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第三章
第十三話「魔法使いのお使い事情」
「はぁぁぁっ!!」

ルドが体を沈め、拳を引き、気合を溜める。

その拳を、気合の篭った掛け声と共に、目にも止まらない早業で撃ちだす。

前方にいた何かが、鈍い音を辺りに撒き散らしながら吹き飛ぶ。

「なんか昨日の夜に、私に勝てるくらいの男でないと結婚しない、とか言ってた娘だよね、あれ」

「ええ、間違いなくそうですよ。とうとうぼけましたか、主?」

「ぼけてねぇよ!?っていうかあれに勝つって、どんだけ理想が高いんだよ・・・」

クリスたちの目の前では、己の拳のみで賊と戦うルドの姿があった。

バールとソドは、すぐ近くでいつでも助けに入れる体勢のまま固まっている。

兄二人が予想していたよりもずっと、妹がレベルアップしていたからである。

「お、人間が軽々飛んで行く」

「いい腕をしていますね」

クリスとフウリは、獣人の少女が一人、賊に立ち向かう光景を傍観する。

「しかし、治安悪すぎだろ」

「ガイエン帝国との国境付近はこんなものでしょう」

「安全にディサン同盟国のアーリアス族支配地域まで行くなら、オーリからオーカス国内をひたすら西に行って同盟に入ればよかったんだけどなぁ」

クリスが懐にある一通の手紙を思いだし、上を向きながらぼやく。

クリスたちは今、オーリの町からガイエン帝国との国境沿いを南下している。

前に一度、ヴェラエの商隊を護衛したときに通ったルートである。

今回はそこから更に南下し、グルーモス王国を通ってディサン同盟国へと至るルートを取っている。

何故クリスたちが危険満載のルートを選択したかというと、ステインにお使いを頼まれたからであった。

ステインはクリスに、グルーモス王国へ手紙を届けるようにと頼んだのである。

「何でわざわざ行きに頼むかね。帰りでよくないかい」

「雇い主的には、主と獣人、しかもアーリアス族の長の娘と、期待の戦士に手紙を運ばせることで、グルーモスへ多少なりとも圧力をかける気でしょうね」

クリスの疑問にフウリが的確に返答する。

グルーモス王国は元々がオーカス王国の一部であり、それが独立した国である。

小国であるグルーモス王国は、常に外敵にさらされた状態でオーカス王国と領土争いをしていたのだ。

それがいくら停戦したからといって、急にオーカスと同盟を結ぶとなると二の足を踏んでしまい、上手く話が纏まらない。

そこで、クリスという停戦の一要因と、アーリアス族というグルーモス王国とも大きく国境が接している同盟国の盟主の関係者を送ることによって、自分たちと同盟したときのメリットと、しないときのデメリットを分からせようとしているのである。

「しかし、まだ特に関係もないアーリアス族と、さも関係あるように見せるのって問題にならないの?しかも一応ルドは重要人物なんだから、もろもろ含めて巻き込むのはまずくね」

「いいんじゃないですか。そもそも娘のワガママに付き合っているのですから、送り帰すのに多少こちらの都合を混ぜたことがばれても、問題ないでしょう」

クリスの疑念は、フウリの言葉によって霧散する。

「治安が少し悪いくらいなら、フウリと俺が護衛なら何の問題もないしな。ある程度以上のことには対処できるし、逃げるだけならそれこそ戦場だろうと問題なしか」

多数の賊をその拳で葬る一応の護衛対象を見ながら、クリスが首を振る。

「そもそも、護衛なんていらないほどだな」

「ふむ、さすがに強いですね、出る幕がないです」

二人はルドの戦闘を観戦しながらダラダラと話す。

「楽でいいけどな!」

「ダメ主ですね、まぁ否定はしませんが」

「ダメ精霊だな、可愛いからいいけど」

「きゅ、急に何を言うんですか、ばか主」

クリスの急な言葉にフウリが珍しく焦り、顔をほんのり赤くする。

「何って事実ですよ、俺の心情をそのまま口にしたんですよ」

「む・・・ばか主」

クリスがニヤニヤと意地悪そうな顔をすると、フウリがほんの少しだけ拗ねたような声色で自分の主を罵倒する。

「たまにはこういうのもいいなぁ」

クリスは自分の言動による結果に大変満足したようで、満ち足りた顔で頷く。



そんな後方の両親を他所に、フィリスは前方のバールやソドと共に居り、ルドの応援をしていた。

具体的には、まばらに飛んでくる矢を全て、空中で燃やし尽くしていた。

その異様に精度の高い支援により、ルドは自由に戦うことができていた。

そして自由に戦うルドの強さと、恐ろしいほど正確に矢を燃やすフィリスを見て、バールとソドは驚愕する。

ルドの成長を見るため、というよりは半ば本人がごり押しで一人で戦うと言い出して聞かなかったために、フィリスが援護するという条件でクリスが了承し、バールとソドは何かあればすぐ助けられる位置に陣取っていた。

