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第三章
第三十二話「魔法使いと待ち時間」
クリスたちはアーリアスの里に入るための順番を待っている間、思い思いに過ごしていた。

クリスとフウリは、後ろに並んでいた商人に商品を見せてもらっている。

「おっちゃん、これはいくら?」

「おう、にいちゃんお目が高いね、それは世にも珍しい吸血鬼の歯でな、牙じゃないがかなりいいもので」

クリスが、魔力の篭っている歯のようなものを指すと、商人が勢い込んで説明しだす。

「主。牙ならば、昔に世話してあげた吸血鬼がお礼といってくれたではないですか」

「おお、そういえば。あれって高いのか」

商人が説明に夢中になっている間に、フウリが主に話しかける。

クリスは自分の荷物を漁りだす。

「あれ、どこいったかな。なんか、あのちびっ子はどうしようもなかったからなぁ。高いものって念押しされたけど、普通に乳歯が抜けたのを、ちびっ子的に大事なものとしてくれたのかと思ってたわ、本当に価値があるとは」

「確かに、いじ・・・面白い吸血鬼でしたね。あ、主、その小さい包みではないですか?」

あれでもない、これでもないと怪しげな物を出しては仕舞うクリスに、フウリが横から顔を覗かせる。

「あー、いや、これは違う。うん」

「ふむ、あやしいですね」

「あ、おい」

フウリは、クリスが仕舞おうとしていた小袋を横から素早くとる。

その仕草はまるで恋人同士なのだが、本人たちは気づいていない。

目の前で見せつけられた商人はというと、先ほどから出てくる珍品の数々にすっかり驚いており、それどころではない。

商人が見たこともないような、しかし一目で惚れてしまう物ばかりが出てくるのだ。

そうしてその持ち主をよく見てみると、一見しただけでは分からなかったが、身に着けている物も商人的にいいものばかりである。

この商人、商売人というよりかは趣味人であり珍しい物が好きで、それを嗅ぎ分ける嗅覚が半端ではないのだ。

「ふむ、これは・・・」

「ほほう、それは女神の涙ですか!」

フウリがクリスから奪った小袋から取り出された綺麗な石を見て、商人の目が限界まで見開かれる。

「なんと大きい!これほどの物はなかなかありませんよ!いやぁ、奥さんが羨ましい!女神の涙とは、人と恋に落ちた女神が超えられぬ種族の壁を悲しんで流した涙と言われているのですよ、もちろんその話の続きはハッピーエンドなんですが、女神が人になったとも、人が神になったとも伝えられているのです。上流階級の方々、特に若いカップルや夫婦に人気の石なのですが、市場に出回る数は少ないんですよ。事実、御伽噺を知っていても、その石の存在は知らない人もいるくらいですからね。私も前に小さいのは拝見する機会があったのですが、こんな大きいのを見るのは初めてです。いや、すごい、これは感動ものですね、実に得をした気分です。ありがとうございます!」

