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立身編
初依頼
 ソリオはその依頼書を眉を寄せながら眺める。
「孤児院の子守って……これも冒険者の仕事なの?」
「確かにあまり冒険者向きの依頼じゃねえが……今のおまえにはこれがいいと思うぜ」
 目線だけでその理由をジュークに問いかけるソリオ。
 それに気づいたジュークは、おほんと咳払いを一つしてから口を開く。
「確かに、新米の奴らはとかく遺跡に潜りたがる。その気持ちも分からんではないが、俺に言わせればひよっこがいきなり遺跡に潜るなんざ自殺行為だ。なんせ新米の内は誰もが金がなくて満足な装備をしていない。これは武器や鎧だけではなく、その他の装備品も含めての話だぞ? だから、まずはこの手の雑用をいくつかこなして小銭を稼ぎ、その稼いだ金で今より少し良い装備を買い揃えてから遺跡に挑めばいい。遺跡は逃げやしねえからな。それに何と言っても、おまえは一人だろ? 冒険者って奴は数人でチームを組むものだ。一人じゃできないことも、他に仲間がいればできるかもしれないからな」
 ジュークの言葉をソリオは頷きながら聞いていた。
 焦りは禁物。自分の実力をしっかりと把握し、自分ができない事には絶対に手を出さない。
 それが冒険者として成功する秘訣だと、村の連中もそう言っていたことを彼は思い出していた。
「了解、親父さん。親父さんの言う通り、こいつを俺の初仕事にするよ」
「そうか、分かってくれたか。よし、それじゃあ早速この仕事に向かってくれ」
 小鬼族(ゴブリン)の中でも特に厳つい顔を笑み崩し、ジュークが嬉しそうに頷く。
 これまで彼は、何人もの新米冒険者たちに同じ話を繰り返して来た。しかし、彼の言葉に耳を貸さず、自分たちの実力以上の依頼に手を出し、結果二度と帰ってこなかった者たちをたくさん知っている。
 そんな最悪の例の一つにならないよう、ジュークは基本の大切さをソリオに教えたのだ。それをソリオが分かってくれた事が、ジュークはとても嬉しかった。



 唯一神(ただひとつのかみ)
 それはこの世界を作り出した創造主だと言われている。
 唯一神が何を思って世界を作り出したのかは分からない。孤独に耐えかねたという説もあれば、単なる気まぐれに過ぎないという説もある。
 だが、唯一神はこの世界を作り上げると、世界の管理を「代行者」と呼ばれる者たちに任せて自分は眠りについたとも、別の世界の創造に取りかかったともいう。
 そして、この代行者もまた謎に包まれた存在で、何者であるのかを正確に知る者は殆どいない。
 唯一神が自分の身体から作り出したとも、他の世界からやって来たとも、力のある者が神の階梯を登ったとも伝えられている彼ら代行者。
 分かっていることは代行者は四名存在し、水を司る「海の代行者」、陸を司る「地の代行者」、昼を司る「陽の代行者」、夜を司る「陰の代行者」とそれぞれ呼ばれており、多種多様な種族が共存するサンストーン大陸において、それぞれの生活様式に合わせた代行者を信仰するのが普通となっている。
 陸上で昼間に生活する種族は陽の代行者か地の代行者を。水中で夜行性の種族ならば陰の代行者か海の代行者を、といった具合に。
 もちろん、生活様式を超えた代行者を信仰する場合もある。例えば船乗りなどが総じて海の代行者を信仰するのがいい例だろう。中には複数もしくは全ての代行者を均等に信仰する者もいるほどだ。
 また、代行者の名前は季節も現しており、暖かい芽吹きの季節を「海の節」、命を謳歌する季節を「陽の節」、実りの季節を「地の節」、厳しい寒さと雪の季節を「陰の節」と呼んでいる。
 そんな代行者への信仰を支えているのが、サンストーン大陸各地に設けられている神殿である。
 神殿の役目は信仰を支える他に、基本的な読み書きや計算を教える教育の場や、怪我人や病人を治療する医療施設といった側面も持つ。
 更に、様々な理由で親を失った子供たちを育てる孤児院を兼ねている場合も多く、今回ソリオが訪れたのも陽の代行者の神殿に併設されたそんな孤児院だった。



