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立身編
真っ直ぐコガネ
 ポルテが契約している精霊の名を告げると、彼女が首から下げていた宝石が淡く輝き、そこから白く輝く氷の精霊が召喚された。
 小翅族(ピクシー)であるポルテと同じ位の大きさの、全身──肌も髪も瞳も真っ白な女性の姿をしたその精霊。
 目鼻立ちの整った美しい精霊。ソリオは以前に養父から力の強い精霊ほどその外見は美しくなると聞いたことがある。だとすれば、ポルテが契約しているこの精霊は、少なくとも中位以上の精霊なのだろう。
 精霊はにこりとポルテに微笑むと、嬉しそうに彼女の周囲を舞うように飛び回る。
「エンジェライト。あなたの力を貸してくれる? 代償に私の魔素を捧げるわ」
 エンジェライトと呼ばれた精霊は、こっくりと頷くとそのまま両手を組み合わせ、その白い瞳を静かに閉じた。
 そして、まるで歌うように口を開く。いや、それは実際に歌なのだろう。ソリオたちには聞き取ることのできない、精霊の奏でる歌。
 精霊の歌に合わせて大気が震える。そして、室内の温度がどんどん下がっていく。
「さ……寒いっ!! すっごく寒いッスっ!! こ、こここここのままでは凍え死ぬうううううううううううっ!!」
 寒さに耐えかねるように、自分の身体を抱き締めてがたがたと震えるコルト。そんなコルトにソリオは、骸骨(スケルトン)でも寒さを感じるのかなぁと暢気な感想を抱く。
 きん、という甲高い音と共に、亡霊(ゴースト)の周囲に幾つもの氷の槍が出現した。
 それは先程亡霊自身が放った氷の攻撃魔法とよく似ていたが、出現した槍の数が段違いに多い。
 精霊が一際大きく口を開く。聞こえはしないが、おそらく精霊の奏でる歌が最高潮を迎えているのだろう。
 そして、精霊が生み出した無数の氷の槍が、一斉に解き放たれた矢のように亡霊に殺到する。
 紋章術を行使することによって自身を限界まですり減らしていた亡霊は、無数の氷の槍に貫かれて怨嗟の声と共に消滅していった。



「ありがとう、エンジェライト」
 ポルテの声に応えて、再び数度彼女の周囲を舞った精霊は、召喚の門である宝石を潜って姿を消した。氷の精霊である彼女が、本来暮らす寒冷な場所へと帰っていったのだろう。
 それを見届けたソリオは、この部屋に残された『究極の屍肉魔人像(フレッシュゴーレム)』へと近づいた。
 コルトの主人だという死霊術師(ネクロマンサー)が、全力を注いで造ろうとしていた魔人像(ゴーレム)は、先程創造主である亡霊が無差別に使用した紋章術の煽りを受け、完全に破壊されていた。
 未完成のまま千年以上もここに佇んでいたのだろう。だが、結局は起動することもなく、創造主自身に破壊されることになった。
 魔人像の残骸に一瞥したソリオは、続けて部屋の奥に横たわっている骸に近づく。
「……ご主人……」
 コルトもソリオの横にならび、かつて主人だった人物の亡骸をじっと見つめる。
「……今まで……長いことお世話になりました……あっしは……あっしは……これからは新しいご主人の元、元気に暮らしていくッスから安心してください」
 両手を組み、目を閉じて別れをかつての主人に告げるコルト。
 その光景は、彼女の儚げな見た目とも相まってどこか幻想的なものだった。
 しかし、ソリオはその光景よりも、先程コルトが口にした言葉の方が気になって仕方がない。
「ねえ、コルト? 今、コルトは新しい主人とか何とか言ったけど……それって誰のこと?」
「いやッスねえ、決まっているじゃないッスか。もちろん、あっしの新しいご主人はソリオさんッスよ!」
「お、俺っ!? どうして俺がコルトの新しい主人になるのっ!?」
「いやー、あっしはこれまでずっと奴隷でやんしたからね。誰かに仕えていないと生きていけないんスよ。で、どうせ仕えるのなら強い人がいいじゃないッスか? その点、ソリオさん……いや、ソリオ様は前のご主人以上の紋章師(ルーラー)ッスから、強さという点では申し分ないッス!」
 びしっ、と突き立てた親指を、コルトはソリオに突き出した。
「いや、紋章師って言っても、俺は防御専門だよ? コルトが思っているほど強くはないと思うよ?」
「防御専門ってことは、あっしが怪我する可能性が減るってことッスよね? だったら問題ないッスっ!! ソリオ様っ!! あなたこそこのあっしの新しい主人に相応しいッスっ!!」
「待てってばっ!! お、俺は骸骨の下僕なんていらないよっ!!」
「まあ、そんなこと言わずに。何かとお役に立って見せるッスよ? それにソリオ様が望むのならば、夜伽の相手だって務めてもいいッス……ただ……じ、実はあっし……これまで男の人を知らないッスから……初めては優しくしてね?」
 赤らめた頬に両手を当て、もじもじと身悶えるコルト。その仕草は彼女の美しい外見もあり、男の欲望を刺激して止まない。
 ただし、彼女の本当の姿を知らなければ、だが。
「待った待った待った。確かに俺が冒険者になる目的は嫁探しだけど、少なくともコルト相手にそんな気にはならないからっ!!」
 そもそも、骨しかない相手と何をしろと言うのか。
「そ……そんなっ!! あっしはもういらないッスかっ!? 飽きたらポイッスかっ!? ひ、酷いッスっ!!」
「人聞きの悪い言い方するなっ!! それよりさ、せめてこの亡骸をどこかへ埋葬してあげようよ」
 ソリオは布製の大き目の袋を背嚢から取り出すと、それをコルトに手渡した。
「え? あ、あっしがこの骸骨を袋に詰めるッスか?」
「コルトのご主人でしょ? それぐらいはやってあげようよ」
「ま、まあ、いいッスけど……でも、骨だけになった骸に触れるのって、何か気持ち悪いッスよね?」
骸骨(おまえ)が言うな」



