クリスに声をかけられた竜人とその連れである獣人は、驚きの顔を引っ込めて笑みを浮かべ挨拶する。
「お久しぶりっす、旦那! 見ての通り元気してやす!」
「久しぶり、クリス。フウリ姉さんにフィリスも」
獣人は、おどけた感じで力こぶを作る。竜人は、剣を抱いて寄ってきたフウリとその横にいるフィリスを見つけ、そちらにも挨拶する。
クリス達の目の前には、獣人の国であるディサン同盟国、その有力部族アーリアス族の戦士ソドと、竜人で組織されるギバル傭兵団、その団員であるソフィーニが立っていた。
「ええ、久しぶりですね。ソド、ソフィーニ」
「ひさしぶり」
アーリアスの里で別れて以来数ヶ月ぶりの再会に、クリスは元よりフウリとフィリスも歓迎する。
「無事なところを見ると、まだベアードのところには行ってないのか」
「う……」
「団長のところには、まだ行ってない。先にこっちに来た」
クリスの鋭く抉りこむような指摘に、ソドは目下最大の懸案事項に言葉を詰まらせ、ソフィーニが内心苦笑しながら答える。
「里のほうもそろそろ落ち着いてきやしたので」
「バールがそろそろ行ったほうがいいって」
「まだ、仕事はあったんですけど、相棒とルドが持ってくれやしたんで」
「で、団長のところ行くなら、ここ通ってもあんまり回り道にならないから来た」
二人が息の合った様子で、クリスに対して交互に説明していく。
アーリアス族というよりもディサン同盟国全体が人材不足で、それを理解しているソドはもう少し里や国内が落ち着くまで、挨拶を遅らせるつもりだった。
しかし、現在族長になるために猛勉強中のバールとその妻であるルドが、半ば無理矢理に仕事を奪って二人を旅に出したのだ。
その行動の裏には、親友達が早く結ばれて欲しいと思う心と、これ以上待たせると竜人最強の存在が里に乗り込んでくるかもしれないという懸念があった。
バールやルドは、ギバル傭兵団やオーカス王国内の事情にも明るい。よって、ベアードが現在の依頼を終えてフリーになる時期というのも検討がつくのだ。
ソドとソフィーニは、一応ベアードに何通か手紙を出してはいる。クリスも同じく、二人の馴れ初めを事細かに書いていた手紙を出していた。しかしその両方とも、ベアードではなく副団長のエルモアから返事が届いていた。
それは、まるで狩人がじっと息を潜めて獲物を狙っているようでもあり、ソドやソフィーニとその周囲はもちろんのこと、クリスまでも不安にさせていた。
そしてとうとう獲物のほうから動いたとあって、クリスは大きく頷くと理解を示す。
「なるほど。最後の挨拶ってわけか」
「か、勘弁してくだせぇ」
洒落にならないことを言うクリスに、ソドは抑えていた恐怖が蘇り冷や汗を流す。
「ソド……死ぬなよ」
「が、頑張りやす」
いつもならばからかう状況なのだが、クリスはそのようなことを一切せずに真面目な顔で心配する。
兄貴分の普段とまったく違う様子に、ソドは怯みながらもしっかりと頷く。
「主、積もる話もあるでしょうし、ギルドのほうに移動してはどうでしょう」
「そ、そうするか。っていうか、登録もまだだし」
周囲を見渡したフウリがクリスに提案する。クリスも釣られて首を動かし、やっと周りの状況に気づく。
先ほどクリスが起こした騒ぎと、竜人であるソフィーニが目立っていることもあって自然と人が集まっており、とてもではないが落ち着いて話ができるような雰囲気ではない。
クリスは、集まる視線に若干焦りながら率先してギルドへと戻っていく。他の四人もそれに続いて扉を潜る。
「旦那、登録ってなんすか?」
「ああ。丁度いいし、ソドは強制参加だな。皆はあっちで待っててくれ」
ギルドに入ったところで、ソドがクリスに尋ねる。
