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立身編
コルト、その生前
 改めて現状を確認しよう、とソリオは一同を見回しながら告げた。
「俺たちはコルトの部屋にいる。そして、外にはかなりの数の霧状生物(ガスト)が集まっていると予想される」
「その予想の根拠はどこから?」
 ポルテの質問に、ソリオは自身の考えの根拠を明かす。
「この地下道……コルトが言うには、魔法生物の失敗作の廃棄場所には現在、霧状生物が長年に渡ってこの場の魔素を食い尽くしたため、この場は穢れた場所となっている」
 ここまではいい? という問いに、ポルテは頷いた。その彼女の横で、骸骨(コルト)もこくこくと何度も頭──じゃない頭蓋骨を縦に振っていた。
「そんな場所に、俺とポルテ、そしてバモスっていう魔素を持った存在が現れた。当然──」
「──突然現れた『餌』を求めて、この地下道中の霧状生物が集まってくるってわけね?」
「正解」
 ポルテが導き出した回答を、ポルテはにかりと笑って認めた。
 そしてそのポルテは、不思議そうな顔をしながら隣にいるコルトへと向き直る。
「でも、どうしてこの部屋には霧状生物は入ってこないの?」
 霧状生物はその名の通り、気体の身体を有している。ちょっとした隙間があれば、連中はどこにだって入り込むことができるのだ。
「そういや、この部屋には霧状生物避けの結界が張られているってコルトが言っていたっけ?」
「そうッス。ここには結界が張られていて、連中はこの部屋には入って来れないッスよ」
「つまり、その結界は今でも生きているってことか……」
 ソリオはコルトが手にしている(ロッド)を見ながら考え込む。
 コルトが持っている霧状生物退治用のロッドは、魔素が尽きて使えなくなっていた。今でこそソリオが魔素含有水晶を交換して再び使えるようになっているが、どうして結界の方は今でも効果を維持しているのか。
 それがソリオの感じた疑問である。そのことをコルトに尋ねると、骸骨はその謎を明かしてくれた。
「結界の起点には時々、罠にかかった森の動物の血を注ぐことで、その効力を維持しているッス。そういえば、いつの頃からか罠にかかるのが猫や犬、鼠といった森の中というよりは街の中で見かける動物ばかりになっていたッスけど、ソリオさんたちの話を聞いて納得したッス」
 動物の血で結界を維持していたと聞いて、ソリオとポルテはやや顔を顰める。
 ヒトを始めとした生物には魔素が宿っており、その血にもまた、魔素が溶け込んでいる。その血に溶け込んだ魔素を、結界維持に利用しているのだろう。何とも生臭い方法ではあるが。
 この地下道や目の前の骸骨を創造したのは死霊術師(ネクロマンサー)だというから、その死霊術師が構築した結界の維持に生臭い方法が取られていても不思議ではないな、とソリオは頭の隅で考えた。
 それと同時に、思い当たる事実が一つ。
「そうか。その動物を捕まえるための罠に、バモスたちは引っかかったんだね」
「え? どういうこと?」
「ほら、俺たちが降りてきた穴……バモスたちが落っこちた穴だけど、内側から人為的な仕掛けがしてあったんだよ」
 そう言われて、ポルテは穴に降りる際、ソリオが地面に開いた穴を下から熱心に見ていたことを思い出した。
「じゃあ、ソリオはあの時、穴に仕掛けがあったことに気づいていたの?」
「うん。何らかの仕掛けがしてあったのは気づいていたんだけど、ポルテに説明しようとした思っていた直後、例の火霊を使った罠が発動して……そのまま説明するのをころっと忘れていたんだ」
 ごめん、と頭を下げるソリオ。確かにあの爆発する罠の直後は驚くやら慌てるやらで、彼が穴を見ていたことをポルテもすっかり忘れていたのだ。



