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ひく(い)

全体公開 2013-12-06 20:52:34

レタスは先端までみずみずしく、トマトはじゅわりと果肉に旨みを閉じ込めている。カリカリに焼いた肉厚のベーコンがその脂をポタリ、ポタリと滴らせながらジュウゥゥゥといい音を立てて焼けている。肉が焼ける香ばしくもどこか懐かしいふわんとした匂いが魔王城の台所に充満していた。黒いジャージに白いエプロンをつけながら調理しているのは、意外にも男性だった。彼の手つきはどこか手慣れているようで野菜の下ごしらえも、火の通し方も計算されているかのようによどみなく行われていく。コンロを二つ使っているので、ベーコンを焼いている向こうでは、卵がグツグツ煮えられているようだ。水に浸しておいたレタスの水気を完全に切り、手でむしっていく。金気が移るのでこういうのは手でやった方が美味しい。トマトはよく切れる包丁でスパスパと切っていく。果肉を押しつぶさないように、その身に詰まったコクのあるスープを詰め込んでおけるように迷いなく、まな板の上に赤い円盤が次々に並べられていく。ちょうどいい加減になったベーコンをトングで摘まみあげる。まだジュワジュワと音をたてて脂がその肉の上で踊っている。予め用意しておいた食パンを取り、そこに多めにバターを塗っていく。野菜の水分がパンにつかないように厚めに塗るとおいしいことを、彼は知っている。そこにレタスを敷き、ベーコン、トマトを乗せて中心にはチーズを何枚か仕込んでおく。そうしてもう一度トマト、ベーコン、レタス。最後にパンで蓋をする。これでサンドイッチの完成だ。しかしこれで終わりではない。四角い鉄製のフライパンを上下に組み合わせたようなものがある。そこにバターを塗り、先ほどのサンドイッチを入れて閉じる。スイッチを入れれば今度こそ作りたかったものの完成だ。ふぅ、と息をつく。結構簡単にできて良かったな。ついでに付け合わせも作ろうと茹で卵の時間を確認しようとすると、バン!といきおいよく台所の扉が開いた。






