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第三章
第十六話「魔法使いと竜人事情」
「おっさんに会いにきたら死屍累々な件」

クリスたちがベアードに言われた建物に来ると、何故かギバル傭兵団の団員たちが倒れていた。

「綺麗に気絶させられてますね」

「ギバルの団員にこんなことできる奴がいるなんて!くそっ!」

「そう言いながら追い討ちをかけようとしないで下さい。フィリスもつついてはいけませんよ」

「滅多に無い機会だからつい」

「ごめんなさい」

戦友達の名誉の戦死に涙しながらその死体に鞭を打つクリスと、うめき声を上げる竜人に興味深深のフィリスを、フウリが一応止めておく。

起きたあとが怖くなったクリスは、フウリに言われた通り、鞭打つ手を止める。

「大丈夫なのかしら・・・」

「これはひでぇな。何で兄さんたちは落ち着いてるんだ・・・?」

獣人たちはギバル傭兵団の惨状に驚愕し、クリスたちの落ち着きように疑問を示す。

「ん?クリスか、宿はどうだった?」

「おお、おっさん、宿は快適そのものだわ、ありがとね」

「おうおう、気にすんな。しかしすまんな、散らかってて。ソドの部屋を用意するので手一杯でな、こっちはまだなんだ」

奥から出てきたベアードが、申し訳無さそうに寝転がる団員達を足で隅に寄せながら謝る。

ベアードの登場に安心した表情をするバールとルドであったが、団員達がうめき声を上げながら足で隅に寄せられる光景を見て、思考停止に追いやられる。

「ああ、そのことで聞きたいんだけど。率直に何この惨状」

「うむ、なんか裏切ったとかなんとか言って、俺が帰るなり木剣で襲いかかってきたから、とりあえず伸しといたんだが」

団員たちは朝からそわそわしていた団長が、女と遊びに行ったと勘違いし気勢を上げ、手に手に訓練用の木剣を持ち、ベアードへの闇討ちを計画した。

しかし、予想外に早いベアードの帰還によって、その計画は脆くも崩れ去り、計画途中だった団員たちは辛くも散ったのだった。

ちゃんと計画を立ててその通りに行動しても、闇討ちが成功したことは無いのだが。

「なるほど。いつものことか」

「慣例行事ですね」

クリスとフウリもいつも聞く話にただ納得する。

「か、慣例行事!?」

「この惨状が!?」

獣人二人が常識で物を言う。

「仕方ねぇガキどもだからな。ずっと反抗期で困る」

しかし、非常識の塊であるギバル傭兵団ではこれは日常のことである。

「よっ、パパさんっ」

「よせやい、照れるだろ」

非常識の権化が煽り、非常識の親玉が照れる。

「ところでギバルの母であるところの副長は?」

「あいつなら今、新入りとソドの奴を案内してるところだ」

フウリが、妙に話の合う副長の姿を探し問う。

「ほほー、新しい団員が入ったのか」

「おう、この前里から来たばっかで反抗期もまだだぜ、おかげで手がかかる」

ベアードが実に楽しそうに我が子の自慢をする。

「くはは。おっさんも泣く子にはかなわねぇからな」

「ちがいねぇ!ま、そこは副長が上手くやってくれるだろうから、問題ない」

クリスがギバル傭兵団に入りたてのころの団員たちの様子を幾つか思いだし、ベアードも同じことを思い浮かべる。

「さすが、ギバルの母」

「おかあさん?」

「うむ、うちのお母さんだな。さすがに俺じゃ、年頃の娘にはどう接していいかわからんしなぁ」

戦い方はおしえられるんだが、とぼやくベアード。

「おいおい、新入りは女の子か、珍しいな」

「おう、竜人の里でもなかなか手のつけられない暴れん坊でな。悪い奴じゃねぇんだが」

ベアードが少し歯切れ悪く、新入りの竜人のフォローをする。

竜人は基本男社会であり、ギバル傭兵団もその気が強いので女性の新入りは珍しいのである。

「ほほう。詳しく聞いていいの?」

「かまわねぇよ、っていってもそこまで面白い話でもないぞ。ただ、新入りが弱きを守り強きを徹底的に挫くって感じでな、正義感が強すぎるんだ。んで、なまじ腕もいいから、悪さした里長の息子をぼこぼこにしちまってな。あの馬鹿ガキが悪いんだが、明らかにやりすぎだったんで、里には居づらくなったようでうちに来たんだ」

実際、力が強いほうが正義という考えも根強い竜人族にとって、絶対的に立場が悪くなったわけではないが、女が同い年の男、しかも里長の息子を打ち倒してしまったために話がややこしくなったのだ。

