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立身編
「それにしても、随分と楽しそうにガキどもと遊んでいたな?」
 ヴェルファイアがソリオを見下ろしながら尋ねる。
 ソリオとて身長は一七〇センチ以上あるが、平均身長が二メートルを超える鬼人族(オーガ)と比べると、どうしたって身長差が出る。それどころか、ヴェルファイアは鬼人族の中では小さい方なのだ。
 ヴェルファイアはまだ十七歳の少年であり、十五歳のソリオと共々二人の身長はまだ伸びる余地を残している。
 ちなみにポルテの年齢は二十三歳。とはいえ人間族(ヒューマン)よりも長寿な小翅族(ピクシー)にしてみれば、彼女もまだまだ少女と呼べる年齢である。
「まあね。俺の故郷の村では俺より年下っていなかったからさ。子供たちとこうやって遊ぶのが何か新鮮でね。ついつい夢中になって遊んじゃった」
 ぺろっと舌を出す少年を、ポルテとヴェルファイアは首を傾げながら見る。
「ソリオより年下がいなかったって……一体どんな村なの?」
「俺と一番年の近いのは岩妖族(ドワーフ)の奴で三十三歳だったんだよ。それ以外はみんな種族はばらばらだけど、殆どが老齢の一歩手前の人たちばかりでさ」
 多種多様な種族が暮らすこの世界では、種族ごとに寿命と老化速度が異なる。
 どんな種族も十五から二十歳の「成人」までは同じような速度で成長するが、「成人」を過ぎるとその後の成長は種族ごとに異なってくる。
 なぜ途中で成長速度が変化するのか、様々な識者たちの間で意見が交わされているものの、いまだにはっきりとした理由を突き止めた者はいない。
 寿命の方は大体の種族が百歳までには寿命を迎え、小翅族や森妖族(エルフ)などの一部の長寿な種族で最大で三百歳、逆に犬鬼族(コボルト)小鬼族(ゴブリン)などの短命な種族では五十歳が寿命となる。
 ソリオたち三人は、年若いながらも「成人」として扱われる年齢に達しているのだ。
「へえ。随分と年寄りばっかりな村だな。その村いろいろな意味で大丈夫なのか?」
「それは大丈夫。村の連中は皆一癖も二癖もあるような人たちばかりだから。でも、たまに行商に来るおっちゃんはあの村のことを、『神の園に一番近い村』ってこっそり呼んでいるらしいよ?」
 「神の園」とは死後に赴くと言われている、いわゆる死後の世界のことであり、ソリオの村に出入りしている行商人は、暗にその村を「年寄りばかりの村」と呼んでいたのだ。
 それに気づいたポルテとヴェルファイア、そしてソリオは、共に声に出して笑い合った。



