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第三章
第二十五話「魔法使いと獣人の国の事情」
クリスが剣を抜いたことに目がいった獣人兵たちは色めき立つ。

「貴様ぁ!殺されたいのか!」

獣人兵たちも剣を抜き放つ。

隊長も後には引けず、しかし殺しはまずいと思い、子供を人質にしようと剣を引き、腕を伸ばしてフィリスを捕獲しようとする。

そして隊長は気づく。

その刃の先端から徐々に溶けていることに。

兵たちも異変に気づく。

目の前にいた美女が消えているということに。

獣人兵の隊長は、とにかく制圧しないといけないと思い、剣を放り出すと、脇に吊るしていた短剣を抜く。

慢心しても獣人である、その行動に迷いは無い。

獣人兵たちも消えた美女に対応できるように、ぐるりと隊形を組む。

しかしその行動は全て徒労に終わる。

隊長が短剣を構えたと同時に、クリスが右手で持った魔剣で容赦なく切りかかる。

その剣を受けた瞬間に、隊長の短剣は砕け散る。

クリスは、短剣を砕くと同時に剣を引き、左手で隊長を殴り飛ばす。

文字通り吹き飛んだ隊長は、結界を発生させている杭に当たって止まる。

吹き飛んだ隊長に唖然とする部下たち。

『フィリス、いけ!』

その隙を逃さず、クリスはフィリスに指示を出す。

フィリスは主の要望に答え、その小さな体からはとても想像できないほどの炎の球を作り出す。

その赤々とした光に顔を照らされ、獣人兵たちはやっとその炎に気づくが、すでにどうすることもできないほどの炎が形成されている。

ただその顔を手で覆うことしかできない獣人兵たち。

フィリスの炎は獣人兵たちに無慈悲に振り注ぐのであった。





「フィリス、やりすぎ」

「?」

ソフィーニの呆れ声に、フィリスは本気で何がやりすぎなのか分からないようで、首を傾げる。

「まぁ、とりあえず焦げてはいるけど、命に別状は無さそうだし、いいんじゃない?」

縛られた獣人兵たちを見たルドが、ソフィーニのほうに振り向いて言う。

「ところで姐さんはどこへ・・・?」

「てっきり平和的話し合いをするものかと思ってたんですが」

ソドとバールが、消えたフウリの行方について言及する。

警備兵と問題を起こした事に関しては、二人は特に思うところはない。

クリスとフウリが動くと思っていたので他のメンバーは手を出さなかっただけであり、二人が動かなければ自分たちがやっていたというのが共通認識である。

ちなみに、兵士と堂々と道の真ん中でやりあって、あまつさえ倒して拘束しているクリスたちは、かなり目立っていた。

幾人かは最初からやり取りを見ていたために、次々集まってきた野次馬に説明までしている。

人間と取引している獣人の商人も同じような被害にあっていたのも合わさって、どちらかというとよくやったという空気が流れている。

「フウリなら砦に知らせに。あいつがここにいたら、一帯更地になってたぞ」

「ああ・・・姉さんのほうが怒ってたんすね」

クリスがフウリの行き先を告げると、皆が納得したように頷く。

実際、あのとき自分がフウリを砦に行かせなかったら、ここら一帯結界要らずになっていたかもしれないとクリスは考えている。

「まぁ、俺も頭にきたけど、フィリスならあのくらい、一瞬で灰にできるしなぁ」

「さ、さすがにそこまでは・・・」

そこまで言って、ソドはあながち大げさでもないことに気づく。

「はっはっは、事実だ。しかし良かったなぁ、手加減して貰えて」

「くっ」

クリスの視線を受けて歯噛みする隊長。

他の兵士は先ほどの炎が衝撃的だったらしく、たまにフィリスに突かれて盛大に叫ぶ以外は大人しくしている。

「そもそも、この方たちはアーリアス族の客人だぞ、手を出してただで済むと思っているのか」

「はっ、アーリアスも落ちたものだな、人間を客人などと!」

バールが冷静に指摘するが、隊長はあくまで好戦的な言葉を吐く。

「その人間に負けたのは誰かなぁ?フィリスは精霊だけど、俺人間だしぃ」

「ん!」

クリスはフィリスの頭に手を置きつつ、嫌味たらしく隊長を見て笑う。

フィリスはよく分かっていないが、とりあえず胸を張る。

他の隊員は精霊であるフィリスに敗れたが、隊長は人間であるクリスに剣で敗れ、拳で殴られているのだ。

