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第三章
第二十二話「魔法使いと膝枕」
「使者殿とその仲間はなかなかに面白い面子のようだな」

謁見の間でグルーモス王国の重鎮、警備兵が面白いなどと言うレベルではない使者とその仲間達に意気消沈する中、王だけが本当に楽しそうな顔をしている。

「少々個性的であることは、認めざるを得ませんね」

「はっはっは、何はともあれ遠路遥々ご苦労であった。親書の返答については、正式に決定したら改めてこちらから使者を出そう」

「よろしくお願いします」

クリスとグルーモス王は、しばし視線を合わせる。

二人は周りに気づかれない程度に、口角を上げる。

「それで使者殿は、これからどこへ行くのかな」

「はい、これからディサン同盟へ、姫を送り届けに行こうと思っております」

クリスの発言にまた少し謁見の間がざわめく。

「左様か。国境までは見送らせてもらおう。準備等は城下で済ませるとよい」

「はい、ご配慮ありがとうございます」

「うむ、それでは下がってよいぞ」

怪しい笑いを交わしたあとに、王はクリスたちに退出を促す。

こうしてクリスたちはグルーモス王との謁見を、無事終えたのだった。



「疲れた」

「頑張りましたね、主」

用意された部屋で、クリスとフウリが二人きりでいる。

他の面々は、買出しに城下へと行っている。

慣れないことをしたクリスを、皆が気をきかせてフウリと共に部屋に押し込んだのだ。

結果、フウリの膝に頭を乗せながらごろごろするクリスに、その髪を梳くフウリの図が出来上がっている。

「しかし、やっぱり王さまも苦労してるんだなぁ」

「ええ、あの親書を見てうれしそうに乗ってきましたからね」

フウリがステインから預かった親書の最後には、もしグルーモス王が周囲の説得に苦慮しているようであれば、それを届けにきた使者が説得に協力するという旨のことが書いてあったのだ。

「普通に考えて、あれだけすればまず間違いなくグルーモスも落ちるだろうなぁ。・・・対帝国か」

「今は帝国のことを考えても仕方ないですよ、主。それよりもフィリスまで気を使ってくれたのですから、しっかり休まないといけませんよ」

クリスが柄にも無く難しいことを考えようとしたところで、フウリから嫁ストップが入る。

「確かに。広い部屋の豪華なベッドの上で膝枕とかこれはなかなか癒されるなぁ」

「ふふふ、私も癒されてます」

フウリが珍しく笑みを浮かべ、優しくクリスを撫でる。

「ぐへへ、お嬢さんいい膝しとるのぉ」

「おやめください、ご主人様」

クリスが即興で中年小太り貴族の役をすると、フウリが平民メイドの役を見事に演じ返す。

「よいではないかよいではないかー」

「お戯れを」

フウリの太ももの感触を後頭部で楽しむご主人様と、台詞だけで特に抵抗しないメイド。

少しの間、演技を続ける二人。

「うむ、ありがとうございます」

「いえいえ、どういたしまして」

やがて満足したのか、楽しんだクリスは嬉しそうにしているフウリに礼を言う。

「冷静になると恥ずかしいな!」

「たまにはいいではないですか、ご主人様」

「やめてー!」

恥ずかしがる膝の上のクリスをつつくフウリ。

「やっぱりいつも通りのフウリさんが一番ですよ」

「恥ずかしいですね」

クリスがフウリの瞳をまっすぐ見据える。

頬をほんのり赤くしたフウリの顔が膝の上に近づき、クリスの顔に影を落とすのであった。



「き、キスしてるわね」

「してる」

「まっくら」

「あにさんいちゃつきすぎだ」

「さすが旦那だぜ・・・」

クリスとフウリの部屋の前ではフィリス、バール、ソド、ルド、ソフィーニが荷物を持ったまま部屋の中を覗いていた。

王から許可が出たということで、監視では無く案内の人が付いて城下町に行ってきた五人は、その活気と品揃えに感心しながら必要な物を買って帰ってきたのだ。

そして部屋の前まで来ると、なにやらいい雰囲気を察知したルドがこっそりと扉を開け、二人のいちゃつき現場に遭遇したのだった。

ルドが目を手で覆い、しかし指の隙間から興味津々に部屋の中を凝視し、ソフィーニは平気そうな顔をしているが顔を赤くし、フィリスはバールに目隠しされ、バールはフィリスを目隠ししながら部屋の中の様子に呆れ、ソドは感心したように頷いている。

