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第三章
第二十九話「魔法使いと襲撃者の末路」
襲撃のあった翌朝、町はいつも以上の喧騒に満ちていた。

高級宿が立ち並ぶ一角に、十数人にも及ぶ武装した獣人が吊るされているからだ。

動けないように縛り上げられた上で、一際高い宿の屋根から別の宿の屋根へと伸びるロープに吊るされた男たちは、いい晒し者であった。

助けようにもその手段がないために、野次馬ばかりが増える状況である。

「おいおい、誰がどうやって吊るしたんだよ」

「無理があるだろ、あの屋根に男一人連れて行くのだってかなり時間がかかるぞ。出来たとしても確実に音が響く、宿の人間に気づかれないってのはありえないだろ」

「確かにな、自分たちでやったって言われたほうがまだ納得できる」

過激派が綺麗に吊るされているその下で、見物している旅の商人たちが話し合う。

「そもそも、なんだあれ?過激派が帝国騙りアーリアスの姫を暗殺しようとして失敗?」

「後ろには、反省中につきそっとしておいてください、って書いてあるぞ」

二人は過激派と一緒に吊るされている横断幕に書かれている文字を読みあげる。

二人とも旅の商人であり、高級宿街にいるだけあって見識もある。

フウリが、高級宿街に彼らを吊るした目的の一つはそれである。

獣人の旅商人ならば世間の情報にも鋭く、横断幕の文字を見ただけである程度その真偽を判断することができる。

そうして、話の種として客や周りの商人に話してくれる。

噂になればなるほど、過激派の行動を制限できるのである。

「冗談にしては、手が込み過ぎてるしなぁ」

「確かにな、しかも俺昨日アーリアスの姫見たし」

「え、本当か!?」

もう一つの理由は、昨日自分たちがここで何件かの宿屋で断られたこともあり、目立っていたからである。

注目していた獣人の中にアーリアス族出身の者や、ルドの顔を知っている者がいれば、それも利用しようとしたのである。

「おお、なんか、宿探してるところに出くわして、たまたま一緒にいたアーリアスの商人が姫だって言ってるの聞いたわ。宿泊断られてすぐ出て行っちまったけど」

「おいおい、アーリアスの姫の宿泊断るとか」

最後の理由は勿論、宿泊拒否されたことに対する意趣返しである。

「一緒にいた商人も怒って宿キャンセルしてたわ。まぁ姫は人間族連れてたし、仕方ないと思うけどな」

「ああ、なるほど、それだとここらで宿とるのは難しいな。しかしそうなるとこの文章本当かもしれないな」

「過激派って戦争したがりの集まりだろ、ありえるな」

こうして、フウリの思惑通り、この光景を見た宿に泊まっていた商人や旅人たちによって噂となって、どんどんと広がっていった。





一方、町の騒ぎを他所に、クリスたちは旅支度を整え、早朝には出発していた。

「朝騒がしかったわね」

「うん」

襲撃の前に、フウリによって強制的に深い眠りにつかされていたルドとソフィーニは、昨夜の顛末を何も知らされておらず、町が騒がしかったことについても朝早かったために具体的な内容は耳に入っていない。

「姐さん、二人には言わなくていいんですかい?」

ルドとソフィーニが話している後ろで、ソドがフウリに小声で話掛ける。

「無駄に怖がらせる必要も無いでしょう。む、まさかソドは女性が怖がっているところを無駄に見たいという思考の持ち主ですか、それならば私とフィリスには近寄らないでいただけますか、あとその性癖が移されては困るので、主にも近寄らないようにお願いします」

