「な、なんなのよ、あなた!」
少女が怯えたようにフウリに向かって声を上げる。
「何と言われましても。あなたを助けただけですよ」
「どこがよ!?急に体が浮いたと思ったら・・・!」
飛んだ時のことを思いだし、顔を青くする獣人の少女。
「ふむ。あなたの後ろから暗殺者が忍び寄っていたので、我が主が意識を奪い、あなたの安全を確保したのですが」
「あん・・・さつしゃ?」
フウリの言葉を聞いて俯いていた少女が顔を上げ、聞き慣れない言葉にたどたどしく反応する。
「そう、暗殺者です。しかも相当な腕でしたね。何せ、あなたを襲う直前まで、主や私が察知できないほどですから。まぁ、やけに周りに人が多かったせいでもありますが」
「そ、そんな、嘘よ!私ここに来るって誰にも・・・!」
「ふむ。その様子ですと、心当たりはあるようですね」
暗殺者という言葉に首を振って否定する少女。
「まぁ、詳しく聞くのは、主が戻ってからにしましょう」
そう言ってフウリは少女の前にいつの間にか用意した温かい飲み物を置く。
「とりあえず飲んで落ち着きなさい、ここにいる限り安全ですので」
フウリが安心させるように微笑む。
その慈母のような微笑に、少女は少しの間見とれると、慌てて視線を外し、用意された飲み物に急いで口にする。
そうして案の定舌を焼けどし、涙目になるのだった。
「ただいまっと」
「ただいま」
クリスが玄関に山のような荷物を置き、フィリスも両手に持った荷物を置く。
「おかえりなさいませ、主、フィリス」
フウリの出迎えを受ける中、クリスが視線で問い掛ける。
「獣人の娘なら大丈夫です、落ち着いていますよ」
「そっか。あっちのほうは、フウリがマークしてるよな」
「はい。泳いでもらいましょう」
クリスのアイコンタクトを正確に読み取ったフウリが返答する。
「それじゃあ、とりあえず本人に話しを聞くか」
「そうしましょう」
「しましょう」
クリスとフウリの会話についていけなかったフィリスは、とりあえず最後だけ参加する。
そんなフィリスの頭を撫でながら、居間へと移動する一行。
居間のソファには、獣人の少女が座っている。
少女は威嚇するように、毛を逆立てている。
「なんという威嚇体勢」
「こちらが我が主です」
居間に入ったクリスの第一声を華麗に無視して、紹介をはじめるフウリ。
「最近、自分の精霊にも無視されるようになった、だめな魔法使いのクリスと申します・・・」
クリスが落ち込みながら自己紹介する。
「こっちがフウリ、万能精霊的な何か。それでこっちの超絶可愛い娘がフィリス」
「ルドよ」
クリスが自分の精霊の紹介をすると、少し警戒心の取れた獣人の少女、ルドが短く自己紹介する。
「んじゃ、さっそくだがルド。何か、あんなやばいのに襲われる理由に心当たりは?」
「・・・無いわ」
クリスの質問にルドは少し悩むと首を振る。
「嘘ですね」
「う、嘘じゃないわよ!」
フウリの断定にルドは焦りながら叫ぶ。
「そんなに私達のことが信用できませんか?」
「あなたたちなら、殺そうと思えば私をすぐにでも殺せるし。話をでっち上げてまでこんなことするメリットがないわ、だから信用してる。だけど、そうじゃなくて、危ないのよ」
「だから言いたくないと」
フウリの言葉に、しまったという風に口を押さえるルド。
どう見ても嘘がつけなさそうなルドに、クリスは密かに笑いを堪える。
「もう手遅れだし、そもそも相手が分からないほうが対処のしようがないから、心当たりあるなら教えてくれたほうが助かるな」
「そうですね、心当たりがあるのなら」
「わ、分かったわよ」
二人の視線に耐えかねたルドは降参する。
「私はディサン同盟の、アーリアス族の族長の娘なの」
「ディサンのアーリアスと言えば、同盟の盟主といっていいほどの部族ですね」
「アーリアス・・・アーリアス・・・?最近どこかで聞いた覚えが・・・」
ルドの言葉にフウリが補足し、クリスがぶつぶつと頭を捻る。
「それで、何故そんなお嬢様がオーカスとガイエンの国境の町にいるのですか?」
「う、うちの戦士が二人、ここで修行してるの!その様子を見に来たのよ!」
クリスを無視して質問を続けるフウリ、そしてのその質問に焦ったように答えるルド。
「ディサン・・・アーリアス・・・二人・・・」
「何を焦っているのですか、ルド。まぁいいでしょう。本題に戻りましょう」
