• このエントリーをはてなブックマークに追加

今なら、継続入会で月額会員費が1ヶ月分無料!

みらい図書館 オリジナルノベル 「影人間のフォークロア」case.2 「怪人フェイス3」 【購読無料キャンペーン中】
閉じる
閉じる

みらい図書館 オリジナルノベル 「影人間のフォークロア」case.2 「怪人フェイス3」 【購読無料キャンペーン中】

2013-12-06 18:00
  • 1

 


影人間のフォークロア case.2
「怪人フェイス3」




「――そうですか。分かりました」
「どうだって?」
亜神署への電話を終えたエイジに、三千子が尋ねた。
「予想通りさ。十草刑事は数日前に暴漢に襲われて入院中だ」
「顔を剥がされて?」
横からマリアが尋ねる。
「そう、顔を剥がされて。やっぱり怪人フェイスは、最初から十草刑事に化けてたみたいだね」
苦い笑いを浮かべてエイジが答える。
あれから一時間後の事だった。
火災警報が鳴った後、三千子達の所に戻ると、フロアは白煙に包まれていた。先の《教え》の事もあり、来場者の恐慌は絶望的なまでに膨れ上がっていた。職員が来場者を避難させ、発煙筒の煙が収まった頃になってようやく、《神のシュミラクラ》の一枚と共に十草が姿を消した事に気づいたのだった。
「あの不細工な面を見なくて済むと思うと清々するわ」
「その割りに怒ってるように見えるのは、僕の気のせいかな?」
「そうよ、気のせい。私はただ、怪人フェイスに出し抜かれた事が悔しいだけ」
マリアの爪を噛む仕草に、エイジはそれが上辺だけの嘘だと知った。
「十草さんの事もそうだけど、これからどうするの? 絵、盗まれちゃったじゃない」
心配そうに三千子。十草の事は勿論、エイジが仕事を失敗した事を気にしているようだ。
「こういう事もあるさ。僕は有能な探偵だけどね、十割バッターってわけじゃない」
「それじゃあ、諦めるの?」
「まさか。何事も、諦めた者負けさ。今回は出し抜かれたけど、ただそれだけの事だよ。最後に捕まえればそれでいい。勿論、早いに越した事はないけどね。とりあえずは、仕切り直しって所かな。館長に事情を説明して、事務所に帰って眠るよ。地道に情報を集めて、その内捕まえてやるさ」
「なんだか、ちょっと冷たくない? 十草さんって知り合いなんでしょ? それに、エイジは怪人フェイスに利用されたのよ。悔しくないの?」
「僕はポーカーフェイスが売りなのさ」
おどけて見せるが、三千子は不満そうだった。
エイジはため息をつき、
「誤解しないでくれよみっちょん。僕だって、悔しくないわけじゃない。十草刑事の事も、腹に据えかねてはいるんだよ。なんてったって、彼は僕の友人だからね。もっとも、向こうはそうは思ってないようだけど。でも、それとこれとは別問題だ。感情的になった所で、現状、怪人フェイスの手がかりは何もない。だから、出来る事もない。今の僕に出来る事は、今まで通りを続けながら、油断なく警戒する事。探偵に必要なのは華々しい一瞬の活躍じゃなく、日々の地道な調査と忍耐力だよ」
「それは・・・・・・そうなんだろうけど・・・・・・」
頭では理解しているが、心が納得しない。口を尖らせる三千子の顔からは、そんな心境が読み取れた。
「僕はヒーローじゃない。ただの、有能な探偵なんだ」
三千子の頭を撫でながら、エイジは頼りない笑みを浮かべた。

その後、エイジは館長に事情を説明した。警察に疑いをかけられなかったのは、十草との付き合いが認知されての事らしかった。今まで知らなかったが、エイジは亜神署で、胡散臭いが使える探偵という事で通っているようだった。
こんな事があったにも関わらず、マリアは三千子にバイトの続きをするよう命じ、三千子もそれに従った。エイジは反対したが、むしろ三千子は働きたいようだった。なんでも今日の事でむしゃくしゃしていて、とにかく働いて発散したいのだと言う。
「そこまで言うなら好きにするといい。働く事が息抜きになる人もいるしね。実を言うと僕も少し踏ん切りがつかなくてね。自分でも珍しい事だと思うけど、そういうわけだから、今日はちょっと飲みに出かけてくるよ」
と、車で何処かに出かけてしまった。

