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五部
17話
「また来ましたかサトウ殿」
「また来ちゃいましたよ署長さん」

 間に小さな机を挟み、俺と見つめ合う女騎士。
 再びの事情聴取である。


 セレナの下着大公開事件の張本人として、俺はまたも警察署に収監されていた。

 流石にあの騒ぎはまずかった。
 取り巻き達は、セレナのローブを破る事も出来ず、気合と魔力を込めに込めた俺のバインドは、セレナを長時間茶巾状態にした。
 俺の呼び掛けに集まった人々が、セレナの周りに人だかりを作り、セレナの尻を肴に酒の路上販売まで始まる盛況ぶり。
 騒ぎを聞きつけ駆けつけた警察に、俺はまたも逮捕された訳なのだが。

 警察署内の狭い部屋の中。
 ここの署長である女騎士が溜息を吐く。
「サトウ殿。ハッキリ言おうか。迷惑だ」
「そんな事言われても、俺だって困ってるんですが」

 俺が再び捕まり、警察の職員がダクネスの元へお伺いを立てに行ったらしい。
 だが、ダクネスいわく、もう身元引受人にはなりたくないとの事。
 前回、この女騎士の前でダクネスをからかった事が災いした様だ。

「……今回は、あのプリーストから被害届が出されている。流石にこれは、ダスティネス卿と懇意の仲のあなたでも簡単に釈放する訳にはいかない。釈放するならばそれなりの立場の人間が、貴公の保証人となってもらわないと……」
「まあそうですよね」
 流石に何度もダクネスに頼るのも申し訳ない。
 身元を保証して貰っても、多分また捕まりそうな事を今後も続けるつもりだし。

 俺の言葉に女騎士が、再び深々と溜息を吐く。
 そのまま机に突っ伏して、今までの真面目そうな態度とは一変し、机に突っ伏してバタバタしながら頭を掻き毟りはじめた。
「ああもう! ああもうっ! なぜまたすぐにとっ捕まるのだ! 多少手荒な事をすれば、貴公ならウチの職員から逃げられただろうに!」
「おい、署長が言っちゃっていいのかそれ」

 俺の言葉に女騎士がバッと顔を上げ。
「大体、あの女はなんだ? 彼女の下着を見た者は、軒並み彼女の熱心な信者となってしまった。確かに彼女の素行は良い。変わり者が多いこの街において、珍しく良識ある人間だ。……だが、幾らなんでも信奉者の増えるペースがおかしい。あれか? 下着か? 下着見せてもらったから、信者になりますって言うのか? 堅物な自分でも、下着の一枚でもチラ付かせればファンが出来るのか? ここの街の連中がアレなのは、職業柄自分が一番分かっているが……。ああもう、いっそ自分も……!」

 …………!?

「あの時の見物客がみんな信者に? パンツ見ただけでか? いや、俺だってプリーストのお姉さんがパンツ見せてくれる宗教団体ならそりゃ入りたいが……」
 違和感を感じる。
 サキュバスサービスで訓練されたこの街の連中が、今更セレナの下着を見たぐらいで……?
 いや、良い物を見せてもらったとお礼ぐらいは言うかもしれないが、下着見ただけで信奉者とかは流石におかしい。

 ……お礼。
 なんだろう、引っ掛かる。
 復讐の神様に仕えているって所にも何かありそうだ。

 セレナの傍にいた取り巻き達。
 彼らの中には、セレナに重傷を治して貰った男がいた。
 そりゃあ、あれだけの傷を治して貰えたなら信者になるのも仕方がないのかもしれない。
 だが、それ以上の治療をアクアだって行なってきていたはずだ。
 普段の素行がと言われれば何も言えないが、蘇生までしたアクアの方が、もっと崇められそうなものだ。

 なんだろう、後少しの所まで来ている気がする。
 セレナの元へ相談に行ったが、願いを叶えてもらえなかったゆんゆんはまともでいられた。
 そして、セレナが俺の手によって下着姿になり、それを拝んだ連中は軒並み信者に。
 つまり……!

