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五部
16話
 薄暗い部屋の中。

「……自分がいつまでも温厚でいると思うなよ。もう一度だけ聞くぞ。……サトウ殿。貴公は先日、何の罪も無いプリーストにドロップキックを食らわせた訳だが、この件において間違いはないな?」
「ないです」

 もう何度目かになる俺の素直な返答に、目の前の茶髪の女騎士が、コメカミをひくつかせながらも頷いた。

「……よし。では、貴公は突然通りすがりのこのプリーストの後ろ頭が気になって気になって仕方がなくなり、発作的に追いかけ、ドロップキックを食らわせたくてしょうがなくなった。そして、その気配に気付いたプリーストが振り向いた為、貴公は彼女の顔面にドロップキックを食らわせてしまったと。つまり、ムシャクシャしてやった。こういう事か」
「そういう事です」

 パキンという音と共に、女騎士の握っていたペンがへし折れた。

「…………そのプリーストは、私が先日、ダスティネス卿の命により身辺調査を頼まれていた相手なのだが、今回の件に関してその辺は全く関係ないんだな?」
「な、ないと……。思います…………」

 女騎士が、手にしていたペンの残骸を投げ捨てた。
 そして、バンと俺と女騎士の間にある机を叩くと……!

「貴様! 我々を無能な大馬鹿者だとでも思っているのか! あのプリーストについては我々も色々と調べているのだ、そんないい加減な言い訳が本気で通じるとでも思っているのか!」
「や、止めろお! 暴力による違法な取り調べだ! 弁護士だ、弁護士を呼べえ!」
 机越しに俺の胸ぐらを掴んでくる女騎士。
 その手から逃れようとするが、いかんせん今の俺は両手を鎖で拘束されている。
 逃げようとした所を、手に繋がれた鎖を引っ張られ、あえなく女騎士に首根っこを掴まれた。

「サトウ殿! 自分とてこの街の騎士の端くれだ! この警察署の監督を任されている者だ! 当然、最近この街がおかしな雰囲気になっている事ぐらい、自分にだって分かる! 貴公は何かを知っているな? 貴公は悪名高いとは言え、何の意味もなく女性に蹴りをくれる男ではないはずだ! 度々この街に貢献している貴公の功績から考えみるに、何かある! さあ言え! 何を隠している! そして、この街に何が起こっている!」
「お、俺は何も知らない! や、止めろお、お前ダクネスの家より格下の騎士だろ! チクるぞ! 取り調べの際に、あんたからとても口に出せない様なセクハラされたって、ダクネスにチクってやるからな!」
「お、おい、捏造するな! 大体、ダスティネス卿は公正で知られる方だ。貴公がダスティネス卿と同じパーティなのは知っているが、あの方はそんな事を言われたぐらいで不当に権力を行使したりはしない。残念だったな!」

 堂々と宣言しながら、俺を上から押さえ込み勝ち誇った笑みを浮かべる女騎士。
 悔しいっ!

「し、失礼します!」 
 そんな折、ドアの外から声がした。
 女騎士は、俺から視線は外さずに。
「なんだ、自分は今忙しい。先ほどから屁理屈ばかりゴネるこの男を……!」
「その……。ダスティネス卿がお見えなのですが……」
「!?」
 そのドアの外の声に、茶髪の女騎士が俺を掴んでいた手を離した。




 ここは街の警察署内の取調室である。
 セレナに大衆の面前で蹴りをくれてやった俺は、気が付くとここの中に拘留されていた。

 セレナへの攻撃は、やはり全て跳ね返ってくるらしい。
 ドロップキックをくれてやった瞬間に強烈な激痛と共に気を失った俺だったが、あの後アクアが治療したのか、今は痛みも傷もない。