 
      icon_kagefo.jpg


当然ながら、十霞国川美術館は大騒ぎになっていた。館内で謎の集団ヒステリーが起こり、同時に高価な絵画の一部が噂の怪人に盗まれたのだから当然と言えば当然だ。
館長は諸々の後始末に奔走し、職員に《神のシュミラクラ》の撤去を命じた。不完全な美術品を展示するわけにはいかないし、正式に警察の警備がついたとはいえ、怪人フェイスが残る九十九点を盗みに現れるとも限らないのだ。
翌日も通常通り営業する事が決まり、撤収は急ピッチで進められた。絵はそれぞれ木箱に詰められ、やってきた運送業者のトラックに運び込まれた。
トラックは日暮れ頃に美術館を出発し、そのまま一時間程走って、亜神市の港にある寂れた倉庫街へとやってきた。
深夜と言うにはまだ早い時間だったが、一帯に人の気配はない。赤い帽子を被った男は、持ち主不在の倉庫の前で車を止めると、荷台のコンテナの扉を開いた。
「やっと二人きりになれたね」
突然背後から声をかけら、輸送屋が引きつった悲鳴を上げた。
振り返るとそこには、薄気味の悪い痩せた男が突っ立っている。
「な、なんだあんた。脅かさないでくれよ」
「下手な芝居は終わりにしよう。怪人フェイス。分かりきった嘘程、白々しい物はないんだから」
にこりともせず言うと、エイジは帽子の男に懐の銃を向けた。
「・・・・・・・・・・・・どうして分かった」
男は口元に歪んだ笑みを浮かべると、別人としか思えない声で尋ねた。
「どうしてだって? 人を馬鹿にするのも大概にしなよ。君がそう仕向けたんだろう」
珍しく、探偵の顔にはそれと分かる怒りが滲んでいた。
「君たちロアは歩く都市伝説、一人歩きした噂だ。それは逆説的な意味を持ち、つまる所、噂そのものと言える。そんな君が、この僕に、斜篠エイジに挑戦状を出しておいて、百枚ある絵の一部を盗んで終われる筈がない。そんなトンチじみた、しみったれたハッタリで終るわけがないんだ。君が盗むと言うのなら、絶対にそうするだろう。その方法を君の力から推理すれば、後は簡単だ。十草刑事に化けて絵の一部を館内に隠し、次に館長に化けて絵の撤去指示を出す。最後に運送業者に化けて全ての絵を運び出せば完了だ。僕はただ、君を尾行するだけでいい。そうすれば君が望んだ通り、僕らは二人きりになれるというわけだ」

「ははは、あははは、あはははははは」

帽子の男――怪人フェイスが笑い出した。爽やかな声で颯爽と。その姿はいつの間にか別人に変わっていた。金髪にすらりとした体躯を持つ美男子に。
「トーマス・クロス。君が殺したハリウッド俳優の顔か」
「それは正確じゃないよ、探偵さん☆ こいつを殺したのは元祖怪人フェイスであるスタン・スミスなんだから」
芝居がかった仕草で告げる怪人フェイスに、一瞬前の帽子の男との類似点は何一つ見出せない。容姿は勿論、背格好に声、目の色や格好に至るまで、全てが一瞬で変化している。さながら、針の飛んだレコードのように。
「そんな事はどうだっていい。僕の興味は一つだ。何故こんな事をした」
「あれれ? おかしいな。今更そんな事を聞くのかい?」
「勘違いするなよ。僕の顔が欲しいって事は分かってる。なんでこんなまどろっこしい手段を選んだのか。僕が聞きたいのはそれだ。僕の顔が欲しいなら、夜襲でもかければよかったんだ。こんな大げさで、はた迷惑な手段を取る必要はなかったはずだ!」
「怒鳴るんじゃねぇよ。似非探偵の偽者」
怪人フェイスは、十草の姿と声で言った。
「てめぇの頭はお飾りか? んな事は推理するまでもなく、分かりきった事じゃねぇか。てめぇを試す為だ。そして、てめぇを知る為さ。この通り、俺には顔を奪った相手の全てを手に入れる力がある。顔、声、その時身につけていた衣服、技能、知識、そして、記憶だ」
怪人フェイスは節くれだった太い指でこめかみの辺りをつついた。
「俺は顔が欲しいんだ。スタン・スミスなんてしみったれた男の顔じゃねぇ。もっと上等な、これこそが俺なんだと、怪人フェイスの本当にして唯一の素顔なんだと誇れる顔が。今まで山ほど顔を剥いできたが、どれもしっくりこなかった。そんな時、俺はあいつから聞いたんだ。裏社会にその名を轟かせる、泣く子も黙るオカルト探偵斜篠エイジの噂を。嘘みてぇな話だが、本当だとすりゃすげぇ話だ。もしもそれが本当なら、今度こそ見つかるんだ。俺の顔に相応しい、最高の顔が。だから俺はこいつの顔を剥いだ。誰だって、これから手に入れようとする物にそれだけの価値があるか知りたいだろう? 家電ならレビューを見る、服なら試着する、食べ物なら試食、それと同じだ。俺はてめぇの事を知る為にこいつの顔を剥ぎ、こいつの評価が正しいか確かめる為、てめぇを試したんだ。今までに千を越えるロアを始末した、オカルト探偵の斜篠エイジ。そして、それ以上の数の人間を食らってきた最凶のロア、『影人間アビス・ナイトメア』の力をな!」