商人は興奮し、まくし立てるように小袋から出てきた宝石についての知識を、感想混じりに披露する。

その姿は商売人ではなく、完璧に趣味人である。

それを聞き、クリスは顔を赤くし、フウリは石を戻した小袋を何も言わずに主の荷物の中に戻す。

「おっと、興奮してしまったようで、失礼しました」

「いえ、いい話を聞けました」

フウリは嬉しさをなんとか隠し、すまし顔で商人の謝罪を受ける。

クリスは既にちびっ子の牙を探すどころではなく、恥ずかしそうにしている。

「しかし、旦那さんは何やら珍しい物を多くお持ちのようですね」

「ああー、いろいろ巡ってますんで」

商人の話に、クリスが恥ずかしさを紛らわせるように乗っかる。

「おお、羨ましいですなぁ、少し見せてもらっても?」

「ええ、あんまり面白いものは無いですが」

商人は仕事抜きにして趣味丸出しなので、クリスも特に警戒することなく、いろいろ危なくないものを見せていく。

結局順番が回って来るまでの間、魔法使いは商人に装備を見せたり、商人の趣味の物を見たりと仲良く話し込むのであった。

そしてその様子を、後ろから黙って嬉しそうに見守っている風精霊は、まさに嫁のようであった。




二人が商人と話しこんでいる間、フィリスは前に並んでいた老夫婦と仲良くなっていた。

老夫婦はアーリアスに住んでおり、今は他の町に嫁いだ娘に会いに行った帰りであった。

順番待ちには慣れているため、老夫婦は地面に布を敷いてその上に座りながら待っていた。

アーリアス族の族長、つまりルドの父の影響でアーリアス族は他の部族に比べ、人間を全て一括りにするのでは無く、憎むべきは帝国であるという認識をしている。

そのため、オーカス王国から来たという人間にしか見えないフィリスに、老夫婦は優しく接していた。

「お嬢ちゃんのお父さんとお母さんは、どこにいるのかな?」

「あそこ」

フィリスが指す先には、若い夫婦が商人と話しこんでいるのが老夫婦の目に映る。

最初はフウリと一緒にいたフィリスであったが、飽きてしまいソフィーニと話をしようと歩いていたところで、老夫婦に話掛けられたのだ。

老夫婦からしてみれば、孫くらいの娘、しかも人間族がうろうろしているのはあまりよろしくないという思いからの行動であった。

「ふむ、お父さんとお母さんのところへ行っておきなさい。暗くなると危ないからね」

「そうね、あまりお父さんとお母さんから離れてはだめよ?」

まだ日はあるが、それでも危険ではないと言いきれないのだ、暗くなってからは益々危ないと思い、老夫婦は優しくフィリスを父母のところへ戻そうとする。

「ん、けど、つまんない」

「あらあら」

「それは大変だ」

フィリスの言葉を聞いて、老夫婦は一度顔を見合わせたあと、微笑みを浮かべながら大げさに驚いて見せる。

「それでは、少し私たちとお話でもするかね?」

「そうね、こちらにいらっしゃい」

老夫婦は、少しずつお尻をずらすと真ん中にスペースを開け、フィリスの座る場所を確保する。

フィリスは言われるがままに、中央にちょこんと座ると、二人の顔を交互に見る。

「ふふ、それでは何の話をしましょうか?」

「おお、そうじゃな、何がよいかな」

「ん、ふたりはずっといっしょなの?」

フィリスは疑問をそのまま口にする。

フィリスは仲の良い二人を見て、夫婦であることは理解したのだが、それはどういうものなのか、気になったのだ。

「ほっほっほ、それでは主人との馴れ初めからお話しましょうか」

「ほ、照れるのお」

二人は、楽しそうにフィリスに話をする。

フィリスは、すっかり二人の息の合った語りに夢中になってしまった。

フウリは、何度か老夫婦に向けて目礼していた。

老夫婦はそれに対し、首を振って返答した。

老夫婦にとっても、フィリスという話相手はいい暇つぶしになっていたのだ。

「ちょっと寒くなってきたわね」

話も一段落ついたところで、老婦人がそう言うと肩を震わせる。

フィリスはそれを見ると、すぐさま魔力を操作し、暖かいくらいの空気の塊を作る。

「ん、あげる」

「なぁに?」

疑問を抱きつつもフィリスから差し出された手に、受け手を出す老婦人。

フィリスが開いた手には何も無かったが、開いた瞬間に手から体全体に暖かいものが広がるのを感じた。

「まぁ!暖かいわ!ありがとう」

「おお、魔法か何かかな?」

「うん」

二人は感動して、フィリスを褒める。

フィリスは、くすぐったそうにしていた。

こうしてフィリスは待っている間中、ずっと老夫婦と仲良くおしゃべりをしているのであった。




そして他の面子、獣人の戦士と姫、獣人の戦士と竜人の戦士の各ペアは、待ち時間の間、作戦会議をしていた。

特にバールとルドは、ここが勝負所であるために、いろいろ入念に話し合いをしている。

逆に、ソドとソフィーニは気楽なものである。

ソフィーニはそれなりに緊張はしているが、ソド曰く実力があって、しかも竜人なら文句の出所がない、とのことで安心している部分もある。

そもそも、ソドの正念場はここではなく、やばい関門二つである。

その二つをどうやって乗り越えるかが、ソドにとっては人生がかかっていると言っても過言ではないのであった。

「とりあえず、あにさんも協力してくれるから大丈夫だろうけど、なるべく早めに切り出そう」

「そうね、クリスさんが親書を渡してお父さんと話した後すぐにしましょう」

「そうだな、ちょっとせこいが、畳み掛ける様にいったほうがいいな」

バールとルドが真剣な顔で話し合う。

「ソドの実家はどんな感じなの?」

「おう、前にも話したけど、まぁ良くも悪くも実力主義だからな、強ければ男でも女でも大歓迎って感じだ」

「そっか、じゃあ大丈夫、かな?」

「むしろお前さんでダメなら、俺は一生結婚できねぇよ?」

真顔で言うソドに、顔を赤らめるソフィーニ。

「ちっ、こっちが切羽詰ってるのにいちゃいちゃしやがって」

「おいおい、怒んなよ、相棒。っていうか、俺だってあと二回は、確実に生死の境を彷徨わないといけねぇんだぜ?」

桃色空気を排出する相棒に、バールがやっかみ混じりに悪態を吐く。

しかし、ソドのあまりに真実を見据えた返答に、バールは申し訳なさそうにする。

「すまんな、相棒。長期的に見ればお前のほうが大変そうだ」

「おう、まぁ引かねぇがな!」

「かっこいいぜ相棒、応援してるぞ」

「そっちもな!頑張れよ」

獣人二人は友情を確かめ合い、嫁候補二人はそんな男共を微笑ましそうに眺めるのであった。



こうして、魔法使いは目的地へと足を踏み入れることとなった。


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