 ジュークに教えられた通りの道を辿り、無事にソリオは陽の代行者の神殿へと辿り着いた。
 神殿の礼拝堂で軽く祈りを捧げ、近くにいた僧侶に「幸運のそよ風」亭から孤児院の子守に来た冒険者である事を告げると、その僧侶──種族は長毛種の犬鬼族(コボルト)だった──は親切にも裏手の孤児院まで案内してくれた。
 孤児院の前でその僧侶に礼を言って別れ、ソリオは改めて孤児院を見詰める。
「ここが孤児院か……思ったより綺麗な所だな」
 ソリオが見上げる先、そこには古いながらも良く手入れの行き届いた建物があった。
 横長でその長さはこの町の一般的な家の三軒分くらいか。
 建物の中や庭から、子供たちの元気な声がソリオの耳にも届く。
「すみませーん! 冒険者の店から依頼の件で来た者ですがー」
 玄関と覚しき扉を開け、建物の奥へと向かって声をかける。
 するとすぐに、ちょっと待ってねーという若い女性の声が聞こえて来た。
 ぱたぱたと翅を震わせて奥から現れたのは、身長が四十センチくらいの小翅族(ピクシー)の女性だった。
 その女性は身体こそ小さいものの、肩で切り揃えた青空のようなライトブルーの髪と、澄んだ湖みたいなコバルトブルーの瞳と均整の取れた肢体、そして虹色に輝く翅を持った、人間族(ヒューマン)であるソリオの感覚から見て十分に美人と呼べる人物だった。
「ジュークのおじさんの所から来たヒト?」
「そうです。俺、ソリオ・ジェダイトっていいます」
「これはご丁寧にどうも。私はポルテ・フローライト。見ての通り、この教会の聖職者(クレリック)よ」
 ポルテと名乗った女性は、着ている神官服の裾をちょんと持ち上げて微笑んだ。
 その際、彼女が首から下げている陽の代行者に仕える者の証である聖印がさらりと揺れる。
「聖職者……? でも、その宝石は契約の石じゃないのか?」
 ソリオが注目したのは、ポルテが聖印と共に首に下げている青い宝石をあしらった小さな首飾りだった。
「あら、気づいた? 私は聖職者であると同時に精霊師(エレメンタラー)でもあるの」
 精霊師。それは精霊と契約を交わし、必要な時にその精霊を呼び出して様々な目的に使役する者の総称である。
 この世界には魔術と呼ばれる技術があり、それは大別すると三つに分類され、その一つがポルテたち精霊師が使用する精霊術である。
 契約を交わした特定の精霊を必要に応じて呼び出し、その精霊の力を借りることによって様々な事象を引き起こす魔術を精霊術と呼ぶ。
 精霊にはなぜか宝石を好む性質があり、精霊師は契約の際に契約の証として宝石をその精霊に捧げる。以後、精霊師はその宝石を肌身離さず持ち歩くことが多い。
 この契約の際に使用された宝石を、一般的に「契約の石」と呼んでいるのだ。



