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第三章
第三十一話「魔法使いと馬車の旅」
アーリアスの里行きの乗り合い馬車の中で、結局二人は全てを吐かされてしまう。

馬車の中にはクリスたち以外にも乗り込んでおり、クリスたちの話に興味津々で耳を傾けていた者もいたため、アーリアスの里につけば、すぐにでもこの話は拡散するだろう。

しかし、決意を固めた二人にとっては、噂がたってくれたほうが都合がいい。

バールはアーリアスの里に着いたらクリスの話と共に、結婚の話も族長にしようと考えている。

ソドもソフィーニとのことを、早いタイミングで親と族長に話す気でいる。

「バールもソドも何か決心した顔をしてるな」

「よかったですね、二人とも」

フウリがルドとソフィーニに向かい、意味ありげな視線を送ると、二人は赤くなる。

「ふむ、よきかなよきかな」

「よきかな?」

クリスが芝居がかった仕草で大仰に何度も頷くと、フィリスもその仕草を真似る。

「私のときは、主が恥ずかしがってお母様への紹介も満足に・・・」

「異常なほど馴染んでたくせに何を言うか。そもそも俺の故郷で、フウリを精霊と正しく理解している人間がいるか怪しいわ」

クリスが自分以上に母と仲良くなっていた精霊に向かって、呆れたような視線を向ける。

家族だけでなくトリエ村全体が、フウリのことをクリスの精霊というよりかはクリスの嫁とまでは言いすぎだが、彼女的な存在として見ていた。

そのことに、フウリは元よりクリスも気づいてはいたが、フィリスを連れて帰ってからはほとんど否定もしていなかった。

つまり、そういうことである。

「そうですけど・・・」

何故か言葉にいつものきれがないフウリにクリスは驚き、その原因を考えるために脳みそをフル回転させる。

そして、一つの結論に達する。

「・・・あぁ、うん。フウリ、いろいろ落ちついたら里帰りするぞ」

「主?」

主のいきなりの言葉に意味を図りかねたフウリが首をかしげる。

「しっかり紹介するから、ちょっとお洒落しないとな。純白のドレスがいいと思うぞ」

「・・・え?」

「あとはそうだな、知り合いも呼ばんといかんな、おっさんとか、弟子とか、ステインとか」

クリスが、田舎に呼びつけるような面子ではない名前をすらすら挙げていく。

「主、それは・・・」

「おう?しっかり紹介しようと思ってな。せっかくだから証人は多いほうがいいだろ」

クリスは顔を若干赤くしながらも、平然を装う。

フウリも赤くなりながら、主の袖をそっと握る。

しばらくそんな空気を撒き散らし、馬車の中を桃色に染めた夫婦であったが、嫁が何か思いついたように顔を上げる。

「帝国に乗り込みましょう」

「おい、なんでそうなる!?」

急に真顔で平然と大国を敵に回そうとする己の精霊に、クリスも先ほどまでの空気を霧散させる。

「いえ、帝国をさくっとお掃除すれば、すぐに、その、主が、さ、里帰りできるかと思いまして」

そして、また急に桃色空気を生成するフウリ。

「あぁ、まぁ、そうだけど。そうだけども、少し落ち着こう。あと、そこ。今のは上に報告しなくていいからな」

「仕方ないですね、しかし独身にはきつい空気を撒き散らすのは、止めてもらえませんか?」

クリスが騒がしい乗合馬車の一角を指すと、そこに座ってまるで周りと同化しているかのようにその存在を消していた、とある工作員が自然と通る声で返事をする。

工作員にしても、今の風精霊の帝国を軽んじたような発言を上に報告して、愚痴愚痴言われ、挙句無理を押し付けられるのは本意ではない。

そもそも、この主従は個人で今の帝国を軽んじられるだけの実力があると、最近では思い始めている。

何せ、間接的にではあるが、帝国の戦力を大幅に削いだ一因を担っていることに疑いようはない上に、個人的な繋がりだけでもおそろしいコネクションを持っており、たとえそれがなくとも個人戦力が馬鹿げているのだ。