 空が茜色に染まり、ソリオの冒険者としての最初の依頼が終わろうとしていた。
「はい。これが約束の報酬。子供たちと一生懸命に遊んでくれたから、ほんの少しだけど多めにしておいたわ」
 ポルテが抱えるように運んでいた()()の銅貨をソリオに渡す。
「いいの?」
「ええ。その代わりと言ったらなんだけど、暇な時でいいからまた子供たちと遊んであげてくれる?」
 ソリオが子供たちを見れば、全員が期待に満ちた顔でソリオを見詰めていた。
「分かった。俺も今日は楽しかったからさ、絶対にまた遊びに来るよ」
 ソリオは初報酬をしっかりと懐に収めると、にかりと笑いながら答えた。
「また遊んでね、ソリオ兄ちゃん!」
「絶対だよ!?」
「また『太陽と星』やろうね!」
 口々に別れを告げる子供たちに応えるように、ソリオは何度も振り返って腕を振りながら「幸運のそよ風」亭への帰路に着く。
 そして「幸運のそよ風」亭に着けば、笑顔のジュークが待っていた。
「よう、おかえり。どうだった、初依頼は?」
「うん、とっても楽しかったよ。何かいいね、こういう依頼って」
 ソリオもまた、笑顔でジュークに応える。
 ソリオの脳裏に思い出されるのは、先程別れたばかりの子供たちの笑顔。その笑顔を思い出しながら、この依頼を請けて良かったと改めて思う。
 そんなソリオの笑顔を見て、ジュークもまたソリオが自分が彼に期待したことを感じ取ってくれたと確信した。
「冒険者ってのは何でも屋だ。金と引き換えにどんなことでもする。だけど、その依頼の裏で喜んでくれる人たちもいるってことを忘れるな。冒険者は金のためだけに危険を犯すんじゃねえ。自分自身の夢と矜持のために自分の命をかけるんだからな。今日のことを忘れなければ、これからどんなことだって乗り越えていけるはずさ」
 ジュークの言葉に神妙に頷くソリオ。その顔は、すでに一端(いっぱし)の冒険者の顔をしていた。
「よし、それじゃあ今晩のメシはおまえの初依頼成功を祝ってタダにしてやらあ」
「ほんと?」
「おう。とびっきり上手いもの食わせてやるから期待していな! ただし、部屋代まではタダじゃねえからな?」
 上手いものと聞いて顔を輝かせるソリオと、そんなソリオに相好を崩すジューク。
 そんな時であった。
 「幸運のそよ風」亭に小さな来客が飛び込んで来たのは。
「ソリオっ!!」
 突然大声で名前を呼ばれ、驚きながらも振り返ったソリオが見たもの。
「ぽ、ポルテ?」
 それは先程別れたばかりのポルテだった。
「お願い、ソリオっ!! バモスを……バモスを助けてっ!!」
 ポルテは大粒の涙を流しながら、ソリオの胸元に縋るように飛びついた。



 ポルテたちの孤児院では、十歳ぐらいになると町中で様々な商売の手伝いに行く。
 それは近い将来、孤児院から独立するための訓練であり、また、経済的に余裕のあまりない孤児院の貴重な収入源でもある。
 ポルテは既に聖職者(クレリック)として独立しており、寝起きも教会の聖職者たちと一緒で、聖職者の仕事の傍ら、孤児院の手伝いもしているのだ。
 ヴェルファイアも近々独立を考えており、今は荷運び人足をしながら、近い将来一人で暮らしていくための仕事や部屋を探している真っ最中であるが、現時点ではまだ孤児院でやっかいになっている身であった。
 ポルテの言うバモスは獣人種の中の人猫族(ウェアキャット)の少年で、手先が器用なので先日から革細工師の見習として働き始めた。そのバモスが行方不明になったとポルテは言う。
 人猫族を始めとした獣人種は、普段の見た目は人間族と大差ないが、彼らは自らの意志で獣の姿を取ることができる。
 その変身能力には個人差があり、完全な獣の姿になるものもいれば、直立する獣といった半獣人の姿にしかなれないものもいる。
「行方不明って……誰かに誘拐でもされたのか?」
 ソリオの胸元にしがみついて泣き続けるポルテは、ジュークの質問に首を横に振った。
「そ、それが……バモスは穴に落ちたらしいの」
「穴ぁ?」
 ソリオとジュークの声が綺麗に重なる。
 どうやらバモスという少年は、最近通い始めた革細工の工房の帰りに、子猫を見つけてそれを追いかけていると突然地面が割れ、その開いた穴に落ちたらしい。
「随分と詳しくその時の情況が分かっているな。どうしてだ?」
 ジュークの疑問はソリオも同感だった。
 ポルテはバモス少年が穴に落ちた時の情況を、どうしてそんなに詳しく知っているのだろうか。
「それは、バモスは一人じゃなかったの。あの子が穴に落ちた時、モコっていう鳥妖族(ハーピー)の子が一緒だったのよ」
 工房からの帰り道、やはり同じように煙突掃除などの高所作業の見習として働き始めた、鳥妖族(ハーピー)の少年──この世界には男性の鳥妖族もいる──のモコとバモスは一緒になった。
 二人の少年は偶然見かけた子猫を追いかけて路地の奥に入り込み、その子猫を追いかけていると突然足元が崩れてその穴に落ちたという。
 本来ならモコもまたバモスと一緒に穴に落ちるところだったのだが、持ち前の翼を活かしてモコだけは落下を免れたのだ。
「そしてモコは慌てて私にバモスが穴に落ちたことを伝えに来て……私は灯りを持ってモコと一緒にバモスが落ちた場所に駆けつけて、穴の中に入ってみたけど……」
 穴はかなりの深さがあり、ポルテたちが穴の底に降りた時には既にバモスの姿はなくその代わりに底には横穴が伸びていたとポルテは証言した。
「さすがに私とモコだけでは恐くてその穴の奥まで行けなくて……誰かに助けを求めようとして、真っ先に思いついたのがあなただったの……」
 涙に濡れた顔を上げて、ポルテはソリオを見上げる。
「お願い、ソリオ!! あなた冒険者よねっ!? 私と一緒にバモスを探して! 報酬なら後から必ずあなたが言うだけ払うからっ!!」
 再びソリオの胸元に俯いてしがみつくポルテ。そんな彼女からソリオは視線をジュークへと移す。
 ジュークは全て分かっているとばかりに、ソリオにゆっくりと頷いて見せた。
「分かったよ、ポルテ。俺で良ければ一緒にバモスって子を探すよ」
 弾かれるように顔を上げたポルテに、ソリオはにかりと笑って見せた。



