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第三章
第十二話「魔法使いの弓」
バールとソドが隣国であるところのオーカス王国に修行に出たのは、ガイエン帝国との戦争が自然休戦状態に入った少し後であった。

他の部族では、当時のバールやソドの年齢で戦場に出ていた戦士もいたが、幸運なことにアーリアス族はそこまで逼迫してはいなかった。

元々が独立した部族が寄り集まってできた国だけあって、その体制も部族あっての国という考えが根本にある。

他種族の侵攻に対してなどは、部族間で協力体制ではあるが、他の部族の犠牲より自分の部族の犠牲を嫌う傾向が強くあった。

その体制の元、多大な犠牲を払いながらもガイエン帝国と激しい戦争を繰り返してきたディサン同盟国の、ほとんどの部族は疲弊しきっていた。

疲弊しきった国内にあって尚、力がある部族も少ないながら有り、良くも悪くも部族主義の国にあって、余裕のある部族の中には帝国との戦争継続を謳う、過激派と呼ばれる集団が出来上がっていった。

自分たちの部族やその他の部族の状況を把握し、そして帝国の戦力を正しく推測できる部族のトップクラスは、戦争継続などという無謀を通り越すような所業に積極的になれるわけも無かったが、それを理解できない若い世代を中心にその無謀な考えが浸透していったのだ。

国内随一の勢力であるアーリアス族にも、勿論のこと過激派が存在した。

アーリアス族がディサン同盟国全体に与える影響力は大きく、もし過激派が暴走すれば疲弊しきった他の部族を巻き込んで、泥沼の戦争という名の破滅へと足を進めることになるかもしれないことを危惧した族長であるルドの父は、将来部族を担うことになるであろう自分の親戚筋にあたるソドと、その親友であるバールを隣国で修行させることにした。

凝り固まった部族主義は戦争では自らを窮地に追いやり、自然休戦後も首を絞めてくることを実感したアーリアスの族長は、若い世代に影響力のあるバールとソドに広く遠くを見通せる視野を持たせることによって、部族内の過激派を抑えようとしたのである。