「ほ、本題?」
「忘れたのですか?あなたを襲った相手とその理由です。ある程度推測は出来ているのでしょう?」
クリスが必死に考えている中、フウリとルドの会話は進んでいく。
「襲ってくるとしたら・・・帝国だと思う」
「ふむ。しかしそれだけではないでしょう?」
「う・・・」
フウリの的確なツッコミにルドが言いよどむ。
「ディサン同盟内部にもアーリアスと対抗する部族はありますし、アーリアス族内部でも現族長と対抗する勢力はあるはずです」
「あなた・・・一体何者よ」
フウリの推測に、それを肯定するかのようにルドが知りすぎている相手を睨み、疑うような視線を向ける。
「ああ!思いだした!バールとソドがたしかアーリアス云々って言ってた気がする!」
それまで黙っていたクリスが、シリアスな空気を壊すかのように大声を上げる。
「いやー、なんか小骨が喉の奥に引っかかってる感覚っていうの?思いだしてすっきりしたわー」
「まったく、騒がしい主ですね」
「兄さんたちと知り合いなの!?」
クリスの言葉を聞いて、空気の読めなさにフウリが苦笑し、ルドが突然出てきた身内の名前に驚きの声を上げる。
「兄さん・・・だと・・・。似て無さ過ぎだろ・・・」
「兄妹じゃ無いけど、小さいころから一緒だったから。そんなことより、兄さんたちのこと知っているの!?」
「確か、ギルドでの主の下僕でしたか」
「激しく違う!まぁ、知り合いというか、なんというか」
さすがに、お兄さんの兄さんになったとは言えずに、言葉を濁すクリス。
「そう・・・。兄さんたちに、お世話になってるのね!じゃあ、私を早く兄さんたちの所に案内しなさい!」
「まぁ、案内はするけども。フウリはどうする?」
「私は泳いでいるほうから、情報収拾してきましょう」
急に元気に上から目線になったルドに、クリスは二人に合わせたほうがいろいろ情報を聞きだせると踏み、フウリは他の情報源を探ることにする。
「フィリスは俺と一緒だぞー」
「お父さんのことを頼みましたよ」
「うん」
それまで黙って退屈そうに話を聞いていたフィリスを抱き上げるクリス。
「そんじゃ、とりあえず二人のところに行くとするか」
「え、ええ、分かったわ」
話がとんとん拍子に進み、若干ついていけなくなっているルドが、言いよどみながらも立ち上がる。
「ギルドなら安全だと思いますが、何かあったら呼んでください」
「おう」
こうして、フウリは泳がせている暗殺者に極めて平和的に話を聞きに行き、クリスはギルドにいるであろう二人の獣人と妹分を会わせるために行動に移るのだった。
「悪い子はいねぇがぁ」
クリスがフィリスを肩車しながら、ギルドの扉を開きその中へと突入する。
その後ろをおっかなびっくり、若干恥ずかしそうにしてるルドが続けて入る。
クリスの言葉に、受付の仕事も無く暇をもてあましていた受付嬢がびくっとなり、背筋を伸ばしてきりきりと首を動かし、入り口を見やる。
クリスは自分に注目が集まるのも気にせず、お目当ての二人を探す。
「あにさん、今日は遅い出勤すね」
「旦那、もう昼飯時をとっくに回ってますぜ」
クリスが探す間も無く、子連れで突入してきた兄貴分に声を掛けにきたバールにソド、後ろにいる妹分には気づかずにいる。
ルドは久々に見る兄たちと、その子分だと思っていた目の前の背中がまったく真逆の関係であることに驚き、戸惑っている。
「今日は休日の予定だったんだよ!」
「そういえば、あにさん休んでるところ見たこと無かったな」
「確かに、いつもいたな。それじゃあ、またなんでギルドに」
クリスの叫びに疑問をぶつける二人。
「お前らの身内を連れてきたんだよ」
「あ・・・ちょっ」
そう言ってなぜかクリスの後ろに隠れていたルドの背中を押し、二人の前に出す。
「え、えっと。兄さんたち、久しぶり」
「お・・・!?お嬢!」
「ひ、姫さん!?」
クリスの影から出てきたルドを見た二人が、それぞれ驚きの声を上げる。
クリスは密かに、二人が本当にディサンでも盟主と言われる部族の戦士であることにある程度の確信をここでやっと持つことができた。
魔法使いは大事になるとも知らず、暢気に国規模の問題へと首を突っ込んでいくのだった。
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