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第三章
第十九話「魔法使いと出発の日」
「おとうさん」

「・・・!?どうしたフィリス!そんな不安そうな瞳で見つめて!な、なんだ、何か欲しいものでもあるのか!?ま、魔力か!?今ちょっと枯渇しているんだが・・・。後じゃダメか?我慢できないなら、ちょっとおっさんでも魔剣で切って魔力回復するけど!?」

袖を引っ張って無言で見上げてくるフィリスに、クリスが言いようのないプレッシャーに押されて慌てだす。

「まけちゃったね?」

「よーし、お父さんちょっと修行の旅に出てくるわ」

溜めてからのフィリスの痛恨の一撃に、クリスが全てを投げ出して強さを追い求める修羅の道を歩もうとする。

手始めに帝国の国境をがたがたいわせてやる、と息巻くクリスにフィリスが再度袖を引く。

「つぎはかてるよ」

「おらおっさん!とっとと構えろよ!」

落としてからの上げるフィリスの言葉に、クリスはベアードに早速再戦を催促する。

「少しは落ち着けよ」

「まったくですね」

呆れ顔のベアードに、フィリスにいらぬことを吹き込んで行動させた母が続く。

「まぁ、そんな訳で、こいつが世話になることになった。ひとつ仲良くしてやってくれ」

「よろしく」

「おう、期待してるぜ」

ベアードの紹介にソフィーニが短く挨拶し、立ち直ったクリスが笑いながら歓迎の意を示す。

そんなクリスを、胡散臭いモノを見るかのような視線を向けるソフィーニ。

ベアードと一対一で渡り合っていたときは、ソフィーニはクリスに畏怖のような敬意のような感情を抱いたが、その後のやり取りでそんな感情も霧散している。

クリスがソフィーニの視線に首を傾げている間に、一行もそれぞれ短くではあるが、挨拶と自己紹介を済ませる。

「けど、寂しくなるなぁ。まるで娘が嫁入りに行く気分だよ」

「・・・!おいソド、手だしたらどうなるか・・・わかってんな?」

エルモアが寂しそうにソフィーニを見て、その言葉に何か考えついたベアードがソドに釘を刺す。

「な、なんで俺ピンポイントで!?」

「てめぇ以外は大丈夫なんだよ!」

ソドの真っ当な疑問は、ベアードの的確な状況観察で封じられる。

ベアードの観察眼は事実を見破っているために、ソドもそれ以上の反論ができない。

「こらこら、団長。娘の恋を邪魔しちゃいけないよ。ソド君、ちゃんと責任取ってくれるなら私は何も言わないからね」

「おい、ちょっと待って。っていうか、ソフィーニも何か言ってくれ」

「?」

エルモアの背後からの援誤射撃を身体中あびたソドは、ソフィーニに助けを求めるが、状況を理解していない竜人娘は首を傾げるだけである。

「おい貴様ぁぁぁ、もう名前呼び捨てかぁぁぁ!俺が直々に稽古をつけてやる!!そこに首を出せ!!」

「首!?」

何故か親馬鹿と化しているベアードは、稽古と称してソドに首を差し出すように要求する。

「落ち着けよおっさん。あとフィリスにちょっかいだしたら地上に居場所があると思うなよ」

「地獄すら生ぬるいと思えるようにしてあげましょう」

親馬鹿が共鳴したのか、クリスがフィリスを抱っこしながらベアードを宥め、ソドに警告する。

フウリがそれに同調し、脅しをかける。

「俺が何したって言うんすかぁぁぁ!」

災難に見舞われた獣人の叫びが、最前線の町の空に響き渡った。



「ま、一段落ついたことだし、別行動するか」

「相棒はベアードの旦那と稽古中ですね」

「ソド兄さんが死んじゃう」

ベアードに半ば強制的に連行されたソドの冥福を祈りつつ、鍛錬場を後にしたクリスたち。

「まぁ、エルモアもついてるから本当に死にそうになったら止めるだろ」

「それ以外は放置してそうですが」

基本、楽しいことのために一生懸命なところがある健気な副団長のなけなしの良心に、ソドの命がかかっていることを確認した一行は、その冥福を祈りつつ、自由行動の相談をする。

「ここってあそこの鍛錬場以外に試合できそうなところある?」

「中央広場、広い」

ルドの質問に、中央広場を方向を指差すソフィーニ。

「んじゃ、私たちはそっちで試合しようか」

「ん」

ルドの提案に言葉少なに頷くソフィーニであったが、先程ソドに負けたこともあって油断や慢心は一片もない。

基本脳筋であるソフィーニは、強敵であろうルドとの試合を想像し、目をらんらんと輝かせて心躍らせている。

「バール兄さんも着いて来てよ」

「仕方ねぇな。そんじゃあにさんら、俺らは中央広場にいってきますね」

バールは仕方ないと言っておきながら、実に楽しそうに付き添いを了承する。

妹分が竜人娘と楽しそうに話しているのを見て、まるで年頃の友達ができたように思え、例えそれがちょっと血なまぐさいような話の内容であっても、兄としては嬉しかったのである。