自分が道具すら使って、本気で気配を消しているのに見つけるような相手が、個人ということを最大限に活かして戦われたら、帝国も揺るぎかねないとハイドラは考えている。

それなのに、個人であるからと驕り、この主従を甘く見る自分の上司に、これ以上の燃料を投下する必要はないとハイドラは判断する。

「はいよ、ってことでそろそろいつもの調子に戻ってください」

「ふむ、仕方ありませんね」

すぐにいつもの調子に戻るフウリ、しかしその頬はまだ若干赤い。

「あ、あにさん、今のは知り合いですかい?」

「あそこから声がしたと思うんですが」

バールとソドがしきりに声のした座席のほうを見るが、そこにだれかがいるか認識できずにいた。

声が響いたときも、周りに座る獣人たちがまるで気づかず、隣同士会話をしていたこともあって、クリスとフウリ以外は訳が分からないといった表情をしている。

「ああ、気にするな、ちょっとしゃいな知り合いが乗ってるんだ」

「は、はぁ」

あまりに要領を得ないクリスの返答であったが、聞いてはいけない何かを感じ取ったバールがとりあえず頷く。

他の仲間も、クリスの知り合いならある程度変なのは仕方ないと納得する。

「それはそうと、よかったね、姉さん」

「おめでとう」

「ええ、ありがとうございます。二人とも」

先ほどのことを祝うルドとソフィーニ、フウリは嬉しそうに微笑みながら返答する。

「姉さんにはお世話になってるから。あ、里帰りのときは私も呼んでね!」

「私も行く」

「ふふ、もちろんです」

眠たそうに舟をこぐフィリスを膝の上に乗せたフウリが穏やかに二人を見る。

「しかし、時期的にはルドのほうが早くなりそうですね」

「そ、そう、なのかな?」

ルドが意味ありげな視線をバールに向ける。

「お、おう。ついたらすぐにでも報告するから、その後は族長の判断もあるが、できるなら早くに、な」

「そ、そっか、うん、分かった」

赤くなる獣人二人、それを見てソフィーニも無言でソドを見る。

「あぁー、俺らの場合は、ソフィーニの両親に話をつけないといけないから、すぐにってわけにはいかねぇけど、里についたらうちの両親にはすぐ紹介するぜ」

「うん」

ソドの答えに満足したのか、ソフィーニが嬉しそうに頷く。

そこから、いろいろと盛り上がる女性陣。

その勢いに、男性陣はたじたじである。

乗り合い馬車の旅はこうして賑やかに続いた。




日も大分傾いたころ、魔法使い一行を乗せたにぎやかな乗り合い馬車がアーリアスの里に到着する。

馬車後部からぞろぞろと乗客が降りていき、門へと向かう。

里というよりも、町と表現したほうが的確なほど、大きな壁に囲まれたアーリアスの里。

門ももちろんのこと大きく、いい時間であるのに長い列が出来ている。

その列をクリスたちは眺めている。

「一応、優先的に入ることも出来ますが」

「まぁ、並ぶか」

バールが言い難そうにし、クリスも長蛇の列に並ぶ老人や子供を見ながら結論を出す。

「それでは私はそろそろ帰ります。願わくばもう会わないことを祈りますよ」

「ご苦労さん。まぁ、礼を言っとく。ありがとさん」

列の最後尾へと移動しているときに小声でやり取りする二人、獣人たちすら気づいていない。

クリスの礼を聞くと、ハイドラはわざと気配を消さずに遠ざかっていく。

「行ったようですね」

「みたいだな、わざわざもう帝国の襲撃はないって教えてくれたわ」

「ふむ、また変なのに気に入られましたね、主」

フウリは少し考えると結論を出す。

「ないない、絶対ない」

「否定する割には、馬車の中でも積極的に捕まえようとしませんでしたよね、今も」

「うーん。あの夜の、あの状況で捕まえられなかったからな。それに協力的でもあったし」

「ふふ、そういうことにしておきましょう」

フウリはそう言うと、反論も聞かずに眠そうなフィリスを主に預ける。

クリスは、フィリスを背負うと列の最後尾に並ぶ。

待ち時間も、あれこれと騒がしく過ごす一行。

魔法使いとその仲間が目的地につくまであと少し。


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