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第三章
第二十一話「魔法使いともう一人の国王」
グルーモス王国はその昔、オーカス王国の一領土であった。

当時は王都から遠い辺境ということもあり、あまり注目を浴びる土地ではなかった。

中央からいい意味でも悪い意味でも見はなされた土地では、段々と独立への意識が育っていった。

そんな折、戦費調達のためにオーカス王国が税を上げたことから、グルーモスの民は決起し、当時の領主を王として独立した。

すぐに鎮圧できると思っていた本国であったが、独立と同時に帝国との戦線が活性化し、現在の国境を維持することで、手一杯となっていった。

そうして両国は、国境で小競り合いを繰り返しながら現在へと至るのであった。



「これがオーカス王からの親書か」

グルーモス王国王都の城、その謁見の間は緊張に包まれていた。

珍しい組み合わせの客人が国境を超えて、かつての本国から来たからである。

その客人は、オーカスの新王の親書を届けに来た使者であった。

使者が普通に来たのならば、ここまでの緊張は無かった。

しかし謁見の間は、警備の騎士が警戒し、魔法使いが魔力を高めている。

なぜなら、グルーモスと国境を接するディサンを代表する種族である獣人、そして単体でも恐ろしいほどの力を秘める竜人を引き連れた使者、しかも使者本人がグルーモス王国でも一級の警戒人物なのだ。

この警戒人物の所業を実際に目の当たりにした王子は顔面蒼白である。

王はそんな謁見の間の様子を一段高い王座から眺め、どことなく面白そうにしている。

クリスとフウリとフィリスは、特に気にした様子もなくリラックスしている。

獣人と竜人は緊迫した空気が伝染したのか、周囲をしきりに警戒している。

普通は使者であるクリス以外の面子が謁見する必要はないのだが、グルーモス側が提案してこのような形になったのだ。

最初は、王では無く大臣が使者と謁見することになっていたので、グルーモスの王城警備の責任者は、戦力を分散させるよりも一つの場所に全員集めて、精鋭で厚く防備を固めることにしていたのだ。

しかし、それを聞いた王は、使者に会わず逃げることなど王には許されぬ、そう言って側近たちを黙らせ、謁見の準備をさせたのだ。

もちろん、使者が警戒すべき人物、国境の化物であると分かったときからずっと、王が直接クリスと会うことを、側近たちは必死になって止めていた。

それならばと警備の責任者は、クリス一人だけを謁見するように変更しようとしたのだが、既にクリス側に全員で謁見してもらうことを通達済みであることを知った王から、一度言ったことを二転三転させては王国の威信に関わる、と一喝されてその案は潰えた。

結果として、普段ではありえない数の兵士がいる異様な謁見の間で、ステインの親書がクリスの手から側近に渡り、王へと差し出される。

王はそれを、やはり面白そうに読み進めていく。

「ふむ」

そうして数分後、緊迫した空気が流れる中、親書を読み終わったグルーモス王が一つ頷く。

それを合図にしたかのように、謁見の間の緊張が最高潮になる。

王の一言で、国境の化物であるところのクリスが牙を剥くとも限らないからだ。

かつてないほどに物々しいグルーモスの謁見の間で、皆が見つめる中、王は口を開く。

「使者殿は、この親書の内容を知っているかな?」

「ええ、大まかには」

「そうか」

王はクリスの答えを聞いて考え込む。

「使者殿、役目ご苦労だった。オーカス王国の新王の提案は前向きに検討させていただこう」

「ありがとうございます」

王とクリスのやり取りを見守っていた謁見の間の住人たちから安堵の声がもれる。

「ところで使者殿は、以前国境付近で武勲を立てられたようだが」

王の何気ない口ぶりから出た特大の爆弾に、弛緩しかけた空気が一瞬で戻る。

警備の兵が物騒な気配を醸し出したのをきっかけに、獣人たちと竜人もいつでも動けるような姿勢を取る。

その様子を、面白そうに見る王と使者には誰も気づかない。

「ええ、恥ずかしながら傭兵の真似事を、していたこともあったものでして」

「ほほう!我が息子からは、ドラゴンを一刀の元に下したと聞いておるぞ?」

「はっはっは、人に飼いならされた蜥蜴如き、一匹二匹倒したところで大した自慢にもなりません。その戦場を共にした、そしてここにいるソフィーニが所属している、ギバル傭兵団に属する者ならば、ほとんどが出来ることでございましょう」