「おう、怪我させんなよ」

「気をつけて」

「がんばって」

クリスたち親子三人は、バールたちにそれぞれエールを送る。

「いってきますー」

「いってくる」

ルドとソフィーニが楽しそうに挨拶をして、バールと共に中央広場へと向かって行く。

「さて、あいつらも行ったことだし、三人で観光でもするか」

「かんこうする」

クリスの提案に、フィリスがまだ見ぬ新天地の味覚に思いを馳せる。

「フィリスもやる気ですね、それでは行きましょうか」

「うい」

「うん」

こうして魔法使い家族は最前線の町で、束の間の休息を楽しむのであった。




それからのクリスたちのフェッスールでの日々は、比較的平穏であった。

クリス、フウリ、フィリスはほとんどの時間を一緒に行動し、久方ぶりの親子水入らずを楽しんだ。

どこへ行っても目立つ三人組は小さな問題事が多発したが、どれもいつものモノに比べれば優しいモノで、休日を楽しむスパイス程度であった。

バールとルドも、ギバル傭兵団にいるソドの様子を見に行ったり、二人で買い物に行ったりと何かとペアで動くことが多かった。

仲が進展したかと言えばそこまでではないが、一緒の部屋で寝泊りした効果が少しは出たようで、バールもルドを意識する場面もたまにだが見られた。

ギバル傭兵団で鍛えられているソドは、毎日のようにソフィーニと稽古をし、ベアードや団員たちと試合をした。

その間にソフィーニの他種族に対する偏見も大分薄れ、なんだかんだとソドと一緒にいることが増えたために、ベアードが事ある毎に獣人に特訓と称した地獄を見せていた。

エルモアはいつも通りにギバル傭兵団の脳筋たちではできない書類仕事をこなしながら、ソフィーニに旅で必要な知識を教えたり、フウリとお茶をしたりしていた。

ついでに男女の仲についてソフィーニに特別授業を行い、それを元に行動した竜人娘が獣人を慌てさせ、団長が乱入するのを見て、とても楽しそうに笑っている姿がよく目撃された。

それぞれ充実した日々の経過は早く感じられたようで、出立の日にはフェッスールから離れることを各々が惜しんだ。



「忘れ物はない?大丈夫?」

「ん」

フェッスールから南に伸びる街道の門の前で、エルモアがソフィーニに確認を取る。

「ソドよ、ソフィーニに何かあったら・・・分かってるな」

「わ、わかってますって。誠心誠意お守りしやす」

脇では、ソドにプレッシャーをかけるベアードの姿がある。

「まったく団長はすぐにそうやっていじめるんだから。ソフィーニ、何かあったらちゃんと責任を取ってもらうのよ?」

「ん」

副団長の有難いお言葉に神妙に頷くソフィーニ。

「おいいい、何かってそっちじゃねぇからな!?」

「お、落ち着いてください、わかってるっすから!」

エルモアの含みのある言葉に、ベアードがソドの胸倉を掴み揺らす。

ソドは揺れながらも、必死にベアードを落ち着かせようとする。

「おっさんが親馬鹿すぎるな」

「まったくですね、少しは落ち着いたらどうでしょう」

親馬鹿代表格の二人が、ベアードの行動を酷評する。

「あにさんと姐さんは鏡みるべきですよ」

「まったくよね」

バールとルドが自分達を鑑みない二人の発言に、呆れたような顔をする。

「そろそろ、いこ?」

いつまでたっても出発しない一行に鞭を入れたのはフィリスであった。

なぜフィリスが出発を急かすかというと、クリスに町からでた後に少し歩いたらお昼にすると言われていたので、早く少し歩きたかったのある。

「よし行くぞ、ほら行くぞ」

「もたもたしていると置いて行きますよ」

エルモアが持たせてくれたお弁当が入ったリュックを背負ってそわそわするフィリスに、親馬鹿二人はすぐさま一行の出発を宣言する。

「気をつけていってこいよ。あと例の仕事の話、戻ってきたときにでも少し話すわ」

「またここで会おうね」

ベアードとエルモアが一行を見送る。

「おう、了解。おっさんたちも達者でな。あと次は勝つ」

「お世話になりました。エルモア、またゆっくりお茶でもしましょう」

「またね」

「お世話になりました」

「行ってきます!」

「有難うございやした、また稽古付けてくだせぇ」

「行ってくる」

それぞれ挨拶を述べると、門から出立していく。

こうして、フェッスールを後にした魔法使い一行は、グルーモス王国へとその足を進めるのであった。


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