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第三章
第十四話「魔法使いと最前線の町」
「やっとついたか・・・」

クリスは、大きな門を見上げながら疲れの滲んだ声を出す。

クリスたちがいるのは、オーカス王国の国境都市フェッスールである。

フェッスールは、ガイエン帝国とグルーモス王国の二国との国境付近に作られた町である。

最前線に一番近い町であり、その役割は極めて大きい。

「治安悪すぎっすね」

「どこから沸いたってくらいでてきやしたからねぇ」

「ああ。本当に、なんであんな襲われたのか」

バールとソドが道中の治安について、自らそれを乱しそうな人相で真面目な顔をする。

それにクリスが同意するが、実際襲われたときにはほとんど働いていない、ニート護衛であった。

オーカス王国とガイエン帝国との間には、険しい山々や魔物が多数生息する森などがあり、一部地域を除いて容易に行き来できるような環境ではない。

しかし、それでも二国間の悪関係を利用して、賊たちはあっちで仕事、こっちで仕事をし、ガイエン帝国で見つかればオーカス王国へ、オーカス王国で追われればガイエン帝国へと逃げ込み、捕まらないようにしていた。

「わ、私のせいかな?」

「いえ、違うでしょう。もともと治安が悪いだけです。そもそもあんな場所であなたの首を狙うより、主の首を狙ってきたといわれたほうがまだ現実味があります」

自分のせいで過剰に襲撃を受けたと自責するルドにフウリが優しく、そして説得力のある言葉で言い聞かせる。

「姉さん・・・」

ルドが感極まったようにフウリを見つめる。

「フウリ・・・」

クリスが進退極まったようにフウリを見つめる。

「さて、いつまでもここにいても仕方ありません、門まで行きましょう」

「はい!」

「おっす」

「うっす」

「うん」

フウリの号令に、ルド、バール、ソド、フィリスがそれぞれ返事をする。

「あ・・・はい・・・」

一拍遅れて、クリスがそれに元気なく続く。

うな垂れる魔法使いを最後尾に、一行は町へ向けて歩きだす。



クリスたちが、なぜ危険なルートを移動してまでフェッスールに向かったかというと、ディサン同盟国へのお使いの前に、ステインに頼まれていた国境付近で睨みを利かせる仕事が起因する。

クリスと同じくステインに雇われ、最前線で睨みを利かせるためにフェッスールで仕事をしているギバル傭兵団、ベアードとの連絡が主な目的である。

クリスとベアードはお互い仕事内容は守秘していたが、ステインも二人の関係は知っており、二人が連携して動ける、動いていることも予想できたのだ。

そのため、クリスが国境付近から遠のくにあたってステインは正式に、連絡を取り合って国境付近の警戒にあたるように、という通達を下し、フェッスールまでクリスたちを使いに遣ったのだ。

その道程で、国境付近の治安低下の要因が殲滅され尽くすことも、織り込み済みである。

むしろ、それによってベアードたちの行動の幅を拡げることが、ステインの目的であったりする。

護衛よりも護衛対象が、その目的のために精力的に働いていたことは、ステインが知る由も無かったが。

「さすが最前線の町だな、厳重警備だ」

「入るまでに時間がかかりそうっすねぇ」

「ひといっぱい」

「お嬢、あんまり離れて迷子になってもしらんぞ」

「わ、分かってるわよ!・・・あれ、姉さんは?」

門の前に出来ている行列の最後尾につきながら、それぞれ感想を述べる。

「ここであんまり時間取られるのも面倒だからな、フウリにはおっさん呼びに行ってもらってる。あんなおっさんでも、もしかしたら俺らを優先的に町に入れるくらい、できるかもしれんだろ?」

「旦那、ギバル傭兵団の団長を呼びつけるとか、まじで勘弁してくだせぇ」

クリスのベアードへのあまりにぞんざいな扱いに、ソドがおっかなそうに言う。

「そんなびびらんでもいいだろ、たかが蜥蜴のおっさんだぞ」

「蜥蜴で悪かったな」

クリスのあまりな言葉に、でかい影が返答する。

「お、やっと来たな、おっさん!遅いぞ」

「おいおい、これでもクリスが来てるっていうもんだから、急いできたんだがなぁ」

ベアードが、傍から見ると凶暴な笑みを浮かべ頭を掻く。

獣人三人はベアードの急な登場に驚き、口を開けたり閉じたりしている。

「で、おっさんの権限で、俺らをすぐに町に入れられるの?」

「おう、そのくらいならお安い御用だ。ついてこい」

クリスの質問に気前よく答えたベアードは、列を横目に門へと歩きだす。

クリスはフィリスと手を繋ぎながら、ベアードにゆったりと続き、遅れて獣人三人が慌ててクリスを追う。

「しかしおっさん暇なのか。急に呼びにいったのに、普通に出迎えに来るとか」

「それがだな、ここ最近で国境付近の賊が何故かすごい勢いで減ってな。開店休業状態だ。何でも獣人の娘が大暴れしていたらしい。会う機会があったら是非とも仕事を減らしてくれたお礼をしないとな」