 そして現在。
 先ほどから、ここの警察署の署長を務めているらしい、女騎士直々に事情聴取を受けていた訳なのだが……。

「ダスティネス卿がどうして此処に? あの方は公正な方だ。仲間だから手心を加えろとはおっしゃるまい。何か隠しているこの男から聴取が終わり次第、ダスティネス卿の元へ顔を出す。この男は曲がりなりにもかなりの功績のある冒険者だ。留置場内での短めの拘留措置だけで済むだろう。ダスティネス卿にはそれを伝え、詳しい事は後で報告すると、そう伝えてくれ」
 女騎士が、取調室のドアに顔も向けずにそう告げた。

 マズイなあ……。
 俺としては、セレナの事をペラペラ喋る訳にはいかない。
 頭の硬そうなこの女騎士やダクネスなんかには、特に言う訳にはいかない。
 ダクネスに頼んでここから出してもらうつもりでいたのだが、不正を嫌うダクネスだ。
 事情も話せないとあっては、流石に聞く耳持ってはくれないだろう。

 そんな事を考えていると、報告に来た男の困った様な声がした。

「そ、それが……」
「……? どうした?」

 報告に来た男の様子に、女騎士が怪訝そうにドアの方を振り向くと。
 スッとドアが開けられて、そこには……、
「ああ、すまない私だ。勝手に入らせて貰っている」

 報告に来た男の後ろに、ダクネスが居た。

 男が一礼し、ドアの外から立ち去る中。
 女騎士はダクネスの姿を見るやいなや、途端に直立し、敬礼した。
 女騎士から開放された俺が叫ぶ。
「ララティーナ様ー!」
「こ、こらっ、ララティーナと呼ぶな! ……失礼。ええと、どうだ? この男から何か聞き出せたか?」
 俺の呼び掛けに若干困った顔をしながら、ダクネスが女騎士に尋ねた。

 女騎士が直立不動の姿勢のままで。
「ハッ! この男、何かを知っているのは間違いないのですが、遊ぶ金欲しさにやっただの、ムシャクシャしてやった、今は反省しているだのと、聞く度に動機や言い訳がコロコロ変わり……。少々お待ちを、必ず隠している何かを吐かせてみせますので!」
 その生真面目な女騎士の返事に、ダクネスが俺を真っ直ぐ見つめた。

「……カズマ。あの女の秘密は、私やめぐみん、アクアにも話せない事か?」

 それに、俺は無言でこっくり頷いた。
 それを見て、ダクネスがしばらく無言になる。

「……誰かに話すとマズイ事になるんだな? この件は、お前一人で解決する。そういう事か? ……答えられないなら無言のままで構わないぞ」
「………………」
 俺は無言のまま、ダクネスの目をジッと見る。

 やがてダクネスの方から目を逸らし、そして女騎士の方をチラと見て、後ろめたそうに目を泳がせながら頬を掻く。
 そして、女騎士に実に申し訳なさそうに。
「ん……、その……。署長。どうだろう、ここは一つ、私の顔を立ててこの男を見逃してやってはくれないか? これまでのこの街での功績、そして今回は初犯という事で……」
「はっ? ……ええっと。その。……ほ、本気ですかダスティネス卿? 被害者からは被害届は出ていませんから構いませんが……。しかし、そういった事に権力を使う事を嫌っていたあなたが?」
 女騎士が、驚きと共に戸惑った表情で俺とダクネスを交互に見る。
 ダクネスを見る女騎士のその顔は、信じられないとでも言いたげな表情だ。
 女騎士は驚いた顔をしながらも、俺の片手に繋がれている手枷の鍵をダクネスに手渡した。

 と言うか、多分俺がダクネスを見ている表情も女騎士と同じような顔だろう。
 領主に身売りする様な状況に陥ってすら権力の行使をしなかったコイツが、こんな形で力を使うとか。

 そんな俺や女騎士の視線を気にもせず、ダクネスが。

「カズマ、何も言わなくていい。後の事はお前に任せた。だが、後始末ぐらいは私に任せろ。……その、こんな時ぐらいは私を頼れ」
「ダスティネス様ー!」
「こっ、こらっ抱きつくな! 暴れると鎖が解けない!」

