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第三章
第二十七話「魔法使いと観察者」
獣人の過激派の平均年齢は若く、また軍を通じて各部族のそれが有る程度連携して動いている。

彼らの多くはディサン同盟国の有力部族に属する若者たちであり、親や兄弟、友の多くを亡し、どっちつかずのままに休戦になった戦争に納得していない。

しかし、彼らとて部族の長たちの決定に、公然と反対できるような権限も力もない。

また、同盟内でも有数の部族であるアーリアス族の過激派が、族長によって動きを制限されていることも彼らの力を削ぐ結果となっている。

その問題を解決するために、アーリアス族族長の娘というのは都合のいい生贄であった。

彼女がアーリアスの里を離れ、人間の国に赴くということは、過激派にとってはカモが葱を背負って来たようなものであった。

なにせ、彼女を暗殺に見せかけて殺し、その死を帝国の仕業だと喧伝すれば、それだけでアーリアス、そして同盟国内は戦争へと傾くのだ。

少しの火種で、燃え上がるだけの下地は既にあるのだ。

なんとしてもそれを業火にし、死んだ者たちへの弔いの炎にする、その思いが彼らを動かしていた。


「手はず通り、半数は裏口に回れ」

宿に近づくと、覆面のリーダーは移動しながら素早く指示を出す。

過激派は、宿の正面入り口と裏口の二手に分かれ行動する。

そしてリーダー率いる襲撃者たちは、勢いのままに正面入り口に突入しようとする。

しかしそれは、突如現れた不可視の壁に阻まれる。

「ぐおっ」

「な、なんだ!?」

勢いよく突っ込んだ襲撃者たちは不可視の壁に激突し、後方に倒れこむ。

そして気づく。

後方にいつの間にか気配があることに。

素早く振り向き、体勢を整える襲撃者たちの前には、一人の美女が立っていた。

フウリである。

「やっと気づきましたか。これから暗殺を実行しようとする者が、ずっとつけられていたことにも気づかないなんて、お笑い者ですよ?」

「シッ」

フウリの言葉に取り合わず、リーダーが短刀で切りかかるがやはり不可視の壁に阻まれる。

短刀を引こうとするリーダーであったが、異変に気づき動きを止める。

先ほどまでリーダーの視界を多少妨げていた覆面が、無くなっているのだ。

「ふむ、やはり獣人でしたか。しかし、話も聞かずに切りかかるとは、私のしっている獣人とはかなり違いますね。彼らはちゃんと人の話を聞きますし、何よりそこそこ腕が立ちますからね」