「・・・・・・ッ!?」

十草の腕が伸び、拳銃を握るエイジの手を払った。本来なら、避けられない速度ではなかった。食らってしまったのは、エイジが少なからぬ衝撃を受けていたからだ。怪人フェイスに顔を奪った相手の全てをコピーする力があるのなら、その事を知っているのは当然だった。それでも、エイジは背後から刺されたようなショックを受けた。
なぜならそれは、斜篠エイジという存在の根幹を覆す秘密だったからだ。
空白が生まれる。心にぽっかりと、真っ白い隙が生まれる。必殺の威力を持った銃は手の中から離れ、コンクリートの地面を滑るようにして転がっていく。それを認識しながらも、まだエイジは動けず、十草の突き出す正拳をまともに受けて背後に吹き飛んだ。
「・・・・・・カッ、ぐっ!」
胃液が逆流する感覚を堪えながら、なんとかエイジは起き上がった。直後、十草の足がエイジの顔があった辺りを踏み抜いた。
(落ち着け。落ち着くんだ。僕は、斜篠エイジだろうが!)
立ち眩みに似た感覚にふらつきながら、小刻みに背後に飛んで距離を取る。十草の姿を借りた怪人フェイスは、その巨体を生かし真っ直ぐに突進してきた。百キロ近い巨体が唸りを上げ、巨大な拳が釘打ち機のように突き出される。
エイジは避けられなかった。だが、だからと言って食らいもしなかった。
ふらつきながら、片手で怪人フェイスの手首を掴み、そのまま体を地面に投げ出した。怪人フェイスはバランスを崩し、次の瞬間、エイジは巨漢の背に座るようにして右腕の間接を極めていた。
「君の言い分はよくわかった。だから、今度は僕が話す番だよ。要求が一つと、質問が一つ。要求は、金輪際馬鹿な事はやめて、普通の人間として真っ当に暮せって事。君のようなロアなら、それが出来る。折角人の形に生まれたんだ。噂に踊らされるのは止めて、人として生きたほうが幸せだろう!」
「噂通り。そして、こいつの記憶通りってわけか。細身の癖によく動きやがる。こいつの顔じゃ、てめぇには勝てねぇようだな」
「抵抗しても無駄だよ。この型は、一度嵌ったらどうあがいても――」
怪人フェイスの体が膨らんだ。そう思った瞬間、エイジは宙を飛んでいた。腕力で、力任せに跳ね上げられた。その事に気づいた瞬間、人の物とは思えない巨大な手がエイジの体を引っ掴み、人形のように地面に叩きつけた。
「アメリカマフィアの始末屋。ビッグフットケビンこと、ケビン・ロワイヤル。俺様が剥いだ中でも、断トツにつえぇ顔だ。こいつは先天性の発達異常で、常人の三倍の筋肉を持ってやがる。身長二メートル二十センチ。体重二八〇キロのバケモノさ。俺様がどうやってこいつの顔を剥いだか知りたいか? ギヒヒヒ、簡単なこった。妹に化けて後ろから刺したのよ。そん時のこいつの顔ったらねぇぜ。いくら腕っ節が強くても、俺様の前じゃ無意味って事だわなぁ!」
怪人フェイスは、酒焼けした太いしゃがれ声で言った。その姿は本人が言う通り、人というよりはUMAと言った方が近かった。栗色の曲毛に覆われた頭は不自然に肥大化し、不恰好なフランケンシュタインのように見える。その体は巨大化したブリキのロボットに人の皮をはりつけたような代物だ。
「形勢逆転だなぁ、探偵さんよぅ! しかーし、これでおしまいってわけじゃねぇよな? それじゃあ、あんまりだぜ。頼むから、俺様の期待を裏切らないでくれよ! お前さんの真の力って奴を見せてくれ! その顔の真価を、有用性を、魅力と美しさを、俺様に証明してみせてくれ! なぁ、なぁ、なぁ~!」
死体のように転がるエイジの顔面を鷲掴みにして、怪人フェイスが言った。
「が・・・・・・ぁ、が・・・・・・や、やめ、るんだ・・・・・・君は・・・・・・噂に・・・・・・踊らされている・・・・・・だけ・・・・・・」
万力のような力で締め付けられながら、それでもエイジは説得を口にした。さっきの一撃で内臓を痛めたのか、喉の奥から血の味が込み上げて来る。ぎりぎりと痛む頭は、冗談ではなく、頭骨の軋む音が響いていた。
「・・・・・・・なんだよそれ。なんだぁ~それは! 馬鹿にしてんのか! 糞ったれが! とんだ腑抜け野朗だぜ! いらねぇよ! こんな顔なら、俺様はいらねぇ! がっかりだぜ! てめぇの顔は剥ぐに値しねぇ! このまま潰して、魚の餌にしてやる!」
見限ると、怪人フェイスは巨木のような腕に力を込めた。褐色の肌に、遠目にも分かる太い血管が迷路のように浮き立ち、怪力の源となる血液を送る。
エイジも足掻くが、圧倒的な対格差の前に抵抗は無意味も同じだった。両手を使ってすら、指の一本も引き剥がす事は叶わない。
ぎりぎりと、ぎりぎりと、ぎりぎりと骨が軋んで、程なくしてリンゴのように砕け散る。そうなった時、自分の頭の中には何が詰まっているのだろう。痛みに朦朧とする意識でそんな事を思っていると、不意にエイジの鼓膜は威嚇するような猫の鳴き声を聞いた。

