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第三章
第十七話「魔法使いと竜人の剣」
「くっ」

「力任せに振ってるだけじゃ当たりませんぜ」

「っ!」

まるで師のように、木剣を交わしながらアドバイスするソドに反抗するかのように、睨む新入り竜人娘。

「折角竜人の並外れた能力があるのに、それじゃあ宝の持ち腐れですぜ」

「・・・!」

「ふむ、いくぜ」

相変わらず険しい顔で睨む竜人娘に、ソドは何か決断したように頷くと、態度を一変させ、体勢を低くして構えて一気に前へ出る。

それまで防戦一方だった獣人のいきなりの攻勢に、竜人娘は受けるのが精一杯になり押されだす。

「なっ!?くっ、はっ!」

ソドの剣を凌ぎきれずに苦し紛れに木剣を振るう竜人娘。

そんなものがソドに通用するはずもなく追い詰められていく。

「こ、れ、で、詰みだぜっ」

「く・・・」

ソドが淀みない剣技で竜人娘を押し切り、その喉元に木剣を突きつける。

娘は悔しそうに顔を歪める。

「獣人に敗北・・・」

「種族で優劣を判断してれば、そりゃ負けるぜ」

「種族の格差は歴然」

敗北に落ち込む竜人娘の言葉を、ソドが注意する。

種族によって基本的な身体能力の差が大きいということは、往々にしてあることである。

実際、他種族に対し排他的な獣人族であるが、竜人族の強さに憧れを抱き崇拝にも似た感情を持っている者が多くいる。

それは比べるのもおこがましいほどの能力の差があるからである。

しかし、純粋な種族間の能力だけで戦闘の全てが決まるかと言われれば、そういうわけでもない。

「じゃあ何で俺が勝ったんだ?」

「・・・」

ソドの質問に新人娘は答えることができず、沈黙するほかない。

「あとはそうだな、後ろを見ればいいと思うぜ。その価値観が如何に間違いであるかがよく分かる」

「?」

ソドの言葉と共に一際大きな音が鍛錬場に響き渡り、それまで勝負に夢中だった竜人娘も自分達以外にも鍛錬場を使っている者がいることに気づく。

「っていうか、人間の中でも強い方だと思っていたんだが、ここまでとは。さすが旦那」

「嘘・・・!?」

ソドの驚嘆したような呟きを聞きながら後ろを振り返った竜人娘の視界に、これまでの常識が崩れ去る光景が広がる。

自分の尊敬する遥か高みにいるはずの実力者、ギバル傭兵団の団長と、ただの人間が互角に打ち合っているという事実が、竜人娘のそれまでの常識を亡きモノにしようとする。

「あれが種族とか、みみっちいことを超越した強さだぜ。まぁ強さ以外にもいろいろ種族的な何かを超越してる御仁だが」

「・・・」

ソドの実感の篭った言葉と実際目の前で繰り広げられる光景に、竜人娘は自分の価値観がどれだけ小さかったかということを知る。

叫び合い、笑いながら、互いに剣を交える人間と竜人。

絶対的強者である竜人と相対し、互角に渡りあう人間。

戦う技術を磨き、魔の妙技を駆使して、種族間の絶対的能力差などものともしない人間がそこにはいた。




「シッ!」

「あめぇっ!」

クリスが振るった木剣が空を切る。

狙われたベアードはぎりぎりで回避し、流れるように自分の木剣を振るう。

「があっ」

「おらっ!!」

ベアードの木剣がクリスの腹部に当たり、後ずさる形になる。

そこに更に追い討ちをかけるベアード。

「く、そ、がぁぁぁ!」

「うお、あぶっ」

ベアードの追い討ちを凌ぎ、気合一閃、クリスが横に振った木剣がベアードの鼻先を擦る。

「調子のんなよ!!」

「よっ、ほっ、がっ」

クリスの連撃が続き、次第に追い詰められ、一撃くらってしまうベアード。

「はっはー!蜥蜴が人間様に敵うと思うなよ!」

「うぉぉぉ!」

「おあっ、ぶっ」

挑発するクリスに、ベアードが踏み込んでからの鋭い一撃で返事をする。

「はっ!調子乗ってるから足元すくわれんだぞ」

「いてぇな、畜生が!もう手加減はやめだ!」

クリスは柄悪く言い放つと、魔力を練って自分の肢体に満たしてゆく。

魔剣が手元にないため、魔力量は少ないが、それでも命のやり取りをするわけでもない模擬戦には似つかわしくないほどの力を込める。

「おいおい、負けたときの言い訳が出来なくなるぜ」

「おっさんこそ、負けを年のせいにすんなよ」

クリスの本気度合いを察したベアードが、若干汗を流しながらも平然を装うが、クリスはそれを見越したように挑発する。

「言ってくれるじゃねぇか、これから大仕事らしいから怪我しないように気を使ってやってたんだがな。やめだ!」

