず、あたしに受けた借りへの代償の返還だな。これはまあ、お前は既に知っているだろう。次に、強い信仰心。……ほら、お前があたしを縛り上げてパンツを傀儡に見せた時、あいつら一瞬我に返っただろ。ああいった偶然の産物って言うか、思わず信仰している神に感謝しちまうよーな幸運な出来事が起こるのは危険だな。お前がどの神を信仰しているのかは知らないが、注意しろよ?」
「大丈夫です、俺が信仰するのはレジーナ様です、セレナ様と浴場で鉢合わせてうっかりエロとかがあれば、レジーナ様に感謝ですよ」
「そ、そうか……。いや、無理するなよ? どんな人間でも、何かを信仰しない奴なんていない。その信仰は、神に向けられなくても、悪魔崇拝者だとか邪神崇拝者だとか、何がしかを信仰するもんさ。お前は、レジーナ様を信仰する前は何を信仰していたんだ?」
「いえ、無宗教です」
「はは、そうか。ま、言いたくなきゃ別にいいさ。仲良くやろうぜ相棒」
相棒と言って頂いた。
これは益々セレナ様の為に努力しなければ。
「よし、今日の宿はここにするか。ちょっと高そうだが、たまにはいいだろ。よしカズマ。金払ってこい」
「断る」
小綺麗な宿の前。
俺はセレナ様に即答した。
「……お前今なんつった?」
「お断りしますと言いました。俺が金払ったらセレナ様から受けている借りを返す事になるじゃないですか。俺の傀儡化が解けちゃいますよ」
「あ、ああ……、そうか……。いやでも。ええー? ま、まあいいか……」
セレナ様が、何かを悩みながらも財布を出した。
そしてその中身を開き……。
「あっ! しまった、そういやバニルにまた毟られたんじゃねーか! おいカズマ、今は借りとかいいから、ちょっと金出せ! 他の傀儡を何体か開放して、その分お前への支配は強めてあるんだ。金出したぐらいじゃ多分傀儡化が解ける様な事は……」
「ダメですセレナ様! その油断が命取り! 俺が知っている漫画やゲームの悪役の幹部は、大概最後の詰めの部分で油断して負けるんですよ。しょうがない、ここは俺がその辺の人から金を調達して来ますから」
「ま、漫画……? げえむ……? ま、まあいいか、すまないな……。……あれっ? でもそれって結局、お前に借りを返して貰うって事に……?」
何やらブツブツ言っているセレナ様を他所に、俺はたまたま宿の前でブラブラしていた冒険者に近付くと。
「すいません、ちょっといいですかね? 実は、こちらのセレナ様がお金に困ってまして、宿代も支払えない状況でして……。貧相で生活能力も無いかわいそうなセレナ様に、どうか恵んでやっては頂けないですかね?」
「ええっ!?」
俺の背後ではセレナ様の驚いた声。
と、目の前の冒険者の男は何の疑問もなく財布を出した。
「セレナ様がお困りだって? 任せてくれ、そんな貧相なセレナ様も……。……セレナ様? 何だって俺はセレナ様なんて、様付けて呼んでるんだ? ……まあいいや、ほら。ったく、人に尽くしてくれるプリーストが逆に施されるってどうなんだ? セレナさん、しっかりしなよ?」
「あ……、そ、その……、どうもすいません……」
その言葉に、恥ずかしげに俯くセレナ様。
冒険者の男は幾ばくかの金を寄越すと、そのまま何処かへ消えて行った。
どうも今の男はセレナ様の信徒の一人だったらしい。
今ので傀儡化が解けた様だが問題ない。
なんせ、この俺が居るのだ。
「あ……ああ……。あいつ、結構な腕利きの冒険者だったんだが……。仕方ないか、ほらカズマ、行くぞ。その金でとっとと支払い済ませて来い」
「了解です。では、その前に」
何だか疲れた様子のセレナ様。
俺は宿へ支払いに行く前に、そのセレナ様の豊かな胸をわし掴んだ。
そして、そのまま無言で揉みしだく。
「「…………」」
俺はそのまま、無言のまま呆然としているセレナ様と見つめ合った。
やわこい胸を揉み続けながら。
と、突然俺の手がセレナ様によって振り払われる。
「おおおお、お前!? えっ、ちょっ! 何やってんの? おい、何やってんの!?」
パニックになりながら、セレナ様が人目もはばからずに大声で。
「落ち着いて下さいセレナ様。人が見てます」
「こっちのセリフだよ! そうだよ、人が見てるよ! お前いきなり何してんの!? なんでいきなりあたしの胸を揉みしだいた!?」
おかしな事を言うセレナ様。
