ポルテに案内され、バモスという少年が落ちた路地まで来ると、そこにはヴェルファイアが待っていた。
「あれ? ヴェル?」
「話はモコから聞いた。俺も一緒に地下に行くぜ!」
膨大な質量を誇る筋肉を誇示し、ふふんと不敵に笑うヴェルファイア。
だが、そんなヴェルファイアの意志を砕く者がいた。
「無理よ。あなたは地下には行けないわ」
「どうしてだよ、姉貴っ!? 俺だってバモスが心配なんだよっ!!」
自分の決意を妨げる姉貴分に、ヴェルファイアは必死に抵抗を試みる。
しかし、彼のその試みはポルテの次の一言であっけなく打ち砕かれた。
「だって、あなたじゃ身体が大きすぎて穴に入れないわよ?」
「うぇっ!?」
あまりにも単純な問題を見落としていたらしいヴェルフィアは、思わずぽかんとした表情でポルテを見る。
「ま、まあ、そんなわけだから、ここは俺とポルテに任せてよ? な?」
いまだに呆然としているヴェルファイアの背中をぽんぽんと叩きながら、ソリオは彼を慰めた。
そして、改めて地面に空いている穴を観察する。
周囲の地面は地肌がむき出しになっている。
この町の大きな通りは石畳で舗装されているが、一歩路地へ入り込めばここと同じように地面はむき出しであり、特に変わった点というわけではない。
次に、ソリオはぽっかりと空いている穴の中を覗き込んでみた。
穴の大きさは直径一メートル弱。ソリオでも穴を通り抜けるのは苦しくない。
しかしポルテの言った通り、大柄なヴェルファイアではこの穴を通り抜けるのは少々苦しいだろう。
ソリオは持参した角灯に火を入れ、穴の中を照らしてみる。
だが、角灯の光は穴の底まで届かず、真っ暗な穴がずっと奥まで続いたいた。
「ねえ、ポルテ。この穴の深さはどれくらいだった?」
穴の中に入ったと言っていたポルテに尋ねてみる。
「そうねえ。ざっと十メートルから十五メートルってところだったと思うわ」
「そんな高さから落ちて、そのバモスって子は怪我しなかったのかな?」
「それなら心配ないと思うぜ? バモスは子供とはいえ人猫族だからな。暗くても目は見えるし、身軽さならそこらの他種族の大人にも負けやしない」
ようやく復活したヴェルファイアの言葉に、ソリオも納得顔で頷いた。
猫の特性を有した猫人族ならば、ヴェルファイアが言ったようにこの高さから落ちても怪我をすることはあるまい。
「でも、穴の底にバモスって子の姿はなかった……か」
バモス少年が怪我することなく穴の底に辿り着いたとしたら、彼はどうするだろうか。
少なくとも彼と一緒にいたのが鳥妖族の子供であり、その子は穴に落ちなかったのだから、遠からず助けがくることは彼も承知しているだろう。
それなのに、穴の底にバモスの姿はなかった。これが意味するところは──
「自分で横穴へと入り込んだか、誰かに奥へと連れ込まれたかのどちらかだね」
結局、ここでこうしていても問題は解決しないと判断したソリオは、実際に穴に入ってみることにした。
穴の底まで届くだけのロープは予め用意してある。そのロープの端を地上で待機するヴェルファイアに預け、そのロープでソリオは穴へと入り込む。
彼に同行するのは小さいとはいえ飛ぶことのできるポルテ。彼女はロープ伝いに穴に降りるソリオの速度に合わせて、角灯で周囲を照らしながら彼に付き従う。
ソリオは穴に入ってすぐ、ぽっかりと空いた地面の穴を下から観察した。
「……………………」
「どうしたの?」
穴に入ってすぐに動かなくなったソリオを不審に思ったポルテが声をかける。
「いや、何でもないよ。ゆっくり降りるから、俺に合わせてポルテも降りてね」
「ええ。分かったわ」
慎重にロープを伝い、ゆっくりと降下していくソリオ。
彼は途中で何度も止まり、周囲を観察しながら降りていった。
やがて穴の底まで辿り着き、ソリオはロープから手を離した。
「おーい、無事に下まで着いたのかー?」
頭上よりヴェルファイアの声が響く。
ロープにかかっていた負荷が消えたことで、ソリオが底に着いたことを悟ったようだった。
「大丈夫! 問題なく着いたから!」
ソリオはそう返答しながら、くいくいと数回ロープを引いて合図を送った。
すると今度は逆に上へとロープが数回引かれ、承知した旨の合図が送られてきた。
「さて、と」
ソリオはポルテから角灯を受け取ると、穴の底を慎重に調べ始める。
「穴の底には血痕はなし。どうやら、本当にバモスって子は怪我することなく底に辿り着いたみたいだね」
地面から顔を上げ、心配そうに見ていたポルテに笑いかける。
ソリオのその言葉を聞いて、ポルテもほっと安堵の息を吐いた。
「となると、後はこっちを調べるしかないわけだ」
ソリオはぽっかりと空いた横穴へと目を向けながら呟いた。
「ええ。行ってみましょう」
ポルテもソリオと同じように横穴を見詰めながら、決心を固めるように言葉にする。
そしてソリオが横穴へと一歩踏み込んだ瞬間。
穴の底は一切の音を立てることもなく、真紅の爆炎に包み込まれた。
一瞬、世界が赤く染まり、膨大な熱波が襲いかかってきた。
思わず目を閉じ、反射的に身体を丸めて防御姿勢を取るポルテ。
どれぐらいそうしていただろう。
熱を感じたのは最初の一瞬だけで、その後はいつまで経っても後続の熱は感じられない。
恐る恐る目を開けてみれば、そこにはソリオの背中があった。
「大丈夫?」
そのソリオが振り返り、心配そうに尋ねてきた。
