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第四章
第三話「魔法使いと再戦の約束」
「……え?」

 振り向いた姿勢で硬直するソド。視界にいる人物が誰であるか分かるはずなのに、思わず口から疑問の声が出る。

 ソドの様子にクリスは苦笑しながら、その人物に手を上げ挨拶する。

「おっさんじゃねぇか。久しぶりだな」

「おう、クリス、久しぶりだな。ソドも、なぁ?」

 ベアードはクリスに軽く挨拶を返し、硬直するソドの肩に腕を回す。友好的な仕草のはずだが、その腕に篭る力は相当なものである。

「べ、べ、ベアードの兄貴!?」

「団長、久しぶり」

「お久し振りですね」

「こんにちは」

 ソドの驚きとは対照的にソフィーニ、フウリ、フィリスは至って冷静に挨拶をする。

「おう、ソフィーニも元気そうだな。フウリの嬢ちゃんも相変わらずクリスの面倒見てるみてぇだな。フィリスは大きくなったか」

「とりあえず、おっさんはその剣呑な気を引っ込めろ。ソドの顔色が面白いことになってるから」

 和やかに会話をするベアードであったが、ソドに向ける殺気は凄まじく、それだけで常人ならば卒倒させられるほどである。

 さすがに気の毒に思ったクリスが、娘の教育にも悪いと考えてベアードに注意する。そのフィリスはというとまったく動じることなく、グラスのジュースに夢中であった。

「ちっ、根性ねぇな」

「団長?」

 悪態を吐いてソドを睨むベアードに、ソフィーニが冷たく問いかける。

 それに対し、ベアードは両手を上げて苦笑する。

「分かった、分かった。まぁ、あれだ。手紙は読んだ。ソフィーニが自分で決めたことなら、俺はとやかくは言わねぇよ」

「じゃあ……!?」

 ソフィーニが驚き、すぐに嬉しそうな顔をする。それを見たベアードは苦笑を強め、しかしすぐに真剣な表情になるとソドに視線をやる。

「ただし! けじめってもんは大切だからな。ソフィーニはうちの団員だ、嫁に欲しいのなら俺を認めさせてみろ!」

「は、はい!」

 先程までの威圧感はなくなり、しかし肌で感じられるほどの闘志を漲らせるベアードに、ソドは緊張しながらも真っ向からそれを受ける。

 場は緊張感に支配されるが、そんなものを許す魔法使いと精霊ではなかった。

「けっ、恰好つけやがって。どうせエルモアに相当言われてるぜ、あのおっさん」

「そうでしょうね。エルモアからの手紙では、荒れて団員に八つ当たりして困ってる、と書かれていましたし。そこから、あんな理解のあるような台詞を言えるようになったのですから、エルモアはとても苦労したことでしょう」

 小声で、しかしどういう訳か周囲にしっかりと聞こえるように、クリスとフウリが会話する。

 その声によって、竜人の威厳は即座に霧散する。

「そ、そこ、うるさいぞ!」

「つか、なんでおっさんここいるの? ソド達を追ってきたとかじゃないっしょ?」

 真実を簡単に看破されて恥ずかしそうにするベアードを、クリスはまったく相手にすることなく話題を変えていく。

 ベアードも本来の目的を思い出して、平常心を取り戻す。

「ああ、クリスに用があってな。まさかソフィーニとソドがいるとは思わなかった」

「ってことは、例の仕事の話か。つっても、こっちはまだ終わってないんだけどなぁ」

 クリスは、以前自分の家で次の仕事について話したことを思い出す。

「まぁ、もろもろ、おいおいな。とりあえず、祭りを堪能しようと思ってるんだが」

 ベアードは、傭兵団の団長として国ともやり取りをしているので持っている情報も多いのだが、現状でクリスに話すことができないので、困ったような顔をしつつ話を逸らす。

 事情を知っているであろうフウリが口を挟まないため、クリスも特に言及せず話題を移す。

「それならおっさんも武術大会に出ればよくね。ソドも出るぜ」

「そのつもりだ。かなり噂になってるしな。しかしそうか、ソドも出るのか」

 フェッスールからオーリまでの旅の間に、武術大会の噂を聞いていたベアードは、クリスも何だかんだ言って参加するだろうと予想し、かなり楽しみにしていたのだ。そして追加情報を聞いて、獰猛な笑みを浮かべる。