その二人の目の前で次々賊を薙ぎ倒すルドも然ることながら、フィリスの正確無比な援護はアーリアス族の戦士を驚嘆させるに値した。

ルド自身は自分の強さをアピールすることによって兄二人、特にバールに認めてもらおうという脳筋女戦士らしい魂胆があったわけだが、フィリスの援護により十二分に動き回ることができ、大変満足していた。

隣では見た目幼女が燃やし、前方では妹が磨り潰し、後方では兄貴的な人と姐貴的な人がいちゃいちゃする混沌とした空間の中心で、バールとソドはひたすら何かに耐える戦いを強いられていた。

「く・・・、前はまだいい、ちょっと予想以上に強くなっていて驚いたが。隣もそれだけの精度なら、賊を燃やせば一瞬で終わるんじゃないかと思うけど、全然許容範囲というかお嬢に気を使ってもらって助かっているくらいだ。しかし、後ろはダメだ、アウトだ!」

「まるで俺らが見えていないような、いちゃつきっぷり。前方の戦闘空間とは対を成す、いちゃつき空間だぜ・・・」

二人が格差社会に憤りを感じ、愚痴をこぼす。

「この遣る瀬無い感情を、どこにぶつければいいんだ・・・!」

「諦めが肝心だぜ、相棒・・・」

獣人二人の苦悩は続く。


「兄さん!どうだった!?私ちゃんと強くなってたでしょ!?」

戦闘が終了してぱたぱたと兄二人の下へ駆けて来たルドが、文字通り尻尾を振り期待に膨らませてバールとルドを見つめる。

「ああ、びっくりした・・・しました。あの小っこかったルドが強くなったなぁ」

「ええ、びっくりしましたぜ。俺達が集落を出た後も相当鍛錬したようで」

「バール兄さん、なんか敬語が無理やり混じってて変だよ。ソド兄さんも敬語やめてよ」

二人の感想に、ルドは不満そうに口を尖らせる。

「むぅ、一応立場ってもんがだなぁ」

「いや、相棒はほとんど敬語使えてないから。まぁ、姫さんがそう言うなら甘えさせてもらっていいんじゃねぇか」

「そうか、そうだな」

「やった!なんか違和感あったんだよね」

二人があっさり敬語を止めたことに、ルドが飛び跳ねて喜ぶ。

「うむ。仲良くていいことだ」

「ルド、しっかりアピールできましたか」

後ろからきたクリスとフウリが会話に加わる。

「あ、アピールって・・・」

ルドが顔を赤くし口ごもる。

「おとうさん、おかあさん」

そんなルドを余所に、フィリスが両親の顔を見て何か訴えかける。

「偉かったぞ!フィリス。さすが俺の娘だ!援護も完璧だな!」

「さすが私の娘、援護はお手の物ですね」

援護より前に出て殲滅するほうが遥かに得意な二人が、娘の成果を褒め称える。

「これのおかげ」

二人の称賛の声にフィリスが、腰からぶら下げている豪奢な短刀を手に取り言う。

「いや、それにそんな効果はないんだけどな」

「けどあんしんする」

フィリスの腰からぶら下がっている短刀は、クリスがルドを助けた日の午前中に錬金で作ったモノだ。

元々暇を持て余して作ったために、時間をかけて凝った装飾が施されている。

「まぁ、お守りくらいにはなるかな」

フィリスの言葉にクリスが内心歓喜しつつも、外面は至って冷静そうに答える。

「ん。ありがとう、おとうさん」

「はっはっは、次はもっとすごいの作っちゃうぞー!」

しかしすぐにクリスの冷静な外面が剥げ、親馬鹿な内面が覗く。

「ふふ、よかったですね、フィリス。しかし主、フィリスばかりというのは少し不満ですよ」

「おう。ちゃんとフウリにも何か造っとくぜ?」

「ふむ、別に物でなくていいですよ?」

フウリは怪しく笑うとそっとクリスの耳元で何事か囁く。

途端、クリスの顔が赤くなる。

「ばっ!?おまっ、ばっ!」

「ふふ、先程の仕返しです」

クリスは慌てて耳を押さえて声にならない抗議をするが、フウリはそれを可愛らしい笑顔でいなす。

「なんというばかっぷる」

「くそっ!どこかに殴る壁はねぇかぁぁぁ!」

「さすが姉さん。私も頑張らないと」

クリスとフウリのいちゃつきに対して、獣人三人がそれぞれ、呆れ、憤り、そして憧れを示す。

辺りでは賊が気絶する中、ほのぼのとした空間が形成される。


こうして概ね平和的に、魔法使い一行はもう一つの王国へと向かって進んでいくのであった。


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