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第三章
第二十六話「魔法使いと襲撃者たち」
クリスたちが獣人の国、ディサン同盟国に入って数日、国境の町を抜け、順調に旅をしていた。

「次の町を抜ければ、アーリアス族の支配地域に入ります。そこからまた数日歩けば、アーリアスの中心地の里というか町につきます」

「まぁ、みんな一応アーリアスの里とか呼んでるけど、国境の町よりも全然大きいからね、期待してね」

バールの説明にルドが補足する。

「本当は国境の町で馬車でも買えれば、もう少し早めにつけそうだったんだけどな」

「旅人に馬を売るほどには国も、部族も回復してねぇっすからね。特にこっち側は帝国との戦争で散々徴収されたらしいっすから」

クリスの愚痴に、ソドが国の現状をどこか呆れ顔で答える。

有力部族のいくつかはその力にものを言わせ、徴収の対象から逃れたことを知っているからだ。

ディサン同盟国は、国の中央が有力部族の支配地域であり、そこから国境に近づくにつれて小さな部族の支配地域になっているため、ガイエン帝国の国境付近だけでなく、グルーモス王国の国境付近も被害が大きいのだ。

「ま、ゆっくりいくか」

「そうっすね」

「うちの支配地域まで行けば、足くらいどうにかなりそうですが。最悪乗り合い馬車も出てますし」

「のりあいばしゃ?」

バールの提案に、知らない単語が出てきたフィリスが食いつく。

フィリスは最近は特に学習意欲目覚しく、いろいろな事柄に興味を持つようになっている。

「目的地の方向が一緒の人を大勢詰め込んで、大きな馬車で移動する手段のことですよ」

「わかった。ありがとう、おかあさん」

「乗ってみたいですか?」

「うん」

フィリスの疑問に答えたフウリは、娘の何か期待しているような瞳に見つめられ、質問してみる。

フィリスはそれに対し、大きく首を縦に振って返事をする。

乗り合い馬車の説明を聞いて、前に商隊を護衛しときのことを思い出したのだ。

「おい、馬車を買うなんて無駄遣いも甚だしいぞ!アーリアスのところからは、乗り合い馬車でいくぞ」

「ん!」

「クリスは親馬鹿。けど私も楽しみ」

話を聞いていたクリスが大きな声で宣言する。

フィリスは喜びクリスに抱きつき、ソフィーニも呆れながらも嬉しそうにしている。

下手をしたら個々が馬車より早く移動できるという事実に気づいたソドであったが、ソフィーニの顔を見て黙っていることにするのだった。



そうしてアーリアス族支配地域まであと少しのところの町で、予定通り宿をとることにした一行。

しかしここの宿探しがとても難航した。

国境の町はそうでもなかったのだが、同盟内部に来るにつれて他種族に対して排他的な面が露になってきたからだ。

人間を連れていると、いくら獣人がいても宿を貸さないところが多く、クリスたちは既に何件か断られていた。

「普通のところで探せばよくないか?」

「そう・・・ですね、正直こんなひどいとは思わなかったっす、すんません」

なるべくいい宿を取ろうとしていたソドに向かって、クリスが提案する。

ソド、バール、ルドは申し訳なさそうにしながその提案を受ける。

「別にソドたちが悪いわけじゃないだろ」

「そうかもしれないっすけど、俺らはオーカスでこんな仕打ちを受けたことないっすから」

「同族がこんなことしてると思うと納得いかないっていうか」

「同盟国外にでると、よく分かるのよね」

三人が三人とも、気落ちしたように話す。

高級な宿に人間を泊めるということは、その宿の評判を落とす行為となってしまうために、どこも泊めようとしないのだ。

「ま、気にすんな。とっとと宿を探しちまおう」

「そうですね、とりあえず部屋は三部屋必要ですね」

フウリがバールとルド、ソドとソフィーニを見ながら言う。

その視線を正確に理解したクリスがにやりと口角を上げる。

「おっと、そうだな、俺らと、そこの夫婦と、あとは・・・ああバールとルドだな」

あまりに露骨ないい方をするクリスに、ソドとソフィーニも笑いを堪えきれない。

バールは何か反論しようとしたところで、ルドに腕を掴まれたために止まり、困り顔で逡巡する。

