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第四章
第一話「魔法使いの逆鱗」
 祭りの話題でクリスが、学生時代に学園祭で悪友達と、本気で金儲けに走った出店を作って、洒落にならない額を売り上げたときのことを懐かしそうに話し、それをフィリスが一喜一憂しながら聞いていた。

 最近、フィリスは感情をよく表に出すようになった。微妙な表情の変化なのだが、馬鹿親二人にかかれば何を思っているのか、すぐに分かってしまう。

 また、言葉遣いなども成長してきて、子供達と遊んでいる姿はとても高位の精霊には見えない。

 フウリは、娘の変化に喜びつつ、それを優しく見守っていた。


 やがて、クリスの話に区切りがついたところでフウリが問う。

「ところで主、今日は予定は?」

「祭りまでもうあんまり日数ないし、腕試しの受付済ませてから、準備の手伝いに行こうと思ってる。日ごろ、なんだかんだお世話になってるしなぁ」

 ギルドで実力を示したクリスだが、町の住民の多くは変わらずフウリのダメな旦那さん扱いである。町でクリスに会えば、冒険者という危険と隣り合わせの職に就いていることを心配して、あれこれ言うのだ。

 クリスも、心配されていることは理解しているので反論もできず、結果として町の住民の多くに頭が上がらない。そして何だかんだと世話を焼かれており、それに感謝もしているのだ。なので、こんなときにでも恩返ししようと思っている。 

「そうですか。私もついていきましょう」

「お、了解了解。フィリスはどうする?」

 クリスは、膝の上のフィリスに問いかける。

 ギルドで大きな仕事を受けるとき以外の行動は、基本的に各自自由行動なのだ。

「お手伝いすると、お祭りのときのお小遣いが増えますよ」

 フウリは、フィリスに目線を合わせ、人差し指を立てて優しく微笑みながら言う。

 フィリスは、普段近所の子供達と遊ぶことが多いが、家事の手伝いもよくしている。なのでフウリは、それに応じてお小遣いを渡すようにしている。人と同じ生活をする以上、お金について学ぶことも大事だと考えているからだ。

 そして何よりも、その使い道について屋台の前で真剣に悩むフィリスの姿がとても愛らしく、両親の目の保養になっているというのが、お小遣い制の一番の理由である。

 ちなみに、ギルドの仕事をこなしたときは、報酬の中からいくらかをフィリスの取り分としており、額が額だけにフウリが管理している。

「おてつだいする!」

 フィリスが、元気に手を上げて参加を表明する。

 それはお小遣いに釣られただけではなく、フィリスにとってクリスとフウリと一緒に行動することが、一番の楽しみだからである。

「では三人で行きましょうね」

「うっし、頑張っちゃうぞ」

 フィリスの思いを理解しているクリスとフウリは、なんとも嬉しそうにしている。二人の温かい視線に、フィリスがくすぐったそうに笑う。

「それでは、各自準備が終わったら玄関に集合ですよ」

「了解です!」

「りょうかいです!」

 一通り笑いあった後、フウリが号令を発し、クリスが出来の悪い警備のような敬礼で返す。フィリスもそれを真似て、敬礼のようなポーズをとる。

 魔法使いの家には、相変わらず微笑ましい光景が広がっていた。




 クリスが、腕試し的な催し、オーリ武術大会の受付をやっているギルドに行くと、見覚えのない冒険者達が数人で列を作っていたので、その後ろに並ぶ。

 オーリ武術大会は、参加者の多くが冒険者になるであろうことからギルドも協力しており、オーカス国内にある支部でも至極小規模であるが告知が行われていた。小さい張り紙が隅っこに張ってあるだけなので、そこまでの人数は集まらないと思われていた。しかし、予想以上に反響があったのだ。

 クリスの前に並んでいる冒険者達も、町の外から来た大会参加希望者である。もちろん、既に町に宿を取っている者もいるし、大会ぎりぎりに来るであろう参加者も考えると、結構な人数が集まることになる。

 クリスの外見は、あまり荒事に向いているようには見えない。しかも今回は、フウリとフィリスも周りから見えるようになってついてきている。そのため外から来た冒険者達から、険しい視線が降り注ぐ。