クリスは、他の面々をギルドに併設されている酒場兼食堂に行かせるとソドに向き直る。
「今度、この町で祭りをやることは知ってるか?」
「へい。そこらじゅうで準備してやすね。正直かなり驚きやした」
祭りがあること自体は、旅の道中でも話題になっていたのでソドも知っていた。しかし、ガイエン帝国との戦争が続いていたディサン同盟国では、長らく祭りなどは行われていなかったため、オーリの町に入ったときに独特の活気を感じて戸惑ったほどである。
そして、町の住人が楽しそうに準備を進めている姿を見て相棒の式を思い出し、アーリアスの里でも昔にやっていた祭りを復活させようと密かに決心していた。
クリスはそんなソドの言葉を聞いて、帝国との国境で一番大きな町の馬鹿騒ぎに単純に驚いているのだろうと思い苦笑しながら続ける。
「その催しの一つで、腕試しの大会をやるんだと」
「なるほど。旦那はそれに出るんですね」
得心が行った様子で手を打つソドの肩を、クリスが力強く握る。
「おう。ソド、お前もな」
「は、はぁ。一応祭りは見ていこうと思ってやしたが」
兄貴分の有無も言わせぬ様子に、ソドは戸惑いつつも了承する。
「なぁに。準備運動くらいにはなるんじゃねぇか」
「旦那が出るなら、準備運動どころの話じゃねぇっす!」
ソドは、とんでもないといった様子でクリスの言葉を否定する。
実のところ、ソドはクリスと戦ってみたかった。自分がごろつきのように日々を無為に過ごしていたころから、どの程度成長しているのか知りたかったのだ。何より、来る決戦に向けて、これ以上の仮想敵はいないことも理解していた。その目的もあって先にオーリの町に来たのだから、クリスの誘いに否という答えはソドの中に存在しなかった。
大会でクリスと戦えるかどうかは分からないが、もし自分が他の相手に負けるようなことがあっても、それはそれで強敵に出会えたということだから、ソドにとって不都合なことは一切ない。
兄貴分もしくはまだ見ぬ強敵との試合、そしてその先を考えたソドは固い決意を秘めた目をする。
それを見たクリスは、気負い過ぎるのも良くないと思い、緊張を解すようにソドの肩を軽く叩く。
「大丈夫だって、頑張ろうな!」
「へ、へい!」
クリスは、力みすぎに見える弟分を安心させようとことさら明るく振舞う。
目の前で気さくに笑う兄貴分を見て、ソドは戸惑いながらも嬉しそうに返事をする。
それを聞いたクリスは、大きく頷きカウンターへと歩みを進める。近づいてきたクリスに気づいたギルドの受付の女性が、怒っていることを示すように腰に手を当てると口を開く。
「あ! ク、クリスさん! あんまり外の人をいじめないでくださいね!」
「すんません」
顔馴染みの女性職員の注意に、クリスは素直に頭を下げる。すると、受付嬢は少し身を乗り出して声を潜めて言う。
「まぁ、さっき受付してたとき、リーダーっぽい人がしつこく誘ってきて列作る原因になってたので、正直すっきりしましたが」
「まったく、迷惑な連中だな」
「けど、次からはあんまりやりすぎないでくださいね。さっきは出掛けにたまたま騒ぎを聞きつけたギルド長が、町外から来た礼儀知らずにはいい薬だろう、と言い残して外出していきましたので不問になりましたが」
「覚えてはおくけど」
クリスは続く言葉を言わなかった。しかし、大体言いたいことが分かった受付嬢は苦笑する。
「はぁ。フウリさんとフィリスちゃんのことになると、見境なくなるんですから」
「ま、次は目立たないようにするよ」
決して、先ほどのあれがやりすぎとは思っていないクリス。受付嬢も、目立たなければ問題ないと判断して一つ頷く。
「そうしてください。それで今日も依頼ですか?」
