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第三章
第七話「魔法使いの休日」
「あれ。最近真面目に働き過ぎて休んでねぇ・・・」

クリスが朝食を取っているときに唐突に呟く。

その一言に食卓がしばし停止する。

「・・・そういえば、そうでした、ね?」

「おとうさん、おやすみない?」

いち早く再起動したフウリが、思いだすように記憶を辿り、フィリスがつぶらな瞳でクリスを見上げる。

「今日、休むわ・・・」

「はい、わかりました」

「うん」

クリスの寂しげな発言に、フウリとフィリスがいたわるように頷く。

こうしてクリスの休日が始まった。



しかしながらクリスは最近まったくと言っていいほど休み無く依頼をこなしていたので、いざ休むとなると何をしていいのか分からなくなる。

出足からつまずいたクリスだったが、とりあえず最近めっきりやっていない趣味の錬金をすることにした。

しかし、午前中一杯使い自分の部屋で錬金を繰り返し、無駄に豪奢で性能のいい短刀を作ると、クリスはすぐに満足してしまう。

自分自身は特に使う予定もないその短刀をポケットに無造作に入れると、昼食を取りにリビングへと向かう。

フウリとフィリスは普段、ほとんど昼食を取っていないのだが、今日はクリスがいるということでフウリが用意していた。

「主、午後も錬金ですか?」

「いや、一個出来たら満足しちゃったし、散歩かなぁ」

「それでは私たちと一緒に、買い物に行きませんか?」

食事が終わり、ゆっくりとお茶をすするクリスの午後の予定を聞いたフウリは買いだしに誘う。

フィリスも珍しく遊びに行かずに、クリスの膝の上でお茶を飲みながら返答を待っている。

「お、いいぞ」

「それでは準備してきます」

「じゅんびする」

クリスの了承に、フウリは椅子から立ちあがり、フィリスは膝から飛び降りてそれぞれ準備へと向かう。

といってもフウリは手提げのバスケットを持ち、フィリスは帽子を被って準備は終了する。

親子三人は仲良く市場へと向かうのだった。





オーリの町の市場へと向かう途中に、親子三人にあらゆるところから声がかかる。

「フウリちゃん、今日は家族でお出かけかい?」

「今日も美しいですね、そんなみすぼらしい男と別れて僕と・・・」

「フィリスちゃん、今日はお父さんと一緒でよかったね」

「お義父さん!フィリスちゃんを僕に・・・」

「フウリちゃんの旦那も一丁前になってきたじゃねぇか」

「最近親子一緒のところ見ないから、とっくに愛想つかされたと思ってたんだがな!」

御近所でもいろいろと有名な親子に、様々な声が掛けられる。

三人はその声に律儀に返答していく。

「はい、久々に主が休みなので。この前はお野菜ありがとうございます。美味しく頂きました」

「てめぇ、誰の許可でフウリに声かけてんだ!?散らすぞ!あぁん!?」

「おとうさん、おやすみだから。おばちゃん、おかしおいしかったよ」

「貴様のような奴にお義父さん呼ばわりされる謂れは無い!叩っ切るぞ!あぁん!?」

「主はやればできる子ですからね」

「誰がダメ亭主だ!沈めるぞ!あぁん!?」

近隣住民と心温まる交流をしながら親子は目的地へと向かう。


市場についてからも、様々な店で声を掛けられる一行。

クリスはいまだに再就職を強く勧められている。

「おい、坊主。嫁さんと子供もいるのに、若い内から死に急ぐような仕事するんじゃねぇよ。どうだい?うちで働かねぇか?嫁さんと一緒に!」

「おいおい、八百屋の。それはないんじゃねぇか。うちで働けば八百屋の倍給料だすぜ!もちろん嫁さんも一緒に!」

「雑貨屋の。俺が先に声かけたんだが?」

「うるせぇやい!やるってのか!」

「おう!勝ったほうがフウリちゃんを雇うってことで文句ねぇな!?」