ベアードがクリスの意向を察し、雰囲気を変えて木剣を振り上げるようにして構えると睨みつけるように鋭く相手を見据える。

「こいや、蜥蜴野郎が!人間様の強さを教えてやんぜぇぇ!」

「馬鹿言ってんじゃねぇよ!てめぇみたいな人間がごろごろ居たら世界が終わるわっ!!」

クリスのまるで自分の強さが人間の範疇であるとでも言うような発言に、ベアードが激しく反論する。

「おっさんに言われたくねぇな、おい!」

「ぐおっ、不意打ちとはいい度胸じゃねぇか!」

ベアードの頭に血が昇ったところで、クリスが言葉と共に手を動かし、不完全な体勢からだが不意の一太刀を繰り出す。

それを寸でのところで回避したベアードが、嬉しそうに笑いながら木剣を構えなおす。

「くそが!当て損ねたかっ」

「次はこっちからいくぜぇぇ!」

クリスが不意打ちが失敗したことを悔しがる中、ベアードが完全に本気で剣を振り下ろす。

クリスがその剣を横っ飛びで回避すると、それまでいた場所に小さなクレーターができる。

それに見向きもせず、二人は幾合と剣を交える。

「おいおい!相変わらずいろいろ辞めてるな!」

「ただの人間が、竜人相手に打ち合ってる時点で、お前もいろいろ辞めすぎだ!」

何かを辞めた二人が壮絶に笑いながら罵りあう。

「言ってろ、蜥蜴野郎が!!今日こそ仕留めてやるぜぇぇぇ!」

「はっはっは!まだ早いわ!!」

叫びと共に二人の剣が交差する。





「相変わらずというか、よくうちの団長と差しで勝負できるよね」

「どちらも抑えているとはいえ、なかなか見所のある勝負ですね」

エルモアとフウリが戦う二人の様子を見て、感心したように頷きあう。

「え・・・?」

「おさえ・・・てる?」

「ありえねぇ」

「・・・」

フウリの言葉に、エルモアを除くその場の全員がありえないといった風に言葉を無くす。

新人竜人娘は人間が竜人、しかもギバル傭兵団の団長というとっておきと、打ちあっている現状に頭がついていかない。

ちなみに既にソドと新入り竜人娘は、巻き込まれないように避難済みである。

「抑えていなければ今頃ここは吹き飛んでますよ」

「クリス君は攻撃魔法使って無いし、うちの団長は木剣が壊れないように一応セーブしているしね」

フウリの物騒な発言を補足するように、二人の分かりやすいところでの手加減箇所を説明するエルモア。

「魔法・・・?ああ!」

「旦那はそういえば魔法使いが本業でしたね、確か」

「!?」

本人ですら忘れていそうな事実に、初めて知った竜人娘が驚愕に目を大きくする。

「っていうか、あの木剣も使ってみたから分かりやすが、かなり頑丈な感じですぜ?」

「ええ、うちの団員が訓練で使う物だからね、模擬戦用としてはトップクラスの頑丈さじゃないかな。それこそ鈍器として使えるくらいに」

「それを壊せるとかありえない・・・」

先程まで使っていた木剣の感想を述べるソドに、実際仕入れをしたエルモアが補足していく。

「しっかり見ておいたほうがいいよ、ソフィーニ。成長のきっかけっていうのはこういうところにも転がってるものだからね」

「ん」

エルモアの忠告に新人竜人娘、ソフィーニが真剣な目で頷く。

「お?二人の様子が」

「ああ、本当だ。かなり本気モードだね」

「ふむ。あまり前に出ないようにして下さい。命の保証が無くなりますよ」

二人の様子の変化を察知したバールの言葉に、エルモアがソフィーニから鍛錬場に視線を戻し、フウリは素早く結界を張る。

「え?」

「は?」

「ん?」

「?」

獣人たちとソフィーニが疑問の表情を浮かべフウリを見る。

「結界を張りました、今の位置より前にはでないように」

言っているそばからベアードの木剣の一振りから生じた衝撃波が結界に阻まれて霧散する。

「今のとか喰らっちゃうと、ちょっと命が危険だからね」

エルモアが、笑いながら警告する。

獣人たちとソフィーニの驚愕の目線の先ではクリスが剣を振るい、地面を抉っていた。

竜人と人間の真剣勝負の鍔迫り合いに、少ないギャラリーの目線は釘付けになる。

「おとうさん、がんばって」

娘の声と同時に二人の剣が交差する。

剣と剣がぶつかり、辺りに突風が生まれ、交差する剣越しに二人は好戦的な笑みを浮かべ合う。

魔法使いと傭兵はただただ楽しそうに剣で語らうのだった。


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