アーリアスの里についてから、クリスたちは概ね平穏に過ごしていた。
バールとルドは互いの両親に話をして、既に結婚の了承を貰っている。
どちらの親も好意的であったために、話自体本人たちが驚くほどスムーズに運んだ。
その後二人は祝言の準備、ルドは花嫁修業、バールは族長見習いとしてバドの手伝いと、忙しく過ごしている。
ソドとソフィーニは、アーリアスの里にあるソドの実家へと赴き、挨拶を済ませていた。
さすがの脳筋一族だけあり、竜人であるソフィーニは諸手を挙げて歓迎された。
しかし、こちらはソド最大の関所が二つも残っているので、すぐに結婚という話にはならなかった。
ソドの両親は大層残念がっていたが、息子があのギバル傭兵団の団長とも一戦交えるかもしれないと知り、落ち込むどころかテンションを上げて修行に協力している。
ソフィーニはルドと共に、近い未来に来るであろう時に備え花嫁修業をつけてもらっている。
そしてクリスとフウリとフィリスは、当初の予定通りアーリアスの里を観光していた。
「あの老夫婦は、本当に良い方たちでしたね」
「うむ、何だかんだと結局お土産を持たせてくれたし」
「ん、またいこう?」
フィリスは、首を傾げてクリスの服の裾を引っ張って見上げる。
その仕草が直撃したクリスは、ノックアウト寸前である。
三人はアーリアスの里に入るときに、フィリスがお世話になった老夫婦の家に、お邪魔してきたのだ。
「そうですね、ここを離れる前に行きましょう。あと主、帰ってきてください」
「おおっと、いかんいかん。慣れるどころか破壊力が増してる気がする。さすが我が娘!」
「ん!」
両親それぞれの言葉に、フィリスは満足そうに頷く。
「しかし、いいですね。ああいう関係は」
「確かに、あの歳まで連れ添うと貫禄があるな」
「なかよし」
フウリが老夫婦を思い出ししみじみとその感想を述べると、父娘もそれに同意する。
「そうですね。あの域にはまだ到達できません」
「うむぅ。ま、これからこれから」
「確かに、主が積極的になってくれましたしね。これからですね」
フウリがからかうような視線を、クリスに向ける。
「といっても、まだトリエ村には帰れそうにないけどな!」
「なんだかんだで引っ張りだこですからね、主」
クリスはなんとか平静を装い、フウリはそれを見て微笑みながら話をする。
「バールとルドの婚儀を見届けたら一度ステインに顔見せにいかないといけないしなぁ、おっさんにもか、あとは家にも一度帰りたいしな」
「一つずつこなしていきましょう。さしあたって今優先すべきことは、フィリスのお守り作りですね」
「ん!」
フィリスが嬉しそうに、クリスとフウリの間に挟まれて繋いでいる手を大きく振る。
「そんじゃ、例の商人さんのところにいこうか。バールとルドへの贈り物も、ついでに作るとしよう」
「はい、しかし主、あまり話しこまないように気をつけてくださいね、またフィリスが退屈してしまいますから」
「あはい、すんません」
フウリの言葉を肯定するように、フィリスが父と繋いだ手をまた一つ大きく振ると、クリスは申し訳なさそうにする。
こうして親子三人はアーリアスの里を、仲良く自由気ままに闊歩するのであった。
バールとルドの婚儀の前、族長の鉄拳によりアーリアス族内の過激派が勢いを失い、それに影響されディサン同盟国内の過激派までもその勢力を縮小する一方であったときに、各部族長が集まって、オーカス王ステインの親書について話し合いが行われた。
過激派に発言力がほとんどない現状で行われたその会議では、肯定的な意見が多く集まり、結局満場一致とまではいかなかったが、ディサン同盟国は対帝国に関してオーカス王国とその呼びかけに応えた諸国と協力関係を結ぶことが決まり、それを知らせる使者が早速オーカス王都へと送られた。
そしてその後、バールとルドの婚儀が、会議で集まった有力部族の長たちも参加し、盛大に行われることとなった。