「サトウ殿! ぼーっとしていないでちゃんと答えて頂きたい! あの女の秘密についてだ! ほら、とっとと言わないか!」

 ……あっ。
「あああああああああ! んだよもおおおおおー! 後少しで考えがまとまりそうだったのに、良い所で邪魔しやがって行き遅れ騎士が!」
「ああっ、言った!! 今、言ってはいけない事を言った! 我々女騎士は好きで行き遅れている訳ではないぞ、子供が出来れば任務に支障が出てしまうので、その辺をサポートしてくれる理解ある素敵な男性が現れるまで期待して……、耳を塞ぐなサトウ殿! 自分の話を聞いて欲しい! そして行き遅れ呼ばわりするなら、サトウ殿の知り合いの素敵な男性を……!」

 机を揺らしてわあわあと騒ぐ女騎士の言葉を頭から締め出して、俺は考えをまとめていく。
 セレナに傀儡にされる条件として、まあ貸しを作るとか感謝の気持ち的な物を利用されるとかそんな所だろう。
 では、傀儡化を解くには?
  もしかしたら、アクアを連れてくれば手っ取り早いのかもしれないがそれも出来ない。

 ……まあ、そんな事に頭を巡らせる前に。
「サトウ殿! 性格は破綻していてもいいから年収がそこそこあって、後は……。家事だな、家事が出来る旦那がいい。そして、一日一回、ちゃんと愛してるよと言ってくれる……!」
「おい署長。ちょっとちょっと」
「……なんだ?」
 何か妙な事を口走っていた女騎士は、なぜか不機嫌そうな顔をした。
 そんな女騎士に。

「ちょっと頼みがあるんだけど。手紙を出したいんだよ、超速達で。金に糸目は付けないから、王都に居る知り合いに手紙の配達を頼みたいんだが」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「では、サトウ様、どうかお気をつけて! 何か困った事がありましたら、何時でも自分を頼って頂ければ!」
「あ、ああ……。ど、どうも……」
 俺が手紙を出してから数日後。
 態度が豹変した女騎士の俺への敬礼は、先日ダクネスに対して行なっていた敬礼にも匹敵する、それは見事なものだった。
 彼女の中では、どうやら俺は大貴族に匹敵する人間として認識されたらしい。

 俺がサラサラッと書いた手紙を、王都に住んでいる二人の女性に届けてもらったのだが。
「まさか、サトウ様がダスティネス卿だけでなく、クレア様にまで繋がりをお持ちのお方だったとは……。しかもあのクレア様が直筆で、絶対に絶対にサトウ様には失礼の無い対応をするようにと言及されるだなんて、こんな事は初めて聞きましたよ……」

 手紙を送ってもらったのはクレアとか言った白スーツ。
 ついでに、レインと言った魔術師のお姉さんにも手紙を送ってもらった。

 女騎士が、昨日までのあの凛とした態度はどこへやら。
 手揉みしながら、ニコニコと素敵な笑顔を浮かべている。
「レイン殿が、クレア様の手紙を携えて泣きながらここに駆け込んできた時は何事かと思いましたよ。サトウ様ったら、なんて女たらし! ダスティネス卿だけでなく、クレア様やレイン殿まで……!」
「いやまあその……。違うんだけどもまあいいか……」
 と言うか、お前は誰だと言いたい。

 女騎士は、俺がクレアやレインとも親しい仲だと思い込んでいる様だ。
 手紙には、俺が記憶を取り戻した事と、いずれ是非ともお礼に行きたい事などを書いておいた。
 後は追伸として、現在ちょっと困った状況に陥っており、二人のお墨付きでも貰えたら何かと助かりますと添えただけだ。
 手紙を届けに行った職員から俺の現在の状況を聞き、クレアとレインの連名で俺の仮釈放の保証人となってくれたらしい。

「……所でその肝心の二人は? あいつらに一言挨拶してやりたいんだが」
「クレア様は、今日からしばらく、遠く離れた隠れ別荘に避暑に行くので、王都に来ても絶対に居ませんとの事。レイン殿は、先ほどサトウ様を急遽開放するようにと言及し、連名の保証人としての書類を置いた後、テレポートでどこかに消えてしまいましたよ」