 精霊たちは普段は目に見えないだけで、万物に普遍的に宿っている。
 風が吹き抜ける場所には風精が。
 炎が燃える場所には火精が。
 水が豊富な場所には水精が。
 実り多い大地には地精が。
 森の中には木々や草花の精霊たちが。
 洞窟の中には岩や闇の精霊たちが。
 その他にも様々な精霊が存在し、これら精霊の力なくしては自然界の営みは成り立たない。
 精霊たちは精霊師に呼び出される事で、初めて人の目に見えるようになり、様々な事象を引き起こす。
 ただし、この精霊術は精霊との相性が重要で、精霊から好かれない者はどうしたって契約を結ぶことができない。
 従って精霊術は、誰にでも使えるというものではなく、天性の素質が必要とされる技術である。
 また、精霊は銀以外の金属と人工物を嫌う。そのため精霊師たちは極力金属製品を身につけず、衣服も必要最低限のものしか着ようとしない。
 ポルテの聖印は銀製であり、「契約の石」が取り付けられた首飾りも台座は木製で革紐を用いて首から下げていた。
「あなたは見たところ精霊師ではなさそうだけど、よく気づいたわね?」
「うん。俺はどうにも精霊たちに好かれない体質らしくてさ。何度やっても精霊とは契約できなかったんだ。でも、その宝石からは魔素が感じられたからね。それでその宝石が「契約の石」だって気づいたんだ」
 得意そうな顔で告げるソリオを、ポルテは改めてじっくりと検分する。
 今ではすっかり珍しくなった人間族の少年。孤児院の子守なんて仕事を引き受けた以上、彼は冒険者としては駆け出しだろう。
 それなのに「契約の石」から魔素を感じ取った。それでいて精霊からは嫌われる性質(たち)だという。
 確かに熟練の冒険者やポルテたち精霊師は敏感に魔素を感じ取る。しかし、駆け出しにそれができるとはポルテにはとても思えない。
 駆け出しでありながらも、魔素を感じ取った目の前の少年。彼が珍しい人間族ということもあり、ポルテはこのソリオという少年に段々と興味を持ち始めていた。



 今回、ソリオが受けた仕事の報酬は銅貨五枚。
 銅貨は十枚で銀貨一枚と交換され、銀貨は千枚で金貨一枚と交換される。
 ただし、一般的に金貨が使用される事はなく、貴族や大商人が大口の商売で使用するぐらいで、庶民が目にするのは銀貨と銅貨のみ。
 そして銀貨が一枚あれば五、六人の家族が、一日十分に豊かと呼べる生活を送ることができる。
 ジュークが営む「幸運のそよ風」亭の一泊の宿泊料が一番安い部屋で銅貨三枚。同じく一番安い食事が一食で銅貨一枚だから、彼が今回稼ぐのはほぼ最低限の一日分の生活費と同額になる。
 これははっきり言って、冒険者の仕事としては最低も最低の額の仕事だが、ソリオはそんなことは気にもしていなかった。
 彼はこれも新米が通る一種の洗礼のようなものだと考えていたし、孤児院の子供たちと一緒に遊ぶのも楽しそうだと思っていたからだ。
 ポルテに案内され、様々な種族の孤児院の子供たちに紹介されたソリオ。
 最初こそ子供たちは、あまり見たことのない種族のソリオを警戒して近づいてもこなかったが、ソリオの元々人なつっこい性格と、見た目よりも幼い彼の精神年齢があっと言う間に子供たちの警戒心を解いてしまった。
 今ではさして広くない孤児院の庭を、ソリオは子供たちと一緒に駆け回っている。
「ねえねえ、ソリオ兄ちゃん。宙返りやってみせてー」
「おう、任せろ!」
 羊妖族(サテュロス)の子供にせがまれ、ソリオは笑顔でそれを承知すると身軽にその場で宙返り──それも伸身宙返り──を決めてみせる。
「次は『太陽と星』やろー」
「『太陽と星』? 何それ?」
「お兄ちゃん『太陽と星』知らないの? あのね、『太陽』が『星』を追いかけて捕まえるんだよ!」
「ふーん、分かった! じゃあ俺がその『太陽』な! おまえたちは『星』だから逃げろよ!」
 早速子供たちを捕まえようとしたソリオに、当の子供たちから駄目だしが飛ぶ。
「だめだよ! 『太陽』は二十数えてからじゃないと『星』を追いかけてはいけないの!」
「おっしゃ、じゃあ二十数えたら追いかけるぞー!」
 ソリオが目を閉じ、ゆっくりと数を数え始めると、子供たちは歓声を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。
 彼らが始めた「太陽と星」という遊びは、太陽が星を追いかけて常に昼夜の空を駆け巡るように、「太陽」役の一人がその他の「星」を追いかけては捕まえるという、ようするに鬼ごっこである。
 簡単に捕まえないように適度に手加減して子供たちを追いかけるソリオの様子を、ポルテは教会の雑用の傍ら感心半分呆れ半分で見詰めていた。
「ふぅん。冒険者だっていうからどんな奴かと思えば……随分と子供っぽい奴ね、あいつ」
 子供たちと一緒に楽しそうに走り回るソリオを見詰めるポルテの顔にも、ソリオと同じような笑みが浮かぶ。
 きっとあいつは中身が子供と大差ないのね、と胸中で呟いたポルテの背後に大きな人影が近づいた。
「よう、姉貴。何見ているんだ?」
「あら、ヴェル。帰ったの?」
「ただいま、姉貴。これ、今日の日雇いの荷運び人足の賃金な」
 そう言ってヴェルと呼ばれた大柄な──身長は二メートル近い──男は、銅貨が何枚か入った袋をポルテに渡した。
 ポルテはその革袋の重みにがくんと落下しかけるが、必死に翅を羽ばたかせて元の高度に戻る。
「いつも悪いわね。孤児院にお金を回してくれるのはありがたいけど、ちゃんと自分の分は取りなさいよ?」
「大丈夫だって。俺の分はきちんともらっているからさ。ところで、さっきからガキどもと一緒になって走り回っているあいつは誰だ?」
 ヴェルの目が、孤児院の庭を走り回っているソリオへと向けられる。
「彼はソリオって言って、ジュークのおじさんの所から来た冒険者よ。ほら、前に子供たちの相手をする人を探してジュークのおじさんに相談したじゃない? その時、おじさんが暇な冒険者がいたら寄越してくれるって言っていたでしょ?」
「ああ。あの話か。しかし、よくあんな安い金で依頼を請けた冒険者がいたな」
「うん。きっと彼、冒険者とはいえ駆け出しなんだと思う。でなきゃ子守なんて仕事を請ける冒険者なんていないわよ」
「なるほどねぇ。しかし、随分と楽しそうにガキどもと遊ぶな、あいつ」
 ポルテと一緒にソリオを見詰めるヴェルの瞳に、柔らかな光が浮かぶ。
 この身体の大きな弟分も、どうやらソリオに興味を抱いたようだとポルテはヴェルを横目で見ながら感じた。



