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第三章
第三十六話「魔法使いの挨拶」
予期せず、クリスが獣人族の長たちと交流をはかることに成功し、人間族にしてはかなり好意的に接せられるようになっていた。

長たちと互角以上に渡りあう姿が目撃され、参加者たちの多くに、その名が知れ渡ったのである。

そして稽古という名の脳筋の宴以上に、何故かむさい男が車座になって仲良く盛り上がっていたことが、婚儀に呼ばれた獣人たちはクリスに対し、自分たちの長と仲が良い人間族という印象を与えた。

ちなみに、クリスと各族長たちの間で盛り上がった話題というのは、嫁の話である。

発端は、クリスに負け込んだ族長たちが、徒党を組んで掛かったことだった。

「こら、逃げるでない!」

「正々堂々戦え!」

「負けるのが怖いのか!?」

「それのどこが正々堂々だ!!っていうか負けると痛いだろうが!そもそも元気ありすぎだろ、歳考えろ!?」

クリスが叫び、逃げ回る。

その現場を、丁度対竜人のために鍛錬に来ていたソドが目撃し、ポツリと不満を漏らす。

「姐さんがいれば、旦那は誰にも、何人でも、負けないっす」

ソドの認識では、フウリはクリスと契約を結んだ精霊なので、二人で一つの戦力である。

そしてフウリを従えたクリスならば、いくら族長たちが束になって向かっていっても敵わないと、ソドは考えている。

獣人にとって、尊敬と畏怖の対象である竜人と喧嘩をするほどに、クリスを慕っているソドからすれば、好き放題言っている他部族の族長たちが癇に障ったのだ。

「ほほう?」

「そのフウリというのは誰じゃな」

「そんなに強いのか?」

小さな呟きであったはずのソドの抗議を、聞き逃すことなく拾った族長たちは、クリスを追い掛け回す作業を中断すると、アーリアスの戦士を問いただす。

「え、えっと、旦那の・・・嫁さんです?」

自分が聞こえるか聞こえないか程度の音量で呟いた言葉に、超反応する族長たちに、若干引きつつ、合っているがそうじゃない答えを返すソド。

静寂がアーリアスの鍛錬場を支配する。

しかし、すぐに族長たちが騒ぎだす。

「うちの嫁のほうが強いぞ!?そして怖い」

「うちのも負けてないぞ。最近小遣い減らされた」

「うちのなんて飯まだかと聞いたら、昨日食べたでしょ、とか平然と言うぞ!?どっちがぼけてるのか分からん」

うちのはうちのは、と騒ぎだす族長たち。

クリスも、他所の家の夫婦の力関係に興味津々で話に加わる。

日ごろの鬱憤もあってか、その場はかなり盛り上がっていた。

クリスもそれに意欲的に参加していると、輪から少し離れたところで見ていたソドが驚いた顔をする。

「ふむ、どこも嫁が強いのか、まぁうちも恐妻家だがな!美人だが!」

「おいおい、うちのかかぁも怒ると単純に腕力で俺に勝つが美人・・・!?」

話を混ぜ返そうと声をあげた族長が、クリスの背後に視線をやって絶句する。

「ほほう、誰が恐妻なのですか、主?」

その声が聞こえた瞬間、クリスは軽くいろいろなものを超越するような動きで、その場を後にしようとする。

しかし、相手のほうが数段上手であったために、簡単に捕まってしまう。

正に瞬きする間の出来事に、族長たちも驚きを隠せない。

なによりその声の正体、クリスの嫁であるところのフウリの放つ雰囲気が、戦闘狂である脳筋野郎共すら恐怖を覚えるレベルである。

皆、何かに耐えているかのように下を向き、憐れな子羊の辿るであろう末路に祈りを捧げる。

「少々お話し合いが必要のようですね、もちろん平和的にですが」

「そ、その平和的は世間基準でしょうか!?」

「もちろん私基準ですよ、主」

いい笑顔で言うフウリと対照的に、クリスの顔には絶望が広がる。

「せ、せめて優しく・・・して」

「しかし、恐妻ですか。つまり主は、私のことを妻として認識しているわけですね。ふふ」

フウリが嬉しそうに笑い、クリスは助かるかもしれないという淡い希望を抱く。

しかしその希望も空しく、歴戦の傭兵であるベアードすら暫く口もきけない状態に追いやるほどの、平和的な話し合い、が行われたのであった。

その犯行現場を見ていた族長たちは、クリスに親近感を覚え、それは元からあまり持ち合わせていなかった、しかしガイエン帝国との凄惨な戦争で心のどこかにあった、人間族全体への偏見を無くす手助けになった。

