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第四章
第四話「魔法使いと言えない願い」
「さて、これはオーリの町にとって、光栄なことだと言っていいことだろう」

 静かな会議室に、老人の声が響く。

 老人の名はフーゴ・ブルメス、この町を中心に辺り一帯を代々治める貴族である。国境を長年守ってきた一族なので、どちらかといえば軍事寄りの考え、そして苦労を共にしてきたことから平民寄りの考えをする人物である。一線は退いたものの、今も請われてオーリの町の町長をやっている。

「しかし、まさか……」

「貴族様方が興味を示しているとは聞いていたけどねぇ」

「町の外でやっている工事も、その関係か」

「ただのお偉いさんが来るから、っていうよりは信憑性があるな」

 会議室に集まった面々が、口々に意見を言い合う。

 ほとんどの者が年配者であり、その格好は様々である。ある者は軍服を着ていたり、またある者はエプロン姿であったりと、統一性はまったくない。共通点があるとすれば、皆が何かしらの集まりのリーダー格だということである。

 軍の実質のトップであったり、自警団のリーダー、ギルドの長もいれば町内会の会長もいる。他にも様々なところから、町長の呼びかけによってこの会議に参加している。

 最終的な決定権を持っているのはフーゴである。しかし、ブルメス家は代々何か大きなことを決めるときは、かならず関係者に意見を求めてきた。フーゴもまたその家訓に則り、町のことについてはこうして会議を開くことにしているのだ。

 今回はその中でも一番の大事であるため、会議参加者は厳選して参加を強制したほどである。

「だがなぁ」

「何かの間違いではないのか?」

「いいや、残念、ではなく光栄なことに事実だ。昨日、屋敷に王都の騎士が直々に通達に来たからな」

 皆が困惑した様子で確認を取るが、フーゴは笑いつつ事実を述べる。そして会議室全体を見回すと、全員が注目したところで静かに口を開く。

「王が今回の祭りに来られる」

 フーゴが断言すると、会議室はまた少しの間静かになる。

「むぅ……」

「そもそも何でなんだ」

 誰かが唸り声を上げると、非難めいた口調で続く。

 ここにいる者はフーゴに遠慮をしない。それに対してフーゴも、気にした様子を見せない。長年、この国境の町を支えてきた人物達の間には、確かな信頼関係があるのだ。

「どうにも、武術大会の話がどんどん大きくなっていってな。王が是非見たいと仰ったらしいのだ」

「それで、あの急工事か」

「仕事が速いな」

 町の外の工事が急に始まり、しかも王都の人間だけでやるという姿勢に、集まった者達は快く思っておらず皮肉げに笑う。

「それに国内、国外に向けてのアピールもあるだろう」

「確かに。前王の時代はそういうことはまったくなかったからな」

 続くフーゴの言葉に、何人かは理解を示して頷く。

 それでも、半数以上が納得いかないといった様子である。

「しかし、よりによってオーリにか」

「我々にとっては、楽しめる祭りではなくなってしまうな」

 文句を言っている者達も、仕方ないことだということは分かっている。しかし、彼らは祭りを成功させるために頑張ってきた。

 その努力は自分達のためでもあったのだが、王が来るならば暢気に祭りを楽しめるような立場ではなかった。

「しかし、我らの王が来てくださるのだ。お帰り下さいとも言えまい」

「そうだが、なぁ」

 一番文句を言いたい立場であろうフーゴの言葉に、他の人間も不満を飲み込んで互いに顔を見合わせる。

 幾人か、まだ不満そうにしていることを感じ取ったフーゴは、ため息を吐いて話を進めるために口を開く。

「すでに決定事項だということだけは確かだ。後は我々がどう動くかだ。幸い警備は都の騎士が就くのでこちらからは一切不要だそうだ」

「それはそれは」

「有難い限りですな」

 フーゴが王都からの通達を伝えると、数人が自虐的な笑みを浮かべる。

 オーリの町に王都が配慮してのことなのだが、それにすら不快感を抱くほど会議室の空気は淀んでいた。

 町の外に建設中の闘技場の件もあって、王都が自分達を信頼していないのではないかと騒ぐ者もいる。

 しかし、フーゴが腕を組み目を瞑って黙っていると段々とその声も小さくなり、やがて完全に静かになる。 

 それを確認したフーゴは、目を開け机に手をつき立ち上がる。

「受け入れは、私の屋敷ということになるだろう。先程も言った通り、王は武術大会に興味があり、その日程に合わせて動くそうなので、町の中への影響は最小限に抑えられるだろう。まったく、お前達が飲み明かしている間に、私は上司を接待せにゃならんのだぞ」

