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第三章
第十五話「魔法使いと休日の始まり」
「こっちだ」

ベアードが、フェッスールの城壁にある、巨大な門の脇の詰め所に入ろうとする。

詰め所前で警備していた兵は、ベアードに気づくとすぐさま扉の前を開け、直立不動で槍を捧げる。

ベアードはその兵に軽く頷くと、無言で扉を開け中に入っていく。

それに早足で続くクリスたち。

「おい、おっさんが偉そうだぞ」

「事実偉いらしいですよ。主の雇い主に、傭兵にしてはありえないほどの大きな権限を、この地域限定で渡されていますからね。それが無くても国境の戦線では信頼がありますからね」

「おお、おっさん出世したのか、めでたいめでたい」

フウリの説明を聞いてクリスが自分のことのように喜ぶ。

「さすがベアードさんだ。俺も頑張らないとな」

「傭兵なのに一国の国境で権限を持っているなんて・・・どのくらい強いのかしら?」

「やっぱすげぇ御仁ですぜ。しかし姫さん、そのなんでも戦闘力だけで考える頭はどうにかしたほうがいいぜ・・・」

その会話を聞いていた竜人であるベアードの太い尻尾が、密かに嬉しそうに振れる。

そうこうしているうちにじめじめとした石造りの廊下を抜け、一行の前に日の光が見えてくる。

「ここが最前線の町、フェッスールだ。と言っても、ここからじゃ中央まで見えんがな」

外に出たクリスたちの目の前には道が広がりその両脇には家々が建っているが、先にはまた壁がそびえ建っていた。

「こっち側は壁もそのままに、ことある事に拡張しているからな。あそこに見えるのも元は外壁だ。そんな内壁が幾重にもあるのがこの町の特徴だな」

「なるほど。さすが国境最前線の町」

「まぁ、内壁を使用するほど攻め込まれたことはないがな!」

国境戦線に幾度も参加したベアードが胸を張る。

「しかし、クリスも国境で戦ったことが無かったか?」

「俺がおっさんに無理やり連れられて国境で戦ったときは、馬車で行って帰っただけだったわっ!くそが!」

クリスがその後のドタバタを含め、あまり思いだしたくないことを思いだし、ベアードに向かい悪態を吐く。

「おお、すまんすまん。そういえばそうだったな。南の国境でドラゴン真っ二つに切り倒して、増援に来たグルーモスの王子にドラゴン切った返り血を滴らせながら、それ以上来るなら次はお前達がこうなるぞ、って言って脅して追い返したんだっけか?」