「な、何があったの? さっき一瞬世界が赤くなって、もの凄い熱を感じたけど……」
「ごめん。罠に引っかかっちゃった」
「と、罠……?」
呆然と呟くポルテに、ソリオは地面から何かを拾い上げて、それを彼女へと差し出した。
「これが何か分かる?」
「え? これって……水晶……よね?」
ソリオが差し出したものは、太さ三センチ、長さが八センチほどの柱状の水晶だった。
本来は透明で綺麗な水晶だったのだろうが、今は煤のようなもので黒く汚れていた。そして、その水晶はどういうわけか縦に真っ二つに割れている。
「この中に火精……火の精霊を封じ込め、長い間ここに放置してあったみたい。それが何らかの条件──おそらく俺たちが横穴に足を踏み入れたことで水晶が割れ、中に閉じ込められていた火精が解放された……」
「そ、そんなっ!? こんな火の気のない所に長時間火精を放置しておけば、その火精は狂化……暴走してしまうわっ!!」
「うん。ポルテの言う通りだね。ねえ、ポルテは気づいていた? この穴の中、魔素が殆どないことに」
そう言われて、ポルテは慌てて周囲を見回しながら、改めて魔素を知覚してみる。
「な……なに、ここ? こんなに穢れている場所は初めて……」
万物の流転は精霊たちが存在することによって成される。
風が吹くのは風精がいるからであり、炎が燃えるのも火精がいるからである。
精霊たちは世界の至る所に存在する魔素というものを取り込み、自身を活性化させる。
いわば、精霊とは「意志を持った魔素」とも言えるのだ。
逆に魔素が存在しない場所には精霊は存続することができない。このような魔素がない場所は、いわゆる「穢れた」場所と呼ばれる。
今、ソリオたちのいるこの穴の中には、本来ならこのような場所にも存在しているはずの闇精や、土や石といった地系の精霊が一切存在していない穢れた場所であった。
本来、精霊は司る属性がない場所には存在できない。例えば水中には炎の精霊は存在できないし、風の吹かない閉鎖された屋内や洞窟の中には風の精霊は存在しない。
そのような属性のない場所に精霊が長時間留まれば、その精霊は徐々に狂化してやがて暴走する。
先程ソリオが言った罠とは、その暴走した精霊を利用したものだったのだろう。
「暴走した精霊は、自身が消滅するのも厭わずに一気に全ての力を解放するから、封印されていた精霊は……」
「い、一体何を考えているのっ!? 精霊にもちゃんとした意志があるのよ? それを……」
精霊たちと親しい精霊師であるポルテは、精霊を強引に罠に利用した事に憤慨していた。
「酷い……一体誰がこんな酷いことを……」
「それは俺にも分からないけど……きっとその誰かが、バモスって子を連れ去ったんじゃないかな?」
「おーい! さっきの光は何なんだー? 無事なのかー?」
頭上から再びヴェルファイアの声が響く。どうやら、先程の罠が発動した時の光は上からも見えていたようで、心配になった彼が声をかけてきたようだった。
「ねえ、ポルテ。上のヴェルに伝言お願いしていい?」
「え? それはいいけど……どうしてわざわざ上まで行くの?」
「それはね、この穴の中にはきっと誰か──何者かがいると思うんだ。そして、それはさっきの罠を仕掛けた奴であり、バモスを連れ去った奴でもある。それなのにヴェルみたいに大声を出したら……」
「そうか! その誰かに気づかれてしまうのね?」
「そういうこと」
納得したポルテは一度外まで飛び、待っていたヴェルファイアに事情を伝えた。
「明日の朝になっても私たちが戻らなかった場合、「幸運のそよ風」亭のジュークおじさんに伝えろって、ソリオが言っていたわ」
「おいおい、大丈夫なのかよ? そんな危険な罠が仕掛けてあるような所に入り込んで?」
心配そうに自分を見詰める弟分に、ポルテはにっこりと微笑む。
「大丈夫よ。ソリオはあれで結構頼りになるわ」
ポルテは穴の底で起きた一連を思い出す。
周囲の魔素の歪みにいち早く気づいた感覚の良さといい、罠の仕掛けを見抜いた冷静な洞察力といい、ソリオは駆け出しとは思えない実力を廻間見せている。
「でもよ、よく姉貴たちは無事だったよな? 聞いただけでもヤバそうな罠が発動したっていうのに、姉貴もソリオも怪我らしい怪我はしていないんだろ?」
ヴェルファイアに言われて、ポルテは今更ながらにその事に気づいた。
あの罠が発動したのは間違いない。
穴の中が暴走した火精によって真っ赤に染め上げられ、強烈な熱風が襲いかかってきたことは確かなのだ。
それなのに、なぜ自分たちは小さな火傷一つ負っていないのか?
「もしかして……ソリオが守ってくれたの……?」
ポルテは穴の底にいるであろう人間族の少年を思いながら、ぽっかりと空いた穴を見詰めながらぼそりと呟いた。
『絶対無敵の盾』第四話でした。
さて、ようやく「盾」らしきものの片鱗を出すことができました。とはいえ、その詳しい姿はまだ出ていませんが(笑)。次回あたりにもっと詳しく描写できるかな?
それと、そろそろ今回の敵役も登場させないと。
普通なら「悪役」として配置されるはずのゴブリンやオーガがこの世界では普通の「ヒト」なので、悪役を設定するのが一苦労です。
では、次回もよろしくお願いします。
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