やがて諦めたように、反論しようとした口を引っ込める。

「おっし、そうと決まれば早く宿を取らないとなぁ、なるべく狭い宿がいいな!」

「そうですね。フィリス、今日は一緒に寝ましょうね」

クリスとフウリはからかい半分、安い宿になることを気にしている獣人たちへの気遣い半分で今の話をしたのだ。

その気遣いを知ってか知らずか、赤くなる獣人の姫と戦士をからかいつつ宿をさがすのであった。






安い宿ならば、人間が泊まれるところもすぐに見つかり、一行は食事を取り、部屋へと戻る。

自然と寝るまでの間、若干大きい部屋に泊まるクリスたちのところへと皆が集合することとなった。

「七人も入ると狭いな。フィリスはおとうさんの膝の上においで!」

「そふぃーにとおはなししてるから、やだ」

「!?」

クリスは言葉にならない悲鳴を上げ、ショックのあまり枕に顔を突っ込む。

フィリスは。ソフィーニが竜人の里にいたころの話を真剣に聞いている。

「だ、旦那、落ち着いてくだせぇ」

「あにさん・・・」

「あんまり暴れないでよ!」

男二人が哀れみの視線をクリスに送り、部屋の隅でフウリと何やら話しこんでいるルドが注意する。

「仕方ない主ですね、後で膝枕してあげますから、大人しくしてて下さい」

「了解」

フウリの言葉を聞いて、瞬時にベッドの上で姿勢を正すクリス。

それを笑顔で見届けると、フウリはまたルドに何かを伝授する作業へと戻る。

「あにさんは本当に姐さんに弱いですね」

「なんかこう、尻に敷かれてる感が伝わってきますぜ」

「はっ!どうせてめぇらも将来そうなるんだからな!今のうちにせいぜい言ってろ!」

クリスが至極ありそうな未来予想をすると、二人は顔を見合わせ、一人は笑い、一人は渋い顔をする。

その様子を見てクリスはなにやら考える。

「お前、そろそろ腹決めてもいいんじゃねぇの?」

「いや、こればっかりは」

「相棒・・・」

クリスがバールに視線を送る。

しかしバールは煮え切らない返事を寄越す。

そんなバールの葛藤が分かるソドは、気遣わしげである。

バールもルドのことを、憎からず思っているのだ。

しかし、族長の娘であり、その身の振り方で部族の将来が決まるルドの思いに答えることに、バールは躊躇いを感じている。

結局思考のループにはまり、態度をはっきりできずに故郷まで後少しのところまで来てしまい、バール自身焦っていた。

「ま、いつでも相談に乗るからな!」

「あ、ありがとうございます」

「俺もだぜ、相棒!」

「おう、あんがとよ」

クリスもソドも思うところはあるが、バール本人の判断に任せることにするのであった。





やがて騒がしかったクリスたちの部屋も静かになり、客が寝静まった夜中の安宿周辺に蠢く影があった。

十数人はいようかという、覆面を被り武装した獣人たちが潜み、安宿の近くに集合している。

彼らはディサン同盟国の有力部族の過激派である。

オーカス王国に入ってからずっと見失っていたアーリアスの姫が同盟国内、グルーモスとの国境付近で警備隊ともめたために捕捉でき、襲撃の準備を進めていたのだ。

宿にいるルドを、確実に暗殺するのが彼らの目的である。

なぜ大人数で押し入らないかといえば、なるべくガイエン帝国の仕業に見せかけるためである。

外を固めている獣人たちは、あくまでルドを取り逃がしたときの保険である。

彼らにとってルドは戦争の引き金であり、部族の仲間の仇を取るために必要な犠牲である。

そのために、これだけの人数を集め、リスクを承知で襲撃を企てたのだ。

「行くぞ。目撃者は殺せ、容赦はするな。犠牲になった同志たちを思い出せ」

リーダーらしき覆面の獣人が指示を下す。

月明かりが照らす中、黒い影が獣人の姫を狙い、統率が取れた動きで宿に迫る。

しかし月以外にも、彼らの動きを監視している者がいた。

「ふふ、国境での鬱憤を、ここで是非とも晴らさせて頂かないといけませんね」

そう呟くと、宿へと迫る影を追って風が疾駆するのであった。


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