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第三章
第六話「魔法使いと飲み会」
「で、本当に何しに来たんだよ、おっさん」

「言った通り、ちょっと様子見ってのもあったんだがな。あとは仕事の誘いみたいなもんだ」

クリスとベアードが依頼をこなしてギルドに戻るとまた一騒動あったが、なんだかんだと無事に家まで帰りつく。

そうして、仕事を終えたクリスとベアードが向かい合って話しをする。

フウリは夕飯を作っており、フィリスは外で遊んでいる。

「今、国境警備してるんだったよな、おっさん。さすがにそっちには加われないぞ?」

「ああ、そっちじゃねぇんだ。俺とお前が次暇になるのは大体同じ時期だろう。そのときの話だ」

クリスの依頼内容も大方予想できているベアードは、自分と同じ時期に終わるであろうと予測している。

「まぁ、同じくらいだろな。しかし、その後って。気が早くないか?」

「今は詳しくは言えないが、まぁ、その時期にぴったりの仕事になるはずだから、頭の片隅にでも入れといてくれ」

クリスの問いに、ベアードはあまり要領の得ない返答をする。

その返答を聞いて、クリスはいつも明朗快活なベアードらしくないと思うが、何かあるのだろうと察して突っ込んで聞かないことにする。

「わかった。ま、考えておく」

「おう、そうしてくれ。ところで、いい家だな」

ベアードが腰かけた椅子を軋ませながら体を巡らせ、差し込む夕日を眩しそうに見上げる。

「今頃か」

「がっはっは。たまに泊まりに来るとしよう!」

ベアードはクリスのツッコミを笑って流すと、さらりと宿代わりに使うことを宣言する。

「金取るぞ!」

「こう見えても、金ならたんまり持ってるぞ!」

相手が荒稼ぎしている傭兵団の団長であることを思いだすクリス。

そして自分が財布の紐を握られていることもついでに思いだす。

「これで勝ったと思うなよ・・・」

「おお?」

クリスのしばし考え込んだ後の唐突な悪態に、さすがのベアードも疑問符を浮かべる。

「まぁ、そんなことより。国境付近はどうなんだよ?騒がしかったりするのか?」

「今のところは、賊の討伐のほうが主な仕事になってるな。平和で腕が鈍っちまいそうだ」

「さよか。ま、帝国も動くに動けないだろう」

ガイエン帝国の主力であったドラゴンの養殖場が、何者かに襲われて壊滅状態であり、戦力も大幅に落ちいて、今も復旧の目処はたっていない。

加えて様々なところで火種を抱えている帝国が、更に火種を抱え込もうとはしないだろうとクリスは考える。

「ディサンのほうがまだ忙しいぞ」

「どっちも意地になってるからなぁ」

何かと物騒な情報が集まる立場であるベアードの言葉に、情報通な嫁がいるクリスが返答する。

帝国はその戦力が大幅に減少したときでさえ、ディサン同盟国との戦争状態を継続したのだ。

長く戦争をしている両国にとって、もはや何がその要因になったかは大事では無く、ただどちらがより多く血を流すかに重きを置いた、泥沼の戦争を行っている。

といっても、ここ数年はそこまで激しい戦闘は無く、散発的な小競り合い程度である。

それすらも帝国の戦力が減少してからは、ほとんど無くなっているのが現状である。

戦争中の帝国と同盟であるが、ほとんど自然休戦状態なのだ。

「物騒な話はこれくらいにするか」

「おっさん自体物騒な存在だがな」

「俺ほど平和的な奴も珍しいと、よく言われるんだがな」

ありえないことをさらりと言うベアードに、クリスが驚愕する。

「おっさんが平和的なら、フウリも限りなく平和的に近いなにかになっちまうぞ!」

「がっはっは・・・ありえんな」

「うむ、言っててあれだけど、ないな」

フウリが平和的なところを想像して真顔で否定するベアードとクリス。

「何がありえないのですか、主、客人」

いつの間にか後ろにいたフウリに、二人の顔は驚愕に染まる。

その後、暫く歴戦の傭兵は口すらきけない状態に追いやられたのだった。




「なんで俺と同じことをされてぴんぴんしてるんだ、クリスは」

「普段のコミュニケーションが無かったら危なかった」