 少し離れた所でぎゃいぎゃい言い合っている二人を、ポルテは微笑みながら見守っていた。
 ふわふわと宙に浮く彼女の足元には、いまだに目を覚まさない人猫族(ウェアキャット)の少年、バモスが床に寝かされている。
「さっきのあの騒ぎ……で、今もこれだけ騒いでいるのに全然目を覚まさないなんて……もしかして、あなたがこの中で一番の大物かもね?」
 呆れ半分、優しさ半分。寝ているバモスの顔のところまで降下したポルテは、そっと彼の頭をその小さな掌で撫でてやる。
 すると、それまでじっと閉ざされていた彼の目蓋がぴくぴくと揺れ、ゆっくりと開かれていく。
「あ……あれ? ポルテ姉ちゃん?」
「おはよう、バモス。でも、ちょっと寝すぎよ?」
 上体を起き上がらせたバモスは、きょろきょろと周囲を見回す。
「えっと……どこ、ここ?」
「あら? 覚えていないの? あなたは仕事の帰りに穴に落ちて……」
「そ、そうだっ!! その穴の中で、おいら、骸骨を見たんだっ!! そ、それで……」
 急にがたがたと震え出したバモスを見て、ポルテは思わずくすくすと笑う。
「大丈夫よ。あなたが見た骸骨は決して怖い存在じゃないから」
「そ……そうなの……?」
 よく分からない、といった感じに首を傾げるバモス。
 その瞳が、向こうでまだ騒いでいる二人へと向けられた。
「ねえ、ポルテ姉ちゃん。あの見慣れない兄ちゃんと姉ちゃんは誰?」
 尋ねられたポルテは、あの二人とはこれから長く付き合っていくのだという予感めいたものを感じながらバモスに告げる。
「あの二人は……私の新しい……そして、大切な友達といったところかしらね?」