「いや、今日は前々から言われてた例の武術大会の受付に」
「あ、やっと出る気になってくれたんですね! 良かったです!」
クリスの目的を聞いて、顔馴染みである受付嬢は、飛び跳ねんばかりに喜ぶ。それを見たクリスは首を傾げる。
「良かった?」
「だって、あれ目当てで町の外からも、結構な数の冒険者の方々が来てるんですよ! オーリの町でやるのに、上位にこの町の人がいなかったら白けるじゃないですか! 私なんて、ずっとギルド長からクリスさんを説得するように、言われ続けてたんですよ!」
「な、なんか、ごめんなさい? ってか、そんなに参加者いるのか」
受付嬢の勢いに、クリスは思わず一歩引いて謝りつつ、その言葉の一つに興味を示す。
「はい。他の町でも評判になってるらしいです」
「ほほう。っと、それじゃ俺と、こいつの分もお願いします」
「ソドさん! お久しぶりです!」
クリスが、後ろで成り行きを見守っていたソドを押し出す。
ソドにまったく気づいていなかった受付嬢は、目をぱちくりした後に挨拶をする。
「おう、久しぶりだなぁ」
「故郷に帰ったって聞いてましたが」
「丁度用事があって寄ったんだよ。で、旦那に誘われたってわけだ」
ソドはオーリを出る少し前からは、とても精力的に依頼をこなしていたので、また定住して欲しいと思っていた受付嬢は、その返答を聞いて少し残念そうにする。
「なるほど。それではお二人の参加登録をしますね。こちらに参加費をお願いします」
「お、おう」
「ういっす」
代金を要求され、ソドは財布を取り出し払う。しかし、クリスは少しの間自分の衣服をまさぐった後、何も言わずにフウリ達のいる方へととぼとぼ歩いていく。
しばらくして戻ってきたクリスは、手に持ったお金をカウンターに置く。
「旦那……」
「く、お前も尻に敷かれてしまえ!」
全てを察したソドが、何を言っていいかもわからず兄貴分に哀れみの視線を向ける。クリスは、悔しそうに呪いの言葉を吐き捨てる。
一連の流れを見ていた受付嬢は、クリスにソドと同種の視線を向けつつ密かにフウリを羨む。
「あはは……で、では、ルールの説明をしますので」
「よろしく」
「うっす」
二人の返事を聞いた受付嬢は、カウンターの下から何かを取り出すと口を開く。
「ええっと、今回はオーリ武術大会に参加を希望していただきまして、まことにありがとうございます」
「カンペ見えてるぞ」
「今大会は、オーリの平和と更なる発展を願い開催される太平祭の中で行われます。正々堂々とした試合を心がけてください」
あまりに棒読みな台詞と手に持つカンペにクリスが突っ込むが、受付嬢はそれを一切無視する。
「大会はトーナメント方式で、初日は八つのグループに分かれて試合を行います。二日目は、初日に勝ち残った八人で試合を行い、準々決勝、準決勝まで行います。三日目は、準決勝で敗れた二人の試合と決勝戦が行われます」
「了解」
「うっす」
相変わらずのカンペ丸出しの棒読みだが、突っ込むことを諦めたクリスとソドは素直に頷く。
「武器は、こちらで用意する刃引きされた物を使用してください。ご要望があれば、ある程度まで融通も利きますのでなるべく早く仰ってください」
クリスとソドは、標準的な剣があればいいので、特に問題ないだろうと口を挟まない。
参加者の中には特殊な得物を得意とする者もいるので、なるべく用意するようにオーリの鍛冶屋も協力している。
「ルールですが、武器や防具などの持ち込みは一切禁止です。故意に相手を殺害することは許されていません。過失だとしてもその時点で失格、場合によっては警備隊に拘束されることもあるので、あらかじめご了承ください。勝敗に関しては、一方が敗北を認めるか、審判が試合続行不能と判断すれば、もう一方の勝ちとなります。その他細かいことは、こちらの用紙に書いてありますのでどうぞ」