そうしてアーリアス族、延いてはディサン同盟国の未来のために、将来を担う若い世代二人は旅だったのである、影で一人別れに涙する少女を置いて・・・・。




森の中に、緑と同化するハンターの姿があった。

彼は自然に溶け込み、その一部となって、しかし意思ある狩人の目を動かし獲物をジッと狙う。

ひたすらに獲物が油断する一瞬を待つ狩人。

そうして、獲物が周囲への警戒を怠った一瞬にそれは動く。

「シッ」

静寂の中に鋭く息を吐く音と共に、鋭い風切り音がする。

音源から放たれた鋭い矢は寸分違わず獲物へと吸い込まれていく。

矢が刺さると苦しみ、やがて倒れ動かなくなる獲物。

獲物が動かなくなることを確認すると、それまで同化していた自然から離脱する狩人。

「肉ゲットだぜ!」

仕留めた獲物の後ろ足を纏めて鷲づかみ、生い茂る木々に見せつけるように高く掲げる狩人であるところのクリス。

クリスは仕留めた獲物から今晩の食事を連想し、テンションを上げるのだった。


「あにさんがどう見ても魔法使いに見えない件」

「うちの部族の腕利きより、弓がうまいってどういうことなの・・・」

「短時間で仕留めていい数じゃないっすね・・・」

弓を持ったクリスが大量の獲物を担いで帰って来た姿を見て、獣人三人は自分達の常識を打ち砕かれ、驚き唖然とし、最終的に呆れたような顔をする。

「さすが主です、帝国に侵入したときに、空飛ぶドラゴンを弓矢一本で地上に叩き落とした腕は、鈍っていないようですね」

「は?」

「え?」

「ん?」

フウリの主を褒める言葉に、獣人たちが疑問の声を上げる。

「あれは矢が特殊だったしな。そんなことより飯にしようぜ!」

「そうですね、すぐに準備します」

獣人たちがフリーズする中、親子は仲良く獲物を捌き、調理していく。

「まぁ、あにさんだし、な・・・」

「旦那なら仕方ない」

「クリスさんならできる、かも?」

やがてバール、ソド、ルドは無理やり自分達を納得させ再起動を図る。

「あの時は、一緒に行動していた高位のドラゴンたちも驚いていましたからね。というか若干怯えていましたね」

「うむ、矢を作るのに手間隙かかるから、量産できないって言ってるのに」

「あれが量産された暁には、高位ドラゴンだろうと狩り放題ですね」

「無茶言うな!あの矢、錬金するのにどんだけ時間と金がかかると思ってるんだ!」

二人が仲良く作業しながら昔話をする声を聞いて、狩り放題は否定しないことに再びフリーズする獣人三人。

「どらごん?おいしい?」

「天然モノか・・・、どこが一番近い!?」

「確実なのはガイエンの霊峰でしょう。ちょっと寄り道していきますか」

火力の調整をしていたフィリスが、ドラゴンに興味を示す。

娘の食欲に、親馬鹿二人がやる気を出す。

その流れを聞いた獣人三人は、慌てて馬鹿を止める作業に駆り出されるのだった。



混沌とした調理を終え、焚き火を囲みながら夕飯の席に着く一行。

「しかし、あにさんは帝国で一体何を」

「帝国で高位ドラゴンと行動したって、もしかして・・・」

食事を取りながら先程の衝撃的な会話を思いだすバールとソドが答えに近づき、顔を青くする。

「さすがにそんなことは・・・あるのか?」

「旦那だぜ・・・?」

「・・・聞かなかったことにしよう」

「・・・おう」

ガイエン帝国がその主力であったドラゴン騎兵の多くを失い、大幅に戦力を落とした時期の前後に、ディサン同盟国で飛び交った様々な噂が二人の頭をよぎる。

当時、「高が人間に俺達獣人ですら複数いても手を焼く帝国のドラゴン騎兵を単独で倒せるわけないだろう」「ドラゴンが真っ二つとかいくらなんでも吹かしすぎだろ」と偉そうに嘯いていた自分を殴りたい衝動に駆られる二人。

二人が過去の自分を思いだし頭を抱えるを見て、ルドは頭を傾げながらもあまり触れないように心がけ、クリスとフウリの馴れ初めなど、実に少女らしい話題振りをする。

先程のクリスとフウリの物騒な会話は、脳内会議によりルドの記憶から既に消去済みである。

「あれは契約して間もないころでしたね。トライン聖王国の姫を誑かし、王に魔法を撃ちこまれたんでしたっけ」

「無罪を主張する!」

「むざいー!」

クリスがトライン聖王国でのことを思いだし、断固無罪を主張し、膝の上の弁護人もそれに続く。

「え・・・え?」

「いやそんな二度見しないで。若気の至りなんだよぅ!」

ルドは自分が期待していた会話とは違う別の何かが展開され、理解が追いつかない。

「しかし、姫の羽を毟ったのは事実でしょう。有体に言って有罪では?」

「ゆうざいー!」

膝の上の弁護人に裏切られ、がっくりと肩を落とすクリス。

「故郷のお義母さまも、泣いていることでしょう」

その肩に手をやり、優しく諭すフウリ。

「ま、半分以上フウリのせいだし」

「そうですね、仕方ありません、無罪としましょう」

すぐに芝居に飽きた二人が、裏取引によりクリスの無罪を決定する。

「いや、もう、何ていうか。うん」

それを聞いていたルドは、理解することを放棄する。

「しかし、あのバールになぁ」

「そうですね、私達の話よりも、獣人の娘の恋路についての話し合いを優先すべきです」

にやにやとルドを見るクリスと、いつものように無表情にしかし若干力強く発言するフウリ。

「な!?」

急いで兄二人に振り向くルド。

しかし、二人はなにやら煩悶中で気づかない。

それに対し、安心したような、しかしどこかがっかりしたような表情をするルド。

それを面白そうに見届ける二人。

「な、なによ?」

「いえいえ、べっつっにー」

「ふふふ、可愛いですね」

的確に腹の立つ顔と喋り方をするクリスと、そのあまりに初々しい仕草に笑みをこぼすフウリ。

厄介な夫婦にロックオンされたことに少女は気づき、内心冷や汗を流す。

「まあ、俺達は応援してるぜ!楽しそうだしな」

「具体的には、二人が結婚してそこの鈍感獣人がアーリアスの族長になってほしいと思っています。まぁ、何より楽しそうですからね」

本音駄々漏れの二人に、口をパクパクさせ何か言葉を紡ごうとして結局失敗するルド。

「まずは道中の部屋割りを、どうにかしないとな!」

「ふむ、この際もう一方には、外で寝てもらうというのはどうでしょう」

「なんという鬼の所業。ソドが泣くぞ。しかし採用!」

「ふふ、あとは薬でも盛って、既成事実を作ってもらえば完璧ですね」

「望まない結婚を潰し、好いている相手と結びつける。完璧だな」

「そして主は、ディサン同盟国の盟主でもあるアーリアス族の次期族長の嫁に、恩を売ることができる、と。主も悪ですね」

「ふっふっふ・・・。フウリさんほどではございませぬ」

芝居がかった二人の会話を聞いて、ルドは顔を羞恥に染めながらも、その未来を想像して頬を緩める。


獣人たちそれぞれが懊悩する中、魔法使いと風精霊が謀をする夜が更けていくのだった。


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