緊張した中で和やかに談笑する王と使者だが、話の中で出てた竜人の少女の正体に周りからざわめきが起こる。

ギバル傭兵団所属というのは、一国の重鎮たちを驚かせるだけの効果を持っているのだ。

「ふむふむ、そのギバル傭兵団の団員が、使者殿と一緒というのはどういうことかな?」

「団長と個人的に知り合いでして。娘の見聞を広める手伝いをして欲しいと頼まれまして、こうして一緒に旅をしているのです」

王と使者はまるで知り合いのような気安さで、話を進めていく。

「なるほどなるほど、使者殿はギバル傭兵団の団長と大層仲がよいのであろうな。そんな使者殿は国ではどのような仕事を?」

「恥ずかしながら国に仕えているわけではなく、冒険者をしております」

クリスが国仕えではないことに、周囲からまたざわめきが起こる。

「オーカスは、我が国への使者にたかが冒険者風情をよこしたのか!」

「グルーモスを侮辱しているのか!」

「大上段から見下ろすようなことをして、何が新王だ!」

「それでは今までとかわらないではないか!」

興奮したようにグルーモスの重鎮たちが騒ぎ立て、それに呼応するように警備の兵が武器に手をかける。

「静まれ!!」

興奮状態にあった謁見の間に王の一喝が響き渡り、それまで騒いでいた重鎮たちはまるで冷水を頭からかけられたように押し黙る。

グルーモス王が声を荒げることなど滅多に無いことで、皆一様に不安そうに王座を見やる。

「失礼した。しかし、皆が騒ぐ気持ちも分かってほしい」

「ええ、そうですね。確かに冒険者が使者の真似事をしているのですから、お歴々方のお怒りもごもっともです。ただ私はオーカスの新王、ステインとは学友でして、今回の件でも微力ながら助太刀しましたので、ある程度信頼されていると自負しております。何故私が使者に選ばれたかと言えば、王から信を受けており、グルーモス王国まで親書を一番安全に、且つ迅速に運べるからだと理解しております」

クリスの言う今回の件とは、オーカス国王の交代のことである。

グルーモスではその件については情報を収集し、その結果大半の国民から支持を受けた現王は、その改革の手際からいっても優秀で、今後のグルーモスの歴史に関わる重要人物になるだろうという結論に達している。

そういった前情報もあったグルーモスの重鎮たちは、クリスの説明に不承不承納得したといった感じの顔で周囲を見回して頷き合う。

クリスのよく回る口に、獣人たちと竜人は呆れ顔である。

フウリは船をこぐフィリスの相手に忙しく、ほとんど話を聞いていない。

「ほほう、確かに使者殿ほどの武勇ならば安全ではあるな」

「いえいえ、ここにいる獣人たちはアーリアスの戦士で、姫の護衛をしているのです。私の武勇など霞むほどの強さです。なので私は、道中剣すら抜くことがありませんでした」

竜人に続き、獣人たちの出自も明らかになり、謁見の間は先程以上にどよめく。

ギバル傭兵団は確かに影響力はあるが、傭兵という枠組みを大きく逸脱するものではない。

しかし、アーリアスの姫とその護衛となれば話はもっと大きくなるのである。

姫はそのままアーリアス族、その影響力を多大に受けるディサン同盟の決定に直結している。

そして姫の護衛ということは、獣人の若者二人は今後アーリアスの戦士を纏める立場、もしかしたら姫の結婚相手で族長候補かもしれないということが、グルーモスの重鎮たちの脳裏をよぎる。

この使者を、たかが冒険者と軽んじてはならない重鎮たちは痛感する。

個人の武勇は嫌と言うほどに聞いていたが、それ以外にもオーカス王に信頼され、ギバル傭兵団団長に団員を任されるほどの付き合いがあり、アーリアス族ともつながりがあるという訳の分からない使者に、重鎮たちは困惑する。

「安全というのはよく分かった。しかし、迅速というのはどういうことだ?」

周りの困惑を他所に、楽しそうに王はクリスに質問する。

「ここにいる私と契約している精霊は風精霊です。それこそ風よりも早く情報をオーカスに伝えることが出来ます」

「ほほう!てっきり使者殿の嫁とばかり思っていたぞ!」

周りは既に驚き過ぎて呆然としている。

精霊を連れているということは、魔法的な才能があるということである。

しかも高位精霊と契約しているということは、その才能もかなりのものであることが推測される。

そして契約している精霊の戦力は契約主の戦力ということなので、使者個人の戦力がドラゴンを真っ二つにするどころの話ではなかったことに、重鎮たちや警備の兵は冷や汗を流している。

「しかしそうなると、その隣の娘は一体?」

「私が契約している火精霊です」

うつらうつらしているフィリスを見て質問するグルーモス王に、クリスが返答する。

そしてその返答を聞いた周りは、既に諦めの境地である。

高位精霊二体と契約している魔法使いなど、噂にも聞いた事が無いからである。

そもそも精霊と契約している魔法使いすら珍しく、国の重鎮だろうが高位精霊など、それこそ風の噂でその存在を聞いた事がある程度なのだ。

クリスの発言を信じられなかったグルーモスの魔法使いは、魔法で二人が精霊かどうかの確認をする。

そこには確かに精霊の特徴的な魔力を湛えた姿が映り、グルーモスの魔法使いはいぶかしげな視線を寄越す重鎮たちにただ頷くことしかできなかった。


こうして謁見の間は一人の異常な魔法使いに注目が集まり、緊張が高まる中で王と使者はただ面白そうに語らうのであった。


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