 それを見てソドが挙動不審になるが、クリスはまったく気にしない。

「ギルドで受付してるけど、済ませたのか?」

「いやまだだ」

「んじゃ、忘れないうちにしてこいよ」

「おう。しかし、なんでそんなに勧めるんだ?」

 クリスが急かしてくることに、ベアードは疑問を感じて質問する。

 するとクリスも、先程のベアードに負けないほどの闘志溢れる笑みを浮かべる。 

「おっさんには、リベンジしないといかんからなぁ。丁度いい舞台だしな」

 クリスの言葉を聞いたベアードも、面白そうに口角を上げる。

「ほほう。こりゃ、楽しくなりそうだな。うっし、早速登録してくるわ」

 そう言うが早いか、席を立ち受付へと向かう。

 こうして、祭りのちょっとした余興のはずだった大会はどんどんと大きくなっていき、ついには竜人族の中でも最強の一角に位置する存在が参加することとなったのだった。 




 その後、登録を済ませベアードが戻ってくると、並んだ料理を食べながら改めて近況などを報告する。

 ベアードは、団員たちの成長や最近の仕事の歯応えのなさを語り、クリスとフウリはフィリスの成長について事細かに説明した。

 ソドとソフィーニは、バールやルドのこと、そして獣人族の動きなどを話せる範囲で語る。しかし、肝心の自分たちのことは、さすがにベアードの前で言うこともできずにいた。

 しかし、そんな面白そうなネタを前に、自重するほど甘い魔法使いとその精霊ではなかった。

「バールもお転婆娘も頑張ってるんだなぁ、感心感心」

「そうですね。しかし、まだ何か聞いていないことがあるように思えるのですが」

「おお、フウリもか、実は俺もなんだ。なんだろうなぁ?」

 二人はわざとらしく、ちらちらとソドとソフィーニに視線を向けつつ話す。

 雲行きが凄い勢いで怪しくなってきたことに、ソドが慌てて口を挟む。

「と、ところで、旦那! さ、さっきの動きはすごかったっすね!」

「おお、ちょっとは鍛えたからな! で、俺が鍛錬に励んでいる間、どうだったんだよ」

「主、いけませんよ、そのようにストレートな聞き方をしては。ソドの答えによって、ベアードが怒り狂ってしまうかもしれません」

「おお、そいつはまずいなぁ」

 クリスはいい笑顔を浮かべ、フウリはいつも通りの無表情だが、それでもどこか楽しんでいる雰囲気を出していた。

 そして押し黙っていたベアードが、その重たい口をを開く。

「ソドよ。後で、二人きりで、話がある」

「へ、へい……」

 ベアードの重苦しい誘いに、ソドはただ頷くことしかできなかった。

 そしてすぐに、元凶夫婦に恨みがましい視線を送るが、どこ吹く風で子供の世話をしており、まったく悪びれた様子も見せない。

「ところで、三人とも宿か? そうでなきゃ家に少しなら空きがあるけど」

「ああ、自分達は大丈夫っす」

「俺も宿だから平気だ」

 まるで何の悪意も感じない問いかけに、拍子抜けしたようにソドが答え、ベアードも続く。

 しかし、その返答を聞いたクリスは、とても嬉しそうに笑う。

「そうか、そうか。んじゃ、何かあったら家に来てくれよ。んじゃ、俺たちは祭りの準備を手伝ってくるから、そろそろ行くぜ」

「おう、そうか。また近々、な」

「りょ、了解っす!」

「がんばって」

 クリスが当初の予定通り行動するために、いい笑顔のまま席を立つ。フウリも席を立つと、自然な動きで誰にも気付かれずに会計の紙を手に取り、フィリスを立たせて服についたパンくずなどを払ってやる。

