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皇太子殿下はご機嫌ななめ

作者:maple
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第37話 「格好良い皇太子様(見た目だけ)」

 
前書き
久しぶりに早帰りー。
それはそうと皇太子様と周囲の温度差が……。
ひどすぎるかも……。 

 
 第37話 「おもわず出撃したくなるクラシック」

 帝国にもおいしいお店はたくさんあって、グルメ系の情報は人気が高い。
 どこそこのお店はおいしいというやつだ。
 さてわたしこと、ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムは、そういったお店に行く機会が無かったりする。
 ちっ、俺だって行ってみたいよー。
 実際には護衛の警備のといった感じで、店側に迷惑を掛けるものだから、行けないが……。
 メニューを見て、選んだりしてみたい。
 この点では下級貴族や平民達が羨ましい。

 ■イゼルローン要塞 アレックス・キャゼルヌ■

 同盟側の捕虜と帝国側の捕虜が、皇太子よりも数日早く、イゼルローンにやってきた。
 そして俺たちのほうも皇太子より早く着いたのだ。
 皇太子はまだ着いていない。
 事務的な話はあっさり片がついた。
 帝国側と同盟で、どちらの名を上にするか下にするかで揉めたが、皇太子のどっちでもいいとの発言によって、同盟の方が上になった。
 一緒に来ていた政治家が、私が認めさせたのだと意気揚々としていたが、皇太子の次の発言で愕然と蒼褪める事になる。
 ばかは相手にしたくない。
 その結果、会談の場には同席できなくなったのだ。

「校長の言ったとおりだな」
「取り扱い注意ですか」

 そうだ。校長が言っていた。
 あの皇太子、取り扱いには注意が必要だぞ。怒らせると怖い。
 サンフォード議長がむずかしい表情を浮かべ、通り過ぎる。
 帝国側は皇太子がやってきたために、同盟側も同じように議長クラスが来なければならなくなったのだ。そうでなければ、皇太子と対等に近い政治家などいない。
 さすがに軍関係者では問題があると判断したのだろう。しかしヨブ・トリューニヒトはこれを見越して、フェザーンへと赴任したのだろうか?
 だとすると交渉はうまくいかないと判断したのかもしれん。
 その理由はなんだ?
 ダメだ。いくら考えても俺には分からん。

 ところで初めて足を踏み入れたイゼルローンは、巨大都市としての一面も持っていた。
 居住空間だけでなく、都市機能としての一面だ。
 同盟から戻ってきた兵士達が、憲兵の監視があるとはいえ、バーなどの飲み屋に繰り出す事も許可された。
 皇太子の命だそうだ。
 オーディンに戻るまでの間、羽を伸ばしておけという事らしい。
 我先に、黒ビール黒ビールとうわ言のように呟きつつ、歩いていく兵士達を見ながら改めて、帝国も同盟も同じ人間なのだと思い知る。

「なあヤン」
「なんですか?」
「本当に皇太子ってどういう奴なんだろうな?」
「う~ん。どうと言われても」

 ヤンがおさまりの悪い髪を、ベレー帽になんとか押し込みつつも首を捻った。俺たち三人は、イゼルローン要塞内を見て回っている。
 視線の先には、護衛役として先行していた艦隊の兵士達が、規律正しく周囲を警戒していた。

「あれは確か……」
「ミッターマイヤー少将の艦隊ですね」
「隣にいるのは、ロイエンタール少将か。兵士達の士気の高さには目を見張るものがあるな」

 皇太子を狙う者は誰であろうと許さん、とでも言いたげな態度を隠していない。
 これほど兵士達に心酔される皇太子とは、いったい何者なのだろうか。

「うちの親父は、帝国にとって希望じゃないかと言っていましたね」
「希望か……」
「確かにね」

 アッテンボローの親父さんは、そう考えているのか。
 希望。
 帝国のというより、臣民たちにとっての希望。
 門閥貴族にやりたい放題にされて、苦しんできた平民達にとっては、門閥貴族を押さえ、改革を実行している皇太子は希望なのだろう。
 なにせ次期皇帝だ。
 帝国のトップ。
 ルードヴィヒの治世は、今よりも開明的で、自由で、暮らしやすくなるだろう。