「おい、お前も大会に出場するのか?」

「そのつもりだけど」

 前に立っている屈強な男の問いに、クリスがいぶかしみながらも答えると、忍び笑いが起きる。

 その状況を見て、オーリの町の冒険者は一緒になって笑っている。もちろん、笑いの意味はまったく違い、何もしらない冒険者を笑っているのだ。

 しかし、それが分からない受付に並んでいる冒険者達は、周囲の賛同も得ていると勘違いする。

「勘弁してくれよ、遊びじゃねぇんだぞ。悪いことは言わないから、止めとけって」

「こっちは生活がかかってるから、手加減できねぇぞ」

「美人な嫁さんと子供を、泣かすことになっちまうだろ」

「間違って殺しちまったらどうするんだよ」

「嫁と子供は俺が引き取ってやろうか?」

 にやにやと嫌らしく笑いながら、クリスと次いでフウリを見る町外の冒険者達。

 国内が安定し、護衛など腕っ節を必要とする依頼が減って、そういう仕事を主体に受けてきた一部の冒険者達は焦っていた。そこに、武術大会の張り紙である。賞金はたいしたことはないが、ギルドの協力ということは、優勝すればいい依頼を優先的に回してもらえるかもしれない、という計算が多くの冒険者の脳内で働いた。

 ギルドとしては、当初はそのような予定はなかった。しかし、気づいたときには話が大きくなっていたので、急遽王都のギルド長まで巻き込んで、大会優勝者が冒険者だった場合は、依頼を受けるときにそれが実績となるようにした。これによって優勝すれば実質的に、いい依頼を優先して回してもらえることになるのだ。

 なので町の外から来た冒険者達の中には、荒事が好きな腕自慢で粗暴な者も多くいた。クリスの前方にいる者達も運の悪いことに、あまり行儀の良い冒険者ではなかった。

「ほう」

 クリスの呟くような相槌が響くほどに、ギルド内は静まり返っていた。

 クリスは基本、からかわれても本気で怒るような性格ではない。しかし、分かりやすい逆鱗がある。それに触れた者の末路を思い、オーリの冒険者達は、自分に被害がこないように息を殺す。事態に気づき、止めに入ろうとしていた職員も同様である。