 その後、何の問題もなく地下道から脱出したソリオたち。
 地下道にいた霧状生物(ガスト)は、どうやらあの時の亡霊の紋章術で全滅していたようで、帰り道に霧状生物と遭遇することはなかった。
 そして、穴の外でずっとソリオたちの帰りを待っていたヴェルファイアは、穴からひょっこりとソリオが顔を出した途端、盛大な安堵の溜め息を吐き出して彼らを引っ張り上げた。
 その中で、男物の服をだぶだぶで着ている儚げな容貌の森妖族(エルフ)の少女を見て、しきりに首を捻っていたが。
 そして翌日、ソリオたちはジュークの「幸運のそよ風」亭で改めて全員の無事を祝って祝杯を上げた。
「今回は本当に世話になった。ありがとうな、ソリオ」
「私からもお礼を言わせて。バモスを助けてくれてありがとう」
 改めてヴェルファイアとポルテに揃って頭を下げられ、逆にソリオの方が恐縮してしまう。
「しっかし、驚いたよなぁ。まさかこの街の地下にクリソコラの死霊術師の実験場や廃棄場があったなんてよ。それに……」
 ヴェルファイアの好奇の視線が、儚げな雰囲気の美しい森妖族の少女に向けられる。
「……この美人の正体が実は骨だなんて……男の夢と希望を打ち砕かれた気分だぜ……」
 がっくりとテーブルの上に突っ伏すヴェルファイア。そんな彼の様子を、姉貴分の小翅族の少女が笑う。
 ポルテは、地下で見聞きしたことを殆どヴェルファイアに伝えていた。
 地下道の奥に存在したクリソコラ時代の亡霊。そして、その亡霊の奴隷であった、どこか憎めない調子の骸骨。
 そして、現代に甦った紋章術。
 自分の話を聞いていた時のヴェルファイアの様子を思い出し、ポルテは再び笑う。あの、見知らぬ冒険に胸をときめかせる子供のような、期待に満ちた顔を思い出して。
 その時である。彼女が一つの決意を抱いたのは。
 その決意を巨漢の弟分にも話したところ、彼も二つ返事で頷いてくれた。
 ポルテは、自分たちの決めたことを今日、ソリオに伝えるつもりでいるのだ。
「それでよ、ソリオ」
「ん? なに?」
「おまえが紋章師だってことを疑うわけじゃないんだが……実際、どれくらいのことができるんだ?」
 ヴェルファイアに尋ねられ、ソリオは少しだけ考え込む。
「……とりあえず、防御に関してはちょっとは自信あるかな。昨日、クリソコラ時代の死霊術師の攻撃魔法も何とか防げたからね。後は、ちょっとした物質修復係が使えるぐらい。昨日ポルテに話した通り、攻撃系はまるで駄目。あ、それから治癒系も全く発動しなかったっけ」
「でも、どうしてッスかね?」
 こくん、と首を傾げつつ尋ねるコルト。その様子に、酒場に居合わせた彼女の正体を知らない男たちから熱い視線が飛ぶ。
「俺にもよく分からないんだ。炎や雷の紋章(ルーン)自体はしっかりと記憶しているけど、なぜか攻撃に使おうとすると発動しないんだ。俺を拾って育ててくれた養父(おやじ)は、単に相性の問題じゃないかって言っていたけど」
 例えば、ソリオが炎の紋章を攻撃に用いようとすると、なぜか発動しない。
 だが、同じ紋章を使って薪などに点火しようとすれば、それはしっかりと発動するのだ。
 まるでソリオ以外の誰かの意志がそこに働き、発動を邪魔しているかのように。
「ねえ、ソリオ。ソリオはこれからどうするつもりなの?」
 弟分とソリオの会話が一段落したのを見計らい、どこか遠慮ぎみにポルテが尋ねた。
「どうするって……どういう意味?」
「だって……あなたはおそらく、今の時代でたった一人の紋章師なのよ? となれば、どんな所だって仕えることができると思うの。例えば、目端の利く貴族様なら、好待遇であなたを召し抱えてくれるでしょう。もしかすると、どこかの王宮に仕えることだって夢じゃないかもしれない」
「うん……でも、俺はやっぱりこのまま冒険者を始めたいんだ。そして、俺と同じ人間族(ヒューマン)の同じ年頃の女の子を見つけて嫁さんにする。それが俺の冒険者としての目的だよ」
 ソリオがこのまま冒険者を続けるつもりだと知り、ポルテとヴェルファイアは互いに顔を見合わせて嬉しそうに頷く。
 そして、ポルテは改めてソリオに向き直ると、昨日バモスを助けてくれたことに対する報酬の話を切り出した。
