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第三章
第五話「魔法使いと受付嬢の戦い」
「結局、ベアードの兄貴と旦那はどういった関係なんです?」

一息着いて改めて自己紹介した面々は、ギルド直営の酒場のテーブルを占拠している。

「関係も何も、こいつはギバルの一員だぞ。今日は団員の様子を見に来たってわけだ」

「まじすか、旦那!?」

「おお!さすが、あにさん!」

ベアードのさも当然というような態度に、バールとソドはテーブルから乗り出してクリスに迫る。

「嘘をつくな、嘘を!こいつら何でも信じちまうから!」

二人を鬱陶しげに手で遠ざけながら、クリスがベアードに注意する。

「ま、入団予定だな」

「適当言うな!」

ベアードの虚言にクリスが即座に切り返す。

「まぁまぁ、そうカリカリするなよ」

「誰のせいだ、誰の!」

クリスが、頭痛の元凶に叫ぶ。

ベアードは、まだ日も昇りきらない内から頼んだ酒を呷っている。

「しかし部下に働かせて散歩とは、いい上司だな、まったく」

「はっはっは、うちは優秀なのが揃ってるからな、俺が抜けても問題なく帝国兵くらい蹴散らすぜ」

ベアードは酒を置いて物騒なことを言い、口の端を持ち上げる。

「冗談抜きに、あんまり空けるなよ」

「分かってる、まぁ今回は丁度いいから部下に休めって言われてな」

「良い部下だな、おっさんには勿体無いんじゃね」

「がっはっは、そうだな!お前のことも心配してたぞ」

「感動しちゃうぜ」

「鍛錬サボってないかとか、毎日ちゃんと何かしら切ってるかとか、次会ったときに弱くなってたら鍛えなおそうとか、いろいろ言ってたな」

「くそ!脳筋どもめ!俺の感動を返せ!」

頼んだ料理が次々並べられていく中、クリスとベアードは物凄い勢いでそれらを口に運びながら、器用に会話を続ける。

その様子にバールとソドは呆然とするほかない。

「で、だ。クリス」

「なんだ、おっさん」

自分の注文した料理を粗方食べ終わり、隣で呆然としているバールの料理に手をつけようとしてクリスに撃退されたベアードが、真剣な表情を作る。

クリスは身構えながら返答する。

ちなみに獣人二人はやっと我に返って、料理を胃袋に収める作業に移っている。

「今日・・・泊めてくれ」

「わざわざ真剣な表情で言うな!紛らわしい!」

茶目っ気たっぷりに言うベアードにクリスの拳が命中する。

「すまんすまん」

「けっ、どうせもうフウリには了承とってんだろ、好きにしろ!」

まるで痛がらないベアードに、次はもう少し強めに拳をいれようと考えながら、クリスはその頼みを了承するのだった。



全員が食事を終え、クリスとベアードはギルドへと戻る。

バールとソドは既に仕事を受けていたので、そちらへと向かっていった。

「とりあえず仕事受けるけど、おっさんも一緒でいい?」

「おう。一宿一飯の恩義だわな」

「いや、訳分からんし。まぁ、それなら適当なの受けるか」

クリスとベアードは二人でギルドのカウンターへと向かう。

「二人で仕事受けたいんだけど」

顔なじみになってきたカウンターの受付嬢に、挨拶してから用件を言うクリス。

ベアードはその後ろで、傍から見ると睨みをきかせているかのように立つ。

本人は至って普通に立っているだけなのだが、威圧感が半端ないのである。

「え、あ、は、はい!すぐに用意します!!」

受付嬢は、慌てて上司の名前を叫びながら、バックヤードに消えていく。

ギルドの事務所では、最近までの扱いの悪さに、クリスがやばい人を連れてきたと勘違いして騒ぎが起こっているのだが、本人たちはそんなことになっているとは知らずに、どんな依頼を受けるか話し合っている。