「親父は皇太子が豹変しない限り、帝国は安定すると思っているみたいです」

 そうだろう。それが多くの人々の予想だ。だからこそ主戦派の主張よりも、和平を訴える声が大きくなりつつある。
 あの皇太子となら、和平交渉ができるはずだ。
 あの皇太子となら、戦争をやめる事ができるかもしれない。
 そんな声が勢いを増しつつある。今回の捕虜交換は一つのチャンスだ。
 皇太子と直接、話し合える機会が訪れた。
 それをたかだか一議員のために、ふいにするわけにはいかない。あの議員、ハイネセンに戻ったら更迭が待っているな。

「そうか、さて俺たちも、黒ビールでも飲みにいくか」
「おっ、いいですね」
「飲みにいきましょう」

 ■宰相府 ラインハルト・フォン・ミューゼル■

 皇太子がイゼルローンに向かった。
 事務局の連中も一緒に連れて行ったために、宰相府はがらんっとした感じになってしまった。
 皇太子の代わりに、ブラウンシュヴァイク公爵が決裁を行っている。それでもむずかしい案件は、皇太子に見て貰わなければならない。
 頭の痛いことだと思う。
 統治者、改革者として皇太子は有能だ。それは認める。
 だが皇太子が有能であるからこその、問題が現れだしている。
 個々の問題であれば、皇太子よりも有能な人材はいるだろう。だが改革全体を見通せる者がいないのだ。
 それ故に皇太子の代役がいない。
 皇太子ただ一人に、問題が圧し掛かっている。
 もし仮に皇太子が亡くなるような事があれば、改革が頓挫すると思われるほどに。箱入り娘ならぬ、箱入り皇太子にしておきたいと、帝国の上層部が思うのも当然だろう。
 俺が仮に、あくまで仮にだが、簒奪したとしても、同じように思われるのではないか?
 現在の帝国で、皇帝の地位に就く者は、改革を断行しなければならない。
 これは第一条件だ。
 軍事力でも、政治力でもなく。改革を断行する者。
 それを為しえる者。
 これなくして誰も帝位など認めないはずだ。
 俺自身も例外では無い。
 華々しい戦果など、鼻にも掛けられる事などありえない。

「皇太子の敷いたレールに乗るしか、他に手が無いのだろうか?」
「民衆の願いを無視しては、統治などうまくいきませんよ。それとも劣悪遺伝子排除法を復活させますか?」
「バカな。そんな事はありえないっ!!」
「では、皇太子殿下の路線を維持するしかありませんね」
「やはりそうなるのか……」

 キルヒアイスの言った事は、皮肉ではなく。客観的に見ても、そうするしかないと思われた。

 ■総旗艦ヴィルヘルミナ エルネスト・メックリンガー■

 総旗艦ヴィルヘルミナの中を、帝国軍音楽隊によって奏でられる“ワルキューレは汝の勇気を愛す”が響き渡っている。
 音楽隊は宰相閣下のご命令で猛練習をしている。
 松明式典が行われるのだ。

 16世紀の傭兵時代から続く儀式の一つ。
 ツァプフェン(酒樽の栓)シュトライヒ(一撃)という名称は、かつての夜(休息)の合図に由来する。
 その当時、飲食店(酒場)では、酒樽の栓を打った瞬間に酒の提供を止め、兵士達はテントに帰る決まりになっていた。
 その帰営の合図に、トランペットやフルート、太鼓などの演奏が加わり、軍隊音楽による儀式になっていった。

 捕虜を出迎えるのに、この厳粛な格調高い儀式をもって帝国へ帰還させる。
 かつては帰営の合図でもあったらしいこの儀式。
 その指揮者に選ばれた事を名誉に思う。
 宇宙艦隊司令長官のミュッケンベルガー元帥も、松明を持って参加するという。演出といえば、その通りなのだろうが、宰相閣下のなさりようには驚かされる。