「ぎにゃぁぁぁぁぁああああああああ!」

暗闇を、四つん這いの影が疾走する。猫にしては大きく、人にしては小さな影。それは稲妻の軌跡を描きながら怪人フェイスの腕を掠め、そう思った矢先、巨大な腕に十字傷が刻み込まれ、血飛沫が夜空を舞った。
「がぁぁ、うぉ、お、おでさまの、う、う、腕が!」
豪腕の束縛から解放されると、小さな手がエイジの首根っこを引っつかみ、風のような速度で怪人から遠ざかった。
「エイジ君、だいじょぶ~?」
言ったのは、癖の強いショートヘアを三色に染め上げたメイド服姿の少女。
「ミ・・・・・・ケ? なんで、ここに?」
鈍く残る頭痛を堪えながら、エイジが尋ねる。
「タクシー!」
猫耳の少女ミケは、場違いな程に純粋な笑みでピースサインを浮かべた。
「い、いや、そういう事じゃなくてね」
「マリアさんに頼まれたの」
言ったのは、私服姿の三千子だった。
「エイジが無茶しないように見張りなさいって。犯人が分かってたなら、なんで黙って出てったのよ!」
一部始終を見ていたのだろう。三千子の目には強い不安と恐怖、エイジの身を案じる心配が浮かんでいた。
「・・・・・・危険だからさ。それに、これは僕の仕事だ」
「馬鹿! なにかっこつけてんのよ!」
三千子の拳がエイジの胸を叩く。大した力は込められていないが、それは胸に響く一撃だった。
「あんた、ぼろぼろじゃない! ミケちゃんがいなかったら今頃どうなってたか!」
「・・・・・・悪かったよ。でも、大丈夫。僕は、斜篠エイジだ。有能な探偵さ・・・・・・っく」
「無理だってば!」
「無理じゃ、ないさ。それに、ミケに任せるわけには、いかないだろ?」
青い顔で浅い呼吸を繰り返すエイジは、半死人にしか見えない。
「え~。あんな奴、楽勝だよ?」
柔らかそうな頬を風船のように膨らませると、ミケはてけてけと怪人フェイスの前に歩み出た。
「おじさん。エイジ君に乱暴しちゃめー、でしょ! エイジ君はおじさんの事を思って言ってるんだから、ちゃん良い子になりなさい!」
腰に手を当て、真っ向から怪人フェイスに説教をする。
「なんだ、なんだ、なんなんだ? おめぇもロアだってのか?」
「ううん。ミケはね、ただのミケなの。良い子になるってエイジ君と約束したんだから」
「なんだか知らねぇが、俺様の邪魔をするんじゃねぇよ!」
怪人フェイスが豪腕を振るう。巨体からは想像も出来ぬ速さの一撃は、しかし少女の体を捉える事は出来ず、虚しく空を切る。
「ハズレだよ~ん!」
背後の声に怪人フェイスが振り向く。いつの間に移動したのか、ミケは怪人の背後に回りこんでいた。
「あのねあのね、ミケはね、と~っても強いんだよ? だから、おじさんのパンチは当たらないのでした~、ブイ!」
遊んでるつもりなのか、ミケは怪人フェイスに向かってピースサインを掲げる。
「・・・・・・ミケちゃんって、何者なの? エイジを助けた時もそうだけど、とても人間の動きには見えない。もしかしてあの子は――」
「そこまでだ」
か細く弱々しい声だったが、それでもエイジの制止は毅然としていた。
「ミケはミケだ。ちょっと変わってるけど、ただそれだけの普通の人間さ。ミケがそう望む限り、それが事実なんだ。そうあって欲しいと、僕は願うよ」
エイジの言葉には有無を言わせぬ力があった。実際、そういうつもりの言葉なのだろう。だから、三千子はそれ以上は追及しなかった。するべきではないのだろう。少なくとも、今は。
「とにかく、ミケちゃんに任せれば大丈夫って事、よね? 子供にしか見えないけど、凄い強いみたいだし。あのロアをどうにかして、とにかくエイジは早く病院にいかないと。酷い顔色。それにその血の色。絶対ヤバイわよ」
エイジの口から流れる黒い血を見て、三千子は青ざめていた。
「僕は平気だ。こんなのは、慣れっこなんだよ。それよりもミケだ。早く連れ戻さないと。手遅れになる前に」
何故エイジがこれほどミケを案じるのか、三千子には理解出来なかった。確かに、今の怪人フェイスの姿はバケモノじみている。実際、これ程巨大な人間は見た事がなかった。マンガのキャラクターのような、筋肉ダルマという言葉が相応しい姿だ。
だが、ミケも負けてはいない。エイジが襲われているのを見て飛び出した時も、その速度ははっきり言って人外のそれだった。四つん這いになって地面を駆け、ポケットから取り出したバタフライナイフで怪人フェイスの腕を斬りつけると、エイジを片手で引きずって、ほとんど変わらない速度で戻ってきた。
三千子も腕力には自信のある方だが、とても同じようなマネは出来ない。それを子供の体躯でやってのけるのだから驚くばかりだ。あの小さな体にどれだけの力が秘められているのか想像もつかない。
今も、怪人フェイスの攻撃を瞬間移動と見紛うような速度で避けながら、その体をナイフで切りつけ、無数の裂傷を負わせている。一つ一つは小さな傷だが、このままではそう遠くない内に出血多量で気絶するだろう。もっとも、ロアが人間と同じように貧血を起こすのかは分からないが。
「ミケ! もういい! 戻って来るんだ! 君はそれ以上戦うな! さもないと、折角手に入れた物を失う事になる!」
「大丈夫だもん! 今のミケは前みたいに強くないけど、このおじさんよりはうんと強いもん!」
大男の股下を潜り抜けながらミケが答える。通り抜けざま、小さな切っ先を振り回し、脹脛(ふくらはぎ)の裏を斬りつける。
「ぐ、う、ぐあぁっ!」
筋が切れたのか、それとも血が足りなくなったのか、ついに怪人フェイスの巨体が傾いだ。
「ほ~らね! どうどう、エイジ君。ミケ頑張ったから、褒めてくれるよね!」
一跳びで怪人フェイスの背に乗ると、ミケが薄い胸を張った。
「そうじゃない! そのロアは、手加減してるんだ!」
「ふぇ?」
小首を傾げるミケが、一瞬で地面に沈んだ。何が起こったのか、三千子には分からなかった。膝を着いて背を丸めていた怪人フェイスの体が、突然バネ仕掛けの玩具のように弾け、かと思うと、豪腕がネズミ捕りのように跳ね上がり、ミケの体を地面へと引き倒したのだ。
「ぐ、ぐ、ぐ、ぐげげげ、げはははは! そういうこった。俺様は、猫を被ってたってわけだわなぁ! げははははは! チクチクと、よくもやってくれたなぁ!」
下品な笑い声を上げながら、怪人フェイスは規格外の大きさの足でミケを踏み潰した。