「ご愁傷さまですな」

「頑張ってくだされ」

 フーゴの愚痴混じりの言葉を聞いて、先程まで騒いでいた者達も苦笑する他ない。一番苦労するのは、間違い無く目の前の老人であることを理解したからだ。

 これによって会議室の空気が弛緩する。

 それを感じ取ったフーゴは、密かに笑うと話を続ける。

「武術大会の優勝者には、直々にお言葉と褒美を頂けるそうだ」

「これはまた、太平祭が一層盛り上がりそうだな」

 今回の王来訪のメリットを考えだした会議室の面々からは、前向きな意見が飛び交う。

「宿だけではおいつかないだろう。軍のテントを張っても足りるかどうか」

「例の工事をしている連中が、その後周辺に仮設の宿を作ってくれるそうだぞ」

「ほほう、いたせりつくせりだな」

 軍服姿の男が発言すると、フーゴは王都からの使者が残していった書状に書いてあったことの一つを告げる。

 それを聞いた面々は、感心したように頷く。

 町外の闘技場工事に関しても、悪感情が薄れたことを感じたフーゴは、新王に対する認識を改める。

 中央から遠い国境の町では、王の交代のときも正確な情報が入ってこなかった。

 いい噂もあれば悪い噂もある中、フーゴは新王を判断しかねていた。国境に平和が戻ったことからも切れ者であることは分かっていたが、その人となりまでは分からなかったのだ。