 頭の硬いダクネスが。
 あの、規律やら人としての義務だとかに口やかましいダクネスが。
 自分を曲げてまで俺を信じて助けてくれた事に嬉しくなり、鎖をジャラつかせてしがみ付くと、ダクネスが抱きつかれたまま抵抗もせず、困り顔で俺の手枷の鎖を解く。

 そんな俺とダクネスの様子を見ていた女騎士は、呆然とした表情のままダクネスに。
「そ、その……。ダスティネス卿、サトウ殿とはただのパーティメンバーな間柄ではないのです……か……?」
 おずおずと。
 そんな事を聞いてきた。

 ダクネスは若干頬を赤らめつつも、無表情を装って、俺の手の鎖を解きながら。
「……ただのパーティメンバーだ。……そうだな? カズマ」
「……まあ一応」
 俺の返事に、ダクネスがホッとした様な、それでいてその顔に、どこか寂しそうな翳りを見せた。
 それを聞いて、女騎士もホッとした様に息を吐く。

「で、ですよね……。ダスティネス卿は、凛としていて自分に厳しく、自分達独り身の女騎士達の憧れの様なものです。それが、こんな悪名高い男に……。しかも、平民の男となんて無いですよね……。そうですか、パーティメンバー……」
「そうです、パーティメンバーです。一緒に狭い空間に閉じ込もって二人きりで密着してみたり、ダクネスの実家に夜這いに行って押し倒したり、最近では、逆に俺がベッドに押し倒されたり。そんな程度の間柄です」
「!!?!」
「ちちち、ちがー!? 違うんだ、そそ、それはちがー!」

 愕然とした表情で立ち尽くす女騎士と、途端に慌てふためくダクネス。

「おおおお、お二人は……!? その、アレですよね! 仲間同士ですもの、お遊びと言いますか、じゃれ合っているとかそんな感じですよねダスティネス卿!」
「あわわ、そ、そうだ、そんな感じで! そんな、そんな感じなので……!」

 なぜか必死な女騎士と、オロオロと言い訳するダクネス。
 俺はそんな二人を見ながら手枷を付けられていた部分をさすり。

「……キスはされた」
「「!?」」

 女騎士が、立ち尽くしたまま赤い顔で口をパクパクさせる中。
 ダクネスが、耳まで赤くして俺の背中に顔を埋め、そのまま背中にしがみついたままズルズルと崩れ落ちていった。





 警察署から無事開放された俺は、ダクネスに愚痴られていた。

「……全く。お前と言う奴は全く。どうするんだ、あれでは他の貴族や騎士達に噂される。もうお前が捕まっても私は助けに行かないからな。…………と言うか、もう絶対あそこには行けない……っ!」
「でも嘘は何一つ吐いていないんですが」
 未だ赤い顔をしているダクネスが、俺の言葉にキッと睨みつけてきた。
 しかし若干ソワソワし、困った顔ながらも、別に怒っている様子ではない。
 そこまで機嫌は悪くなさそうだと踏んで、俺はダクネスに切り出した。

「なあダクネス。頼みがあるんだ」








「どうか、恥ずかしがらずにお話下さい。さあ、どんな悩みでも遠慮なさらず…………あら、これはこれはカズマ様」
「やあセレナ。カズマ様だなんて余所余所しい。呼び捨てで構わないさ」

 冒険者ギルドの前の通りでは、セレナが一人の悩んだ様子の冒険者に手を差し伸べていた。
 そこに丁度出くわした俺は、こちらにニコニコと笑い掛けてくるセレナに、こちらも同じく笑い掛ける。

 ダクネスには、アクアやめぐみんと共にしばらく家から出ない様に頼んでおいた。
 更にはアクアに、屋敷に念入りに結界を張る様に。そして、アクアとめぐみんに、俺がしばらく帰らない事を伝えて貰った。

 セレナは、先日俺に攻撃を受けた事など無かったかの様に、平然と話し掛けてくる。
 俺も何事も無かったかの様に、笑みを浮かべたまま話し掛けた。
「相変わらず迷える冒険者達の相談に乗ってやっているのか。毎日大変だな。手伝ってやろうか?」
「いえいえ、お忙しいカズマ様の手を煩わせる訳にも参りませんから。どうか、カズマ様はそのお力でモンスターなどを退治に行かれてはどうですか?」

