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デジタルカメラの顔認識に代表されるように、画像認識技術は身近なものとして広く普及している。最近では、被写体個人の顔を識別して整理できる一般向けの製品もある。技術が進歩し、認識の対象が顔以外にも広がって識別の精度も向上すると、世の中にあるモノ(オブジェクト)ひとつひとつを認識して区別できるようになる。さらには、QRコードやICタグのような印がなくても、モノに個別の情報を結び付けることができる。
このような画像認識処理の技術を応用した研究が、実世界のモノを認識してデジタル情報と結び付けるという「オブジェクトリンク」だ。この研究に取り組むのが、基盤技術本部研究開発部の中江俊博である。

「オブジェクトリンクとは、モノに映像などの情報を付与することで、価値向上やこれまでにないユーザー体験をもたらすという新しいコンセプトです。仕組みとしては、画像認識の技術を使って個別にモノを認識し、それを映像などのデジタル情報と関連付けるというものです。例えば、親子で海水浴に行った時に拾った貝殻と撮影したビデオ映像があったとします。貝殻にその映像を封じ込めて祖父母宅に送ります。祖父母は貝殻を装置の上に置くだけで映像を見て楽しむことができます。つまり、貝殻を使って新しい形の世代間コミュニケーションが可能になります。」
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オブジェクトリンクの検証用システムには、USBカメラを内蔵したライトボックスのような読み取り装置(撮影ボックス)があり、そこでモノを認識(特許出願中)する。認識した情報はPCで処理され、ネットワークを介してサーバーに送られる。サーバーには、映像データと特徴量データが蓄積されており、送られてきた情報と照合し、関連する映像をディスプレイに表示するという仕組み(特許出願中)になっている。

「オブジェクトリンクは、いくつかの要素技術の組み合わせによって構成されています。その中でも中心となるのが画像認識技術です。専用のマーカーなどを使わずに、モノそのものだけで認識を可能にする処理というのは、難易度が高く課題も多いです。撮影の方法や形状の認識、特徴量の抽出、読み取るタイミングの判断など、多くのノウハウが必要とされます。幸いNTTコムウェアには、これまで培ってきた独自の画像認識技術がありますので、その技術を活用しています。」

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オブジェクトリンクが応用できる分野は広く、ビジネスにもさまざまな可能性がある。

「オブジェクトリンクを使ったいろいろなアイデアがあります。例えば、釣りで使うルアーと釣った魚、その時の写真を関連付けることで、いつ、どこで、どのルアーを使ってどんな魚を釣ったのかをデータベースとして管理することができます。つまり、ルアーが情報を引き出すためのタグの役割を果たすことになるのです。他にも、特定の商品を購入すると特典映像が見られるなどの販促ツールへの応用も考えられますし、商品とマニュアルを関連付けるという使い方もあります。また、博物館や美術館では、タグ付けや加工が難しい展示物とその解説映像を関連付けるというアイデアもあります。とにかく幅広い分野で応用できるのではないかと期待しています。」
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オブジェクトリンクの研究は、MITメディアラボと共同で行われている。中江は研究員として2009年に渡米し、タンジブル・ビット研究の創始者である石井裕教授のもとでオブジェクトリンクのアイデアを形にしてきた。
中江が現在の研究職に就いたのは2008年からで、それまではシステムエンジニアとしてインフラの構築などに従事していた。研究職はまったくの畑違いだったが、新しい技術を生み出してみたいという思いから異動を希望。特にMITとの共同研究には大きな魅力を感じていた。念願の研究職に異動してからは、まず自分の研究すべきテーマを見つけることからスタートした。

「論文を調べたり学会に参加したりして、既に実現されている技術とまだ実現されていない技術を把握するところから始めました。そして、自分は何のために何を研究したいのか模索する中、『今の世の中は、とにかく利便性や効率化を追求しようという傾向にあるが、それが原因で疲弊している人もたくさんいるのではないか。自分は人に感動を与えて、生活をもっと豊かにするような研究がしたい』という考えに行き着きました。世代間コミュニケーションという発想もそこから生まれました。モノには、さまざまな思いが込められています。例えば、幼い子供が作った折り紙が拙くて、何を折ったのかわからなかったとしても、作るきっかけやその過程を知ることで伝わるものがあるはずです。それをデジタル技術で顕在化し、新たな付加価値として伝えられるようにしたいと考えました。
オブジェクトリンクでは、モノそれ自身が認識の対象になり情報が関連付けられていくため、モノ自身が代わりのきかないオンリーワンのものになるわけです。これは、ひいてはモノを大切にするという意識の向上にもつながると思っています。」
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今後の展望としては、例えば祖父母がモノと関連付けられたメッセージを見たあとで、孫に返事ができるような機能を追加したいと考えている。それには、IT機器の操作に不慣れな人でも簡単に扱えるユーザーインターフェースが重要となる。現在、オブジェクトリンクでは、家庭での利用を想定して、無線コントローラを使ってジェスチャーで操作するようになっているが、手に持ってカメラの前にかざすだけでモノが認識されるような仕組みも検討しているという。

「優れた技術というものは、本来目的とする特定用途はもちろんですが、それだけでなく他にも応用できて、多面的に使えるものだと思っています。ユーザーインターフェースも同様で、それを目指して改良していきたいです。またオブジェクトリンクが、NGN上で提供されるサービスになることも目指しています。オブジェクトリンクのコンセプトに共感してくれる人を集めて、事業部と協力しながらサービス化を実現したいですね。」
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研究者としての経験は浅いが、その分これまでにはない新しい発想がしやすい。専門的な研究に深く関わるほど、視野が狭くなってしまうという話もある。一般的な感覚を持ち続けることが重要だと中江は言う。

「一般の人は、商品やサービスの使いやすさや面白さを、技術のすごさや背景ではなく、直感的にシンプルに判断するのではないでしょうか。その感覚を忘れずに持ち続けたいと思っています。また、新しいアイデアを考えることが仕事ですから、ネタ帳を持ち歩き、閃いたことはいつでも書き留められるようにしています。これはエンジニア時代とは大きく異なる点です。また、米国での生活やMITで他の研究者と接して感じたことですが、たとえ組織に属していようとも、一個人として常に自分を高める意識を持つことが大切だということです。この貴重な経験を糧として、これからも研究に励んでいきたいと考えています。」
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※記載されている会社名、製品名などは、各社の商標または登録商標です。 |
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中江俊博(なかえとしひろ)
NTTコムウェア 基盤技術本部 研究開発部
1999年NTTコムウェア入社。電話網の故障受付サポートシステムの開発に従事。2001年より7年間、金融機関の共通基盤システムの要件定義・設計・導入に従事。2008年以降、研究開発部にて研究者としてのキャリアをスタートし、2009年より米国支店兼務で米国マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボとの共同研究員としてMITに常駐し、オブジェクトベース映像操作技術オブジェクトリンクの開発に携わる。
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