 しかし、王らしからぬほどの気遣いに、悪い感情を持てるはずもない。

「警備も見直さなければいけん」

「他にも計画を改めないといけないことがありそうだ」

「光栄すぎて涙が出てしまう」

「まったくですなぁ」

 そこには先程までの卑屈な感情はほとんどなく、皆が楽しそうに会議を進める姿があった。




 王都にある城、その執務室で王であるステインはオーリの町に使者として出した騎士から報告を受けたところであった。

 報告を終えた騎士が退出すると、ステインは座ったまま一度後ろに視線を向ける。

「あの様子だと、あまり歓迎はされていないようだな」

「まぁ、やっと争いが減って、平穏を実感するための祭りですから」

 ステインの後ろで控えていた王の騎士であるジョンが、正面に移動して直立不動のまま答える。

「王である私が行ったのでは、上は心から楽しめない、か」

「それもありますし、中央からいろいろと手出しされることへの反感もあるのでしょう」

「ふむ。ままならんな。私もきまぐれで行くわけではないのだが」

 どこかふてくされているようにも見えるステインに、ジョンは気づかれないように小さく笑う。

「それも理解はされているでしょう。まぁ、仕方のないことです。それより、師匠にはこのこと伝えなくてよろしかったのですか?」

「どちらでもよかったのでな、それなら面白いほうがいいだろう?」

 ジョンの師匠であるクリスの話題になった途端、機嫌が良くなったステインは、まるで悪戯を仕掛けた子供のように弾んだ声を出す。

 ジョンは、呆れたようにため息を吐く。

「また怒られても知りませんよ」

「なんだ、今日はやけに反抗的だな、ジョンよ。オーリに行きたかったのか?」

「別にそんなんじゃありません」

 密かにオーリ行きの使者になりたいと思っていたジョンであったが、それを見透かされてぶっきらぼうに答える。

 ステインは、ジョンの反応に人の悪い笑みを浮かべる。

「そうか。ところで、向こうでやる武術大会にクリスも参加するらしいのだが……」

「な、なんです?」

 いい笑顔のステインが焦らすと、ジョンは平静を装いつつ尋ねる。

「出たかろう?」

「それは、まぁ、そうですね」

 素直に頷くジョンに、ステインも満足げに頷き返す。

「うむ。そう言うと思って既に参加を申し込んであるぞ。私の騎士として」

「プレッシャーを感じるのですが。ところで、何でそれに師匠が参加することを、王が知っていらっしゃるのですか? というか、どうやって申し込んだのですか?」

 先程の報告にはなかったことを何故か知っており、しかも既に行動済みであるステインに、ジョンは疑問を感じて質問する。

「クリスの精霊から書状が届いてな。まったく、どうやって情報収集しているのか、私がオーリに行くことは筒抜けらしい。ジョンの参加についてはギルドを通してな」

 ステインは、明け方に窓をくちばしで叩き、足に巻きついた紙を差し出してきた鳥を思い出し、苦笑しながら答える。

「では師匠も知っているのではないですか?」

「いや、クリスは知らんだろう。あの二人はそういう関係であろう?」

「そう言われれば、そうかもしれませんね」

 ジョンは、二人の関係を思い出して納得する。

「というか、精霊とその主人は似るものなのかね。私を王だと思っていないかのごとく、いろいろと用件が書かれていたのだが」

「いえ、フウリさんは理解した上でやっていると思いますよ」

 ステインが、フウリからの手紙の内容を思い出して愚痴をこぼし、ジョンが的外れな訂正をする。

「まったく、なんという主従だ」

「それで、その用件とやらは一体?」

 主人がふざけて頭を抱えていることを一切無視して、ジョンが厄介そうなその内容について聞く。

 すると、ステインは暫しの間考える素振りを見せる。

「ふむ……うーむ、秘密だ。そのほうが面白そうだ」

「はぁ。分かりました」

 ステインが人の悪い笑みを浮かべると、ジョンは諦めたようにため息を吐く。

 それを見て笑みを深くしたステインであったが、すぐに自分の机の上にある書類の束を見て真面目な顔をする。

「よし、では仕事を片すとするか」

「残して祭りなんていけませんからね」

 残して出た場合の側近達の顔を思い浮かべて一度身震いすると、ステインは真剣に仕事をこなしていくのであった。




 オーリの町のクリス達の家では、準備の手伝いを終えた三人が寛いでいた。

「おまつり、たのしみ」

「そうだな、楽しみだ」

 クリスの膝の上で、フィリスが首から下げた巾着をいじっている。

 それはフウリが縫った物で、日々のお手伝いなどで得たお小遣いを入れる財布になっている。

「私からちょっとした贈り物もありますので」

「え、なにそれ、こわくないやつ?」

 となりに座るフウリの言葉に、クリスは敏感に反応する。

「それは保証できかねます」

「いやいやいや! そこは嘘でも保証してよ!?」

「では、保証しましょう」

 慌てるクリスに、フウリは何でもないように言う。

「遅いから! あと嘘はやっぱりだめ!」

「ふむ。わがままな主ですね。しかし、主は多分喜ぶと思いますよ?」

 悪戯っぽく笑うフウリに、クリスはまったく安心できないといった風に、疑いの視線を向ける。

「怖いのに喜ぶって、想像つかないんだけど」

「怖いというよりも、痛いといったほうが適切かもしれません」

「いや、絶対喜ばないわ」

 手を振って否定するクリス、フィリスがその真似をする。

「そうですか。では、もし喜んでいただけたらお願いを聞いていただきましょう」

「おう、いいぞ。痛くて喜ぶことなんて、さすがにないからな!」

 手を振るフィリスをあやしながら言うフウリに、クリスは自信満々に答える。

「ふふ、楽しみですね。もし主が喜ばなかったら、私が一つお願いをお聞きしますよ」

「ま、まじですか! ちょっと最近財布が軽くてですね!?」

 フィリスとの財布と比べても軽すぎる自分の財布を思い出し、クリスは懇願するようにフウリを見る。

「そういった類のお願いでもいいですよ?」

「ほほう!」

 身を乗り出すクリスに、フウリは人差し指を立てる。

「もちろん、違う類のお願いでもいいのですよ?」

「な!?」

 妖艶に微笑むフウリに、クリスは思わず息を呑む。

「おとうさん、かおまっか」

「真っ赤ですね」

 クリスの顔を仰ぎ見たフィリスが事実を指摘すると、フウリも面白そうに笑う。

「く、くそう! 覚えとけよ! からかったことを後悔させてやるからな!」

「怖いですね、どんなお願いをされてしまうのでしょうか」

「余裕だな! フィリスの前じゃ言えないようなことをお願いしてやる!」

 まったく無表情に、しかしどこか楽しげな声色のフウリに、クリスが自棄になって叫ぶ。

 フィリスが不思議そうにクリスを見上げると、フウリは一転して真剣な顔をする。

「主、はしゃぎすぎですよ」

「あはい、すみません」

 静かに怒られたクリスは、素直に頭を下げる。

 するとフウリは、その隙にクリスの耳に唇を近づける。

「まぁ、私はそれでもまったく構いませんよ。むしろお待ちしております」

 フウリはそう言うと、すぐに顔を離す。

 クリスは耳に残る言葉と吐息の感触に、しばらく呆然とする。

 フィリスは不思議そうに二人の顔を見比べていたが、すぐに何かに気づいたように口を開く。

「おかあさんも、かおまっか」

 フィリスの無邪気な声が、部屋に響くのであった。


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