 おっと、どれだけ嫌われているのか。

 俺は女騎士の案内を受けて警察署の入り口へ。
 見れば、他の職員達も直立不動の敬礼でピクリとも動かずに見送り体勢でいた。
 女騎士が後ろ手に腕を組み、小首を傾げながら笑顔を浮かべた。
「サトウ様。これで今後は、この街で多少の事があっても見て見ぬ振りが出来ますので、どうかあのプリーストをご存分に、調査なり嫌がらせなりなんなりどうぞ!」
「あ、ああ、どうも……」
 この街は大丈夫なんだろうか。

 分かり易い騎士と言うか貴族と言うか……。
「というか、ダクネスに対して憧れだとか言っていたから、もっと真面目な人だと思ってたんですが」
「あれだけの大貴族ならばどこの美形貴族の長男でも食い放題なのに、それでも独り身を貫く所が、我々独り身貴族の憧れでありカッコイイと言っているのです。……そう言えば。サトウ様はこんな素晴らしい人脈その他を持ちながら、確か屋敷までお持ちだった様な。……しかも富豪と呼んでも良いぐらいの財産を築き上げてはいませんでしたか?」
「……い、一応」

 …………。

「自分は、二三歳独身、意外と尽くすタイプで、脱いだら凄いと評判のアロエリーナと申しま……」
「それでは! 大変お世話になりました、いずれまたお礼はさせて頂きますので!」
 嫌な予感しかしない俺は、慌てて警察署を後にした。



 手厚い見送りの中警察署を出ると、その眩しさに目が眩む。
 暗い留置所に慣れたせいだろうか。
 目が眩んで良く見えないでいると、俺はそこに誰かが立っているのに気が付いた。

 夏の朝の日差しを受けて、眩しくも鮮烈に輝く流れる青髪。
 優しげな印象を与える淡い水色の羽衣。
 そこには、久しぶりに会うアクアが、穏やかで優しげな笑みで手を広げて立っていた。
 まるで、久しぶりに帰ってきた仲間を迎えてくれるような。

「カズマ、お帰りなさい! お勤めご苦労様!」

 屋敷に閉じ込もっていろと言ったのに、どうして毎度毎度コイツだけは人の言う事聞けないのか。
 しかし、ほんの少しだけ嬉しくもある。
 事情は知らないとはいえ、現在屋敷の外は危険だと聞かされても、わざわざこうして俺の出所を出迎えてくれたのだ。
 俺はアクアに、何となくホッと安心しながら近付くと……、
「これでカズマは私よりも犯罪歴が多くなっちゃったわね。もう私の事を前科者だとか言えないわね。ねえ、どんな気持ち? 以前は私の事を散々前科者ってからかってくれたカズマさん。どんな気持ち? 今どんな気持ちなの?」

 …………。
 こんのアマー!

「お前、ひょっとしてそんなしょうもない事言う為だけにここで待ってたのか! お前ふざけんなよ、そもそもなんで俺が何度も何度も警察に厄介になってると思ってやがる! 大体、俺のは軽犯罪だぞ! 裁判まで行われたお前のネズミ講と一緒にすんな重犯罪者が!」
「わあああああーっ! 女神様に重犯罪者って言った! あんたふざけんじゃないわよバチ当たるわよクソニート、じゃあ何で何度も何度も警察のお世話になってるのか言ってご覧なさいな! ほら言ってみて! やましい事がないなら早く言ってみて!」
 ああもう、久しぶりに会ったのに引っ叩いてやりたい、それが言えたら苦労は無いのに!