クリスの質問に生真面目に答えるベアード、傍から見ると物騒な笑顔のおまけ付きである。

それを見てルドは完全に震え上がってしまっている。

「そういや、クリスのお連れさんも見かけない獣人の娘がいたな」

「おお、しかも強いぜ。道中の賊を殲滅しちまうくらいに」

ベアードが意地悪そうな顔で後ろを振り向き、クリスもそれに続いてこれまたいい笑顔で後ろのルドを見る。

「え!?あ、えっと!あーっと!?」

二人の視線が集中したことでルドが一気にパニックになる。

怪しいジェスチャーで何かを伝えようとするルドに対し、二人はニヤニヤと意地の悪そうな笑みを向ける。

それに気づいたルドは瞬時にこの二人の目的を理解すると共に、頭で考えるよりも先に手が出るのであった。

すなわち並み居る悪漢たちを葬った拳が魔法使いと傭兵に襲いかかったのであった。


「いてぇ」

「いや、本当にいい腕してるぜ」

「・・・」

何事も無かったかのように復活したクリスとベアードの言葉に、ルドは理不尽なものを感じつつ、無言で抗議の視線を向ける。

「ったく、あにさんもベアードの旦那も悪乗りしすぎっすよ」

「そうですぜ、あんまりうちの姫さんをいじめんでくだせぇ」

バールとソドがそれぞれフォローに回る。

「そうですよ、主。いくら獣人の娘が楽し・・・可愛いからと言って、あまりいじめてはいけませんよ。慣れてしまったらどうするんですか。あの初々しい反応がいいのですから」

「そうは言ってもな、こうなんて言うの。からかわないといけないという何かが、ルドから出てるんだよ!」

「それは分かりますが、何事も程々が肝心です」

いつの間にか帰ってきていたフウリが会話に加わり、そのあまりの言われようにルドは完全にむくれてしまう。

「っていうかフウリ、いつのまに!」

「主とベアードが、獣人の娘の拳の餌食になっているところからいました。町を一通り見てきたので少し遅れましたが」

「ほほう、面白いものはあったか?」

「ええ、最前線の町とはいえ、大きな町ですからね、それなりに洒落たところもありますよ」

クリスの質問にフウリが丁寧に答えていく。

「ふむふむ。んじゃまぁ、少し長く滞在してゆっくりするか。グルーモスじゃゆっくりできるか分からなしなぁ」

「おう、それならいい宿を紹介しよう」

ベアードが嬉しそうな顔をして提案する。

「傭兵団の宿舎とかいったら、それごと吹っ飛ばすからな」

「チッ」

クリスの的確な読みにベアードは舌打ちする以外にない。

「ダメな蜥蜴は放置しましょう、主。私がいい宿を取ります」

「そうだな、頼む。あ、あとソドはベアードの所で修行な」

「え!?」

クリスのいきなりの横暴な発言に、ソドが驚愕と疑問の声を上げる。

「おっさん、この骨のある獣人預けるから。好きに鍛えていいぜ」

「おう!なかなか強そうで何よりだな!」

ソドの意思とは関係なく、フェッスール滞在中の予定が決定する。

「相棒が行くならおれも・・・」

「おっとそこまでだぜ、鈍感相棒。お前は大人しく宿で姫さんの護衛だ」

ソドが急展開に頭が追いつき、そつなく空気を読む。

「けどお前だけベアードの兄貴の所で修行とかずる・・・」

「おっとそこまでだ、鈍感野郎。うちは鈍い奴お断りでな、出なおしてきな!」

付き合いの短いベアードだが、一流の傭兵としての勘を遺憾なく発揮し、空気の流れを読んでベストアンサーをバールに叩きつける。

バールの後ろでは、ルドがその一言一言に一喜一憂している姿があり、先程のむくれた様子は微塵も残っていない。

「だけ・・・」

「あぁ?聞こえんなぁ?」

それでも抵抗しようとするバールを、クリスが耳に手を当て嫌味たらしく聞き返す。

周りには何故か敵しかいないことを悟ったバールは、訳も分からぬまま町に滞在中一人で、上機嫌なお嬢様の護衛をすることになる。


こうして魔法使い一行は、王国の国境防衛戦線最前線の町へと足を踏み入れることになったのだった。


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