「何言ってんですか、俺はセレナ様の為に金を調達して来たんですよ? つまり、俺に対してのセレナ様の借しは弱まった。ならセレナ様から再び代価でも貰わないと、俺の傀儡化が解けてしまう訳です。でもセレナ様は金が無い。なら、ここは体で払って頂かないと」
「!!???? そうなのか? いや、あれっ? おかしくないか? いやだって、さっきの冒険者はあたしに対して金を施したって思ってたし……。あたしは、あんな蔑まれる目で見られて、あの男の傀儡化は解けた訳で……。あれえー?」
良く分からない事を言っているセレナ様。
俺はそんなセレナ様を置いて、早速手にした金で部屋を取りに宿へと向かった。
「ふう……。切り札を手に入れたんだか、どうなんだか……。良く分からない状況になってきたなあ……」
セレナ様が、溜息を吐きながら両目を瞑り、ベッドの上に仰向けに寝転んだ。
どうしたのだろう、何か悩み事だろうか。
お疲れのセレナ様。
ここは一つ、肩でも揉んであげようか。
「大変そうですねセレナ様。肩でもお揉みしましょうか?」
「んあ? そうか? 悪いな、じゃあ……」
セレナ様が閉じていた瞼を片方だけ開き……。
「……おい、お前何でここの部屋にいるの?」
そんなおかしな事を言い出した。
「何でと言われても。あの金では一人分の部屋しか取れなかったもので。ああ、俺はベッドが狭くとも文句は言いませんからお構いなく」
「構うよ! あたしが構うよ! お前、何!? なぜ当たり前の様に一緒に寝ようとしてる訳!? あんたって、もっと女に対して奥手なもんだと思ってたよ!」
「セレナ様が、俺に対して命令したんじゃないですか。……もう我慢する事は無いんだよ。良心を捨てろ。常識を捨てろ。我慢を捨てろ。道徳を捨てろ……って。俺はそれに従っているだけですが。何だか生まれ変わった気分です」
「あれかああああああああー!」
セレナ様が、ベッドで起き上がり頭を抱えた。
そのまま疲れた様に。
「……なあ、その命令を取り消すとなると、お前に大きな借りとか出来るか?」
「セレナ様が俺の心のリミッターを色々と取っ払ってくれたお陰で、現在、随分と人生満喫してますからね。再び自制しろって言われたら、その代償はセレナ様のおっぱいぐらいじゃすまないですよ」
「……うう……」
呻きながら、ベッドに腰掛け、頭を抱えるセレナ様。
「なあ……。何であたしがお前の寝る所を用意しなきゃならないんだ? 自分の寝床ぐらい自分で確保してくれよ……。他の傀儡達は、ちゃんと自分で用意してくれたぞ?」
「俺の場合は事情が異なるじゃないですか。他の冒険者と違い、セレナ様の所為で家に帰れない状態になりました。そこはちゃんと、俺を養って頂かないと」
俺の言葉に、セレナ様が項垂れた。
○月☓日
セレナ様が、俺の傀儡状態はどう考えてもおかしいと言い出した。
俺の心の内を把握する為に、今日から日記を付けろと言われた。
人の日記を読もうだなんてそれは大変な代償を貰わなければいけない。
毎晩、寝る前に、カズマ様と呼びながら俺の背中に胸を押し付ける事を代価にして貰った。
セレナ様が、何か大切な物を失った様な顔で落ち込んでいた。
しかし、今書いているこの日記を、毎日セレナ様が読む訳だ。
つまり、内容によってはセレナ様に合法的にセクハラが出来る訳だ。
漲ってきた。
これから毎晩、日記の終わりに官能小説を書いてやろうと思う。
では早速……
○月△日
セレナ様が、官能小説を書くのは止めろと言ってきた。
そんな理不尽な要求には多大な代償を貰いますよと言ったら、畜生とか言って諦めた。
そんなセレナ様の困った顔が素敵だった。
今夜の官能小説はセレナ様物を書こうと思う。
セレナ様が、やはりお前の傀儡状態はどこかおかしいと言っている。
こんなにペラペラ流暢に喋るのがおかしいのだとか。
まあ、それはさて置き今晩の小説はセレナ様物だ。
さて、何を書くか……。
『と、これを書いている俺の背中に柔らかい物が押し付けられた。
そう、裸のセレナ様が俺の背にその双丘を押し当てているのだ。
「カズマ様ぁ……。あたし、もう我慢できないのお……」
やれやれ……。
俺は、上目遣いで甘えてくるセレナ様を抱き寄せると……』
おっと、止めて下さいセレナ様、横から人の日記を覗いて暴れ出すのは。
大きな代償貰いますよ?