 何気ない世間話をしているだけなのだが、セレナの取り巻き冒険者達がなぜか怯えた表情を浮かべる。
 取り巻きの連中は、先日、俺がセレナにドロップキックを食らわせた際に居合わせていた者が多い。
 彼らの目には、そんな事があったというのに自然に会話している俺とセレナが奇異に映ったのだろう。
 セレナにやんわりと断られたにも関わらず、取り巻きから少し離れた位置に腰を下ろした俺を、取り巻き含め、セレナが少し迷惑そうな顔でチラチラと気にしていた。

 しばらく俺を気にしていたセレナは、やがて気を取り直したかの様に。
「……失礼しました。では、どうかあなたの悩みをこの私に話しては頂けませんか?」
 俺とセレナのやり取りを見守り、大人しく待っていた冒険者に、にこやかな笑顔を浮かべて言った。

 その冒険者は、しばらく逡巡した後、意を決した様に。
「その……。俺、どんなに告白しても上手くいかなくて。いつも、女性とそこそこ仲良くなると、大概の女性はあなたってとっても良い人ねって言ってくれるんです。言ってくれるんですけど、じゃあ俺と付き合って欲しいって言うと、やんわりと断られるって言うか……」

 ありがちな話だ。
 俺は興味も無さ気に地面の小石を拾いあげ、指で弾いて飛ばしていると、そんな俺の行動をちょっと気にしながら、セレナが悩める冒険者にニコリと笑う。

「良い人と言うのは、最高の褒め言葉ではありませんか。格好の良い人というのは、いずれ年と共にその魅力は衰えていきます。でも、良い人というあなたの魅力は、年を取っても決して色褪せない素敵な魅力です。……そのまま良い人でいて下さい。色んな方に良い人と呼ばれるあなたは、とても魅力的な方だと思いますよ? 悩んだり、落ち込んだりするのはまだ早いです。あなたの事を好きだと言ってくれる方が、必ず現れますから……」
 穏やかに笑みを浮かべて、当たり障りの無い助言をするセレナ。
 こういった悩み事には、一々邪神の力は使わない様だ。

 相談していた冒険者は、暗かった表情を少しだけ輝かせ。
「は、はい……! その、毎回同じ断られ方ばかりするもので、少し落ち込んでいたんですが……。おかげで少し元気出ました! セレナ様、ありがとうござい……」




「そんなにそいつが魅力的だと言うのなら、セレナが付き合ってあげたら良いじゃない」




 冒険者がセレナに礼を言う寸前。
 俺が無責任に放った一言に、セレナや取り巻きが固まった。
 悩みを打ち明けていた冒険者が、ゆっくりと俺を見る。
 その顔は、その発想は無かったとでも言いたげで、それでいてどこか不安そうな。
 そんな冒険者に、俺はそっと後押ししてやる事にした。

 俺だって、たまには人助けだってするのだ。
 鬼畜だの何だの心無い事を言われちゃいるが、目の前で困っている奴がいれば俺だって。

「セレナはあんたの事を魅力的だとまで言ってくれたんだぞ。ここまで向こうから積極的にアピールしてるのに、あんたが勇気を振り絞らなくてどうすんだ! お前さんが今まで振られてきたのは、今この時、セレナと結ばれる為だったんだよ!」
「ま、マジかよ! よ、よし……。セレナ様!」
「い、良い人なんですけどちょっと……」

 まだ告白もしていなかった冒険者は、セレナに先に言われ、ワッと声を上げて駆け出そうと……。

 その逃げようとする冒険者の手を俺は咄嗟に捕まえた。
「お前、いきなり諦めてどうすんだ! 女の言う事真に受けるなよ、言葉の裏を読め! お前ツンデレって言葉知らないのかよ!」
「……ツン……デレ……?」
「あ、あの……」
 冒険者の説得を始めた俺を、セレナが不安そうな声を上げ、一筋の汗を垂らして見つめている。