「ぎぃぃぃぃいいい!」

小鳥の頭を捻ったような悲鳴が倉庫街に響き渡る。
「ミケ!」
「ミケちゃん!」
二人が同時に声を上げる。
「このガキが、ロアの癖に人間の真似なんかしてよおぉ! がははは、死ね、轢かれた猫みたいに、惨めにくたばれよなぁ!」
体重を込め、地面にこすり付けるようにしてミケを踏む怪人フェイス。
「エイジ!」
「分かってる!」
三千子が叫ぶ前に、既にエイジは駆け出していた。三千子の言葉は、ミケの身を案じての事だ。それはエイジも同じだが、二人の心配は全く別の理由に起因していた。
「堪えるんだミケ! 今行くから。力を使うんじゃないぞ!」
エイジはまるで、ミケが負ける事を案じてはいないようだった。怪人フェイスが与えるダメージよりも、彼女自身が抱える何がしかの力が顕現し、取り返しのつかない事態になる事を恐れているように見える。
怪人フェイスがミケを踏む。古びておろし金のようになったアスファルトに、投げ捨てた煙草の吸殻を消すようにして。

「いぃぃぃぃい! いいいたいよおお、い、痛い、いたい、いたいいいぃぃ!」

ミケの絶叫。幼い少女の口から発せられるそれは、本能的な嫌悪と不安、同情心を掻き立てる力がある。それを聞いてロアは、醜い顔を殊更醜く歪ませて笑った。
「やめろ! それ以上はいけない! そんな事をしちゃいけない! 怪人フェイス! 君は、そんな事をする為にこの世界に生まれてきたわけじゃないだろう!」
「てめぇの説教は聞き飽きたぜ! 何の為に生まれてきた? そんなのはどうでもいい。俺様ロアだ。残忍で残虐な怪人フェイス。そうあれかしと望まれ、語られる都市伝説だ。それが俺様の存在理由、存在意義、アイデンティティ、求められる姿――」
唐突に、怪人フェイスの肘から先が宙を舞った。不自然な沈黙の中、怪人フェイスは平面に切断された腕を不思議そうに眺める。静止した世界で、平坦な断面から流れる大量の血液だけが時の流れに従っている。

