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立身編
地下道での遭遇
 真っ暗な穴の中を、ポルテが両手でぶら下げている角灯(ランタン)の灯りを頼りにソリオは進む。
 途中ソリオは何度か立ち止まり、地面や壁面を念入りに観察し、危険がないと判断してから前進を再開する。
 よって、彼らが進む速度はかなり遅い。
 とはいえ、最初の第一歩であれほど危険な(トラップ)が仕掛けられていたのだ。罠があれだけだという保証がない以上、進行速度が遅くなるのは止むを得ないだろう。
 不幸中の幸いは、横穴が分岐しているようなことはなく一本道なので、道に迷う心配はないことか。
 それは分かっているものの、遅々とした進行にバモスの身を案じるポルテの胸中に不安はどんどん積もっていく。
「ね、ねえ、ソリオ? 本当にこの先にバモスはいるのよね?」
「うん。それは間違いないと思うよ。これを見て」
 そう言ってソリオが指差したのは地面だった。
 彼が指差す先を、ポルテが角灯を近づけてよく見ると、そこには何かの足跡のようなものがあった。
 そして、その足跡は小さく、標準的な大きさの種族なら間違いなく子供の大きさだ。
「この足跡、まだ新しいんだ。きっと、この足跡の主はバモスって子だと思う」
「ば、バモスは無事……よね?」
 地面から顔を上げ、縋るような視線でポルテが問う。
 ソリオはその視線に耐えかねるように顔を逸らし、苦痛の滲んだ声で答える。
「……うん。でも、正直言って、今バモスがどんな状況にいるのか、俺には分からない……少なくとも、彼がここを通った時は大丈夫だったと思う。だけど、彼が穴に落ちて結構な時間が経っている。その間に何もなかったという保証はないよ……」
「そ、そんな……」
 確かにソリオの言う通り、バモスという少年が穴に落ちてから随分と時間が経過していた。
 暗い穴の中を染める角灯の橙色の光。その光の中でも分かるほど、ポルテの顔色が蒼白になる。
 そんなポルテを敢えて見ないようにして、ソリオは穴の奥へと歩を進めた。



 その後、ソリオとポルテは暗い穴の中を口を開くこともなく、重苦しい沈黙の中で黙々と進んだ。
 しかし、そんな雰囲気に耐えかねたポルテが口を開いた。
「……今更だけど、この横穴って何なのかしら? 自然の洞窟ってわけじゃないわよね?」
「うん。ここは明かに人為的に掘られた穴だと思う」
「人為的……まさか、この穴全部人力で掘ったっていうの?」
「いや、多分魔術を使って掘ったんだと思うよ」
「でも、ここには魔素(まそ)が殆どないのよ? こんな穢れた場所で、これだけの穴を掘る魔術が使えるとは思えないわ」
 地精(ちせい)──土や岩の精霊と契約を結んだ精霊師(エレメンタラー)が一人いれば、この規模の穴を掘ることは可能だ。だが、いくら精霊を使役したとしても、これだけの長さの穴を一瞬で掘ることはできない。それこそ、少なくとも節が一つ移り代わるくらい時間は必要になってくるだろう。
 当然、精霊を使役するとなれば、それだけの魔素も必要になってくる。同じ精霊師であるポルテにとって、このような穢れた場所で精霊を使役したとは到底考えられない。
 だが、ソリオはまた違う考えのようだった。
「うーん……ひょっとすると、そこは発想の逆転ってやつじゃないかな?」
「発想の逆転?」
「そう。魔素がないから精霊が使役できないのではなく、精霊を使役したから魔素がなくなった」
「あっ!!」
 魔素がないと精霊は使役できない。それは確かに真理だが、今ソリオが述べた意見もまた真理である。
「でも、魔素は時間が経てば再び回復するものでしょ? 確かに、ここみたいに一度穢れてしまうと魔素の回復は当分見込めなくなるけど、普通の場所なら魔素は自然回復するわ」
「うん。だから俺は、ここには魔素が回復しない何かがあると思っている」
「魔素が回復しない何か……?」
「正確には、ここを穢れた場所にした何かが、ね。それが何なのか具体的には分からないけど」



