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第三章
第十八話「魔法使いと試合の行方」
「くそっ!負けた!」

クリスが地面に寝転がり、悔しそうに天に向かって悪態を吐く。

「まだまだクリスには負けんぞ」

「魔法有りでもう一回!」

ベアードの勝ち誇ったような顔に、クリスが拝むように手を合わせ、自分の得意分野有りでの再戦をお願いする。

「あほか!演習場が使えなくなるだろ!」

「チッ、覚えてろよおっさん、次は勝つ!」

「おう!いつでも相手してやるぜ」

クリスのおねだりは、既に若干手遅れかもしれない鍛錬場の惨状によって却下される。

その妥協案として再戦が約束される。

「その余裕を今度こそ完膚なきまでに・・・!」

「がっはっは!ところで敗者は、勝者の言うことを聞かないといけないよな?」

クリスが毎回のように述べる負けた後の勝利への抱負に対し、ベアードが笑って流して無茶なことを要求する。

「おいおい、そんな話した覚えないぞ・・・?」

「敗者が勝者に意見しちゃいけないよな?」

「・・・はいはい、そうですねー」

聞き覚えのないルールに抵抗するクリスだが、ベアードの念を押すような言い方に対して妥協してしまう。

「さすがクリスだな、物分りがよくて助かる」

「くそっ、次回まじで覚えてろ」

ベアードが当然だと頷き、クリスが次回の勝利を誓う。

「返り討ちだ!で、敗者のクリス君に頼みごとなんだけど」

「おうおう、なんでも言ってくれよ、勝者のおっさん!」

やけくそ気味に叫ぶクリスにベアードが尊大に頷く。

「うむ、別に難しい話でもないんだがな。お前のとこのソドと試合してたさっきの新人の娘、ソフィーニというんだが。今回のお前さんの仕事に一緒に連れて行ってくれないかね?」

「ふむ?別にいいぜっていうか、ぶっちゃけ人手が増えるのは結構嬉しいんだけど。何でか理由を聞いてもいいかね」

まるで子供を心配するように告げるベアードの顔に、クリスもまじめな顔になって娘を預ける理由を聞きだす。

「ああ、あいつはうちの中でも才能があるほうでな、若いし伸び代もある。しかし如何せん頭が固すぎる」

「ほほう、おっさんにしてはかなり高評価だなぁ」

ベアードがソフィーニをべた褒めする。

ギバル傭兵団の中ではまだ弱い部類に入るソフィーニであったが、新人にしては破格の強さを有していた。

しかし柔軟性に欠けるその思考は、成長を阻害しているとベアードは考える。

「おう、なかなかの逸材だ。だから余計に、な。ここにいると確かに強くはなれるだろうが、固いまんまだ。固い奴ってのは強い衝撃があるとすぐに砕けちまう。だけど、クリスたちと行動すれば、あいつはしなやかに強くなるだろう。そういう奴は死に難い。だから頼む」

「分かった分かった。勝者のおっさんが頭下げて頼むんじゃ、断れるわけないしな。足手まといになるわけでもないし、連れて行くくらい別にいいというか、むしろ戦力的に歓迎だ。けどおっさんの思惑通りに行くかは分からんぜ?」