 ■イゼルローン要塞 アレックス・キャゼルヌ■

 とうとう来たというべきか……。
 皇太子ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムがイゼルローンに到着した。
 帝国軍宇宙艦隊総旗艦ヴィルヘルミナが入港してきたのだ。
 要塞内は騒然としている。
 駐留していたMS部隊が、整然と左右に分かれ、回廊を構成した。
 姿を見せた皇太子に、誰もが息を飲んで見守っている。

「とうとう着ましたね」
「ああ」

 ヤンの囁き声に頷いたものの、皇太子から視線を逸らせない。
 金色の髪が照明を反射して、王冠を思わせるような色彩を放つ。
 背は高く。体格はすらりとしている。
 遠くからでは、表情まで窺えないが、それでも存在感の強さが伝わってくる。
 あれが、銀河帝国皇太子なのだ。
 そう思うと、自分の喉が鳴る。

「ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムだ。忠実なる我が帝国軍兵士達、約束通り迎えに来た」

 これが皇太子の第一声だ。
 その途端、駐留軍兵士達だけでなく、捕虜達の間からも歓声が沸き起こった。
 我々同盟は、皇太子に三百万人もの陶酔者たちを差し出したのかもしれん。捕虜達は皇太子に忠誠を誓うだろう。
 この瞬間に、それが解った。
 理解してしまった。
 皇太子がゆっくりとタラップを降りてくる。
 その背後には、宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥と門閥貴族の雄、リッテンハイム候爵が付き従い、さらにその後ろには、改革派と呼ばれる官僚達が列を作っていた。
 帝国軍の兵士達が、頭を垂れている。
 威風堂々という表現がぴたりと当てはまる。
 覇気が強いという訳ではないように思える。高圧的な態度ではない。威圧的でもない。
 だが、自然と敬意を払われる。

「帝国の皇太子というのは、これほどのものでしたか?」

 ヤンの声が震えていた。
 その隣でアッテンボローがぼそりと呟いた。

「親父に言われた事を思い出しましたよ」
「親父さん、なにを言ったんだ?」

 思わず聞き返した俺に向かって、アッテンボローが一言、

「位負けするなよ、と言われました」

 と言った。
 位負け。格などということは言いたくない。
 しかし明らかに、軍人レベルでは勝てそうも無い相手だった。

「本物の専制君主だ……。覇道ではなく、王道を歩む王です」

 覇王じゃない本物の王者。
 そんなものがこの世に存在するのか?
 誰もが望む、理想の王。この人に任せておけば、大丈夫。そう思う気持ち。
 ダメだ。
 それではダメなんだ。
 アーレ・ハイネセンは自立、自主、自律を掲げた。
 自分の頭で考えて行動する。それこそが民主主義の原点だ。
 理想の王の下、安寧と暮らす。それはある意味、幸せな事だろう。彼は、皇太子は民主主義を真っ向から否定してしまっている存在だ。
 我々は、同盟は、彼とは相容れない。
 どちらが良いとか悪いという話じゃないんだ。

「甘い、甘美な誘惑ですね」
「楽になれよと囁かれたような気がします」

 ヤンとアッテンボローも、身を震わせていた。
 二人にも分かったのだろう。
 皇太子の持つ本当の恐怖が……恐ろしさが。

「まさしく悪魔の誘惑だな」

 ■イゼルローン要塞 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■

 は~るば~るきたぜ~イゼルローン。
 儀礼服にマント。案外肩が凝るんだ。かといって周りの目があるからな、肩を揉むわけにもいかん。厄介なもんだ。
 さて、ヤンとか同盟の原作組はどこかなっと。
 お、いたいた。うん? なんだありゃ?
 深刻そうな表情を浮かべてやがる。いまからそれじゃ先が暗いぞ。
 なんか妙なところで、過大評価を受けてるような気がする。
 やっぱり、威風堂々は止めておいた方が良かったかな?
 もっと軽快な音楽を流させるべきだったか……。
 第九とかでも良かったかもしれない。
 それにしてもイゼルローンはおおきいなー。
 戦艦の残骸も漂っていたし、こんな要塞一つに、ご苦労な事で。
 作った甲斐があったというものなのだろうか……。
 あー。はやくどこかで休みたいなー。 
 

 
後書き
あーはっはっは。
明日も忙しいのさー。
妙にハイテンションになってきた。 
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