「殺せっ」

顔を見られたこと、そして暗に自分が礼儀知らずの弱者であると言われたことに激昂したリーダーは、短く指示を出す。

それを聞いて、四方八方からフウリに向かい刃が振るわれる。

それをフウリは、軽やかなステップで華麗にかわす。

まるで月明かりの下、踊っているかのような身のこなしに、暗殺者たちは驚愕する。

獣人ですら出来ないようなことを、人間の女にしか見えないフウリがやっているからである。

「拍子抜けですね。我が主はあまり傷つけないようにと言っていましたが、どれだけ手加減すればあなたたちは傷がつきませんか?」

「なめるなぁぁぁ!!」

フウリの疑問に、獣そのもののような咆哮を上げ、切りかかるリーダー。

それに呼応するように、襲撃者たちも再度フウリに刃を向ける。

「ふむ。仕方ないですね。我が主の優しさに感謝するのですよ?」

フウリはそう言うと、迫り来る刃を風で絡めとると、尚追いすがろうとする獣人たちの腹目掛けて、風の塊をお見舞いする。

倒れ泡を吹く獣人には目もくれず、フウリは最後に残ったリーダーと対峙する。

「さて、私は早く宿に戻って、主に膝枕をしないといけませんので」

「くそっ、ここで俺が倒れたとして、がっ」

発言の途のリーダーの顔面に不可視の空気の塊が当たる。

「失礼しました、しかしまだまだ精進が足りませんね」

そう言うと、フウリは襲撃者たちを纏めて縛ると、少し考えてからあるところへと運ぶのであった。





フウリが正面入り口で暴れているときに、裏口でも攻防が繰り広げられていた。

襲撃者たちは、裏口を破り進入しようとした。

しかし、先頭で突入した仲間が一歩入ったところで、何かによって吹き飛ばされるのを見て、全員が一瞬で裏口から距離をあける。

その裏口から、獣人二人、バールとソドが剣を担いで出てくる。

「おいおい、うちのお嬢に用事があるんだって?」

「そりゃ、お前、俺ら通してもらわないと困っちまうぜ?」

バールとソドは不敵に笑いながらゆっくりと歩く。

「あと、女性を尋ねるときは、表から堂々と、な」

「ついでに、複数ってのも頂けねぇ。覆面もアウトだな」

「つまり、一昨日きやがれってこったな」

「まったく獣人男子の風上にも置けねぇなぁ」

二人は調子を合わせて襲撃者たちを罵倒する。

獣人であると断言された襲撃者たちは、一瞬驚いたような雰囲気を発する。

「やっぱ、姐さんの言う通りだったか」

バールの呟きに、襲撃者たちはまんまとひっかかったことに気づき、殺気立つ。

吹き飛ばされた襲撃者もよろよろと立ち上がり、全員が剣を構える。

「ほほう、無理やり押し入ろうってか」

「最近、実戦してねぇからな、手加減できねぇぞ?」

「死ね!」

二人がニヤニヤと襲撃者たちを眺めていると、一人が罵倒と共に切りかかり、それに続くように全員が向かっていく。

バールとソドは背中合わせになると、互いの死角を補いつつ、応戦していく。

「おうおう、人数は多いのに全然なっちゃいねぇな」

「はっ!所詮女の寝こみを襲おうとする、どうしようもねぇ卑怯な臆病者たちだ」

二人の挑発に襲撃者たちはそれと知っていても、感情を抑えることが出来ずに無理な攻撃を仕掛ける。

その隙を逃すことなく、二人は着実に人数を減らしていく。

まるで一個の生物のように、なんの合図も無しに位置を入れ替え、敵を交換し、避けて、攻撃して、受けてを繰り返すバールとソド。

気づくと、二人以外に立っている者はいなくなっていた。

「お、一応うめき声を上げてるから、生きてるな」

「こっちも大丈夫そうだわ」

二人は襲撃者全員の生死を乱暴に確認し、息をつく。

「あにさんに殺すなって言われてるからな」

「まぁ確かに死んだら死んだで厄介だしな」

二人は襲撃者たちを縛り上げる。

その作業が終わったころに、フウリが裏口へとやってくる。

「そちらも大漁だったようですね」

「あ、姐さん。そっちもみたいっすね」

フウリが風によって運んでいる襲撃者たちを見てソドが呆れたように言う。

「まったく、こんなことしている暇があったら、いくらでもすることはあるだろうに・・・」

「それが分からないから、こんなことをしているのでしょう。とりあえず、そちらも預かりましょう」

バールの愚痴に、フウリが冷静に指摘する。

「ところで、それどこに持っていくんすか?」

「目立つところに、目立つように吊るします」

「なるほど・・・」

フウリはそれだけ言うと、裏口の襲撃者たちも纏めて風で運ぶ。

「ああ、主がいませんので、もうしばらく警戒しておいてくださいね。ついでに寝かしつけてあるルド、ソフィーニの様子も見てきてください」

「あ、わかりました」

「うっす」

言うだけ言うと、風精霊はうきうきしたような雰囲気で襲撃者たちをどこかへと運ぶのであった。




「はてさて、向こうもそろそろ始まるか」

屋根伝いに走りながら、クリスが呟く。

襲撃者が宿を襲う少し前、クリスはとある場所に向かっていた。

夜の町の空を駆けるように走り、やがて大きな塔へと辿り着く。

「みぃつけた」

目標の人物が見えてくると、クリスはまるで獲物に狙いを定めるような目をしてニタリと笑う。

クリスは助走をつけるかのように加速して、屋根の上から飛び上がる。

そして音も無くその人物の隣に立つと、その肩に手を回す。

「やぁ、こんばんは?」

「!?」

肩に手を置かれてやっと隣にクリスがいることに気づいたその人物は、一瞬の判断で飛びずさろうとする。

しかし、万力のように締め付けるクリスの手は、逃亡を許可しない。

「くっ!・・・まさか一直線にこっちに来るとは、計算外でした」

「いるかどうか、フウリですら確証が持てなかったんだけどな。どうやって気配消してるんだよ、それ」

クリスは、まるで旧友にでも挨拶するような軽いノリで、目標の人物に話かける。

「国家機密です。しかし、見つかってしまうとは」

「なぁに、うちの精霊は優秀だからな、ある程度の方角までは分かるみたいだぜ?」

フウリは風に乗った少しの匂いを頼りに、目標の人物の方角を主へと伝えたのだ。

「ま、何にせよ久し振りだなぁ、帝国のスパイさん」

「ええ、お久し振りですね、王国の竜殺し殿」

かすかな戦いの音が響く夜に、魔法使いと帝国の工作員は再会を果たすのであった。


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