 ソリオとポルテがそんな会話をしていると、それまで黙って話を聞いていたコルトが不意に会話に割り込んで来た。
「あ、あのー……爆発する罠って何ッスか? あっしには心当たりがないッスけど……?」
 そう言うコルトに、ソリオとポルテはこの穴に入ってすぐに起こった爆発について説明した。
「変ッスね。あっしのご主人は死霊術師であって、精霊師(エレメンタラー)じゃないッス。そんな精霊を利用した罠なんて仕掛けられないッスよ?」
「え? じゃあ、あの罠は誰が仕掛けたの?」
 うーんと腕を組み、頭蓋骨を傾けて考え込むコルト。随分と異様な光景だが、ソリオとポルテはいつの間にかこの異様な光景にすっかり慣れてしまっていた。
「ひょっとすると……その罠はごあっしの主人を狙って仕掛けたものかもしれないッスね。ご主人は死霊術師でやんしたから、ご主人の命を狙っている者も当時は結構いたッスよ」
 コルトが語るには、ここの管理をコルトに任せた後も、その主人とやらは度々失敗作を投棄するためにこの地下道に訪れていたらしい。
 紋章術が最盛期だったクリソコラ文明期に於いても、死霊術師は異端な存在であった。その異端を討つため、度々訪れるこの場所のことを知った誰かが、ここに罠を仕掛けたことは十分に考えられた。
 だが、それならそれで疑問もある。
「じゃあ、どうして今まで、その罠にコルトは引っかからなかったのかしら?」
 おそらく千年以上の時間をここで過ごして来たコルトが、これまでその罠に引っかからないというのも不可思議だ。
 それに、あの通路はバモスも通ったはずなのだ。バモスやコルトが素通りできて、ソリオやコルトが素通りできなかった理由はどこにあるのか。
「うーん……ぱっと想い浮かぶ理由は身長、かなぁ……」
「身長?」
 ソリオが思いついた罠が発動した理由、それは彼らの身長だった。
 小翅族(ピクシー)のポルテと子供のバモスは言うに及ばず、骸骨とはいえコルトは一六〇センチあるかないかといった小柄な体格であった。
 そんな彼らの中ではソリオが一番の長身であり、そしてコルトの主人がソリオと同等かそれ以上の身長の持ち主だったとすれば、ソリオだけに罠が反応したのも頷ける。
 因みに、霧状生物は地面すれすれを這うように移動するので、霧状生物による誤爆も回避できることから、ソリオのこの説は結構信憑性が高い。
「まあ、罠のことはどれだけ考えても憶測しかできないわ。それより、今はここからどうやって出るかの方が重要よ」
 ポルが言う通り、彼らがこの地下道から出るには、魔素を求めて集まっている霧状生物をどうにかしなくてはいけない。
 コルトの説明によると、今この地下道にはかなりの数の霧状生物がいて、その殆どがソリオたちの宿す魔素という「餌」を求めて集まってくるとなると、この部屋からの脱出は極めて難しいだろう。
 因みに、不死者(アンデット)であるコルトには、霧状生物たちはまったく反応を示さないようだ。
 この部屋から直接外に繋がるような通路はなく、この部屋の隣にはかつて時々尋ねて来たコルトの主人のための台所があるだけらしい。
「そうだね。ここからどうやって脱出するか。それが問題だ」
「そうッスね。ポルテさんやソリオさんの言う通りッス」
 そして、なぜかソリオたち同様にコルトまでもが、この地下道脱出に同意したのだった。



「いや、もうね。ぶっちゃけ、あっしがこの廃棄場にいる理由はないッスから」
「そ、そりゃあ、確かにそうだけど……」
 コルトの主人も、コルトが生きていた時代もすっかり過去となってしまった今、コルトがここに残る理由は確かにない。だが。
 人畜無害そうではあるものの、どう見たって骸骨以外の何者でもないコルトが街中に突然現れれば、街の住民の混乱は必至だろう。
 その点をソリオたちが指摘すると、コルトは心配ないと言っておんぼろな寝台(ベッド)の下から一つの指輪を取り出した。
 嵌められた水晶──魔素含有水晶──以外に、これと言って装飾のない簡素な指輪だ。
「それは……?」
「うひひひ。見ていれば分かるッスよ」
 コルトは、その指輪を意味有りげに自分の骨しかない左手の人差し指に嵌め込んだ。
 この時、ソリオはその指輪に秘められた何らかの力が解放されたことに敏感に気づいた。
 コルトがその指輪を嵌めた途端、骨ばかりのその身体全体がぼんやりと歪む。
 その歪みはすぐに消え去ったが、そこには直立する骸骨の姿はなく。
 代わりに森妖族(エルフ)のとても美しい少女が一人、ソリオたちに向かって誰もが見惚れるような笑みを浮かべて立っていた。

 全裸で。

「え? え? え? 何? 何ごと? コルトはどこ行ったのっ!?」
 ポルテは狼狽えて辺りを見回し、ソリオはといえば突然目の前に現れた全裸の森妖族の少女を思わずまじまじと見入ってしまった。
 儚げながらも美しく整った容貌。森妖族特有の長い耳。月の光を集めたような腰まである長い金髪。小柄ながらも均整の取れた若々しいく瑞々しい肢体。そして、程よい大きさで形の良い乳房と髪と同じ色合いの下腹部の金の叢。
 突然目の前に現れた刺激的な女性の裸体に、そっち方面の免疫が完全に不足しているソリオは。
「…………ぶふっ!!」
 顔を真っ赤にし、鼻からぼたぼたと鼻血を零しながら目を回して意識を手放すのだった。