 ベアードが手を上げ見送り、戦々恐々としていたソドも慌てて返事をし、ソフィーニは手を振る。 

 そのまま出て行くかに思われたクリスであったが、何かを思い出したように立ち止まるとゆっくりと振り向く。

「ああ、そうだ。ソド、借りた部屋は一室だけか?」

「へ? そうっすけ……ど……!?」

 一緒に旅していたときも、序盤からソドとソフィーニで一部屋だった。なので、今更なんでそんなことを聞くのか分からないといった様子でソドが答える。

 しかし、その途中で隣からすごいプレッシャーを感じ、自分の失態に気づく。

「ほう、一緒の部屋、だと……」

 そこには静かに怒る父の姿があった。

「さて、俺らはそろそろ行くからな」

「だ、旦那ぁ!?」

「生きろよ!」

 クリスは、とてもいい笑顔でソドに向かって親指を立てると、会計を済ませたフウリとフィリスと合流し、颯爽と去っていく。

 その後、酒場で何があったか、誰も語ろうとはしなかった。




 クリスたちは、手伝いをするために準備の中心となっている広場へと向かった。

「やってるやってる」

 広場では、大工仕事をする男たちや細かい装飾を作る女たちの姿があった。

 クリスたちが足を踏み入れると、すぐに恰幅のいい女性、八百屋の女将が話しかけてくる。

「あら、三人共相変わらず仲がいいわね」

「こんにちは。お手伝いに参りました」

「まいりました」

 フィリスが、フウリを真似てお辞儀する。

「フィリスちゃんはいい子ねぇ。うちの悪ガキ共にも見習わせたいわ」

「おてつだいすると、おこづかいふえる」

「あらあら。それじゃ、クリス君は、男連中が大きい飾りやら貸し出しの屋台やらを直してるから、そっちをお願いね。うちの亭主は打ち合わせに出てるから、雑貨屋の旦那さんが纏め役してるはずよ」

 フィリスの無邪気な発言に、八百屋の女将は笑みを浮かべながらクリスに仕事を振る。

「了解っす。久々に俺の錬金が唸りを上げちゃうよ!」

「……クリス君が魔法使いって、違和感あるわねぇ」

 意気込むクリスを見て、八百屋の女将はしみじみと思ったことを小さく口にする。

 しかし、それはクリスの耳にしっかりと届く。

「お、おばちゃん!? 結構前から知ってるのに!?」

「ずっと、違和感があったわぁ」

「そ、そんな!?」

 おっとりと言う八百屋の女将に、クリスはショックを隠せない。

「魔法使いって、頭良さそうなイメージがあるじゃない」

「ど、どうせ、俺なんかぁぁぁ!」

 八百屋の女将によって完膚なきまでに叩きのめされ、とどめを刺された魔法使いは、叫びながら男衆が作業するほうへと走り去る。

 それを見送った八百屋の女将は、フウリとフィリスに向き直る。

「あら、行っちゃったわね。それじゃ、フウリちゃんとフィリスちゃんには、祭りの細かい飾りつけの補修を頼もうかしら。今向こうで集まってるから行きましょう」

「分かりました。行きますよ、フィリス」

「ん!」

 女性陣は、いたって和やかに作業場へと向かうのであった。




 賑やかに進む祭りの準備であったが、そうでないところもあった。

 オーリの町の役所、その会議室である。

 大きな机が無機質に並べられたそこには、険しい顔をした者たちが席についていた。

 牽制しあうように視線を交わす者、我関せずといった様子で腕を組み目を瞑る者、面白そうに周囲を見渡す者、様々な思惑が飛び交い、しかし誰も発言しようとはしない。

 緊急に招集されたその会議の内容は、いたって単純な伝達事項だった。しかし、会議室を静まり返らせるほどの威力があった。

 こうして、更なる波乱が巻き起こらんとするのであった。


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