「で、なんで俺が、挨拶することになってんだ?普通にまずくない?」
「いや、あにさん以上の適任がいませんよ」
各部族の長が集まった会議も恙無く終わり、バールとルドの婚儀の準備も大詰めになってきた日のこと、クリスたちは集まって当日のことについて話し合っていた。
「いやいや、落ち着こうぜ。曲がりなりにも、ディサン同盟国内有力部族アーリアス族の姫の婚儀だぞ、人間族の出る幕じゃないだろう?」
「そのことなら、お父さんも許可もらったから大丈夫。っていうか、曲りなりにもってどういうこと!?」
「何を考えてやがる!」
まさかの許可に、クリスはルドの発言の後半部分を無視して天を仰ぐ。
「何でも、オーカスと協力関係になるにあたって、あにさんが挨拶したほうがいいだろうってことです。まぁ、それ抜きにしても頼みたかったんで、すみませんがお願いします」
「お願いします!」
バールとルドにまで頭を下げられたクリスは、困ったような、それでいて照れているような様子で頬を掻く。
クリスに挨拶をさせることになった理由は、バールに言った通り、長の中にも人間族に嫌悪感を示す者もいるため、積極的にクリスとの関係、延いてはオーカス王国との関係を強調する意味がある。
しかし、その他にクリスを目立たせるという目的もある。
部族の長ともなれば、相手を見るだけである程度その実力を察することができる。
獣人は良くも悪くも実力主義なので、クリスを見ればオーカス王国への不信感も少しは拭えるのではないかと、バドは考えたのだ。
クリスはそれに気づいているのかいないのか、少し渋った後に結局首を縦に振るのであった。
そしてバドの思惑は大当たりすることとなった。
むしろ当たりすぎた。
バールとルドの婚儀に呼ばれた有力部族の若い獣人何人かが、アーリアス族の姫の婚儀で挨拶をするという人間族に興味を持ったのである。
彼らは稽古という名の力試しを、クリスに対してすることにしたのだ。
それを遅れて聞きつけた各部族の長たちは怒り、すぐにその稽古が行われているアーリアスの里の鍛錬場へと急ぐ。
長たちが鍛錬場についたときには、すでにクリス以外に立っている者がいないという状況であった。
「なんと、情けない!」
「若い者がこれでは、先が思いやられるなぁ」
「これだから最近の若いもんは」
口々に、クリスに伸されたであろう自分の部族の若い獣人を叱責する長たち。
若い獣人たちはほとんどが意識があり、その叱責を聞いてただ沈黙するばかりである。
「そもそも、手を出すなとあれほど言ったであろうが!」
「まったく、調子に乗りすぎだ」
「ワシらも我慢していたと言うに!」
「おい、我慢ってどういうことですか!?」
長たちの叱責の中に、明らかにおかしな単語が混じったことに、クリスが慌てて聞き返す。
「どうもこうも、実力者を前に拳を交えたいと思うのは、獣人として当然のことだぞ!」
「だが、アーリアスの大事な客人に、喧嘩を吹っかけるわけにもいかんしのう」
「しかし、稽古か。うむ、いい案だな。採用!」
「採用じゃねぇ!?」
長たちが、獰猛な笑みを浮かべてクリスを見る。
どう見ても、肉食獣が獲物を見つけたときの目をしているその集団に、クリスは慌てて声を荒げるが、既に長たちの中では稽古は決定事項である。
「順番はどうするか」
「ふむ、拳で決めるか」
「そうじゃの、久々にこの面子で殴りあうのも悪くないの」
脳筋集団の物騒な会話を他所に、クリスはそろりそろりとその場を後にしようとする。
しかし、瞬時にウォーミングアップをしていた長たちに見つかり、釘を刺される。
「おっと、逃げようとしたらワシら全員相手をしてもらうからの」
「・・・はい」
こうして魔法使いは、一躍脳筋獣人たちの間で人気者となったのであった。
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