「……もしかして……コルト……なの?」
 気絶したソリオも放っておいて、ポルテは目の前に突然現れた全裸の森妖族の少女に尋ねた。
「そうッス。この姿はあっしの生前の姿ッス。ご主人が生前の姿をこの指輪に記憶しておいてくれて、こうやって指輪をはめるとそれが幻影として現れるッスよ」
「こ、コルトって森妖族……そ、それも女の子だったのっ!?」
「そうッスよ。あっしはこれでも花も恥じらう乙女ッス!」
 露にした乳房を隠すどころか誇示するように胸を反らし、コルトはそう宣言した。
「……花も恥じらうと言うなら、まずは身体を隠しなさい……」
 その儚げな容姿と、言動や言葉遣いが全く一致しないことに頭痛を覚えながら、ポルテはコルトにそう助言した。
「おっと、これは失礼したッス」
 がはははと豪快に笑いながら、コルトはおんぼろの寝台にあったぼろぼろになり果てたシーツを身体に巻き付けた。
 だが、シーツ自体が既にほぼ風化しており、触れた端からぽろぽろと崩れる有り様で、身体を隠す役目は到底果たしていない。
 そこで、ポルテは仕方なくソリオが背負っていた背嚢から彼の着替えを勝手に拝借して、それをコルトに手渡した。
「取り敢えず、これを着て。後でソリオには断るから」
「ありがとうッス」
 花が咲いたように可憐な笑みを浮かべたコルトは、いそいそとそのソリオの服を身につけた。
「うん。これで完璧っスね!」
 だぶだぶの服を着込み、袖やら裾やらを幾重にも折り曲げた後、腰に手を当てて仁王立ちするコルト。見た目は可憐な少女なのに、彼女の仕草はどこか親父臭かった。
 ポルテはころころと表情を変えるコルトを見て、感心するやら呆れるやら。
「幻影なのに、随分と自然に表情が変わるのねぇ」
「これはご主人があっしのために作ってくれた特別製っスからね! まだ、あっしがここでの使命を受ける前は、この姿で町中へ買い物とかによく出かけたものっスよ!」
 全く、掴み所のない骸骨だ、とポルテは苦笑する。
 そもそも、骸骨などの不死者(アンドット)には意志どころか感情さえないのが普通である。
 それなのに、目の前のこの骸骨──今は見た目森妖族だが──は、実に感情豊かである。
 それこそ、頭蓋骨の表情は変わらないのに、彼女の感情が伝わるほどに。
 そして、今更ながらポルテは、どうやってこの骸骨が喋っているのかという疑問に行き着いた。
 当然、普通の骸骨が喋るわけがない。
 だが、その辺りの追求はここを出た後でも遅くはないだろう。
 今は気を失っているソリオを起こし、バモスと一緒にどうやって無事にこの地下道を脱出するか。そちらの方が重要なのだから。



「問題は、霧状生物が沸いてくる仕組みを何とかしないといけないと思うんだ」
 目が覚めたソリオは、この地下道から脱出するに辺り、問題となる点をポルテとコルトに告げた。
「そうね。確かにここの霧状生物たちを何とかしないと、その内コーラルの街にまで出てきちゃうおそれがあるものね」
 ポルテの言葉に頷きながら、ソリオは言葉を続けた。
「となると、霧状生物を倒しながら進むことになると思うッスけど……その霧状生物に効果的な武器は、現状ではあっしの(ロッド)だけッスよね」
 霧状生物には物理的な攻撃は無意味である。その霧状生物に打撃を与えるには、魔法を用いるのだが一般的であるのだが、この地下道はその魔法の使用には極めて厳しい環境と言える。
 精霊魔法を使えるポルテも、自身の身体に宿っている魔素を用いるだけでは、精々四回か五回の魔法行使が限度だろう。
 それではとてもではないが、無数にいる霧状生物を全て相手にできるわけがない。
「ねえ、ソリオさん。ソリオさんがあっしの杖を修理してくれた魔水晶ッスけど……他にはやっぱりもうないッスよね?」
 上目使いでコルトがそう切り出すと、ソリオは腕を組んで何やら考え込みながらも、懐からもう一つ先程と同じような魔水晶を取り出した。
 いや、正確には先程の魔水晶と比べて、こちらはやや小振りだ。
「魔水晶ならこの通りもう一つあるけど……正直、これを使ってもぎりぎりかなぁ」
「え? ぎりぎりって何がッスか?」
 円らな瞳を──あくまでも幻影だが──コルトはぱちくりとさせる。
「うん……魔水晶に蓄えられている魔素の量を考えていたんだけど……」
 ソリオは、コルトが傍らにおいている彼女の杖へと視線を向けた。
「ごめん、コルト。やっぱり、さっきの魔水晶だけど、返してもらってもいい? ここを出たらその杖は改めて使えるようにするから」
「そ、それはこの魔水晶はソリオさんのものッスから、返せと言われれば返すッス。それで、ソリオさんは一体何を考えているッスか?」
 こくんと首を傾げながら尋ねるコルト。ポルテもまた、黙って二人のやり取りを聞き入っているものの、ソリオが何をするつもりなのかは興味津々だった。
「もちろん、ここから脱出する作戦を考えていたんだ」
 そう答えたソリオは、にかりとした笑みを浮かべた。
 『絶対無敵の盾』更新。

 あはははは。今回もやっぱり「盾」は登場しませんでした。
 次回こそ……次回こそ、登場します!

 そして、今回の目玉はコルト! 彼女以外にないでしょう。
 果たして、彼女のこの正体(?)を予想していた人はどれだけいたでしょうか? もしも「予想外すぎるわ!」と思われた方がいらっしゃれば、それは自分の勝ちだと勝利宣言させてもらいます(笑)。

 では、次回もよろしくお願いします。


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