 子供たちと走り回り、さすがに疲れを感じて庭の木陰で座り込んで小休止していたソリオの元に、ポルテが大柄な男性を連れてやって来た。
「ご苦労様。随分と楽しそうに遊んでいたわね?」
「まあね。それより──」
 ソリオの視線がポルテの背後の男性に向けられる。
「俺はヴェルファイア・フローライト、見た通り鬼人族(オーガ)だ。ヴェルって呼んでくれ。おまえの事はポルテの姉貴から聞いたぜ。冒険者なんだってな?」
 ヴェルファイアはにやりと笑うと、右手を差し出した。
 彼は自ら言ったように鬼人族で、二メートル近い筋肉質な身体とくすんだ金髪に碧の瞳、そして額から突き出た二本の角を有していた。
「俺はソリオ・ジェダイト。よろしくな、ヴェル。でも姉貴……?」
 ソリオは立ち上がってヴェルファイアが差し出した右手を握り返しながら、ポルテとヴェルファイアを交互に見比べる。
「もちろん、私たちが実の姉弟(きょうだい)ってわけじゃなくってね。私もヴェルもこの孤児院で育ったの」
「そう言うこった。ここで育った俺たちは全員家族ってわけさ」
 そう言ってポルテとヴェルファイアは、慈しむような視線を周りで遊んでいる子供たちに向けた。
 『絶対無敵の盾』第二話でした。

 さて、小説のタイトルに「絶対無敵の盾」とありますが、まだまだ「盾」らしきものは出てきません。はい、そうです。詐欺ですね(笑)。
 ですが、そろそろ「盾」が登場しそうです。予定では次かその次ぐらいに。

 そして今回はこの世界における信仰と魔術に関しての説明をば。あ、あと、貨幣単位もか。
 とはいえ、魔術が三系統あると言いながら説明したのはその内の一つだけ。残る二つはおいおい解説していきます。
 また、この第二話でメインとなる三人が出揃いました。ソリオ・ヴェル・ポルテがいわゆる「主人公パーティ」であり、この三人にもう少し後で合流する一名を加えた四名で物語は展開していきます。

 それでは、次回もよろしくお願いします。


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