「嫌よ嫌よも好きの内。お前、この有名な言葉を知らないのかよ」
「き、聞いた事がある、その言葉! そうか、女の言葉の裏を……!」
「ちょっ……!」

 俺に煽られた冒険者が、セレナの手をギュッと掴んだ。
「セレナ様! 俺、俺……!」
「待って下さい、ちょ、ちょっと落ち着いて……! ああっ、テメ……、カ、カズマ様……!」


 セレナの声を背に聞きながら、明日からの妨害活動の拠点を探す為、俺はその場を後にした。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 俺が警察署から開放された時から、数日が経った。

 とある飲食店から出てきたセレナ、そして数人の取り巻き連中が、周囲の様子を警戒する様にキョロキョロと辺りを伺っている。
 恐らくは、ここ数日の何者かによる嫌がらせを警戒しての事。

 すっかりセレナの取り巻きと化した冒険者の一人が、セレナへ何事かを話し掛けていた。
 想像だが、大丈夫ですセレナ様、辺りに誰もおりませんとか、そんな所だろう。

 そんな、セレナと取り巻きの姿を。
「……風良し。距離良し。角度良し」
 俺は、しっかりと捉えていた。


 セレナが出てきた店から、遠く離れた建物の屋上で、弓に矢をつがえた状態のまま。

 現在千里眼スキルで遠視中。
 この距離なら、こちらからは確認出来ても向こうからは俺だと認識出来ないだろう。
 もっとも、セレナ本人には誰から攻撃を受けたかは分かるだろうが。
 これでセレナの頭を狙っても、もれなく俺も一緒に死んでしまう。
 それどころか、ヤツの脅しが本当ならば、付近の住人に呪いが撒かれる。

 視線の先、遠く離れた場所に立つセレナの手には、出てきた店で買ったと思われるカップが握られていた。
 中身が何かは知らないが、冷えたジュースかコーヒーか。

 おあつらえ向きだ。

 矢の先は丸く削り、万一セレナに当たっても命に関わらない様にはしてある。
 今からやるのは暗殺じゃない。
 そう、俺がここから狙撃スキルで狙うのは…………。

 ビュッと風を切る音と共に、手にしていた矢が放たれた。
 その矢が狙うのは……!

「っっ! あづああああああ! っっ、夏も近いのに熱いコーヒー飲んでんじゃねえ!」

 俺は突然自分の手を襲った熱さに耐えかね、転がり回った。

 遠くセレナも、手にしていた熱々のコーヒーカップを撃ち抜かれ、手に掛かったコーヒーを、慌ててバタバタと払っている。

 クソ、これもダメか。
 俺は気を取り直して立ち上がり、遠く離れたセレナを見る。

 この数日の嫌がらせで、色々と分かった事がある。

 まず、間接的な攻撃を仕掛けても自分にダメージが返ってくる事。
 直接狙撃するのではなく、今の様に俺が射抜いてこぼしたコーヒーで火傷をすると、それすらも返ってくる。
 間接的な事象は大丈夫だったなら、ウィズの店で、衝撃を受けると爆発するポーションでも買ってくる所なのだが……。

 セレナは、自分の手を治療しながら辺りをキョロキョロ見回している。
 見つかる事は無いとは思うが、念の為に場所を移しておくとしようか。










 次に、セレナの力について分かった事。

「あ、あの、カズマさん……? その、手伝って欲しい事があるって聞いてついて来ましたが、これってひょっとして犯罪なんじゃあ……?」

 それは、やはりあの冒険者達の豹変ぶりは、セレナの力が関係していると言う事。
 そして、セレナの事を様付けで呼び、無条件でセレナの言う事に従う連中にも、個人差がある事。
 だが一つだけ共通しているのは、セレナの信者みたいになっている連中は、皆セレナに深く関わった事のある人間だけだ。