「――なんだ、これは。なんだ、こりゃああああ!」

一拍を置いて、怪人フェイスが吼えた。驚愕と困惑の混ざり合った断末魔。よろめき後ずさる怪人の足元で、左右の色が違う一対の瞳が、月の輝きを反射して、妖しい光を放っていた。
「いじめたな・・・・・・ミケを、いじめたな・・・・・・」
糸で吊られた繰り人形のようにミケが立ち上がる。血まみれの姿は凄惨を極めていたが、少女が発する殺気はそれ以上に禍々しい。
「駄目だミケ! 戻って来い!」
エイジの声が聞こえた様子はない。それどころか、ミケの瞳には、目の前の加害者の姿すら見えてはいなかった。
「嫌い、大嫌い。叩かれるのも、刺されるのも、墜とされるのも、焼かれるのも、飢えるのも、閉じ込められるのも、毒を盛られるのも、裂かれるのも、大嫌い。嫌い、嫌い、嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い! ミケをいじめる奴は、みんな死んでいなくなっちゃええええ!」
雷鳴のような雄叫びが響き渡り、直後、ミケの足元が裂けた。あたかも、透明なギロチンか、不可視の大太刀を打ち付けたかのように。
ざん、ざん、ざんざんざんざん。
何か影のような物が凄まじい速度でミケの周りを跳ね回り、その度に少女の身に着けるメイド服を切り裂き、生まれたままの姿に近づけた。それと同時に、足元のアスファルトがビスケットのように砕け散る。
呆然としながらも、目が慣れる内、三千子は怪現象の正体を見抜いた。
「尻尾・・・・・・なの?」
泣きじゃくりながら恨み言を叫ぶミケ。その未発達の小さな臀部の根元から、二本の尾のような物が生えだしている。少女の髪の色と同じカラーリングの三毛猫の尾は、鞭のように長く、鞭のようにしなり、鞭のように激しく暴れ、辺り構わず打ち付けていた。
「ぐぁ、く、くそ、くそ、くそったれがぁ!」
汚辱の表情を浮かべると、顔剥ぎのロアは切断された腕を捨て置いて倉庫街に姿を消した。
その間も、ミケの変化は続いていた。裸同然の姿で四つん這いになり、威嚇する猫のように尻を高く上げ、鋭くなった牙を向いて唸り声を上げている。
「なんなの、なんなのこれ! どうなってるの、どうなっちゃうのよ!」
立ち尽くすエイジに追いつき、三千子が尋ねる。
「ミケが・・・・・・ミケじゃない物に戻ろうとしている。『黒魔女の怨み猫』に・・・・・・マリア! こうなる事は分かっていたはずだろう!」
エイジが浮かべた表情は怒りではなかった。だが、限りなくそれに近い表情である事は確かだ。
「ちょっと、どうするつもりよ!」
歩き出したエイジを三千子が呼び止める。
「ミケを取り戻す。あの子は、こんな事は望んじゃいない!」
「無理でしょ! あんな所に飛び込んでったら、死んじゃうわよ!」
「僕はミケを見捨てない!」
振り向いたエイジの顔には、彼らしからぬ真剣さが浮かんでいる。
その事に三千子が怯えると、エイジは不意に嘘だと知れぬ笑みを浮かべた。
「僕は・・・・・・斜篠エイジだ。有能な探偵さ。斜篠エイジは、こんな程度じゃ死なない」
三千子の頭を撫でると、エイジはミケの元へと歩き出した。
「ミケ、ミケ! 僕の声が聞こえるだろう! 思い出すんだ。それは、君の在るべき姿じゃない。君は誰だ? 君の望む君は誰だ! 思い出せ。君は、それを捨てたんだ。ロアである事を捨て、人として生きる事を誓ったはずだ! だから、戻って来い!」
一歩、一歩と近づいていく。必殺の威力を持った双又の尾が暴れ狂う暴力圏に。エイジは怯えはしなかった。まるで、そんな物は当たりはしないと確信しているかのように、平然とその中に入っていく。あるいは、幾らでも受けて立つという開き直りなのかもしれない。
奇跡か、ミケの理性の働きか、尾がエイジを打つ事はなかった。
目には見えない何かを、それか、目に見える全てを威嚇するように唸るミケ。エイジは正面から少女を抱き締め、耳元で囁いた。
「良い子だ。そうだとも。君は世界を選んだ。この世界で生きていく事を選んだんだ。君は知っている筈だ。この世界は、向こう側の眺めほど美しくはないけれど、絶望するほど醜くもないんだって」
まるで、子守唄であやされる子供のようだった。ミケの体から力が抜け、そのまま小さな体をエイジの腕に預ける。
「ご、ごめんなさい・・・・・・ミケ、約束、破っちゃったよ」
今までの変容が、ミケの身に重大な消耗を与えた事は一目瞭然だった。肌は青ざめ、震えて縮こまるミケに、破壊の権化となっていた時の面影はない。
「いいさ。ミケが反省しているのなら。誰にでも間違いがある。誰だって過ちを犯す。人間は、そういうものだ」
「ミケ・・・・・・眠いよ・・・・・・エイジ君、一人で、だい、じょ・・・・・・ぶ?」
「心配ない。だから、ゆっくりお眠り」
ミケの瞼が落ちると、エイジはやってきた三千子に少女を託した。
「ミケを頼むよ。もうロア化する心配はないけれど、ミケは見ての通り、小さくてか弱い女の子だからね。変な大人に悪戯されるといけない。僕は怪人フェイスを追わないといけないから。みっちょん、面倒を頼むよ」
それは半分本当で、もう半分は見え透いた嘘だった。ミケを見張らせる事で、三千子に余計な事をさせないつもりなのだろう。その事に気づいてはいたが、三千子は断らなかった。半分は嘘だとしても、もう半分の本当には従うだけの理由がある。
「勝てるの?」
地面に転がった拳銃を拾うエイジに、三千子が尋ねる。
「戦いに行くわけじゃない。僕はあくまで、説得をしに行くだけさ」
やはりそれも、半分ずつの嘘と本当が混じっていた。
だからこそ、三千子も拳銃を拾った理由を聞きはしなかった。