「おっと、相棒、俺もちょっとそれにはついていく勇気はねぇからな、寄らないでくれや」

フウリとバールによる思わぬ連携攻撃に意表をつかれ、しかも二人の音量は普通であったために、前を歩くルドとソフィーニが後ろを向き、ソドはかなり焦る。

「どうしたの、ソド兄さん」

「ソド、何かあった?」

ソフィーニの本当に心配そうな瞳に見つめられ、思考停止に追い込まれるソド。

彼の眼中に既に妹の存在はない。

「ソドが、女性が困っているところを見るのが好きだというカミングアウトをしていただけです」

「俺も知らなかった、相棒の一面が丁度白日のもとに晒されたんだ」

フウリとバールが、真面目くさった顔で前を歩く二人の疑問に答える。

それを聞いてソドは慌てて弁解しようとするが、その前に二人が口を開く。

「ソド兄さん・・・。兄さんの趣味に口出ししようとは思わないけど、バール兄さんには移さないでね?」

「おい、勘違いだ!?」

「ソド・・・、その、えっと」

「なんで顔を赤く染める、ソフィーニ!?」

もじもじと、上目遣いでソドを見るソフィーニ。

ソドはその直撃を受けて、自分の顔も赤くする。

「わ、私ならいくらでも付き合うから、他の子にはしないでね?」

「だから勘違いだって!!」

ある意味すごいことを言うソフィーニに、ソドは更に顔を真っ赤にしつつ怒鳴る。

「ど、怒鳴らなくても」

「うお、すまん」

ソフィーニが落ち込んだように俯くと、冷静になったソドが謝る。

「兄さんがソフィーニを困らせてる」

「やはり、そういう趣味でしたか」

外野が好き勝手なことを言う。

反論しようにも、ソフィーニを慰めるのに忙しいソドは睨むことしかできない。

「相棒・・・」

「あ、私、バール兄さんになら困らされても・・・いいよ?」

「ばっ!?おまっ!?」

自分の相棒に哀れむような視線を送っていたバールに、ルドが爆弾を投げつける。

そのあまりの発言に、バールは慌てすぎて呂律が回らない。

「ふむ、総じて皆好きな相手を困らせるのが、好きなようですね」

一番の元凶が、好き勝手総評するのであった。


ちなみにその騒ぎに参加していないクリスはというと、更に後方でフィリスを肩車しながら、娘への贈り物に考えを巡らせていたのであった。

「フィリス、剣どんなのがいい?かっこいいの?」

「なんでもいい、おとうさんがくれるなら」

フィリスに意見を聞こうとしたクリスは出鼻を盛大に挫かれた挙句、鼻血寸前に追い込まれる。

「う、嬉しい事言ってくれるじゃないか!かわいいなもう!」

「おとうさん、あんまりゆらさないで」

「おおう、すまんすまん」

興奮してはしゃぐクリスに、冷静に指摘するフィリス。

「しかし、どんなのがいいかなぁ、やっぱ何でも切れるのがいいよな、この際魔剣をちょっと混ぜるか・・・?」

クリスの不穏な発言に、腰に吊るされている魔剣がかすかに震える。

「さすがにそれはまずいか。ううむ、使うたびに折れるよりか、単純に強度を上げるだけでもいいか。しかしそれだけだと芸がないしなぁ」

魔法使いが、ああでもない、こうでもないと思案する。

こうして、娘への贈り物を考える父の苦悩は続くのであった。





一行は狙われていることなど忘れているかというほどに、騒がしく移動していた。

「そろそろアーリアス族の支配地域です。小さいですが町がこの先にありますので、そこから乗り合い馬車でアーリアスの里を目指します」

バールが騒がしい一行に負けないように、大きな声で案内をする。

「先に言っておきますが、アーリアスでも、人間族を好き好んで馬車に乗せる獣人は少ないです。ついでに一緒に乗りたいと思う者も」

「あんまり時間かかるようなら、諦めて馬車を貸しきろう」

「そもそもこの人数なら、小さい馬車を貸しきって丁度いいですからね」

バールの注意に、前の町の高級宿で実感しているクリスとフウリは、断られた後の行動を考える。

「一応お嬢もいるので、大丈夫だと思いますがね」

「任せなさい!」

ルドが無駄に胸を張る。

「期待してるぜ。んじゃまぁ、先を急ぐか、苦労してる人間もいるしなぁ」

「どういうこと?」

「ああ、いや、なんでもないなんでもない」

クリスは笑って誤魔化す。


クリスたちが散々騒がしく移動するその後ろでは、帝国の工作員の苦労が見え隠れしていた。

「くっ、あんな無防備に騒がしく歩けば、狙ってくださいと言ってるようなものじゃないか!こっちの苦労も知らないで・・・いや、知ってるからこその行動か・・・」

何かを諦めたように、ため息を吐く工作員、その背中には哀愁すら漂っていた。


こうして、魔法使いたちはこの旅の目的地へと着々と歩を進めるのであった。


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