 と言うか、あれだけ怒り狂っていたセレナの事だ。
 俺の出所を待って襲撃してこないとも限らない。
 万が一最悪の事態に陥ったとしても、極端な話、アクアさえ無事でいてくれれば蘇生の魔法でどうにかなってしまう。
 それはあくまで最後の手段だが。

 俺はしっしっと手をやりながら、アクアに言った。
「ああもう、悪かったよ。あのプリーストが気に食わなくてムシャクシャしてやったんだ。他には特に理由なんてないから、お前はとっとと屋敷に帰って閉じ篭ってろ。そもそもダクネスとめぐみんはどうしたんだよ、お前のお守りを頼んどいたのに」
「あの二人は私の必殺芸、百式朧の虜になっているわ。一度発動すると、終わるのに半日を超える大演目よ。と言うか、もう屋敷に篭ってるのに飽きたの。閉じ籠るのがお仕事のニートと違って、ずっと家に篭ってるなんて飽き飽きなんです。カズマばっかりズルイわよ、ここ最近外泊ばかりじゃない。私も連れて行きなさいよ」
 言いながら、俺の隣に立つアクア。
 どうやらコイツは、俺が今から何をする気かも知らないくせに付いて来る気満々の様だ。
 その必殺芸は俺も今度見せてもらうとして、コイツはどうすればいいのだろう。

 まあ、取り敢えずは腹ごしらえだ。
 警察署の飯は量が少ない。
 飯でも食いながら、そこでアクアの説得でも……。

 今後の事に頭を巡らせながら、勝手に付いて来るアクアを連れて、適当な店に入ろうと街中を歩いていると。
 ……目の前から見覚えのある集団が現れた。
 それはもちろん。

「よう、早かったなサトウカズマ。待ってたぜえ……? 今日はお仲間も一緒か? さあ、とっととケリを付けようか。今のあたしはハラワタ煮えくり返ってるんだよ!」

 目を血走らせて、元の温厚そうな上っ面なんてどこかに行ったセレナと、その取り巻き達だった。








「カズマさーん! カズマさーん!! どういう事!? なんで皆が追い掛けて来るの!? 私、皆に追い掛けられる様な事なんて……! ……少ししか心当たり無いんですけど!」
「少しはあるのか、アイツらが正気に戻ったらちゃんと謝っとけ! ちくしょー! あの女、俺が警察に居る間にどれだけ信者を増やしたんだよ! 街中の連中もこんな事態だってのに見向きもしねえ!」

 俺とアクアは街中を逃げ回っていた。
 と言うか、追い掛けて来る冒険者の人数は十人程度のものなのだが、街中の連中がこんな騒ぎを見ても何の反応もしない。
 一時的にアクアの支援魔法で足を強化され、今の所は何とか追い付かれずにはいるものの、やがて追い詰められるのも時間の問題だろう。
 と言うか。

「あいつ、もっと頭脳派だと思ってたのに! ちょっと嫌がらせしたぐらいで短気すぎるだろ、どんどん行動が大雑把になって来てるぞ!」
 以前俺を襲ってきた時は人の目を気にしてはいた。
 それが無くなり、行動にも制限が無くなってきたと言う事は、それだけこの街での洗脳が進んでいると言う事でもある。

 隣を半泣きで走るアクアが叫ぶ。
「ねえー! 私、カズマの罪状はセクハラだって聞いたんですけど! あの温厚だったプリーストがあんなに怒るだなんて、一体どんな事したの!?」
「大した事はしてねーよ! ちょっとした嫌がらせの数々の後、ちょっと家から出られないように氷で入り口固めてみたり、変な噂流してみたり、大量の人を呼んで、そいつらに小一時間位セレナの下着姿を晒しただけだ!」
「それは多分、殺されたって仕方ないと思うの」
 ちくしょー!

 道中の店先に並ぶ商品をワザとひっくり返して、道に障害物として果物などをぶちまける。
 俺が駆け抜けた後で背後から罵声が飛ぶが、一々謝ったり弁償したりする時間も無い。
 セレナがこうして街中を堂々と追い掛けて来ている以上、相当数の人間が敵に回っていると考えるのが自然だろう。
 もはや誰が傀儡化しているのか、俺にはもう分からない。
 なので、俺とアクアは自然と人の少ない方へと駆けて行く。
 アクアは事情は分からないながらも、素直に俺の隣で逃げている。
 コイツに何かあれば蘇生自体が出来なくなる。
 アクアを警察署に逃げ込ませるか?
 それとも、このまま屋敷に……!

「おいアクア、お前この街の連中を見て何か感じないのか!? ダクネスの親父さんに呪いが掛かってた時は一発で見抜いただろ! 邪悪な力を何も感じないのか!?」
「私のくもりなきまなこによれば、この街で今一番邪悪な男が私の隣を走っているわね」
 このアマ!