 
      icon_kagefo.jpg


怪人フェイスを追いかけるのは難しい事はでなかった。手負いのロアの心理を推理するまでもなく、切断された腕から流れ出る赤い色が導いてくれる。
そこは無数にある廃倉庫の一つだった。
錆び付いたコンテナ、ビニールに隠された何かしらの山、投棄された資材。
取り出したジッポライターの炎が、忘れ去られた残骸を照らし出す。揺らめく炎の前では、群影は一秒たりとも一つの形に定まりはしなかった。
「怪人フェイス! もう終わりにしよう。君の求める物は幻想だ。他人の顔を剥いだ所で、君は何者にもなれはしない」
「てめぇがそれを言うのかよ!」
反響する声と共に、頭上のコンテナが雪崩落ちる。
「僕だから言うんだよ。十草刑事の記憶を持つ君なら、その意味が分かるはずだ!」
転がってそれを避けながら、虚空に向かって声を張り上げる。
「君は幸運だ。こうして、人の形で生まれてきた。僕に君という存在を消させないでくれ!」
「傲慢な野朗だよ。てめぇは!」
声は背後から、舞い上がった埃の中から発せられた。
振り向いて銃を構えるエイジ。その手を、ビッグフットケビンを模した巨大な手が握り潰す。
「ぐ、あ、あぁああ!」
引き攣った悲鳴。
「げははは! 勝者のつもりにでもなってやがったか? てめぇ如き、片腕がなくたって平気なんだよ!」
そのまま、怪人フェイスは怪力に物を言わせ、エイジの体をヌンチャクのように振り回した。最初の落下で肩が抜け、次にコンテナに叩きつけられた時、あばらが砕けた。水を吸った雑巾を振り回したかのように、辺り構わず鮮血が飛び散る。
「これがお前? これが斜篠エイジの力か? こんなものが!? 俺様は失望するぜ! 俺様は絶望するぜ! てめぇはとんだ期待外れだ!」
死人のように脱力したエイジをぶら下げて、怪人フェイスが告げる。
「どうした? 声も出ねぇか? そうだろうなぁ。てめぇは死ぬんだ。大口を叩いておいて、何も出来ずに無意味に死ぬのさ! げははは、だが、それだけじゃねぇ。俺を失望させた罰だ。あのガキの顔を剥いでやる。お前の事務所にいたマリアとか言う女も。それが済んだら、あのバケモノじみた猫娘の番だ。この腕の怨みは、百倍にして返してやるぜ!」
「・・・・・・め・・・・・・ろ・・・・・・」
声は、辛うじて怪人の耳に届く声量だった。
「なんだ? 聞こえねぇなぁ。げはははは! いい気分だぜ全く! 他人の無様な姿を見るのはよぉ、なんでこんなに気持ちがいいんだろうなぁ、えぇ!」
「それは・・・・・・君が・・・・・・醜い、からだ」
「・・・・・・あぁ?」
怪人フェイスが聞き返す。聞こえていなかったはずはない。それは、瀕死の男の抵抗に対するただの恫喝にすぎなかった。
「君の、心が、醜いからだと、言ったんだよ。哀れなロア。怪人、フェイス。誰の顔を剥ごうとも、どんな姿になろうとも、君が満足する事はない。決してない。絶対にない。何故なら君は、醜いからだ。哀れな男の醜い虚栄心から生まれた、どうしようもなく薄汚れた度し難いクズだからだ。君が他人の顔を奪うのは、己の醜さを隠す為だ。君が他人を傷つける事に喜びを感じるのは、自分の醜さを慰める為だ」
「だ、黙れ、黙れ! 黙れよ! この死に損ないが!」
今度こそ止めを刺そうと、怪人フェイスが腕を振り上げる。だが、巨人の体はピクリとも動かなかった。アクリル樹脂の結晶の中に閉じ込められたかのように、ほんの少しの身動きも取れない。
「て、てめぇ、な、何をした!」
「ボくは悲しイ。なナしのエイジ。あなタなラ、こノロアヲすクウことガできタだろウカ?」
吊られた男が顔を上げた。
「そ、その顔は!」
怪人フェイスの顔色が変わった。彼の前には、直前まで斜篠エイジだった、今はもう誰でもない、顔のない男がぶら下がっている。
「サヨならダ。ワガドウほう。むゲンのシンエんにかえルガいい」
男でもなく女でもない、若者でもなく年寄りでもない、人間であって人間でない声が告げると、足元の影が沸騰した。薄暗い倉庫内においても殊更に暗い影は、熱したコールタールのようにぶくぶくと泡だって、それ自体が遺志を持つ獰猛な生命体であるかのようにロアの体に飛び掛った。
肉食アメーバの如く、激しく脈動しながら怪人フェイスの体を包み込むと、内側からこの世の物とは思えない絶叫が響き、やがて影は砂の城の如く崩れ去って、後にはただ、名前を失った男が一人横たわるだけだった。
「あ、アァ、だ、メダった。しく、ジッタ。マた、ぼクは、おレハ、わたシハ、わレは、しッパイ、した。こんナ、コトデは、かレニは、なレナい。ワレのノゾんだ、そしテ、カれのノゾんダ、ナなしのエイじにハ・・・・・・あ、あ、ァ、ァ?」
独白を続ける男は、もはや男ではなく、女でもなく、若くもなく、老いてもなく、人間であるかすら怪しい存在だった。
影。それは、人の姿をまとった影だった。真っ黒い、漆黒の、完璧な闇。それを人の形に丸めた何かが、惨めな様子で震えているだけ。
「カれ、とは、ダれ、だ? わレハ、だレ、だ?」
途方にくれた声で顔を上げると、影人間は一人の少女と目が合った。
どこかで合った事のあるような、どことなく見覚えのあるような、しかし名前を思い出せない少女。彼女なら、自分が誰か知っているかもしれない。
「わレハ、ナニモ、の、ダ?」
醜悪なバケモノを前にして、少女は酷く怯えていた。引き攣った表情からは逃出したくなる程の恐怖と、信じていた物に裏切られた強いショックが読み取れる。今にも泣き出しそうな顔をして、しかし少女は踏みとどまった。唇を硬く噛み締め、決意めいた表情を浮かべると、三千子は言った。
「あなたはエイジ。斜篠エイジよ。ただの、有能な、探偵の。斜篠エイジよ」
それは呼びかけというよりは、ある種の呪いように見える。
言葉は、力となって影に働きかけた。
「わ、レハ、えい、ジ。ソ、うだ・・・・・・ボくハ、ぼくは・・・・・・僕は斜篠エイジ。ただの、有能な、探偵、さ」
名前を取り戻した男は、切なげな安堵と共に気絶した。