「まったく、覗きとはあまりいい趣味ではありませんよ」

「ひっ」

部屋の中にいたはずのフウリの声が背後からしたことに、誰かが短く悲鳴をあげる。

クリスは、ベッドの上で変わらずごろごろしている。

フウリはもちろんのこと、最近はいちゃつくことに慣れたクリスも、五人の存在に気づいてはいたが、特に気にしていなかったのだ。

下に恐ろしきは、バカップルの羞恥心の無さと場所の選ば無さである。

「まぁ、それはいいとして、買出しは終わりましたか?足りない物はありませんか?」

「だ、大丈夫です!頼まれた物も全部ありました!」

怒られるかと思っていたルドが、予想外の質問に大きな声で返答する。

「それでは、明日には出ることにしましょう。二人はそのことを伝えてきて下さい」

「分かりました!」

バールとソドに向かってフウリが指示を出すと、背筋を伸ばしまるで敬礼でもしそうな勢いで返事をして駆け足をする獣人二人。

「それでは残り二人は部屋で話でもしましょうか。お題は鈍感な男の落とし方についてです」

残ったルドとソフィーニに向かって、楽しそうに提案するフウリ。

二人は結構な勢いで頷く。

フィリスは、クリスがごろごろしている隣で一緒にごろごろしている。

「頑張れよー」

去っていく女性陣に向けて、クリスが適当にエールを送るのであった。



「ちっ、オーカスの賤しい使者め!!」

「たかが冒険者風情に圧倒されおって!」

謁見の間にもいた、グルーモス王国の高官二人が城下の屋敷の一室で密談している。

二人は帝国との外交を担当しており、個人的にも恩恵を受けていたために、今でも関わりを持っている。

「しかしどうする!?王は元より、他の者たちもオーカスの若造の提案に乗る流れに傾いておるぞ」

「帝国から受けた恩も忘れて、恥知らず共が!!」

「どうやら、あまりいい流れではないようですね」

二人がヒートアップしてきたところで第三者の声が室内に響く。

急に出現した男に、二人は一瞬驚くがすぐに安堵の表情を浮かべる。

男は帝国の工作員で、グルーモス王国に帝国の人間が大手を振って出入りできなくなってからは、連絡要員として高官二人と接触している。

「お前か」

「どうにも横槍が入ってな」

高官二人は謁見の間であったことを、帝国の男に詳細に報告していく。

「また彼ですか」

「知っているのか?」

高官二人の説明を聞いて、男が条件に一致する人物を思い出し呟く。

「ええ、間接的にではありますが、私も何度か煮え湯を飲まされておりますよ」

「忌々しい限りだ」

帝国すら使者から被害を被っている事実に、グルーモスの高官が心底嫌そうな顔をする。

「今回は引きましょう、お二人にはこれまでのこともありますので、帝国に来るならばそれなりの地位をご用意しますが」

帝国の工作員はすぐさま結論を出す。

「おお、ありがたい」

「尽くした甲斐があるというものだ」

まるで何でもないように自分の国を捨てる決断をした高官二人を見て、ガイエン帝国の工作員の男は怪しい笑みを向けるのだった。

その数日後にグルーモス王国から、高官二人の姿が消えたのだった。



クリスたち一行は、グルーモス王が用意した馬車に揺られて、グルーモス王国とディサン同盟国の国境へと差し掛かっていた。

オーカス王国から入った行きとは違い、それなりに自由のある移動に観光気分で満喫するクリスとフウリとフィリス。

バールとソドは、風精霊に言い含まれたルドとソフィーニによって猛攻を受けている。

その騒ぎを肴に、景色を楽しむ魔法使い。

裏で暗躍する影を知ってか知らずか、騒がしい魔法使い一向は次なる目的地に向かい進んでいくのであった。


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