日本ファンタジーノベル大賞



日本ファンタジーノベル大賞特集


波 2009年12月号より


日本ファンタジーノベル大賞の二十年 大森 望

 日本ファンタジーノベル大賞がスタートしたのは一九八九年だから、今年でちょうど創設二十周年。『後宮小説』の酒見賢一に始まり、鈴木光司、佐藤亜紀、北野勇作、佐藤哲也、池上永一、藤田雅矢、山之口洋、沢村凜、宇月原晴明、畠中恵、西崎憲、森見登美彦、平山瑞穂、西條奈加……など、多くの才能を送り出してきた。受賞は逃したものの最終候補作が新潮社から出版された恩田陸や小野不由美まで含めると、五十人近い作家がこの賞から巣立った計算になる。
 とくにここ数年は、二〇〇一年優秀賞の畠中恵『しゃばけ』がシリーズ化されて累計三五〇万部突破の大ヒットになったり、恩田陸と森見登美彦が大きな文学賞を立て続けに受賞するなど、同賞出身者の活躍がめざましい。節目の今年も、続々新刊が出ている。この十月には、『僕僕先生』の仁木英之が『朱温』『千里伝 五嶽真形図』を相次いで上梓。同じ〇六年(第18回)に『闇鏡』で優秀賞を受賞した堀川アサコも、「イタコ千歳のあやかし事件帖」の副題を付したオカルト伝奇ミステリ連作『たましくる』を刊行している。
 十一月には、『天使の歩廊―ある建築家をめぐる物語―』で昨年の大賞を受賞した中村弦が、書き下ろしの第二長編『ロスト・トレイン』を発表した。前作は、明治・大正を背景に、天使と契約した天才建築家の孤高の人生を短編連作形式で綴る建築ファンタジーだったのに対して、今回は、廃線をめぐる鉄道ファンタジー。
 主人公は、廃線探訪が趣味の平凡なサラリーマン青年。忽然と姿を消した年上の鉄道愛好者仲間の行方を追って、マニアの間で囁かれる“幻の廃線跡”を探しはじめる。調査の相棒は、“鉄子”(女性鉄道マニア)の菜月。話の展開はオーソドックスな異界探求譚だが、二人の会話が(というか、菜月のおしゃべりが)もっぱら“鉄”方面に傾斜し、なかなか恋愛方向へ発展しないあたり(ツンデレならぬ)“テツデレ”的な面白さもある。作中に出てくる架空の廃線のもっともらしさを含め、“鉄分”濃度は非常に高い。
 この『ロスト・トレイン』と同時に、日本ファンタジーノベル大賞の最新受賞作も刊行された。第21回の大賞は、小田雅久仁『増大派に告ぐ』と、遠田潤子『月桃夜』。大賞の二作受賞は、第6回(九四年)の池上永一『バガージマヌパナス』と銀林みのる『鉄塔 武蔵野線』以来、十五年ぶり二度め。そのときと同じく、今回の二作も、ともにきわめて個性的かつパワフルだ。ここ数年、大賞受賞作は、西條奈加『金春屋ゴメス』、仁木英之『僕僕先生』、弘也英明『厭犬伝』、中村弦『天使の歩廊』と、わりあいエンターテインメント寄りの読みやすい小説が続いたが、今回は一転、歯ごたえのある重量級の二作が栄冠を射止めることになった。
 小田雅久仁『増大派に告ぐ』は、およそファンタジーでも幻想小説でもない。あえて分類すれば純文学だろうか。主人公が幻想ではなく妄想に支配されているという意味では、森見登美彦『太陽の塔』、銀林みのる『鉄塔 武蔵野線』の系列に属するが、作品の重量では、歴代受賞作の中でも、これが圧倒的にナンバーワン。小説は、妄想に突き動かされる三十一歳のホームレスと、強大な力を持つ酒浸りの父親から虐待される少年とを交互に描きながら進んでゆく。均一化への憎悪を背景とする、出口のない閉塞感と深い絶望……。およそ時間つぶしには向かない小説だが、いったん読みはじめたら最後、語りの力に鷲掴みにされて、最後まで読み通さずにいられない。高密度の文体にはすさまじい膂力がある。文章力では、この数年間にデビューした新人作家の中でもピカいちだろう。恐るべき毒を孕んだ傑作だ。
 対する遠田潤子『月桃夜』も、やはり絶望的な閉塞状況を正面から描く、重量級の恋愛小説。薩摩藩支配下にある奄美大島の苛酷な下層社会に生きる兄妹の悲劇が語られる。こちらは神話的・寓話的なファンタジーの衣裳をまとっているものの、まるでギリシャ悲劇のように根源的な人間ドラマが深く胸に迫る。二作ともに、この賞ならではの強烈な小説だ。
 二十周年を期に、また新たなスタートを切った日本ファンタジーノベル大賞から、今後とも目が離せない。

(おおもり・のぞみ 翻訳家・評論家)



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