      icon_kagefo.jpg


「その様子を見ると、予想は悪い方向に当たったみたいね」
戻ってきた一行を見るなり、マリアは心底呆れ果てたような、そして、そこに人さじ程の安堵を加えた顔で言った。
エイジは酷い有様だった。一人で立つ事もままならず、目を覚まして以来口数も極端に少ない。今も、時折意味不明なうわ言を呟き、二人の少女の肩を借りてなんとか立っているような状態だ。
「マリア・・・・・・どうして二人に僕を尾行させたんだ」
責めるよう口調で言うエイジを、マリアは鼻で嘲った。
「決まっているでしょう、エイジ。あなたが馬鹿で無能な死に急ぎのおマヌケさんだからよ。私は、あなたを救ってあげたの。お礼ならともかく、文句を言われる筋合いはないわ」
「・・・・・・そうだね。悪かったよマリア」
それだけ言うと、エイジはふらつきながら背を向けた。
「ちょっと、どこに行くのよ!」
「事務所に戻る。悪いんだけど、暫く一人にして欲しい」
背中で告げると、エイジは一人薄暗い階段を上っていった。
「エイジ!」
「ほっときなさい。物事が思い通りに行かなくて拗ねてるのよ。クールぶっちゃって。女々しいったらないわね」
苛立たし気にマリア。
「マリア~。ミケも疲れた~。もうねゆ~」
「寝る前にちゃんと歯を磨くのよ」
「は~い」
ミケも、マリア達が住む二つ上のフロアに向かった。
「みっちょんも。遅くまで拘束して悪かったわね。バイト代には色をつけておくわ。時間外手当と危険手当。あらあら、来月は随分お金持ちになりそうね」
冗談めかして言うが、マリアは誤魔化されなかった。
「マリアさん」
胸に秘めていた事を尋ねるべく呼びかける。
「エイジは、ミケちゃんは、二人は、ロアなんですか?」
「・・・・・・それを聞くという事は、みっちょんはあれをみちゃったのね」
呟くマリアに、三千子は頷いた。
「二人は人間よ」
「でも――」
「――今の所は」
三千子の疑問を無視して、マリアは付け足した。
「エイジが説明しなかったのなら、私に言える事は何もないわ。それが不満なら、いつでも止めていい。依頼料は、今までのバイト代と相殺でチャラにしてあげるわよ」
「あたしは別に不満なんて・・・・・・」
「なら、我慢なさい。あの分からず屋が話す気になったら自分から言うでしょう」
他人事のように言うと、マリアは一万円札を三千子に差し出した。
「タクシー代。おつりはいいわ。少ないけど、私からのお駄賃よ」
「そんな、困ります!」
「受け取って。私には、こんなお礼しか出来ないから」
押し付けるように渡されて、三千子は渋々それを受け取った。別に、お金が欲しいわけじゃない。バイトをしておいて、それは矛盾のように思われた。だが、そうではない。今これを受け取るのは、マリアとの間に芽生えだした何かを金で売る事になるような気がしたのだ。結局受け取ったのは、それがマリアなりの、不器用過ぎる親愛の証のように思えたからだ。
「嘘だと思うかもしれないけれど、これでも私は、私なりに罪悪感を覚えているのよ。私はね、みっちょん。あなたがあの向こう見ずの御守りになってくれればと思ってるの」
「御守り、ですか?」
「そうよ。放っておくとあの男、一人でどこかに行ってしまいそうなんだもの。誰の手も届かない、遠い所に一人で」
「・・・・・・分かる気がします」
「エイジは、名前を忘れてしまったのね?」
三千子が頷く。
もしもエイジがおかしくなったら、彼の名前を呼んでやって。三千子にそれを頼んだのは、他でもないマリアだった。そんな事を頼むという事は、きっと今までにも、何度も同じような事があったという事だ。
「エイジは・・・・・・優しい人だと思ってました。変だけど、凄く優しい人だって」
「今は違うのかしら?」
「・・・・・・少し、怖いです」
「私もよ」
その時マリアが見せたのは、疲労による見間違いでなければ、きっと笑みと呼べる物だ。
「おやすみなさい、マリアさん」
「おやすみなさい、みっちょん」
一時の別れを告げ、やがてサンクチュアリの灯が落ちた。


      icon_kagefo.jpg


真っ暗な事務所の中、ソファーに寝転びながら、エイジは救えなかったロアの言葉を思い出していた。

『俺はあいつから聞いたんだ――』

「あいつとは・・・・・・誰だ?」
探偵の問いに、闇は何も答えない。


case.3へ、つづく。


七星十々 著 / イラスト 田代ほけきょ

企画 こたつねこ
配信 みらい図書館/ゆるヲタ.jp



この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

sps.jpg sps.jpg sps.jpg
100.jpg 101.jpg 102.jpg
艦隊これくしょん -艦これ-
ンソロジー 横須賀鎮守府編(2)
ドラゴンクエストX
目覚めし五つの種族
ワンピース
ルフィつままれキーホルダー
073.jpg 079.jpg 076.jpg
ガリレオの魔法陣  Deep Forest 1 まじょおーさまばくたん!



 

チャンネル会員ならもっと楽しめる!
  • 会員限定の新着記事が読み放題!※1
  • 動画や生放送などの追加コンテンツが見放題!※2
    • ※1、入会月以降の記事が対象になります。
    • ※2、チャンネルによって、見放題になるコンテンツは異なります。
ブログイメージ
ヲタ情報局「ジャパン・コンテンツ・トリビュート」
更新頻度: ほぼ毎日
最終更新日:
チャンネル月額:¥525

チャンネルに入会して購読

コメントを書く
コメントをするには、
ログインして下さい。