○月○日
セレナ様が、自分を題材にした官能小説は本当に止めてと半泣きで訴えてきた。
そんな理不尽な要求には多大な代償がと言い掛けた瞬間、殴られた。
殴られた際に、謎な現象が起きた。
俺を殴ったセレナ様が、俺を殴った箇所と同じ所に傷を負ったのだ。
セレナ様が、どういう事だとパニックになったがそんな事はどうでもいい。
殴られた代償として、下着姿で頭の後ろに手を組んだ体勢で、そのままスクワットを百回ほどして貰った。
畜生畜生とブツブツ言っていたが、涙目で汗を滴らせてスクワットするセレナ様は麗しかった。
次は目の前で腕立てして貰おう。
△月○日
めぐみんやアクア、ダクネス達が、俺の行方を探しているそうな。
そう言えば、俺には自分の身を案じてくれる、そんな素敵な仲間達がいたのだ。
その事を部屋で内職していたセレナ様に告げ、俺に帰られたくなければもっと良い代償をおくれと言ってみた。
セレナ様が、俺の宿代を稼ぐのにも苦労してんだぞ、何でそんなワガママばかり言うんだと泣き出した。
冒険者ギルドで仕事を請ける事も出来ないセレナ様が、もっと泊まる場所のランクを落としてもいいかと言い出した。
屋敷持ちで裕福な暮らしを送っていた俺にこれ以下の宿で寝ろだとか、それ相応の代償を……と言ったらセレナ様が無言で内職を再開しだした。
何でも、軍がこの街に来るのはまだ先の話の様で、それまではこの街に滞在しなければいけないそうだ。
街の襲撃の際には、俺や他の傀儡と共に内部から手引きをするらしい。
セレナ様が、俺の晩飯である高級焼肉定食を羨ましそうに見つめている。
もちろんこれを分け与える訳にはいかない。
そんな事をしてセレナ様に借りを返しては、俺の傀儡化が解けてしまうからだ。
そう、このままセレナ様からどんどん借りを作っていき、俺はやがて、忠実なセレナ様の右腕になるのだ。
そんなセレナ様の今日の晩ご飯はコーンスープ一杯です。
□月○日
セレナ様と宿に暮らし始めて数日。
最近、セレナ様がやつれてきた。
日々贅沢三昧をする俺を養うのに色々苦労している様だ。
でも、我慢をするなと俺のリミッターを外したのはセレナ様だ。
こればっかりは仕方がない。
傀儡と化していた冒険者達からは軒並み金を借りて傀儡化が解けてしまい、もはや傀儡は俺一人しかいないらしい。
最近は、そこらの冒険者にパンツを見せて傀儡化し、その冒険者から金を借りる商売を始め、警察に怒られていた。
風営法がどうたらと説教を喰らい、稼いだ金を没収されたセレナ様は色々と限界に近い様だ。
俺への代償は体で払ってくれればいいですよと言ったら、自費で泊まってくれるにはどんな事をすればいい? と聞いてきた。
詳しく説明したら、セレナ様がおかしな事を言い出した。
俺の傀儡を解くから、もう何処へでも行けばいい、と。
確かセレナ様は言っていた。
本当に嫌な命令には抗う事が出来ると。
激しい痛みに耐えながら全力でセレナ様の命令に抵抗していると、セレナ様が妙な行動を取り出した。
何だか嫌な予感がして何をしているのか尋ねると、俺の傀儡化を無理やり解く最中だと言い出した。
セレナ様はトチ狂ってしまわれたらしい。
俺はセレナ様の傀儡化の解除に激しく抵抗すべく、深く信仰する神に祈った。
偉大なるレジーナ様、我に力を与え給え……!