「臨むところだ!」

後ろで勝手に盛り上がる店主たちを無視して、三人は買い物を続ける。

行く先々でフウリが値切り、フィリスがおまけを大量に貰い、クリスが増えていく荷物を持つ。

なんとも家族らしい風景を従えながら、市場を練り歩くのだった。


「さ、さすがに疲れた・・・」

クリスが大量の荷物をテーブルの脇に置き、椅子に座りこむ。

太陽の光が降り注ぐ中、クリスとフウリとフィリスはカフェの窓際のテーブルに陣取る。

昼食時を過ぎてまばらになった店内には、外の喧騒が嘘のような独特の静寂が漂っている。

「お疲れさまです、主」

「おつかれさま」

ぐったりするクリスにフウリとフィリスがいたわりの声をかける。

「とりあえず、買いすぎだ・・・」

両脇に置いた荷物の山を見てクリスが呟く。

「久しぶりに荷物持ち・・・主がいたのでいろいろ買い込んでしまいました」

「本音が隠れてねぇよ!?おれ、きゅうじつ、おーけー?」

クリスが背もたれにもたれかかっていた体を、勢いよく起してフウリに迫る。

「休日に家族サービスする、さすが主ですね。かっこいいですよ」

「おとうさん、かっこいい」

「よし!もう一頑張りしちゃうよ!」

クリスは立ちあがり宣言する。

しかし、直後に疲労を体が思いだし、すぐに椅子にぐったりと座ることになる。

「ふむ、大分お疲れですね、主。私が荷物を持ちましょうか?」

「ふぃりすも、もつ」

「いやいや、少し休憩すれば平気だし。とりあえずなんか頼もう」

二人の気遣いに密かに感動しつつ、クリスは注文をする。

そうしてほのぼのとお茶をする三人であったが、やがて表の通りが騒々しくなっていく。

「どうやら喧嘩のようですね」

「りょうせいばい?」

「フィリス、そんな言葉どこで覚えたの・・・」

フィリスの口から出た言葉にクリスが慄く。

「チンピラ同士のようですが」

「野次馬するのもなぁ」

「けんか、だめ」

クリスがどうするか迷っていると、フィリスが真剣な表情をする。

「成敗するか」

「そうですね、成仏させましょう」

クリスが即座に席を立ち、フウリが物騒なことを言いながら浮き上がる。

「成仏!?」

「うちの子に悪影響を及ぼす前に速やかに・・・」

「激しく同意だけど怖ぇよ!?せめて半分くらいは残してあげて!」

フウリが怪しく笑い、クリスが慌ててひき止める。

「まぁ、とりあえず行きましょう」

「あ、はい・・・」

寂しい背中のクリスがフィリスと手を繋ぎフウリの後を追う。

店から出る際に、荷物を少しの間預かってもらうように頼み、お会計も忘れない気配りのできる魔法使いなのだった。




そうして一行が店から出ると、そこには既に勝者のみが立っていた。

「喧嘩両成敗よ!!」

人の輪が出来る中、勝ち誇るようにチンピラ二人を踏みつける獣人の少女が視界に入る。

「さて、荷物を持って帰るか・・・」

「そうですね」

「りょうせいばい」

三者三様にコメントを発すると、そのまま店に戻ろうとする。

しかし、獣人の少女の背後から近づく影を見つけたクリスは、半ば反射的に腕を掲げ魔法を放つ。

一拍遅れて観衆から悲鳴があがるが、そのときには既に少女に短刀を向けていた影は、クリスの魔法で意識を狩り取られ崩れ落ちる。

「おいおい・・・フウリ」

「ええ」

クリスが何かに気づき、自分の精霊の名前を呼ぶ。

フウリはそれだけで主の言いたいことを理解し、一瞬で獣人の少女を拉致すると空へと消えて行く。

その早業を認識できた人間はおらず、強い風に目を瞑っている間に消えた少女の姿を探す人々を尻目に、クリスは荷物を受け取って、フィリスと共に歩いて家へと向かう。

こうして魔法使いは火種を抱え込むのだった。


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