「あんなに危険な目にあった以上、それなりの報酬をあなたに払わなければいけないとは思うんだけど……孤児院にはそれほどの予算はないし、私とヴェルの貯金を合わせても大した額にはならなくて……」
「いいよ。気にしないで。いくらなんでも、あれは予想外すぎるでしょ?」
 まさか街の地下にクリソコラ時代の亡霊が住み着いていたなんて、誰が予測できようか。その点については、ソリオも報酬を要求するつもりはなかった。
「そうッスよ、ポルテさん。ソリオ様は昨日の冒険で、このあっしという至宝を手に入れたんスから。他の報酬なんていらないッス。ね、ソリオ様?」
骸骨(おまえ)は黙れ」
 どんと自分の胸を叩くコルトの後頭部を、ソリオは割と強めに叩く。
 たった一日ですっかり成立した主従関係に、ポルテとヴェルファイアは声を揃えて笑う。
「それでね? 報酬代わり……というわけじゃないけど、今度は私たちがあなたの手伝いをしようかと思うの」
「え?」
 きょとんとするソリオに、今度はヴェルファイアがにっかりと笑って告げる。
「だからよ。俺と姉貴がおまえと一緒に冒険者をやるのさ。昨日、姉貴と話し合ってな。俺たちも冒険者になろうって決めたんだ。それにほら、冒険者って奴は誰かとチームを組むものだろ? だから俺たちをおまえのチームに入れてくれないか?」
 もうすぐ孤児院から独立するつもりだったヴェルファイア。これから職や住むところを探そうと思っていたのだが、冒険者という選択も悪くないと彼は思う。
 なんと言っても、この世界でたった一人の紋章師と冒険するのだ。きっとわくわくした毎日が送れるに違いない。
 既に聖職者(クレリック)として教会に勤めているポルテであるが、各代行者の教会は冒険を神の与えた試練とみなして奨励している。彼女も聖職者を続けながらではあるが、冒険者となることが可能なのだ。
「となると、チームの名前を決めないといけないッスね、ソリオ様」
 嬉しそうな顔でコルトが言う。今更ながらではあるが、本当によくできた幻覚だとソリオたち三人は思う。
「うん。実はさ、チームの名前ならもう考えてあるんだ」
 そう言いながら、コルトは愛用の布を巻き付けた槍──いや、戦旗(バトルフラッグ)の旗を広げた。
 そこには、紺色の丈夫そうな布地に鮮やかな緑の染料で、とある虫が描かれている。
「なんだ、この虫? この虫と俺たちのチームの名前に何の関係があるんだ?」
「こいつは俺の故郷付近に棲息している虫でね。真っ直ぐコガネっていうんだ」
 ソリオの言う真っ直ぐコガネという虫は、極めて集光性の高い甲虫で灯りに向かって真っ直ぐに飛んでいく性質を持つ。
 その際、数ミリ程度の木板なら容易にぶち抜いて飛んでいくという、恐ろしい面も持つ昆虫であった。
「どんな困難が立ち塞がっても、真っ直ぐコガネのようにその困難を打ち砕いて進んでいく……そういう意味を込めて、この虫を俺たちの旗印にしたいんだけど……どうかな?」
 ソリオの話を、ポルテ、ヴェルファイア、そしてコルトは神妙な面持ちで聞いていた。
「うん……いいんじゃない? 私は気に入ったわ」
「おう。俺もそれでいいぜ。真っ直ぐコガネか。いい名前じゃないか」
「あっしにももちろん異存はないッス!」
 三人の反応を見て、ソリオはにかりと笑みを浮かべる。
「じゃあ……俺たちの今後を……真っ直ぐコガネの前途を祝して──」
──乾杯!
 四人の声が重なり、次いで木製のジョッキがぶつかり合うここん、という心地よい音色が酒場の中に響く。
 これが様々な活躍を見せ、後の世に多くの吟遊詩人がその唄の題材とした冒険者「真っ直ぐコガネ」が誕生した瞬間であった。


 『絶対無敵の盾』更新。

 これにて、第一章「立身編」は終了となります。
 次回からは第二章「遺跡初探訪編」と題しまして、新米冒険者であるソリオたちが、新米の登竜門ともいうべきとある遺跡に潜ります。
 第二章の開始まで、もしかすると少々時間がかかるかもしれませんが、引き続きお目を通していただけると幸いです。

 では、これからもよろしくお願いします。


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