 ソリオは準備を整えてくるとポルテに告げて、一旦今日借りた部屋に上がって行った。
 しばらくして、彼は革製の防具と幾らかの装備を詰めた背嚢、そして柄に布を巻き付けた槍を手にして降りてきた。
「おい、ソリオ。おまえ、槍の柄にそんなにぐるぐると布を巻き付けていたら使いづらいだろう? どうしてそんな邪魔なものを付けているんだ? もしかして、槍の柄が折れてでもいるのか?」
 心配そうにそう言うジュークに、ソリオは再びにかりと笑う。
「これでいいんだよ。俺は戦旗術(せんきじゅつ)を使うんだ」
「せ、戦旗術だとぉ? そりゃまた、随分と珍しいものを使うなぁ」
「一応、一通りの武器の基本は仕込まれたけど、一番性に合ったのが戦旗術だったんだよ」
「でも、おじさんの言う通り、あの横穴の中ではそんな長い槍は振り回せないわよ?」
 ポルテはソリオが手にしている杖の長さと、実際に見た穴の広さを思い出しながら告げた。
 ソリオの槍の長さはだいたい一八〇センチ。横穴の広さも目測ではそれぐらいだったから、横穴の中で振り回すのはちょっと無理がある。
「確かに、地下じゃあこいつは使い辛いか……」
 ソリオが手にした布の巻かれた槍、いや、戦旗(バトルフラッグ)を見詰めながら呟く。
「仕方ないなぁ。今回、こいつはお休みだな」
 戦旗をジュークに預け、ソリオは背嚢の中から手斧を取り出す。
「今回はこいつを使うよ」
「おう。手斧なら狭い場所でも取り回しが利くからな。良く分かっているじゃねぇか」
 うんうんと頷くジュークに、ソリオは改めてポルテへと向き直る。
「よし。じゃあ、早速、そのバモスって子を探しに行こう!」
 ソリオはポルテに案内を任せると、バモスという少年が落ちた場所へと向かって店を飛び出して行った。

 『絶対無敵の盾』第三話更新。

 はい、今回も「盾」が出ません。いや、次こそは……うん、きっと……たぶん……
 さて、次回からいよいよ本格的な冒険の幕開け。いわゆる、「ダンジョンアタック」になります。とはいえ、よくある「ウィザードリィ型」のダンジョンではなく、人知れず町の地下に広がる地下道が舞台です。
 さあ、今度こそ「盾」の出番はあるのか?

 次回もよろしくお願いします。


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