「怖ぇよ!?ちげぇよ!?事実とかけ離れてますよ!?」

ベアードの誇張と虚偽が混じった発言にクリスが猛烈に反発する。

「ここの酒場だとそう言うことになってるぞ」

「ちょっと酒場を更地にしてくる」

でたらめな噂の発信源を滅ぼすために、いつになく魔力を滾らせるクリス。

「主、落ち着いて下さい。その噂なら私が数年前に流しました、もう手遅れです」

「まりょく、おいしい」

まさかの噂の出所と、魔力を奪われクリスは脱力する。

「なんで・・・なんでそんな噂流したし!」

「いえ、面白そうでしたのでつい」

「まぁ、名前も容姿も一切出てないから、誰か分からんし、安心しろ」

フウリが悪びれた様子も無く言ってのけ、ベアードがフォローに回る。

実際は、普段のクリスとまったくイメージの違う噂をいろいろ流布することによって、フウリは国境での主の活動をある程度暈かそうとしたのだ。

「旦那はぶっ飛んでるな」

「ドラゴンを一撃・・・できるかな?」

「姫さん・・・」

後ろではバールが感心したように何度も頷き、ルドが拳を作って真剣に考え、そんな親戚にソドが呆れるのであった。

こうして、魔法使い一向は竜人の案内の元、フェッスールの町を歩きだした。





「ここがこの町で一番いい宿屋だ。いろいろ聞いたから間違いない」

ベアードが北東区画にある、まるで屋敷のような宿の前で止まる。

ちなみにベアードはクリスたちのために傭兵団の宿舎では無く、周りに聞いていい宿をちゃんと用意していた。

なんだかんだと、クリスに対して面倒見がいいのだ。

しかしその行動が、ベアードの周囲にあらぬ憶測を生むことになった。

「団長にもとうとう春が・・・!?」

「ああ見えて結構人気あるからなぁ、団長」

「誰が落としたんだ!?」

「最近里から来た新入りの娘っこじゃねぇか?」

「あの娘も団長狙いなのか・・・?」

「くそっ、裏切ったなだんちょぉぉぉ!」

「副長、団長の椅子に興味ありませんか!?」

「おいおい、物騒だなぁ。あの椅子大きいから私には合わないんだよね」

等々、様々な噂が飛び交う事態になった。

ちなみにベアード率いるギバル傭兵団の副長は、団長が何をしにいったか知らされていたが、面白そうだったので皆には知らせず、その騒ぎを放置していたのであった。

自分の家族が着々と物騒な準備を進めているとも知らずに、ベアードは宿を見たクリスたちの驚く顔を見てニヤニヤしていた。

「まさか、おっさんがこんなましな、むしろ上等な宿を用意しているなんて・・・」

「悪い物でも食べましたか?ベアード」

「りゅうじん、ひろいぐいはだめよ?」

親子三人の辛辣な言葉にベアードががっくりと項垂れる。

「お前達は俺を何だと思ってるんだ!これくらいの甲斐性はあるわ!」

「いやいや、すまん。あんがとな、おっさん」

「ええ、少しは見直しましたよ、ベアード」

「ひろいぐいしてないの?」

吼えるベアードに素直に頭を下げる親子。

「分かればよし。拾い食いはしてないぞ!あと何か嫌な予感がするから、一足先に宿舎に戻るわ。何かあったらこっちにきてくれ。こことは真反対の南西にある、無骨な大きい建物だからすぐに分かるはずだ。クリスの名前を出せば、俺に連絡来るようにしておく」

「おう、分かった。何から何まで有難うな」

ベアードが口早に告げると、クリスが礼を言う。

「助かりましたよ」

「ありがとう」

「ありがとうございます」

「お世話になります!」

「あ、ありがとうございやす」

皆がクリスに続いてベアードに礼を言う。

獣人たちのうち約一名がベアードと別れる間際になり、何故か緊張して冷や汗を流している。

「まぁ、そんな肩肘張らずに仲良くしてくれや。俺もお前達の出立までは、フェッスールにいるからな、それまでに飯でも食いに行こうぜ」

「おっさんのおごりか、腕が・・・いや腹がなるな」

「お前はちょっと遠慮しろ!」

クリスとベアードのいつものやり取りに、最初は慌てていた獣人たちも今では笑顔を見せるほどに打ち解けている。

「それじゃあ、一旦戻るわ」

獣人たちの様子を見てベアードは一つ頷くと、一行に背中を向け、手を軽く振って颯爽と去っていくのであった。

もう片方の手に、先ほどまで緊張した様子だったソドを引っ掛けながら・・・。




ベアードとソドを見送った一行は宿へと向かった。


既に、ベアードが手配を済ませておいてくれたおかげで、すんなり部屋へと通される一行。

部屋は三つ用意されていたのだが、人数的に二つで足りるので、クリスがからかい半分に部屋は一つキャンセルして二つでいいかとバールに聞くと二つ返事で返ってきた。

「さすがに部屋を一緒にするのはまずいかと思ったんだが」

「何故か男のほうが全然気にせず一緒の部屋でいいと言うとは、なかなかやりますね」

「るど、すごいまっかだった」

クリス、フウリ、フィリスの三人は、あてがわれた部屋で椅子に座りながら雑談をする。

それなりに広い部屋も有する、明らかに泥臭い国境付近の戦場とは別世界を築くこの宿は、フェッスールでも高級な部類に入る宿泊所である。

「さすがにあそこまで眼中にないのは、ある意味すごいわ」

クリスが呆れたように言う。

「まぁ、娘が奥手すぎるというのもあるのでしょうが。そっちはおいおいどうにかしましょう、最終的には本人達の問題でしょうし。ところで主、折角ゆっくりできるのです。ベアードのところに顔を見せた後にちょっと町を見て回りましょう」

「おいしいもの」

「よし、そんじゃ隣の二人も誘って行くか」

嫁と娘の提案にクリスが立ち上がる。


魔法使いの大分遅れた休日はこうして始まったのだった。


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