 もうコイツを逃がすとか考えず、いっそ足を引っ掛けて転ばして、その隙に逃げてやろうかと考えていると、背後からセレナの勝ち誇った様な声が掛けられた。
「その曲がり角の先は行き止まりだサトウカズマ! 残念だったな、道々の人の配置に気付かなかったかい? あんたは人の少ない方へと誘い込まれていたって事さ! その先には……!」

 そう、この角の先は行き止まりで、しかも高い壁がある。
 そんな事は一年近くこの街で暮らしていれば、もちろん知ってる。

「おいアクア、このままじゃ追い付かれる。お前は壁に手を付いて背中を丸めろ! そうしたら、俺がお前を台にして壁を登る! そして俺が、壁の上からお前を引っ張り上げるって寸法だ!」
「なるほど素晴らしい考えね! じゃあカズマが壁に手を付いて! 私が先に登ってカズマを引っ張り上げるから!」
 こっ、こいつ……!
 俺の全力疾走に併走していたアクアは息も切らさず、すかさずそんな事を叫んできた。
 お互いが何を考えているのかぐらい、一年近く一緒に居ればもちろん分かる。
 俺とアクアはほぼ同時に角を曲がると……!

「はあっ……! はあっ……! や、やっと観念したのかサトウカズマ……! い、良いプリースト連れてるじゃねえか、なかなかの……、はあ……はあ……、支援魔法だ……、はあ……はあ……」
 息も絶え絶えのセレナが、曲がり角の手前で立ち尽くしている俺とアクアに追い付くと、荒い息で言ってきた。

 やがてセレナは気付いたらしい。
 俺とアクアが、観念したから立ち止まっている訳ではない事に。
 セレナが、立ち止まっている俺とアクアの視線の先を目で追った。

 そこには……。


「へいらっしゃい! お待ちしておりましたよお客様! 本日は天気も良いので、店主と共に出張露店である!」
「あっ、いらっしゃいませ! バニルさんの言う通り、本当にこんな所にお客さんが!」

 ウィズとバニルが袋小路の地面に敷物を敷いて、そこで露店を開いていた。


 もうやだ、この見通す悪魔。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ねえこれ何売ってるの? ……ってゆーか、あんた大丈夫なの? 頭から煙が出てるわよ?」
「日焼け止めを塗ってきたんですが、今日は特に日差しが強いので……。でも大丈夫ですよ。バニルさんが今日は儲かる日だとおっしゃって、私の朝ご飯を大盛りにしてくれましたから。多少蒸発してもすぐに体が再生されますし、いよいよ危なくなったなら、どこかでお水でも……、あっ、アクア様、それはバニルさんの今日のオススメ商品らしいですよ」

 アクアがウィズの傍に屈み込み、その商品を物色している。
 ウィズとアクアが場違いに和やかな会話をしている中。

「おいこらバニル、どういう事だ。あんた、あたしから有り金巻き上げといてまだ足りないってのか?」
「お前、この世の全ての事象を裏で操ってたりしないだろうな。と言うか、なんで緊張感満載で追い詰められた先で行商してんだよ。お前何処まで見通してたんだよコラ」
 俺とセレナがバニルに対して詰め寄っていた。

 散々俺を追いかけていたセレナの取り巻きは、命令でも受けたのか、ちょっと離れた所でジッとしている。
 詰め寄る俺とセレナにバニルが笑い、
「フハハハハハハ! まあ、そう怒るな御両人! 現在の我輩は金を稼ぐのが仕事である為、金の匂いのする所には何処にでも現れる。なに、ちゃんとお互いが欲しがるオススメアイテムを用意してきた。どうだ、見ていくか?」
 バニルはともかく、ウィズの前で戦いをおっ始める訳にもいかず。
 俺とセレナは互いに目配せをし合うと、取り敢えずは休戦と言う事に。