受付嬢は二人に場所や日時、ルールが細かく書かれた紙を渡す。
受け取った紙に視線を落とすクリスとソドに、受付嬢が思い出したことを説明に付け足す。
「ああ、お二人には関係ないですが、戦い向けの術は殺傷能力が高く、手加減が難しいものが多いので全て使用禁止です。ただし、魔力などによる純粋な身体強化程度であれば問題ありません」
「おい!? 魔法使いだよ!?」
受付嬢のあまりの暴言に、クリスが自身を指差し叫ぶ。
しかし、受付嬢にその魂の叫びは一切伝わらない。
「ちなみに初日は警備隊の演習場ですが、二日目以降は特設の闘技場で行われます」
「完璧スルーだと。っていうか特設?」
クリスが首を傾げる。町中でそんな大きな物を建築している様子がなかったからだ。
「現在、町の外で建設が進んでいますよ」
「はぁ!?」
まさか町の外だとは思っていなかったクリスは、思わず驚きと疑問の入り混じった声を上げる。
「そういえば、来たとき、何か建ててたの見やしたね」
「よ、よくそんな金と人員があったな。けど、それなら結構いい仕事なんじゃね!? 俺、それ系の便利な魔法も使えるよ!?」
ソドの言葉を聞いて、それが事実だと理解したクリスは、自身が魔法使いであることをアピールしつつ仕事をせがむ。
「それが、建設は全部王都のほうで仕切ってまして。こちらには一切仕事も回してこないんですよ。あとクリスさんは剣士ですよね?」
「なん……だと……」
自分が魔法使いであることをアピールできる仕事がないことと、そもそも魔法使いだと思われていないことに、クリスがショックを受けてカウンターに突っ伏す。
「観覧希望者には貴族の方も多いと聞きましたから、それの絡みだと思います。ギルド長なら何か知っているかもしれませんが、現在会議に出かけていて不在です」
「まぁ、いいや」
ギルド長にわざわざ聞くほどのことではないと判断したクリスが、カウンターから起き上がる。
「それでは、当日はちゃんと来てくださいね!」
「そこはせめて応援してくれよ」
「旦那、普段の行いってのは大事ですぜ」
クリスの愚痴に、ソドが的確なつっこみを入れる。
何だかんだでクリスの参加が決まり、肩の荷が降りた受付嬢のいい笑顔に見送られ、二人はフウリ、フィリス、ソフィーニが待つ酒場兼食堂へと移動するのだった。
女性陣が仲良く近況などを報告していたところに、クリス達が合流した。
全員が集まったところで、事前に頼んでいた料理や飲み物が運ばれてくる。
「んじゃま、再会を祝して」
クリスがグラスを掲げ音頭を取る。
「そして、ソドの旅路を偲び」
続いてフウリもグラスを掲げ、ソフィーニも苦笑しながらグラスを掲げる。フィリスは手を懸命に伸ばしてクリスのグラスに届かせようとしている。
「し、偲ばねぇでください!」
ソドがあまりのフウリの言葉に、グラスを持ちながらも抗議する。しかし、それはいとも簡単に無視される。
「乾杯!」
クリスが勢いよくグラスを付き出すと、皆も手に持つグラスを当て合う。
「俺ぁ、負けませんよ!?」
ソドはグラスの中身を一気に呷ると、乱暴にそれをテーブルに置く。
「誰に負けねぇのか、気になるところだなぁ、おい?」
テーブルを巨大な影が覆う。その声は低く威厳があり、存在には威圧感があった。それを一身に受けたソドは固まり、ゆっくりと首だけを背後に向けようとする。
こうして魔法使いのもとに、厄介事が舞い込んでくるのであった。
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