チッ、思ったよりも早かったか。
「あれ!?なんでシオンが作ってんの?」
いまだに囚人服の勇者さんが驚きの声をあげる。悪かったな、ルキの母親じゃなくて。オレ達がこの城に来た時にもてなされた豪華な食事を思い出す。自分は食べなかったが見るからに立派で美味しそうなステーキやソテー、他にも洗練されたものが並んでいた。また素晴らしいごちそうが食えるとでも期待したか?残念だがこんなのしか作ってないぞ、オレは。見劣りが激しいから本当はもう少し早く作って、ルキの母親に差し入れしてもらおうと思っていたのに。心の中で不満はぐるぐると募るが、それを表情には出さないように心掛ける。いつものように馬鹿にした態度と口調で。
「もう終わったんですか勇者さん、さすが早漏ですね!!もう二代目に負けたんですか?」
「不名誉なあだ名やめてくれるぅッ!?それに負けてないよ!!ちょっと休憩に来ただけだよ!」
「そんなに服ボロボロにして、セクシー路線に変更ですか、変態!露出狂!」
「ボクの意思でこんな風になったんじゃないよ!二代目が攻撃魔法しか使えないからこんなになってんの!」
肉体ごと吹き飛んだらどうしてくれるんだよ本当に…などと言いながら勇者さんはこちらに近づいてくる。何を作っているのか気になっているようだ。うざったいし、作るのに邪魔だから向こうに行ってて欲しい。
「何つくってるの?シオン」
生意気にもオレの身長にすっかり追いついてしまった頭が、肩から手元の様子を覗き込む。たくましくなりやがって。ほのかに戦闘で焦げた匂いと、太陽の匂いがする。すっかりオレの様子を見守る気になっているな。こうなったらこの人がわりと引かないことをオレは知っている。面倒くさいことになったと溜息をつきながらも何となくだが気分は浮上してしまう。
「今からは、タマゴサラダですよ。もう茹でてあるのであなたが剥いてくれませんか?」
分かった、と言いながら勇者さんはシンクの茹で卵の元へ向かっていく。その間にオレは再びレタスをちぎり、キュウリを薄くスライスする。手早く、それでいて丁寧に。出来た!!という勇者さんの手元を見れば、白身がボロボロと剥がれているちょっと情けない姿のタマゴがそこにあった。不器用め。普段家事の手伝いをしてこないからそういう風になるのだ。きっと母親に頼りきりだったのだろう。その風景を思い浮かべて、また少し暖かい気分になる。家族二人で食卓を囲み、喜んだ顔で料理を食べる勇者さんの顔が浮かんだ。ヘタクソ、そう辛辣に吐き捨てながらも口元がにやけてしまう。できれば気付かないでほしかった。
そのタマゴを薄くスライスして、黄身と白身に分ける。白身の方はさらにみじん切りにしておき、黄身にはマヨネーズと少量の醤油で味を調える。ホクホクと湯気を立てながら、黄色を少し薄くし、とても涎が湧いてくるような匂いがする。
「なんか、それ美味しそう…。なぁ、一口味見しちゃダメ?」
オレの肩に顎を乗せながら物欲しそうに勇者さんがおねだりをしてくる。ぐりぐりと頭を擦りつけている。近ぇ。いかにも調子に乗ってる駄犬の脇腹を狙って肘鉄をお見舞いしてやる。ぐふっという空気が漏れたような音を立て、身体を曲げて苦しがっている様子なのが手に取るように分かる。ほんと馬鹿なひとだ。やれやれと頭を振りながら、最後に胡椒と塩で微調整を済ませる。そうやってできた特製のタマゴソースを人差し指でほんの少しすくい、床で苦しそうにもがいている勇者さんのところへ屈みこむ。
「ほら、どうぞ」
むちゅ、とか変な音をさせながら指を勇者さんの口に突っ込む。目を丸くして驚いたあと、ぺろぺろと指先に舌の感触がする。くすぐったい。ひひっ、と変な笑い声をあげてしまう。あ、しまった。オレの様子に気を良くしたこの人は更にちゅうちゅうと吸いついてくる。そのまま指の根元まで、丹念に丹念に舐めくすぐっていく。味はもう分かっただろうに、オレの指の味をじっくり味わうかのようにしゃぶってくる。……あんまり続けると、妙な気分になってしまうし、なによりこそばゆい。爪を立ててやるか喉奥を突いてやろうか考えていたところ、
チ―――――――――ン!!と背後から音がした。どうやらできたようだ。ズボっと口から指を引きぬく。透明な涎が糸のように繋がって、オレの指から勇者さんの口へ垂れる。それを振り払い、蛇口で手を洗う。なんだその不満そうな顔は。
タマゴソースと白身をからめ、野菜の上にかければタマゴサラダの完成だ。ちょうど今できたメインディシュも皿の上に盛り付ける。
四角くて、焼けた、パン。ホットサンドというやつだ。軽食だが、無いよりはマシだろう。
「さぁ、めしあがれ」