「まあ、行為自体は褒められた事じゃないけどな。……頼むよゆんゆん、今の所、めぐみんにも頼れないんだ。ゆんゆんだけが頼りなんだよ」
「やります。超やります、手伝います。友達ですもの、任せてください。幾らでも頼ってください」
 頼りにされたのが嬉しいのか、鼻息荒く拳を握るゆんゆん。

 時刻は深夜。
 俺の無茶なお願いにも関わらず、以前ギルド内でセレナに相談していたはずのゆんゆんは、こうして拒否する事無く手伝ってくれている。
 他の冒険者の様に相談に行ったはずなのに、ゆんゆんだけはしゃんとしていた。

 ゆんゆんが傀儡の邪神にすらハブられているのでもない限り、セレナと関わったのに平気でいるというのはなぜだろうか。


 俺とゆんゆんが今居るのは、セレナが寝泊まりしている、窓一つ無い頑丈そうな小屋の前。
 セレナはここ最近、何者かの謎の攻撃に晒されているらしく、セレナの取り巻きの連中が、こうして窓も無いしっかりした作りの小屋を用意した。

 いくら取り巻きとはいっても、流石に見張りはしていない。
 俺はゆんゆんを引き連れて、小屋の前で準備を始めた。

 俺はゆんゆんに合図を出す。
 それを受け、ゆんゆんがコクリと頷きあまり大きくない声で魔法を唱えた。

 それは紅魔族が大好きな、光を屈折させる魔法。
 そう、姿を見えなくする魔法である。
 それを俺の周りに掛けたゆんゆんは、小さな声で囁いた。
「これでいいんですかカズマさん? 後はドア付近の音を消す、サイレントの魔法ですね? と言うか、ここ最近街の様子が変ですけど、カズマさんがやっている事に何か関係があるんですか?」
「あるある。これは一見犯罪に近い行為だが、この街をコッソリ救う為の正義の行いだから、安心してくれ。あ、今夜の事は他言無用で頼むよ」
「……………………はい…………」
「あっ……!」

 他言無用と言う言葉を聞き、そもそも他言する相手がおらず、涙目になって項垂れるゆんゆんを慰めながら俺も魔法の準備を始める事に。

 恐らくは大量の魔力を消費する。
 事前にウィズの店で買っておいた、マナタイトと呼ばれる石を取り出した。
 石が大きく純度が高いほど、値段も跳ね上がり内に秘める魔力も高い物らしいが、俺が買ってきたのは中位の石を数個。

 季節は夏が近いとは言え、この時間帯はまだまだ肌寒い。
 そうそう朝までに溶ける事も無いだろう。

 俺は右手を小屋の前にそっとかざすと…………!









 明け方頃から仮眠をとり、セレナが寝泊まりしている小屋の前を通ってみる。
 すると…………。
「ッ! ッッ! ッッッ!!」
 何か、小さな悲鳴の様な声と共に、小屋の中からドンドンと扉を叩く音。

「セレナ様! 今この分厚い氷を何とかします! ですので、もう少々お待ちを!」
「ああ、だから言ったんだ! こんな倉庫ではなく、ちゃんとした警備がいる宿屋を用意しようと! そうすれば、トイレだって付いていたのに!」
「仕方ないだろ、金が無いんだ! ああっ、セレナ様、トイレはもう少し我慢して下さい! おい、炎系の魔法を使える冒険者かお湯はまだか! それか、ハンマーか何かで叩き割れないのか!」
「これ、ハンマーじゃ無理だよ! どこの捻くれた奴がやらかしたのか、執念深く念入りに水を掛け、ドアの周りをガチガチに分厚く凍らせてある。ああもう、どうしたら……!」


 しかし、セレナの目的が未だに見えて来ない。
 この駆け出し冒険者しか居ない街で傀儡化した信者を増やして、一体なんの意味があるのか。

 ゆんゆんに姿を見えなくして貰った後、夜通しクリエイトウォーターとフリーズでせっせと凍らせ続けた小屋のドア。

 俺はセレナの目的と今後の事について考えを巡らせつつ、それが溶かされるのを離れた所でぼーっと眺めながら露店で買ったかき氷を頬張った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 更に数日が経過した。