「夕方までにできて手ごろな仕事あるかねぇ」

「近場で凶暴な魔物の討伐とか、あればいいな!」

「おっさん以上に凶暴な魔物だと・・・」

「だれが魔物だ!」

クリスが驚愕の表情でベアードを見上る。

そんなクリスにベアードが吼える。

「まぁ、爺ちゃんの茶飲み相手とか、猫探しに駆けずり回るとかじゃなきゃ、なんでもいいわ」

「お前も苦労しているんだな」

ベアードがクリスの肩に優しく手を載せる。

「あ、あの・・・」

二人が茶番を演じていると受付嬢が戻ってきて、言い辛そうに声をかける。

「おう、嬢ちゃん、なんかいい仕事あったかい?」

「い、いえ、あの、お連れの方の何か身分を証明するような物はありますか!?」

受付嬢がちらりとベアードを見ると、すぐに目を逸らして早口に言葉を吐き出す。

「お、そういあ、ここでは仕事受けたこと無かったな。んじゃ、これでいいか?」

ベアードが冒険者としての身分証をだして、カウンターに置く。

「は、はい!暫くお待ちください!すみません!」

なぜか謝罪する受付嬢に首を傾げながらも、二人はまた雑談に興じる。

「しかし、あのクリスが家ねぇ」

「おっさんも所帯くらい持てし」

「いや、団員が子供みたいなところあるしな」

偉そうに言うクリスに、ベアードは照れながら返答する。

「随分子沢山だな!?」

「お前も子供みたいなもんだしな!」

「こんなごつい親父持った覚えねぇよ!?」

ベアードの暴論にクリスが驚く。

「がっはっは、欲しいものがあればなんでも言って見ろ!」

「お、なんか買ってくれるのか?」

父親みたいなことを言うベアードに、クリスが食いつく。

「自分で勝ち取れ!」

「くそっ、脳筋族が!!」

あまりのベアードの発言にクリスが悪態をつきながらも、どこか嬉しそうに言葉を交わすのだった。



そんな表の和やかな会話とは裏腹に、オーリのギルドの事務所は騒然としている。

受付嬢が持ってきた身分証を調べると、恐ろしい事実が分かったからだ。

名のある冒険者を数多く相手にしてきた、ベテランのギルド職員も驚きを隠せない。

なにせ、この間まで冷遇とまでは言わないまでも、届出のあった資料を信じずに仕事を制限していた男が、竜人を連れてきただけでも不穏な空気が漂うのに十分なのに、その連れの経歴がやばすぎたのである。

冒険者としても超一流の経歴を持っているのだが、本職は傭兵であり、素人でも名前くらいは知っているであろう、竜人だけで組織されたギバル傭兵団の団長なのだ。

「ギバルとかやばすぎるだろう!?あそこは、傭兵組合でも一目置かれてて、相当な発言権があったはずだぞ」

「下手したら組合と問題に発展するんじゃ・・・」

「というか、ギバル単体で見ても決して事を構えたいとは思えないだろ。あいつらドラゴンと単体でやりあうって噂だぞ」

「危機的すぎる。責任者呼んで来い」

「ギルド長は今昼飯に出てるって!」

「おいおい、どうする。あんまり待たせるわけにもいかないだろ」

「とりあえず、言われた通りに何か依頼を渡さないと」

「なんかいい依頼ないのか!?高収入でそんなに労力いらない仕事!」

「なんだそのギルド職員勧誘の誘い文句!?本当にそんな仕事あったら、俺らこんなに苦労してねぇよ!」

こうしていくつかの依頼を見繕った職員たちは、ギルドの運命を受付嬢に託すのだった。





「お、嬢ちゃん、待ちくたびれたぜ」

「ひっ。あ、あのこの中からいかがでしょうか!?」

ベアードがいつもの調子で話しかけるが、受付嬢は萎縮してしまう。

「おっさん顔怖ぇから、ほら下がって下がって」

「む、むぅ」

ベアードを強引に後ろへやると、クリスは受付嬢が持って来た複数の依頼書を手に取る。

ベアードもそれを覗き込もうとする。

受付嬢が、「食べないで!?」「おいしくないですよ!?」等と騒いでいるが二人は無視して依頼を吟味する。

そうして一枚の依頼書を選び抜くと、クリスは錯乱中の受付嬢に手渡す。

受付嬢もやっと我に返り、ぎこちないながらもいつもの仕事に取りかかる。

手続きが終わると、二人は揃ってギルドの扉を潜り、依頼へと向かう。

受付嬢はそれを見送ると、その場にへたりこむ。

こうして、勇敢な受付嬢がオーリのギルドの平和を守り抜いた。

しかしそんな死闘があったことなぞ露知らず、魔法使いと傭兵は町を闊歩するのであった。


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