 再び真っ暗な穴の中を進んでいくと、一つの変化が現れた。
 それまで蛇行してはいるものの一本道だった通路が、ぽっかりと開けた広間に繋がったのだ。
 その空間の広さは10メートル四方程の円形の空間で、ソリオたちが通ってきたような通路が、彼らから見て左右の壁にそれぞれ口を開けている。
 そして。
 そして角灯の橙色の光の中、もぞもぞと蠢く何かが、いた。
 その見た目は黒い霧が集まっているといった感じで、ソリオたちに気づいたらしくゆっくりとだが床すれすれを漂うように近づいてくる。
「な、なに、あれ──?」
 その顔に明かな恐怖の色を浮かべ、ポルテがソリオに縋り付く。
「あれはおそらく霧状生物(ガスト)だと思う。いわゆる、魔法生物って奴だね」
 魔法生物。それはかつてこの世界に繁栄していたクリソコラ文明期に生み出された人工生物の総称である。
 岩や金属に魔術で仮初めの命を吹き込んだ魔人像(ゴーレム)はその代表でもあり、有名でもあるだろう。
 もちろん、魔人像以外にも様々な魔法生物がクリソコラ文明期に生み出され、それらの中には今に至るまで活動している個体が存在し、クリソコラの遺跡に潜る冒険者にとってはお馴染みの障害となっている。
 今、ソリオたちの目の前を漂う霧状生物もまた、そんな魔法生物の一種であった。
「ど、どうして魔法生物が街の地下にいるの?」
「そこまでは俺にも分からない。でも、この場が『穢れ』ている一因はこいつらだと思うよ」
 魔法生物の活動の源はもちろん魔素である。
 そして魔法生物は大きく二種類に分別することができる。一定量の魔素を始めから注ぎ込んで造られ、魔素の補充の効かない種類と、何らかの方法で後からでも補充が効く種類である。
「確か、霧状生物は外部から魔素を取り込むことができたはずなんだ。例えば、棲息している場所の魔素を吸い上げたりね」
「そうか。この霧状生物がクリソコラの時代から生き延びているのだとすれば、この場の魔素が尽きてしまったのも頷けるわね」
 今では遺失してしまった系統の魔術を用いて繁栄していたと言われるクリソコラ文明期。
 当時の人々は、その魔術を用いて今では不可能なことを成し遂げていたらしい。
 空に巨大な岩を浮かべてその上に街を築いたり、海底や地中にも街を築いたという記録も発見されている。
 日常生活にもその魔術の恩恵は至るところにおよび、人々は自由に空を飛び、水中でも自在に呼吸して生活していたという。
 だが、そんなクリソコラ文明期も、今から二千年程前に突然滅亡してしまった。
 どうして栄華を極めていたクリソコラ文明期が滅んだのか。その理由はいまだに霧の中である。
 遺跡などから当時の文献などが発見されることもあるものの、どの文献にも滅亡に繋がるはっきりとした原因は記されてはいない。
 ただ、クリソコラの末期に二人の偉大なる「王」が存在したことだけは判明しており、その二人の「王」が互いに武力と魔術を用いてぶつかり合った結果、クリソコラ文明期は衰退したというのが最も信憑性の高い理由と言われている。
 そんなクリソコラ文明期に造られ、今まで現存していたと思われる霧状生物。当然霧状生物は存在するために周囲から魔素を吸い上げる。二千年にも及ぶ月日の間、霧状生物が周囲の魔素を吸い上げたとするならば、この地下道の中の魔素が尽きているのも納得できるとポルテは考えたのだ。
 だとすれば。
 ポルテの脳裏にとある考えが浮かび上がった。そしてそれは、どちらかといえばポルテとソリオにとっては決してありがたいものではなく。
「ね、ねえ、ソリオ? もしもこの霧状生物がこの地下道の魔素を食い尽くしたとして……それって、いつ頃のことだと思う?」
「さあねえ? でも、あいつらが魔素を食い尽くしたのが昨日今日ってことはないと思うな」
 ソリオの言葉にポルテも頷いた。
 今自分たちにゆっくりと近づいて来る霧状生物は、この地下道の中で数百年以上の時を過ごしていたはずだ。ならば、ここの魔素を食い尽くしたのは一年や二年前ではあるまい。
 それはすなわち、目の前の霧状生物が「飢えて」いるという事で──。
「あ、あの霧状生物が私たちの方へと近づいている理由って……」
「う、うん。きっとポルテが想像している通りじゃないかな?」
 二人は引き攣った表情を浮かべて、迫り来る霧状生物から目を離すことなく会話する。
 そう。
 ポルテが想像した通り、霧状生物は「飢えて」いた。この地下道の魔素を吸い尽くし、もう長い間魔素を吸収していない。
 たとえ何百年魔素を吸収できなくとも、魔素吸収型の魔法生物の仮初めの命が尽きることはない。
 しかし、体内に取り込んだ魔素が尽きれば、その活動は著しく制限されたものとなる。
 万物に魔素が宿るように、人にもまた魔素が宿っている。
 つまり、もう随分と魔素を取り込んでいない霧状生物にとって、突然現れたソリオとポルテはこの上もない「御馳走」なのであった。
 事実、霧状生物は、ソリオたちが宿した魔素に惹かれてじわじわと近づいて来る。
「ど、どうするの?」
「うーん……霧状生物みたいに実体を持たない魔法生物には、物理的な攻撃は効かないって話だけど……」
 腰から手斧を引き抜き、その刃を霧状生物に向けて構えながらソリオはちらりと隣のポルテへと視線を向ける。
「ポルテはどう? ここで……魔素の尽きたこの地下道で精霊術は使えそう?」
 ポルテたち精霊師(エレメンタラー)の使う精霊術には、様々な制限がある。
 その一つに、契約した精霊は自身と同じ属性の魔素しか扱えない、というものがあった。
 自然界に存在する魔素は、その場に応じて様々な属性に変化する。
 森の中なら木々や草の属性に。海の中なら水の属性に。地下深くなら地か闇の属性に。
 精霊たちは、そのような属性を持った魔素の中から自身と同じ属性の魔素しか扱えないのだ。
 精霊師が契約した精霊に命じて行う様々な事象は、それらの魔素を元にして行われる。
 そして契約した精霊と同じ属性の魔素が周囲にない場合、精霊は力を発揮できないか、例え発揮できてもその力は著しく制限されたものとなる。
 適合した魔素がない場所で精霊師が精霊を呼び出す場合、その制限を取り外すために精霊師自身が宿している魔素を提供して精霊に力を行使させる。
 生物に宿った魔素はどの属性にも染まっていないので、どんな精霊でもその魔素を用いることができるのだ。
 ただし、生物に宿った魔素は、自然界に存在する魔素に比べてその容量は微々たるものであり、あまり多用されることはない。
「……私が契約しているのは氷精(ひょうせい)なんだけど……私自身の魔素だけでは、精々四回か五回力を使わせるのが限界ね」
「じゃあ────」
 この時、二人が出した結論は簡単明快にして、最も適切なものと言えるだろう。
 すなわち。
「────逃げよう」
 であった。