食事を囲みながら、やっと復活したベアードの問いにクリスが答える。

「主はあの程度、もう慣れてしまっていますからね、今度からもう少しレベルを上げないといけませんね?」

「いけなくなくない!?ないない!?」

レベルアップした折檻を想像して、余裕の表情から一変、パニックになるクリス。

「おとうさん、だいじょうぶ?」

「あ、うん、大丈夫。大丈夫になった」

フィリスを見てすぐに平静を取り戻す、どこまでも親馬鹿なクリス。

「こう見ると、本当に親子にしか見えんな」

「親子ですから」

ベアードの感想に、フウリが胸を張る。

「まったく、そこまで人間くさい精霊ってのも珍しいもんだな。それに精霊の作った料理を食べるとか、普通に貴重な経験だな。しかも上手いし」

ベアードはフウリの言葉に納得すると、空になった食器を見る。

先程まで口すらきけない状態にあった者の食いっぷりではないほどの食欲を見せるベアード。

「味付けは、主の好みに合わせたまでです」

「美味しゅうございました」

「お粗末さまです」

ベアードと同じく空になった皿に手を合わせるクリスに、フウリが返答する。

食事風景は概ね和やかに進むのだった。


食事を食べ終わり、フィリスを寝かしつけたフウリがリビングに移動し、クリス、ベアードと共に大人三人で酒を飲み交わす。

取りとめもない話をする三人であったが、途中珍しくフウリがベアードに話しかける。

「先程の仕事の話ですが」

「ああ」

フウリの言葉にベアードが頷いて先を促す。

「くれぐれも慎重にお願いしますね」

「・・・分かった」

フウリの言葉に、真剣な表情でベアードが頷く。

クリスは一人蚊帳の外で、フウリとベアードの会話を聞きながら酒をちびちびと飲んでいる。

「まだ大丈夫でしょうが、私が知っているのです。他に漏れるのも時間の問題でしょう」

「そっちも注意しよう」

フウリの言葉にベアードは再度頷き、酒を呷る。

「ま、おっさんもなんか大変なことあったら言えよ。部下に見捨てられるとかありそうだし」

「そこまで耄碌してねぇよ!」

ほとんど話についていけていなかったクリスの言葉に、殊更明るくベアードが答える。

「ベアード、気づかぬうちにというのはよくあります、気をつけなさい」

「うむうむ、気をつけろ、おっさん」

フウリの言葉に、腕を組みながら厳かに頷くクリス。

「ええ、気をつけてください。私の主もよく気づかぬうちに賞金首に・・・」

「なってねぇよ!?」

フウリが言葉尻を濁し、クリスが反論する。

「え?」

「え?」

「え!?」

クリスの反論に、フウリとベアードが疑問を呈し、その疑問にクリスが驚きをあらわにする。

「確か、一生遊んで暮らせるくらいじゃなかったっけか?」

「今は、二人の一生を面倒見ておつりがくるくらいですよ」

何かの額を確認し合う二人に、クリスはそれが何なのかたずねる勇気は無く、逃避するように酒を飲む。

こうして大人たちの夜は過ぎていった。



翌日、ベアードは仕事にもどるために、名残惜しそうにクリス宅を後にする。

「またそのうち来るわ」

「おう、気をつけて。と言ってもおっさんが気をつけるようなことは無い気もするが。ドラゴンに襲われても平気そうだしな・・・」

「風邪もひかなそうですしね」

「脳筋が!」

なぜか気遣いから、罵倒にシフトしていく見送りにベアードも呆れ顔である。

「そんなことより、例の仕事、詳細決まったら知らせるから、頼んだぜ」

「ま、内容によるが、おっさんの依頼だしな。なるべく受けるようにする」

ベアードの言葉にクリスが真剣な顔で頷く。

「そんじゃ、帰るわ。世話になった」

「また来いよ」

「また、いずれ」

「ばいばい、またね」

ベアードの別れの言葉に、家の前まで見送りに出ていたクリス、フウリ、フィリスがそれぞれ答える。

ベアードはそれに手をあげて答えると町の門の方角へと歩いていくのだった。


傭兵が向かう国境の更に先では密かに争乱の種が育ち、その芽がもうすぐそこまで出かかっていることを、魔法使いはまだ知らないのだった。


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