「くっ」

隊長は苦々しい顔をして押し黙る。

「そう言えば、姐さん大丈夫っすかね、うちの部族の部隊を連れてこないと後々ちょっと面倒なことになりそうっすけど」

「ああ、大丈夫だろ、入国のときに見てるし」

「それもそうっすね。お、噂をすれば来たみたいっす」

クリスとソドが話をしていると、砦方面から兵士の一団がやってくる。

助かったという風な顔をする獣人兵たち、しかし隊長だけは苦々しい顔のままである。

そんな中、野次馬を払いながら獣人の部隊が到着する。

バールたちは、アーリアス族中心の部隊であることに安心している。

「ふむ。主、手加減しすぎではないですか?手と足が二本ずつありますよ?」

「どこか取れてないとダメみたいな言い方しないでくれる!?怖いわ!」

一団と共に戻ってきたフウリが、拘束されている獣人兵を見て不満そうにする。

「むしろ命があるだけましではないですか?フィリスに刃を向けるなど」

「うっ」

底冷えするようなフウリの視線に、思わず隊長もうめき声を上げる。

「こらこら、威嚇しない。そもそもフィリスがあんな鈍な剣と腕で、どうにかなるわけないだろう!」

「それはそうですが」

「だ、誰の腕が鈍だと!?」

まだ納得いっていなさそうなフウリに、クリスはその頭を優しく叩き、自分の胸元に引き寄せる。

フウリは一瞬驚いたように目を見開いた後、すぐに体をクリスに預ける。

隊長がいろいろと喚いているが、完全に無視である。

「ふぃりすも」

「おぉ、こいこい」

空いてる腕で寄ってきたフィリスを抱き上げるクリス。

何故か喚く隊長も、その場の状況も何もかも無視して親子空間を発生させるクリスたちに、合流したアーリアス族の兵は呆気にとられるが、なれているバールとソドの指示によって警備隊を砦へと護送していくのであった。




「さて、我が姫のご機嫌も直ったことだし、先を急ぐとしましょうか」

クリスが、芝居がかったよう言う。

それに対してフウリが無言で、隣の主の腕を叩く。

その顔が若干赤く、振るわれた腕にも全然力が入っていないが、下手なことを言わないほうがいいと周囲は判断する。

珍しすぎる光景が故に、照れ隠しの力加減を間違われて生命の危機に見舞われる可能性があることを、皆理解しているからだ。

「と、ところで、さっきうちの奴が言ってたんですけど。さっきの警備隊は部族のほうに送って、そっちで処罰という形になりそうだということです」

バールが焦りながらも話題変換する。

「ほほう?」

「さっきの警備隊は、余裕のある部族から最近こっちに回された隊だそうです。軍といっても部族ありきですから、余裕のあるところをどこも敵には回したがらないんですよ」

「なるほどな」

クリスはバールの説明を聞いて頷く。

クリスは自分たちが一国の使者には到底見えないことが分かっているため、その部分で抗議しようとは思っていない。

犬に噛まれた程度にしか思っていないのだ。

ディサン同盟国は獣人の部族が集まってできた国であるために、軍では階級の他に部族の力関係が存在し、実質的に二重構造となっている。

国中が疲弊しきっている中、部族同士が潰し合いにならないように、軍内部の問題事もなるべく部族内で処理するような慣例が出来上がってしまっている。

アーリアス族としても、軍で問題を起こした獣人を庇っている事例は多いため、今回の件であまり大きく抗議の声を上げる事は出来ない。

言い逃れる方法はいくらでもあり、水掛け論になる可能性が高すぎるのだ。

「しかし、あまり不届きなことをする輩がいれば、主が許しても私が始末しますが。そうですね、獣人はどのようなことが苦手なのでしょうね?主の弱点ならよく知ってるのですが」

「おい、苦手なことを死ぬほどしてやろうという邪悪な雰囲気を少しは隠しなさい。バールたちが怯えてるでしょ。あと俺の弱点はフウリとフィリスだよ?」

「わ、私の弱点は主の口のようですね」

フウリの邪悪な念によって怯えるバール、ソド、ルド、ソフィーニ、そしてニヤニヤ笑うクリスと、またもや赤くなるフウリ、そんな両親を見上げて首を傾げるフィリス。

混沌とした空気の中、一行は獣人の国を進むのであった。


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