マンデラ氏死去:優しい素顔の闘士 歴史を動かす

毎日新聞 2013年12月06日 13時31分(最終更新 12月06日 15時11分)

89歳の誕生日を祝うイベントで笑顔を見せるマンデラ氏=ヨハネスブルクで2007年7月、AP
89歳の誕生日を祝うイベントで笑顔を見せるマンデラ氏=ヨハネスブルクで2007年7月、AP

 人種差別反対運動に巨大な足跡を刻んだ南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領が亡くなった。マンデラ氏は釈放後の1990年10月に来日。大阪市北区の扇町公園では市民グループや労組などが主催した歓迎集会があり、3万人近くが集まった。「ビバ アフリカ(アフリカ万歳)」の大歓声が上がる中、マンデラ氏はステージに立ち、アパルトヘイト(人種隔離)打破への思いを訴えた。

 集会を主催した「歓迎関西委員会」の事務局長だった下垣桂二さん(62)=東大阪市=は控室でマンデラ氏と接した。「反政府運動のリーダーだから、闘志をあらわにする人かと思っていたが、温厚な好々爺(こうこうや)という感じだった」と振り返る。マンデラ氏は集まった大観衆を見て「ソウェトにいるようだ」と言った。下垣さんは「ソウェトは南アフリカの反アパルトヘイト運動の中心的な場所。うれしかった」と話す。

 政府が成立を目指す特定秘密保護法案の問題など、下垣さんは日本が住みやすい国ではなくなってきたと感じる。「マンデラさんは全ての人種が自由で平等な、住みやすい国を目指した。そうした理想を忘れたらあかんと改めて思う」

 南ア出身の詩人、トーマス・カンサさん(65)=大阪市平野区=は約30年前に日本人女性との結婚を機に来日した。アパルトヘイトの中で育ち、10代の頃は南ア各地の集会で人種差別に抵抗する詩を読んだ。「マンデラのような偉大な人物はもう出てこないでしょう。私たちのために頑張ってくれて、ありがとうと言いたい」と悼んだ。【遠藤孝康】

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