 ソリオとポルテは、左右に空いた二つの横穴のうち、向かって右側の通路に駆け込んだ。
 なぜ右側を選んだのかといえば、左側の通路からは別の霧状生物が五、六体、迫っていたからであった。
 幸い、霧状生物の移動速度は極めて遅く、容易に距離を空けることに成功する。
 さすがに逃げながら罠の確認を行うことは不可能なので、突然罠が作動する事だけが心配だったのだが、どうやら罠は仕掛けられていないらしく、結局それは杞憂に終わることになったが。
 そして、通路は唐突に終焉を迎えた。
「扉……?」
 ぽつりと呟くポルテ。
 彼女の言葉通り、通路の先は木製の扉で遮られていたのだ。
 慎重に扉に近づき、扉やその周囲をソリオが調べる。
 どうやら罠のようなものはなく、鍵もかけられていないようだ。
 ソリオとポルテは互いに一つ頷き、そっと扉を押し開く。
 開いた隙間から光が零れ出る。どうやらこの奥には何らかの光源があるか、それとも外へと繋がっているらしい。
 ソリオは扉を押す腕に更に力を込め、極力音を立てずに開いていく。
 そして扉が開ききり、二人がその向こうに見たものは。
 そこは外ではなく、魔法的な光に満たされた空間だった。先程霧状生物と遭遇した部屋よりは若干狭く、その中には様々な生活のための道具が置かれていた。
 もっとも、それらは経年による劣化でどれもが朽ち果てていたが。
 だが、二人が注目したのはそんなものではなく。
 二人が見たものは、部屋の奥にあるかつて寝台(ベッド)だったと思われるものの上に寝かされた一人の幼い少年と、その少年の前に立ち、かたかたと顎の骨を鳴らせている一体の骸骨(スケルトン)だった。

 『絶対無敵のv』第五話でした。

 今回、RPGにおける代表的な敵役である魔法生物と骸骨が登場しました。
 当初、骸骨は登場する予定ではなかったのですが、「なろう」に連載されているとある作品から刺激を受けて、自分の作品にも登場させてみたくなりました。
 そうです。あの総話数にして200を超えるあの超大作です。
 作者様に「自分も骨を出していいですか?」と尋ねたら快く了承してくださり、こうして登場とあいなりました(笑)。
 本家の骸骨たちに負けない個性的な骨にしたいと思います。

 では、次回もよろしくお願いします。


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