 いや、いっそウィズにチクっちまうか?
 バニルやウィズがいて女神のアクアすらいる状況なら、どうにでもなりそうな気がする。
 問題は、俺と仲が良いとはいえウィズやバニルがどちらに付くかだが。
 俺はウィズやバニルが、セレナとどんな仲なのかを知らない。
 知っているのは元同僚だと言う事ぐらいだ。
 ウィズに関しては、名前だけとは言え一応は今でも幹部だ。

 まさか二人共、セレナと共にこの街を攻撃するって事は無いとは思うが……。
「おい、妙な考えは起こすなよ? お互い、今日の所は穏やかに行こうぜ」

 そんな俺の考えを見透かしたように、セレナが耳元に顔を寄せて囁いた。
 ……こいつは、今までの幹部連中と違って頭が回るのが厄介だ。

「さあさあお二人さん。そんな所で内緒話などしておらず、我輩の商品を見てはいかんかね? 見通す力など使わなくとも、きっと二人が飛びつく事請け合いである」

 バニルの胡散臭いその言葉に、俺とセレナが顔を見合わせた。
 やがてバニルが一枚の紙を取り出すと。
「まずはこちら! この街でどんな事を企んでいようが、その者の邪魔をしないと言う我輩の誓約書……」
 バニルが皆まで言い終わる事なく、それをセレナが奪い取った。

 そう言えばバニルは、セレナの正体はお客様の個人情報だから守ると言ったが、セレナの邪魔をしないとは言ってない。
 悪魔であるバニルは、契約にはうるさそうだ。
 くそっ、俺が奪っちまえば良かった。

「なあバニル、俺の方が間違いなく高値を出せるぞ。それ、俺に売らないか?」
 俺の言葉にセレナが勝ち誇った様に。
「おいおい、こう言うのは早い者勝ちだろ? ほらバニル、幾らだ?」
「二十三万飛んで三百三十エリス」
「また有り金か! ここ最近少しずつ貯めたってのに、お前いい加減にしろよ!」
 セレナが怒鳴りながら、財布をバニルに投げつけた。
「毎度ありー!」

 ……あっ。
「おいセレナ、そう言えばお前に金貸してたよな! おい、今返せ! 人を追い回すなら今返せよ! そうすりゃバニルから買ったそれは返さなきゃいけなくなるよな?」
「こっ、この野郎……! 畜生、おいお前!」
 俺の言葉に、セレナが取り巻きの一人を呼んだ。
 ぼーっと突っ立っていたそいつは、無表情のままセレナに近付く。
「おい、金寄越せ。ええっと、幾らだっけ。……ああ、お前はあたしの下着を見やがったからな、その分の金を引いといてやる! ほらよ、これでいいか!」
 セレナは取り巻きの一人から金を奪い、それを俺に渡してきた。
 クソ、流石にそう上手くはいかないか。

 ……と。
「…………? ……あ、あれ……? 俺、こんな所で何やって……?」
「チッ!」
 セレナに金を取られた冒険者が、一瞬正気を取り戻し。
 それを見てセレナが舌打ちした。

 …………ほう。

「あの、ちょっといいですか?」
「おかしいな、俺は確か……。あ、はい、なんすかセレナさん。スカートの端なんて持っちゃって……。……ッ!?」

 セレナが恥ずかしそうにしながらも、自らスカートの端をまくり、そのスカートの中身を男に見せつけた。
「その……。これを見てどう思う?」
「ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございま……す……」
 セレナのスカートの中身を見て、拝み出した男。
 それがやがて、表情がぼーっとした物になっていく。
 ……………………ほほう。

「ねえ見た? ちょっとあの清楚系のふりしたプリースト、今とんでもない事やらかしたわよ! とんだ痴女だわイヤラシイ!」
「セレスディナさんったら、あんなにガサツだったのに、ちょっと見ない内に大胆に……」
「? なーに、セレスディナって。あんた、あのプリーストと知り合いなの?」

 セレナの行動を見ていたウィズとアクアが、それを遠巻きにしてヒソヒソと話していた。

 そんな二人を意に介さず、大人しくなった男を見ていたセレナが、俺の視線に気付いたのかチッと舌打ちしてソッポを向いた。
「おいバニル! これで、あたしの邪魔はしないんだな! この紙はあたしとの契約って事でいいんだな?」
「うむ、契約でいいぞ。我々悪魔は契約は決して破らぬ。安心するといい。……さて小僧」