「表に出ろ」

 たったそれだけ言うと、クリスは率先してギルドを出る。

「おいおい、嫁と娘の前だからって格好つけんなよ」

「まぁ、ちょっと世間ってのを教えてやろうじゃないか」

 そう口々に言って、後に続く五人の冒険者。

 職員は、建物内に被害が出なかったことに安心し、治癒のための人員を用意しようと動きだす。

 オーリの冒険者達は、好奇心が抑えられずに、観戦しようとぞろぞろと表へと出ていくのだった。  




 時を同じくして、祭りの準備で賑わう大通りで、注目を集めている人物がいた。

 何故、皆が視線を向けるかというと、その人物が獣人では有り得ない特徴的な尾を持つ、この町では中々見かけない竜人と呼ばれる種族だからである。

 その竜人は、一緒に来た連れと共に住宅街へと向かい、家に目的の人物がいなかったことから外出中であることを知って、ギルドへ向かうために大通りに来たのだ。

 祭りの準備を目の前にして、竜人は、珍しそうにしながら歩く。周囲から注がれる好奇の視線には、慣れているために特に気にした様子もない。

 むしろ、自分を見ている人々に、急に視線を向けて慌てさせて楽しんでいるほどである。

 そんな竜人が連れの案内で、オーリのギルドへと辿り着く。

 目的の人物は、すぐに見つかった。

 なぜならば、ギルドの目の前の通りで周囲を野次馬に囲まれ、五人の屈強な男達と対峙していたからだ。 

 竜人とその連れが近づくと、野次馬は自然に左右に分かれる。

 そのまま最前列に行くと、目的の人物であるクリスがかなり怒っていることが、竜人とその連れにも分かった。

「面倒だから、全員まとめて相手をしてやる」

 こんな普段なら言わないような台詞を、淡々とした調子で言っているのだ。クリスのことをよく知る竜人とその連れは、思わず逃げ出したくなった。

 しかし町外の冒険者達は、その怒りがどれだけ危険か理解できずに嘲笑うばかりである。

「いくらなんでも格好つけすぎだろ」

「まぁ、いいんじゃねぇの。折角なんだし、一人だけ楽しむのはだめでしょ」

「弱い者いじめは好きじゃねぇけど、仕方ないな」

「準備運動くらいはさせてほしいぜ」

「無茶言うなって。ま、少しは耐えろよ」

 冒険者達の言葉を無視して、クリスは剣をフウリに預けて拳を構える。それに対して冒険者達が、何かを言う前に静かに告げる。

「いくぞ」

 瞬間、冒険者達は、クリスの姿が膨れ上がったような錯覚に陥った。それほどの存在感が、クリスから発せられる。

 周囲の者達ですら寒気を感じるような殺気が、五人の無謀な男達に向けられる。

 堪らず冒険者達の一人が、町にいることすら忘れて武器に手を掛けた。

 しかし、それが抜かれることはなかった。

 クリスは、魔法すら使っていない状態であったが、それでも屈強な冒険者さえ気づけないような速さで、武器を取ろうとした男の腕を強かに打ち据えたのだ。

 何が起こったか分からないといった表情で、体勢を崩して倒れる男に、クリスは高々と上げた足を振り下ろして、頭部に蹴りを見舞って完全に意識を奪う。

 一連の流れるように淀みない動きを、他の四人の男達は視認することすらほとんどできなかった。

 いち早く立ち直り、まずいと思って謝罪を口にしようとした一人も、すぐにクリスの拳の餌食となった。 

 残る三人も末路は同じ、殴って蹴って投げて、終わりである。

 クリスは、ただ漠然とオーリの町で平穏を謳歌していたわけではなかった。己を鍛えていたのだ。それも、かなり真剣に。

 次こそ魔法なしでもベアードに勝てるように、剣術や素手での戦い方も勉強していた。

 剣術は既に我流で出来上がっているので、オーリの町の道場で事情を話して、手合わせをして自分の悪いところを教えてもらい、それを徹底的に矯正したのだ。回った道場は、かなりの数に上る。

 素手の戦闘に関しては、茶飲み友達になりつつあるおじいさんに、稽古をつけてもらっている。昔はドラゴンすら素手で相手をしたと自慢げに語るので、クリスはからかい半分に教えを請うたのだ。結果として、話の真偽はともかく、かなり高度な無手の武術を習うこととなった。

 ひたすら実戦で鍛えてきたクリスでも、それらの鍛錬から学べることは非常に多かった。

 竜人の、それも上位クラスの者と互角に渡り合うだけでは飽き足らず、必勝のために鍛えているクリスが、外見だけを判断基準にし、彼我の力量差も理解できないような冒険者に、負けることなどあるはずがなかった。

 見ていたオーリの町の冒険者達も、目の前の青年の実力を再度認識した。

「俺も、弱い者いじめとか好きじゃないからさ。準備運動にもならなかったけど、許してやるよ」

 ギルド職員に手当てされている男達に、クリスが淡々とした表情で言う。対して、返ってくるのは呻き声のみである。しかし、構わず続ける。

「ただ、次にふざけたこと口にしたら……分かるよな?」

 底冷えするような寒気と共に言い放たれた言葉に、屈強な男達は手当てする職員が止めるのも聞かずに、呻き声を上げながら必死で頭を縦に振る。

 それを少しの間じっとみたクリスは、すぐに興味を失ったかのように、ギルドの中へと戻ろうとする。

 誰もが道をあけるが、最前列の竜人とその連れだけはそこをどかなかった。どかない二人を見て、無表情だったクリスの顔に驚きが浮かぶ。

「久しぶりだなぁ、おい! 元気にしてたのか?」

 先ほどまでの雰囲気など霧散させ、クリスは二人ににこやかに話しかける。その変わり身に、話しかけられたほうも驚く。

 こうして、竜人とその連れは魔法使いとの再会を果たしたのだった。


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