ベアードが我が子の心配をする親のように子のことを思い、最善となるであろう方向へと導こうとする。

クリスは頭を下げるベアードに気軽に答えて、気にするなと伝える。

「おう、んじゃ頼むわ。あいつは俺たちの家族だ。今より強くなることは確かなんだよ」

「脳筋族か、罪深いな」

「がっはっは。おっと、副長たちがこっち来たな、んじゃそういうことでこっちも話纏めとく」

自分の家族に対して絶対の信頼を置くベアード。

それに対してクリスがベアード一族の生態を思い浮かべ、ソフィーニが脳筋になる前にしっかり教育しようと考える。

もう若干手遅れであることをクリスは知らない。

そうこうしているうちにフウリたちが近寄ってきたので、話をうちきるベアード。

「おう、次は負けねぇぞ!」

「次も勝つ!」

リベンジ宣言と共にクリスの突き出した拳に、勝利宣言と共に突き出されたベアードの大きい拳がぶつかる。

拳を合わせ、笑いながら再戦を誓う魔法使いと傭兵であった。




「どうやら決着がついたようだね」

エルモアが鍛錬場に寝転がるクリスを見て、笑いながら告げる。

「ふむ、主の連敗記録が更新されましたか」

「おとうさん、まけ?」

フウリが脳内手帳に自分の主の連敗記録を記帳していると、フィリスが悲しそうな目をして母を見上げる。

「ふふふ、落ち込んでいるので励まさないといけませんね、フィリス」

「うん、おとうさんはげます、よ?」

「いい子ですね。ただ、少し話をしているみたいですので、近寄るのは待ちましょうね」

落ち着かせるように笑顔で提案するフウリに、フィリスも悲しそうな目を変化させる。

それを見たフウリはフィリスの頭を撫でながら、風に乗って聞こえてきた話の内容に、寝転がる二人まで移動することを遅らせる。

「っていうか、なんなんだあの二人、最後のほうなんて巻き込まれたら死ぬレベルで危なかったんですけど」

「ただの試合ってレベルじゃなかったわね」

バールが先程までの命の危険に対して興奮気味に騒ぎ、ルドも若干青い顔をして同意する。

「いやぁ、俺らの後ろであんな過激な戦闘するなんて、早めに避難して正解でしたぜ」

「うん、危なかった」

ソドとソフィーニは、自分たちのすぐ近くで行われる予定だった派手な試合に巻き込まれなかったことに安堵する。

「ふふふ、鍛錬場が穴ぼこだらけなのはどうしようかなぁ」

「そういえば、入り口にここの団員が数名寝転がっていましたね。怠惰はいけません」

「それはいけないな、罰をあたえないと。丁度いいところに過激な肉体労働ができる現場があるしね!」

あまり困ったように見せずに鍛錬場の整地について考えるエルモアに、フウリが強制的に寝ていた団員たちの話をする。

その間接的な原因を作ったエルモアは、そんなことはおくびにも出さず、居眠りの罰を決定する。

「後始末役も決まって何よりです。ところで主もなかなかに尊敬に値する人物ではなかったでしょうか?」

「うちの団長も、ね?」

フウリは言葉と共にソフィーニを見て微笑み、エルモアもそれに続くようにソドを見る。

「うん」

「はい」

見つめられたソドとソフィーニは、納得したように頷く。

「素直でよろしい」

「確認も取れたところで、そろそろあちらの話も終わりですね、行きましょう」

二人の素直な様子に満足した様子で頷くエルモアとフウリ。

風に乗ってきた会話内容に、そろそろ近寄っても大丈夫だと判断したフウリが話題を終わらせ、自分の主の下へと歩きだす。

「おとうさん」

「フィリス、走らなくてもお父さんは逃げませんよ」

フィリスを追うようにして一行が鍛錬場の真ん中で拳を突き合わせる魔法使いと竜人へと歩みを進めるのだった。




整地を他の団員に任せ、休憩室に集まった一行。

エルモアが全員にお茶を配り終わると、ベアードがソフィーニにクリスたちの旅への同行を提案する。

「私が弱いから・・・?」

ベアードの提案を聞いたソフィーニは少しの間悩み、不安そうに質問する。

そのいつもとは違うソフィーニの様子に、父は大いに慌てる。

「ち、違うぞ。逆だ、逆!伸び代があるからだ!確かにここに居てもお前は強く成れるが、竜人の強さしか知ることができないだろう?クリスたちと行けば、人間であるクリスはもちろんのこと、その精霊やお前に勝てるほどに強い獣人の強さも、更に知ることができるだろ」

「うん」

ベアードが慌てて口から出したほぼ本音に近い言葉に、ソフィーニの不安は解消されていつも通りの無表情で頷く。

「ふふ、団長が慌ててる」

「おっさん慌てすぎだろ」

ソフィーニの様子に気づかず、慌てていろいろ弁解する父を若干嬉しそうに見つめる娘の後ろで好き放題言う母と魔法使い。

そしてその後ろでは、フウリがフィリスに耳打ちをしている。

やがて耳打ちが終わると、フィリスがとことこと歩いてクリスに近づき、その袖を引っ張り注意を引く。

娘に何かを吹き込んだ母が面白そうに見守る中、魔法使いに不穏な影が忍び寄るのだった。


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