 ちょっとダクネスに連絡を取ってみたが、アクアが外に出たいと駄々をこねている以外は特に何事も無いらしい。
 セレナが痺れを切らし、俺ではなく屋敷の皆に攻撃を仕掛けに行くかと心配したが、今の所なかなかに我慢強い様だ。

 俺は黙々と次の仕掛けを作りながら、考えを巡らせていた。

 最近、セレナが目に見えて弱ってきている。
 つい先日、彼女の悪い噂を流したのが余程堪えた様だ。

「こ……、ここ、こんな所にいらっしゃいましたかカズマ様……! ずずず、随分と、さ、探したぜ……、ささ、探しましたですわよ?」

 俺が作業をしてる中、聞こえてきたのは隠し切れない強烈な怒気を孕んだ声。
 既に言葉遣いも何だか怪しい背後からのその声に、俺は平然としながら振り向いた。

「やあセレナ、久しぶり。どうした、そんな怖い顔して。取り巻きの人達も怯えてるだろ」

 俺が拠点として借りていた宿の裏庭。
 普段はここで、馬小屋で寝泊まりしている冒険者達が、剣の素振りをしてみたり、鎧を干したり手入れをしたりと色々やる場所なのだが。
 今日はあまり客がいないのか、今現在は俺が一人で専有していた。

 俺のフレンドリーな挨拶に、セレナが口元をひくつかせながらも笑顔を浮かべ。
「ええ、お久しぶりですカズマ様。……それは何をしているのですか?」

 セレナが、庭で俺がいじっていた物を見て、訝しげに聞いてきた。

「風船って知らないか? これはな、水風船って名の水で膨らませるアイテムだ。水の代わりに、中にサラサラの糊と塗料を混ぜた物を流し込んで膨らませようかと」
「おい止め……! ……何に使うつもりかは知りませんが、それを悪用なさるならわたくしにも考えがありますよ?」
 言いながら、セレナが一歩後ろに下がった。
 それと同時に、セレナの後ろに控えていた数人の取り巻き冒険者が前に出る。

「……おい、なんの真似だよ」
「何の真似とは何でしょうか。……と言うかな、もう限界に近いんだよ。この連中はもうほぼ完全に傀儡と化してる。こいつらはあたしの言いなりだ。お前を殺せと命じれば、躊躇なく殺すだろうな。……いや、お前を舐めてたよ。舐めてたぜ。……いやいや、本当によくもまあ、たった一人でここまでやってくれたなあ……! やってくれたよなあオイ!」
 辺りには俺とセレナと取り巻きしかいない。
 セレナは、顔は笑みを浮かべているが目がちっとも笑っていない。
 しまったやり過ぎたか。

「おい、お前が俺一人で妨害出来るならやってみろって煽ったんだろうが、幹部が最弱職の俺に反撃してくるとかズル……」
「うるせえよおおおおおおおおおおおおおーっ!!」
 俺の抗議がセレナの絶叫によって防がれた。
 これはいけない。

「おおおお、お前よくも……。あたしの事をよくもまあ、面白おかしく愉快な噂流してくれたな!?」

 セレナが血走った目で俺を見る。

「お、おい待てよ! 俺は約束通りお前の秘密は言っていない! なら、チンピラ冒険者に金払ってどんな噂を流そうが、別に構わないはずだろうが……」
「構わない訳、あるかあああっ! てめえよりにもよって、あたしが男!? 男だと? 普段の口調はもっと荒くて一人称はあたしだとか、微妙に本当の事も混ぜて流しやがって……! ふざけやがって、色んな奴が確認に来たわ! 中には、むしろ男の方が……とか言い出す奴まで……! どうなってんだよこの街は! てめえ……、てめえ殺してやるっ!」
 セレナが魔法か何かを唱えようと、目を血走らせて腕を振り上げ……!