こうして魔法使いは本人の知る由の無い所で、ある意味平和に貢献していくのであった。




クリスが脳筋共の相手を一手に引き受けていたために、バールとルドの婚儀の準備は順調に進み、ついにその日がやってきた。

まるでお祭りの如く騒がしく、アーリアスの里全体がお祝いムード一色である。

そしてその中を、豪奢な部族特有の衣装に身を包んだ新郎新婦とその一行が、慣例に習い里の民が、その婚儀に異議がないことを確認するために練り歩いた。

最後に、族長の家で待つルドの両親に許可を貰うことで、晴れて二人は夫婦となった。

夫婦になった二人を祝うために、参列者たちは料理などを持ち寄り、大規模な宴が開かれる。

クリスは、その宴で乾杯の挨拶を行った。

「お集まりの皆様の中には、人間族である私がこのようなめでたい場に立っているのか、不思議に思っている方もいらっしゃるかと思われます」

そこで言葉を区切ると、クリスは反応を見るように宴の会場を見回す。

そこには、二種類の反応があった。

クリスのことを知っている面々は、面白い出し物を見るような目をしている。

逆にクリスのことを知らない獣人たちは、訝しむような視線を向ける。

二つの視線を受けて、クリスは続ける。

「では何故私がここに立っているかと聞かれれば、簡単な話です。今回の主役である二人、昔から知っている方は分かると思いますが、新郎は鈍感野郎であり、新婦は非常に奥手です。この二人をくっつけるために、苦労した中の一人が私というわけです。そのご縁もありまして、今回挨拶を務めさせて頂くことになりました」

クリスの二人の評価に、心当たりのある獣人たちは、理解と興味の色を示す。

「しかし、何分このような大役を務めたことが私の人生では一度も無く、普通のお祝いの言葉しか思い浮かばなかったのですが、さすがにそれでは、これだけの方々がそのために集まっているので、聞き飽きてきたころかと思い、これからの生活で役立つであろうことを一つお教えします。何故一つかというと決して面倒なわけではなく、お集まりのお子さん方が食事を邪魔する私のことを、親の仇のように見ているからです」

子連れの獣人が、隣に座る自分の子供を確認する姿がそこかしこで見られ、それが笑いを誘う。

少しして、そのざわめきが落ち着くと、クリスが再度口を開く。

「とは言っても、簡単なことです。女房が旦那を尻に敷くこと、旦那が女房の尻に敷かれることが家庭円満の秘訣だということです。これは、各部族の族長さま方が、満場一致で言っていたことなので間違いありません」

各族長に、妻と部族の獣人の視線が集中する。

「そういうわけですので族長の奥方さま、もう少しお小遣いを減らしても大丈夫らしいですよ。是非ご検討下さい」

各族長が、すまし顔で挨拶するクリスに沸々と怒りを滾らせ、しかしすぐに恐る恐る隣に座る妻に顔を向ける。

隣の奥様方はいい笑顔で旦那に向け、その笑顔を受けた族長たちは一様に肩を落とす。

一連の様子を見ていた周りの獣人たちは、普段は頭の上がらない族長が妻の笑顔に小さくなる姿を見て大きく笑う。

笑いが会場を埋め尽くす中、クリスがそれに負けない声量で宣言する。

「さて、この大きな笑いを持って、めでたい二人の門出の挨拶に代えさせて頂きます。それでは、乾杯!!」

こうして当初の人族が挨拶することを訝しむ空気は無く、明るい雰囲気の中、魔法使いの宣言によって宴は始まった。



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