なので、新入りの竜人は見聞を広めるためと称して、ギバル傭兵団へ参加を許可された。

ちなみに里長の息子は女にも負けた情けない竜人として、徹底的に鍛えなおされている。

「ふむ、おっさんも大変だなぁ」

「なんのなんの、世話かかるくらいの奴じゃねぇと面白くねぇしな、副長も団員たちも」

「相変わらずだな、まぁ変わりようもないか」

クリスがどこか懐かしむようにギバル傭兵団での思い出を脳裏に浮かべる。

そして、戦場で世話を焼いたり焼かれたりしか思い浮かばないことに、落ち込むこととなる。

「そうだな、うちは一時が万事こんなんだからな」

「うむうむ、なんだかんだ竜人の里からも、頼りにされてるみたいだしな」

「あそこは自分のところで扱いきれないはねっかえりを、こっちに回してるだけだぜ」

ベアードは照れたように悪態を吐く。

「違いないけど、それが頼られてる証拠だろ」

「そうだといいがな」

顔を赤くしながらそっぽを向くベアード。

「ところでフウリ、何か静かね」

「ええ、主。ここの鍛錬場でなにやら面白そうなことがありそうですよ」

「気配探ってたのか」

静かだったフウリを疑問に思い、振り返ったクリス。

フウリは閉じていた目を開けて、無表情に告げる。

クリスはその様子に、フウリが風によって周囲の情報を集めていたことを悟る。

「はい。どうもソドと件の娘が試合をするようです」

「相棒が!?」

「ソド兄さんが、そんな面白そうなことを独り占め!?私も竜人の女の子と試合したい!」

フウリの面白いことの状況説明に、バールがいつも冷静なソドを思い浮かべ驚き、ルドが先程のベアードの話で出てきた新人の実力を思い浮かべ羨む。

「野次馬するか」

「そうしよう!」

そして親父二人は即座に行動に移るのだった。





「はぁぁぁ!」

竜人の娘が、ギバルの団員達が使うよりも幾分か細い訓練用の木剣を構え、目の前の獣人の男へと果敢に切りかかる。

「ふっ」

しかし、その直線的な動きは獣人の男にとって避けやすいものであり、最小限の動きで回避していく。

「はぁはぁ・・・はっ!」

剣を大振りしてきた竜人の娘は息が上がり、それでも目の前で余裕に構える獣人を攻めることを止めない。

「ほっ、はっ」

獣人の男は、娘の攻撃を紙一重で避け、しかしその大振りのすきをつくことなく、まるで指導するように相手をしている。

そんな光景が、先程から数分繰り広げられていた。


「あら、団長も来たんだ」

「おう、フウリ嬢ちゃんが、このおもしろイベントを察知してくれたんでな」

ベアードの足音に気づいた副長が振り向く。

「まぁまぁ、久しぶりだね、クリス君、フウリさん。それに見ない顔が三人?獣人二人はソド君の関係者かしら?」

「そう言えばかなり久しぶりだ、お元気そうで何より。獣人二人はソドの相棒と妹みたいな何かだわ」

「お久しぶりです。残り一人、この超絶可愛い娘は私と主の子です」

クリスが獣人二人とソドの関係を完結に説明し、フウリが娘を持ち上げて自慢するように説明する。

「ど、どうも。ソドの相棒のバールです」

「ルドです。ソド兄さんがお世話になってます」

「こんにちは、ふぃりすです」

ベアード以外の動いているギバル傭兵団の竜人、しかもクールビューティな外見の副長に盛大に緊張するバールの横で、ルドが少し拗ねたように挨拶し、フィリスが両脇を持たれ抱えられたまま挨拶をする。

「私はギバル傭兵団副団長のエルモアよ。皆には副長って呼ばれているわ。よろしくね」

優しい雰囲気の笑顔で挨拶するエルモア。

「しかし、副長とはかなり久しぶりな気がする」

「私は現場にはあまり顔を出さないからね。それに団長はちょくちょく顔を見に出かけているようだけど、私まで抜けると回らなく・・・別の方向に回りすぎる子たちが多いからね」

先程の団員達による団長への闇討ちを煽った人物の発言とは思えないことを言う副長。

しかし実際彼女という頭脳がいないと、ギバル傭兵団は回らなくなってしまうのだ。

下に恐ろしいのは、脳筋達に交渉事や事務仕事をさせることである。

「さすが、ギバルの母。これからもこの団長含め、回りすぎる奴らをどうか宜しくお願いします」

「ふふ、頑張ります」

おちゃめにウィンクをするエルモアにバールが目を奪われ、ルドがその足を踏む。

「で、なんでまたソドとお宅の新入りがこんな事態に」

「ふふ、それが面白いのよ。最初は普通に話してた、って言ってもうちの子はちょっと無愛想だから、あまり会話にはなっていなかったんだけど。それでもソド君はなかなか気が回る子だから助かってたんだけどね。自分達の尊敬する人の話になって、二人の意見が真っ向から衝突したのよ」

クリスは獣人二人のじゃれあいを放置して、このおもしろイベントの現状を把握しにかかる。

「尊敬する人?」

「そう。新入りの娘が尊敬する人はなんと団長だってさ、良かったね。ソド君はクリス君ね、こっちももてもてね」

クリスもベアードもその意外な尊敬する人物に顔を見合わせる。

「ほほう、さすが新入りでも俺の良さが分かるとは!おい!そんな魔法使いか分からんのを尊敬する奴に負けるなよ!」

「ソドの奴め!頑張れ!そこだ!こんな脳筋蜥蜴野郎を尊敬する娘になんて負けんなよ!」

そして即座に応援にかかる二人。

「ふむ?」

「あぁ?」

再度顔を見合わせ、クリスとベアードは目で会話する。

「よし、クリィィス!剣を持てっ!」

「上等だ!このなまくらで、自慢の鱗を叩き切ってやんよ!」


こうして、いつも通りな魔法使いと傭兵の試合が両者を尊敬している人物の試合そっちのけで開始されることとなった。


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