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第三章
第十話「魔法使いと説明会」
酒場では、獣人三人組が言い合いを続けていた。

バールが怒り、ルドが反発し、ソドが宥めるサイクルだ。

クリスはフウリと契約を通して会話しているためにずっと黙っている。

「お嬢!いい加減にするんだ!俺とソドで送るから帰るぞ!」

「何度も言ってるでしょ!私は帰らないわ!」

「姫さん!駄々こねるのも、いい加減にしてくだせぇ!」

三人が三人とも、互いの言うことを聞かずに叫びあっている。

「けんかはだめよ?」

「きみたち、喧嘩はよさないか。仲良く口がきけないようにされたくなかったら、うちの娘の言うことを聞くんだ」

フィリスが見かねて止めに入ると、娘の声に覚醒した親馬鹿が。即座に殺気をにじませて怒鳴りあいを制する。

「あ、あにさん、しかしですね」

「旦那ぁ、こればっかりはいくら旦那でも」

「あ、あんたには関係ないでしょ!」

しかしさすがに部外者のクリスの言うことを聞く気にはなれずに、三人とも消極的に反抗する。

「ほほう」

クリスが三人の顔を、順繰りに見回す。

三人ともクリスに気圧され、まともに目を合わせることができずにいる。

「おとうさんも、こわいかおしちゃだめよ」

「よしとりあえず家に行くぞ。フウリが戻ってくるまでに、これからについて話す」

フィリスの言葉を聞いて、クリスは先程までの怖い顔を潜めて、テキパキと帰り支度をはじめる。

「あ、あにさん!?どういうことですか!?」

「旦那、急すぎですぜ!」

「なんであんたの言うこと聞かないといけないのよ!」

三人は事態についていけずに困惑する。

「バールとソドは、とりあえずお嬢ちゃんを帰す協力するんだから黙っとけ。お嬢ちゃんは、結婚の件をどうにかしてやるから黙っとけ」

言うが早いか、クリスはフィリスを片手で抱き上げ、ルドを猫のように掴みあげて背負うと酒場を出て行こうとする。

顔を見合わせたバールとソドは、急いでその後を追うのだった。




「帰ったぞー」

「ただいま」

「おかえり、フィリス」

「おとうさんおかえり」

親子二人が玄関で仲良く交互に挨拶を交わす。

その姿を見て、バールとソドは困惑し、未だに背負われているルドは憮然としながらもどこかうらやましそうである。

「うむうむ、フィリスは偉いな、ちゃんと挨拶ができて」

そういいながら、獣人二人を見つつ、背負っているルドを揺らすクリス。

「じ、じゃまします」

「おじゃましやす」

「・・・おじゃまするわ」

三人の反応に満足そうにクリスが頷き、それを真似してフィリスもうんうんと頷く。

「とりあえず今後についていろいろ話すから」

そう言って、クリスが器用にルドの靴を脱がせて玄関に放ると、フィリスが綺麗に靴を揃え、それを見たバールとソドが急いで自分たちの脱いだ靴を揃えるとクリスを先頭に居間へと向かう。