目の前には白いお皿の上に盛られたサンドイッチの焼けたのと、タマゴサラダがある。部屋の中全体にパンが焼けた時の小麦粉のいい香りが広がって、さっきまで激しい戦いの連続で疲れ切っていたボクのお腹はもう限界だという様にグーグーなっている。どこかバターの香りも漂ってくるようなそれは、狐色にこんがり焼けていて隅の隅まで具材でパンパンに膨れ上がっていた。このまま食べていいのかな?ナイフとかフォークとかいらない?
チラ、とシオンの方を見るとご自由にどうぞ、と返される。
よーーーーーーし、それじゃ
「いっただっきまーーす」
大きな声で手を合わせた後にまだほかほかと暖かいホットサンドに齧りつく。噛みしめた瞬間にサックリとした食感がボクの歯に伝わってくる。見た目通りこんがりと焼けているそれは外はサクサク、中はふんわりとまだパンの柔らかさを保っていた。さらに噛みしめる。
カリカリのベーコンの美味しさと、それにあいまるレタスのシャキシャキ感、そこに気を取られたところに濃厚なトマトの旨みと酸味が一気に襲ってくる。口のなかに収まりきらないほどの美味しさが詰まっている。一口食べて驚いた。何これ、すっごい。ちょっと良く分からないぐらいにこのご飯は美味しかった。あ、あ、目を凝らせば中心にチーズが入っている。すこし外側を食べたからそれはまだ食べていない部分だ、切り口からとろ~~~りと垂れてくる黄色い美味しさは、見ているだけでさらに食欲を掻き立てられるようだ。零れ落ちてしまう前に慌てて口を付ける。チーズの塩加減と、トマトの相性が抜群だ。まるでピザトーストを食べているかのように二つは混ざり合う、ハウハフ、とろ~り。まるで飲み物のようにチーズとトマトの果汁は先ほどと違った旨さを出している。ベーコンの脂っぽさをレタスの爽やかさがちょうどいい具合に打ち消して、純粋な肉の美味しさだけを伝えてくる。外はサクサク、中はトロリとしていてジューシィ。チーズが肉に、野菜に絡み合って全てが調和している。
馬鹿みたいにがっついていると思われたのだろう、勇者さん良く噛んで食べてください。とシオンが注意してくる。そうだった、危ない危ない。こんなに美味しいものを一気に食べてはもったいなかった。サラダも食べよう。フォークをもらって、野菜とタマゴを一緒に突き刺す。タマゴのとろりとしたコクが、新鮮な野菜に絡んでこれも美味しい。マヨネーズだけではない、ちょっとご飯が進むような一味もまたフォークが進む。
「おいしい!!!これほんとうに美味しいよどうなってんの!?」
もしかしてシオンがなにか魔法でもかけたのだろうか…。もぐもぐと口の中のモノを食べ進めながら呑み込んでいく。美味しい、美味しい。
「いえ、特になにも特別なことはしてませんよ。勇者さんがもうちょっと来るの遅かったら下剤でもしこもうかと思ってましたが」
「やめろ!!それはマジでやめろ!!」
「そんなに美味しいんですか…よかったです」
そういいながらボクのご飯をジッと見つめるシオンを見ていて、ようやく気付いた。!!なんてことだ、遅いだろボク!!すぐに包丁を持ってきてホットサンドを半分に切って渡した。
「ごめん!!一人で食べてて!せっかく作ってくれたのに、お前も食べなきゃだよな」
こんなに美味しいものを一人占めにするなんて、危ないところだった。まだ少し暖かいから、美味しさは逃げないだろう。切り口からもとろりと溶けたチーズが見える。よかった、間に合ったみたいだ。手渡されたご飯をしげしげと凝視して、シオンは驚いている様子だ。?どうしたの?
「…あんなに、美味しい美味しいって言ってたのに、どうしてオレに半分もくれるんですか?」
なんだ、そんなことか。
「だって、一緒に食べた方がもっと美味しいんだもん。ボク、お前のご飯好きなんだよ。」
もぐもぐ、そういいながら食べ進める。シオンも早く食べてくれないかな、そうしたら美味しいね、って言いあえるのに。ホットサンドを持ったシオンはちょっと俯いて、パクリと一口食べた。
「そうですね、オレもあなたと一緒に食べるご飯はとっても美味しいです。あなたが食べている姿を見るのも好きなんですよ」
美味しいです、これ。そうやってチーズみたいにとろけた顔で笑うシオンを見て、ボクはまたパクリと食らいつく。


奇遇だな、ボクもシオンが美味しいもの食べてるの見るの好きだ、すっごい幸せな気分になるんだよ。
今、お前が幸せそうで、本当に良かった。
岩場でお前が真っ赤になっていたのを見たとき、ボクは本当にこの世が終わってしまったのかと思った。このぐちゃぐちゃに潰れたトマト以上にお前の体が崩れたのかと思った。声が聞こえた時、本当に安心した。まだ、生きてるって分かった。それから二人でこの城まで来て、ボクの事頼ってるって言ってくれて、すごくすごく嬉しかった。
こうやって二人で、お前の作ったご飯を食べられるなんて、ボクは本当に幸運で、幸福だ。
お皿の上に広がる幸せと、こうやってお前が隣にいてくれる幸せで、お腹は一杯になっていく。
幸せを一人占めなんかするよりも、こうしてお前と分け合っていたい。



最後の一口を食べる前に、少しだけ質問をしてみよう。
「あのさ、ルキのパパが言ってたんだ、『ハニーの作る料理は世界一美味しいんだ』って。それってさ、大好きな人のために作る料理だから美味しいのかな?大好きな人が作ってくれた料理だから美味しいのかな?」
「あなたは、どっちだと思うんです?」
「シオンは?じゃあ一緒に言おうか」



「「どっちも!!」」
そういって二人でケラケラ笑いながら食べている料理は、きっとこの世のどこのお昼ごはんよりも美味しいに違いない。









愛おしい=いとお(い)しい



(愛情は隠し味だなんていいますけどね、これはそんなんじゃないですよ。
だって隠してませんから。)


(じゃあ美味しいのも当然だ、お前の愛情そのものをボクは食べているんだから。)





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腐。 成人済み。あまりに戦勇。が好きすぎて毎日がつらい。アルロス、クレシオに燃え尽きる。
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