ユーモアの奥底に真実がひそむことがある。終戦から間もないころ、吉田茂首相は国内の食糧不足量を多く見積もりすぎてマッカーサー元帥に文句を言われたそうだ。すかさず「日本の統計が正確だったら、戦争に負けていませんよ」と切り返して言い逃れたというから、この人らしい▼「正確なら負ける戦争など仕掛けなかった」といった意味合いだったろう。記憶の底でホコリをかぶっていた逸話が、きのうの本紙オピニオン面を読むうちに浮かび上がってきた▼東大教授の岡崎哲二さんによれば、金属・機械・化学各工業の統計が日米開戦の2年前から「秘」扱いになった。つまり国力の基本的な情報を一般国民には秘したまま、開戦は決断されたのだという▼工業統計だけでなく、様々に目隠しをされたまま国策が決まった時代。どこへ連れて行かれるのか分からない人々の不安は想像できる。結局、相手の物量に対抗するためにおびただしい人命を注ぎ込んで、戦争は終わった▼国民は自分たちのレベルに見合った政府しか持ちえないという。英国の歴史家カーライルは「この国民にして、この政府」と警句を残したそうだ。ごり押しと混乱の永田町を眺めつつ思う。私たちはこのレベルか。もう少しましな政治が持てそうなものだが▼秘密法案の強行成立を、与党は譲らない。「決められない政治」に懲りて自民党に衆参で多数を与えた。その結果がこれでは、一票を悔やむ人は多いだろう。不信感の統計は膨大に違いない。