 ううむ、やはりセレナに借りを作ると支配されるって事らしい。
 そして、傀儡状態を解くには、セレナに別の形でもいいから受けた恩でも何でも、その借りを返す事。
 先ほど、男がセレナに金を取られた時の様に。 
 セレナが男にパンツ見せたのは、きっと俺に茶巾にされた時に一気に信者が増えた為、それで味をしめたのだろう。
 確かに、手っ取り早く傀儡化させるには良い手段かもしれない。

「おい小僧。次は貴様に取って置きの商品があるぞ」

 ……あれっ、でもそう言えば。
 セレナが茶巾状態になった時、セレナの下着を見た、既に傀儡化していた取り巻きが一瞬正気に戻っていた。
 あれはどう言う事だろう。

「……おい、ここ最近の外泊続きで、とあるサービスを使い、屋敷の二人はおろかこの場に居る女性陣の殆どをお楽しみ対象にした……」
「よし商品を見せてもらおうかな! 何だバニル、一体何を買って欲しいんだ! 懐暖かいから何だって買ってやるぞ!」

 セレナが俺をゴミを見る目で見詰める中、俺はバニルの用意した商品を……。

「……なにこれ」
「それはウチのポンコツ店主が昔仕入れた、特殊な状態異常である、傀儡という状態異常を解除するポーションでな。本来ならばそんな特殊能力を使うモンスターなどもう生存しておらず、現在ではどこかのマイナーな邪神ぐらいしか扱わない状態異常なのだが……」
「ちょっ!?」
 とんでもない便利アイテムを出してきたバニルに、セレナが驚いて声を上げた。
 俺はバニルからそのポーションを受け取ると。
「これしか無いのか?」
 俺のその質問に、バニルがウィズの方を指さした。
 そこに屈み込むアクアの前に、沢山のポーション瓶が置いてある。
 クソ、確かに助かるは助かるが、ここまでバニルの思う通りに手球に取られると、流石に悔しい物がある。
 敵同士とは言え、恐らくはセレナも同じだろう。
 セレナがそのポーションを見て、苦々しげに言ってきた。

「……あたしの邪魔はしないって話じゃなかったのかよ?」
「フハハハハ、見通す悪魔が断言しよう! このポーションを小僧が持っていても、貴様の邪魔にはならぬ! それどころか小僧がこれを持っている事を、きっと貴様は深く感謝する時が来る。さあ小僧、今くれてやったのはサービスだ! あちらに並ぶ一ケース! お値段据え置きの……」
 機嫌良さそうに大声で笑いながら、バニルがポーションの入ったケースの方へと手を向けた。



「ああっ、アクア様何するんですか。それは、今はもう使い道の無いポーションですが、バニルさんがせっせと朝から用意していた物なんですよ。瓶に指突っ込んじゃダメですよ」
「そんな事言ったってあんた、太陽の光を浴びて大分薄くなってきてるわよ。ちょっと水分取りなさい。使い道の無いポーションなら良いじゃない。ほら、全部綺麗な水に変えてあげたからこれ頭から被んなさい」
「すいませんアクア様、ありがとうございます……。……でも、アクア様の神聖な力が少し混じっててピリピリするんですが」

「「「……………………」」」

 二人のやり取りを見て、思わず俺とバニル、セレナの三人が無言になる。
 そんな中、散々人を手玉に取ってきたバニル一人が、ウィズとアクアを見ながら呆然として固まっていた。

「「……ブフッ!」」
「!」


 本当は笑い事では無いのだが、俺はセレナと同時に吹き出した。
セレナ編、もうちょっとだけ続くんです。
引っ張って申し訳ない。


※現在ピクシブにて、様々な方がイラストを描いてくれております。
今まで何度かメッセージでイラストの掲載許可を求められたりもしましたが、わざわざ作者の許可なんて要りません。
筆の荒ぶるままに、どんなものでもお好きにどうぞ。
ありがてえありがてえ。
感謝ですよー。


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