居間に着くと、やっとクリスの背中から解放されたルドが借りてきた猫のように椅子に腰掛ける。

バールとソドもそれぞれ席につくと、少ししてクリスがお茶を淹れて、フィリスがお菓子の入った皿を持って戻ってくる。

「どっこいしょっと。それじゃあまずは、ルドの置かれている状況から話していこうか」

クリスが全員にお茶を配り、少し疲れたような掛け声と共に席に着き、なぜか魔剣を握りながら話始める。

「ルドは、現在自然休戦中の帝国と、同盟の戦端を再びこじ開けるための鍵として、命を狙われている」

クリスがルドの現状を話すと、バールとソドは驚きながらもどこか納得したような顔をする。

「戦争を避けるために、どうにかディサン同盟国のアーリアス族まで、ルドを無傷で届ける必要がある」

「了解っす」

「ういっす」

バールとソドは神妙に頷く。

「私は帰らないわ!」

真剣な顔で頷くバールを見てルドが何かに耐えかねるように叫び、帰ることを拒否する。

「馬鹿お嬢!これ以上駄々こねると、引っ張ってでも連れていくぞ!」

「姫さん、さすがにワガママがすぎますぜ」

兄二人が怒り顔になり、ルドは涙目になるが、帰ることに首を縦に振ろうとはしない。

「まぁまぁ、落ち着けよ二人とも。ルドも結婚するのが嫌なんだろう?」

バールを悲しそうに涙目でみるルドを、なぜか疲れが滲み出ているクリスが気遣う。

「そうよ!私より弱い相手と結婚なんてごめんだわ!」

バールを見ながらそう宣言するルド。

ルドが親に決められた結婚相手は、ディサン同盟国でも有力な部族の族長の息子であり、その部族の戦士である。

しかしながら、ルドは昔から先を歩く兄二人、どちらもアーリアス族で将来を嘱望されるほどの戦士の背中を追っていたために、その強さは獣人の戦士たちの平均を遥かに凌駕した領域に達していた。

そのために「自分に勝てる相手と結婚する」というルドの望みは、とんでもなくハードルが高いことを両親は把握していたので、無理やりにでも結婚させようとしたのだ。

族長であり穏健派である自分の娘が、有力部族の跡継ぎに嫁げば、過激派への抑止力になり、また嫁ぎ遅れ予備軍から娘が除隊でき、一石二鳥だとルドの父親は考えたのである。

「なら、安心していいぞ。その話を無かったことにできる」

「え?」

「お?」

「は?」

人間であるクリスが獣人の、しかも大部族であるアーリアス族の問題をどうにかできるという発言に、獣人三人が疑問符を浮かべる。

元々、獣人族は他の種族に対して攻撃的ではないが排他的であるために、人間族の意見ではどうにもならないというのが三人の共通認識である。

「要はアーリアス族の過激派を押さえ込めばいいんだろう?簡単簡単」

「む、無理に決まってるでしょ!?部外者の、それも人間族が獣人族の問題を解決できるわけ・・・!」

クリスのあまりに軽い調子にルドが思わず声を荒げる。

「おいおい、たかが獣人の過激派くらい何人いようと相手にもならんわ。俺は毎日、過激派なんて生ぬるいと思えるくらいの、精霊の相手をしてるんだぞ」

「それとこれとは話が別でしょう!」

「兄さん、さすがにその理論は無茶があるかと」

「そうですぜ。姐さんは確かに獣人どころかドラゴンだって目じゃ無いっすけど」

クリスは疲れた顔で力説しする。

だれも獣人族の過激派より、クリスの精霊のほうが危ない存在であることは否定しない。

「まぁフウリの話は半分冗談だが、アーリアスの過激派を黙らすことはできるぞ」

クリスが自信満々に宣言する。

「フウリがルドを狙った暗殺者と平和的な話し合いをした結果、口が滑ったようでいろいろ情報を教えてくれた挙句、暗殺の依頼書を快く譲ってくれたようでな。依頼主のところにアーリアスの過激派のサインが入ってるから、情報と合わせれば黙らせるくらいできるだろう」

暗殺者はフウリに依頼書を快く渡したために、なんとか首の皮一枚で繋がって、現世からさよならしないで済んだのだ。

「い、いつの間に・・・」

「平和的・・・?」

「っていうか、姐さんいないと思ったら何してるんだ・・・」

クリスが疲れ顔で話す内容に、獣人たちは三者三様、驚き呆れている。

「フウリは暗殺者の隠れ家に平和的に訪問した後、王都までお使いに行ってもらってる」

「その姐さんの設定まだ続けるんすか?無理がある気がするっす」

「そっすね、まぁ結果助かってますけど」

ソドとバールが、クリスが行うフウリの平和的なイメージ作りを一蹴する。

「後で伝えとくわ」

「姐さんまじ天使」

「姐さんは旦那のできた嫁」

クリスの死刑宣告に二人が手のひらを返す。

バールがフウリを褒めると、ルドがじっとその顔を見る。

「ああ、ちょっと遅かったみたい」

「丁度いいタイミングだったようですね」

「ひっ」

「はっ」

魔法使いはぐったりとした様子で言い、死刑執行を待つ身となった名うての戦士が二人、驚きと怯え混じった声を上げ振り向くと、そこには件の精霊が美しく凍えるような笑顔を湛え、ゆらりと立っているのだった。


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