 俺は通行人のおっちゃんの姿に気が付き、咄嗟に声を上げた。
「や、止めろ、落ち着け! ほら、人が! 通行人が見てる見てる!」
「! ……お、おはようございます、良い天気ですね」
「ああ、これはセレナさん、おはようございます、良い天気ですね!」
 流石はこの街の聖女、セレナ様。
 どうやらその通行人とは知り合いらしい。
 セレナは当たり障りの無い世間話を始め、取り巻き連中はよほど傀儡化が進行しているのか、皆虚ろな視線でボーッとしていた。

 マズイな、魔王の幹部がマジ切れしやがった。
 謀略担当とか言っていたからもっと頭脳戦とかになるかと思っていたが、アッサリと街中で実力行使に出てくるとは思わなかった、どうしよう。

 俺一人でセレナと傀儡化した取り巻きを相手に戦う。
 うん、無理だ。
 多分瞬殺されてしまう。

 セレナは会話も終わりに入り、おっちゃんはそろそろ立ち去ろうとしている。
「では、あなたの今日一日の無事を祈って、祝福の魔法を……」
「ああ、これはどうもセレナさん、ありがとうございます」

 警察署にでも逃げるか?
 いや、俺は足が遅い方ではないが、セレナが取り巻きを支援魔法で強化すれば簡単に追い付かれる。
 と、セレナが両手を自分の胸の高さまで上げそれを組み、祈りを捧げるようなポーズを取った。

 ……チャンスだ。

「では、貴方様の今日一日の無事と幸運を願い、祝福を」
「『ウインド・ブレスト』ッッッッ!」
「!?」
 セレナが通行人に魔法を掛ける寸前。
 俺は、手を下から上に勢いよく。
 まるでセレナのスカートめくりでもするかの様に、手をバッと振り上げて、地面側から上に向けて風の魔法を発動させた。

 それを受け、両手を胸の高さまで上げていたセレナは、着ていたローブを頭上まで、思い切り捲り上げられた。
 普段は清楚なロングスカートも、こんな時には命取り。
 頭の上までローブの裾が捲れ上がった事を確認し、セレナの上半身、頭から上を狙い、腰に下げていたワイヤーを投げつけ……!

「『バインド』ーっ!!」
「ちょっ!」

 ローブの中からくぐもった声。
 そのまま捲れ上がったローブごと、バインドでセレナを拘束した。
 通常ならばただの時間稼ぎ程度のこの技だが、今は……!

「セレナ様っ!?」
「セ、セレナ様が!」
「セレナ様が茶巾包みにっ!」

 バインドで上半身を拘束され、まるで茶巾包みの様な姿になったセレナを見て、ほとんど傀儡と化していたはずの冒険者達が一瞬だけ我に返った。

「ああ、ありがたやありがたや……! なんて神々しい清楚なケツ……!」

 今までセレナと会話していた通行人が跪き、セレナの下着姿の尻を拝みだす。
「ちょっ……! 待っ……! 止めっ……!」
 セレナが茶巾状態になったローブの中でもがいているが、以前ダクネスにも使ったバインド用の特注ワイヤー。
 幹部とは言え一応は人間のセレナに、もがいてどうこう出来る物ではない。

「ああっ! ケッ、ケツが、ケツがああっ! セレナ様のケツが公に……!」
「ちょっ、隠せ隠せ! 囲んで隠せ! 壁になれ!」
「セレナ様が、セレナ様が黒下着だなんて……! 漲ってきた……!」

 なぜか半分ぐらい正気に戻ってきている冒険者達が、それでもセレナの下半身を隠そうと壁になる。
 もはや取り繕っていられる余裕が無くなったのか、セレナがローブ越しにくぐもった声で喚きだした。
「てめえサトウカズマ! 覚えてやがれ、タダで済むと思うなよ! この拘束が解けたらどうなるか……!」

 どうなるのかは知らないが、怖いので今の内に対抗策を打ち出す事に。





 俺は深く、深く、息を吸い。
 街中に轟く大声で。






「大変だあああああああ! 聖女と名高いセレナ様が、下半身丸出しでここに居るぞーっ!!」
「やややや、止めろおおおおおおおおーっ!!」


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