○月☓日
セレナ様が、最近おかしな行動ばかりする。
俺に様々な命令を下そうとする。
それは、まるで俺を傀儡化から開放でもするかの如く、代価を無視した無茶な命令ばかりだ。
敬虔なレジーナ信徒であり、セレナ様の優秀な下僕である俺は、当然のごとく、遠慮無くその代価を体で払って貰う事にした。
俺の傀儡化が解けてしまってはセレナ様が困るだろうからだ。
俺の紳士的なセクハラに、セレナ様が何だか疲れた顔で、明日は俺を連れて行く所があると言い出した。
とうとう一線を超えてしまうつもりだろうか。
今から期待で眠れそうに無い。
明日は念入りに体を洗っておこう。
「…………」
セレナ様が、俺が書いた日記から顔を上げ。
それを閉じて、ふうと小さく息を吐く。
「今日はお前を、あのプリースト達の元へ返品しに行こうかと思ったんだが……」
「お断りします」
俺の即答を聞き、セレナ様が深々と息を吐く。
セレナ様は、最初に会った時から随分とやつれて見える。
それに比べ、俺は非常にツヤツヤしていた。
ここ数日の充実した日々のおかげだろう。
と、セレナ様が、無言で俺の手を取る。
そして、片方の手には爪楊枝。
それで……。
「ッ!?」
突然、セレナ様が俺の手の先をそれで突いた。
俺の手の先から、赤い物が膨れてくる。
すると、セレナ様の手の先からも、血が滲み出し、それが血膨れとなって床に滴った。
「……お前、本当に無宗教の人間だったのか。本当にレジーナ様の信徒になっちまったんだな!?」
セレナ様が、青冷めた顔でそんな事を。
何を今更。
どうしたんだろう、俺がレジーナ信徒になると何か不味いのだろうか。
「俺はずっと言ってたじゃないですか、無宗教の人間だって。そして、レジーナ様を信仰するって」
「無宗教なんて奴、この世にいるか! それが神であれ邪神であれ悪魔であれ! この国の連中は必ず何か拠り所を作るものだ!」
「いや、この国の人じゃありませんし。それに俺の国じゃ、別に珍しい事でも無いんですが。特定の宗教に入っていない人間なんて沢山いましたよ」
「!?」
セレナ様が驚きの表情で言葉を詰まらす。
「ま、マジか?」
「マジですよ。ああ……、無宗教とは違うのかもしれないです。年末にはある宗派の教祖の誕生日を国民総出で盛大に祝って、その同じ月の終わりには、別の宗派の年末行事の鐘の音を聞きます。そして年が明けたら、神道って言われる宗派に従って、一年の健康を祈りに行きます」
「お前の国は世界中のプリーストに喧嘩売ってんの?」
そんな事言われても。
セレナ様がコメカミを押さえながら息を吐く。
「どうしたもんだか……。お前の傀儡化をどうやって解けばいいんだよ。お前に借りを返して貰おうとしても、頑なに返そうとしない。部屋から出てけって命令してもこんな時だけ痛みにすら耐えて激しく抵抗。かといって、お前を始末しようにもレジーナ様の信徒になったお前に手を出すと復讐の呪いが……」
敬虔なレジーナ信徒の俺に、なんて物騒な事を。
「ああクソっ! どうしたらいい、どうしたら……! どうしたら、お前はあたしから離れてくれる?」
「セレナ様が俺に付いて来いって言った所為で、俺はもう仲間との関係もボロボロだと思うんですよ。責任とって、このままずっと養って頂かないと困りま」
「ああああああああーっ! 聞こえない聞こえない! ……ああっ! そう言えばっ! おいお前、確かバニルから傀儡化を解除するポーションを一本だけ貰ってたよな! アレってどうしたっけ!」
言いながら、俺に涙目ですがってくるセレナ様。
アレは確か……。
「俺の仲間の、液体を真水に変えられる力を持つ、アクアってプリーストに渡してしまいまし……」
「うわああああああーっ! よりにもよって! よりにもよってっ! よりにもよって、なんでそんな能力持つ奴にっ!」
セレナ様が、泣きながら全力で部屋を飛び出して行った。
次回で決着。シリアス回。
ちょっと色々苦しいかなと思う回ですが、後日修正するかも知れません。
その際には修正箇所を後書きにて書きますので……
前書き後書きが増えてきて読み辛いと思うので、近々、最新話以外は前書き後書き消去いたします。
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