「いってらっしゃい」
フィリスが玄関に立ち、手を振ってクリスを見送る。
その後ろではフウリが、小さく手を振っている。
オーリを拠点にしてからは、よくみかける風景である。
フウリとフィリスに見送られ、今日もクリスはギルドへと足を向ける。
ヴィラエの推薦状のおかげで、オーリのギルドでの待遇が大分改善されたクリスは、町の外での仕事などもこなしていた。
どんな仕事でもそつなくこなすクリスは、それまでの御近所さんの評判も覆すようになっていった。
「あにさん!」
「旦那!」
クリスがいつも通りギルドの入り口を潜ると、待ち構えていたように声が掛かる。
「バールにソドか。どうした?」
声をかけてきた二人に手をあげ挨拶するクリス。
バールとソドは、クリスがギルドのカウンターで駄々をこねているときに絡んできた冒険者二人組みである。
クリスに投げ飛ばされてから、心を入れ替えたように真面目に仕事をしている。
一部では、打ち所が悪かった、と言われている。
実際は、クリスに簡単に負かされて、それまでオーリでもかなりの実力で、持て囃されて天狗になっていた鼻っ柱をへし折られ、世間の広さを改めて認識したのだ。
そうして心を入れ替えて、自分たちの現状の実力を確認し、着実にそれを伸ばしていくために、どんな仕事でも一所懸命にやると決めたのだ。
そのきっかけになったクリスに懐き、まるで子分のようになっている。
クリスはなぜか捨て置けない二人の世話をする間に、仲良くなってしまっていた。
「あにさん!聞いてくれよ!」
「あ!バール、てめぇ!俺が最初に見つけたんだぞ!」
二人が仲良くじゃれあうのを見て、クリスはめんどくさそうにあくびをする。
じゃれあう二人には、特徴的な獣の耳と尻尾が生えている。
バールとソドはオーカス王国から東にいった獣人族が集まってできたディサン同盟国の出身で、生粋の獣人である。
二人が言うには、同盟でも一二を争う勢力を持つ部族の出身で、将来を嘱望されているとのことだが、クリスは話半分に聞いている。
「いちゃつくのは他所でしてくれない?おじさんこれから仕事なんだけど」
「いちゃついてねぇよ!勘弁してくれよ!」
「そうだぜ、あにさん!」
クリスのぞんざいな言葉に二人は勢いよく振り向くと仲良く反論する。
「で、どうしたんだ」
二人が勢いよく喋るので押され気味のクリス。
「どうしたもこうしたもよう!」
「さっきまで竜人がここにいたんだぜ!」
二人が興奮したようにクリスに迫る。
「へ、へぇ、そりゃ珍しい」
竜人を見慣れているクリスは、ふたりのあまりのはしゃぎっぷりに引き気味に対応する。
「だろ!?だろ!?」
「しかもなんと!」
「ギバル傭兵団の証をつけてたんだぜ!」
バールとソドが、息ぴったりに言葉を重ねていく。
竜人を語るその目は、とても輝いている。
反対にクリスはギバルの名を聞いて、げっそりとする。
「なんかギルド内を見回してすぐに出ていっちまったけど。人探しかね」
「ちがうだろ!きっとスカウトだ!」
「相棒、頭いいな!しかし、俺らに話しかけてこなかったところを見ると、違うんじゃね?」
「馬鹿だな、ギバル傭兵団は竜人だけの傭兵団だろ!」
「なるほど!つまり竜人を探してたんだな!」
馬鹿二人が横で盛り上がる中、クリスはこっそりと来たばかりなのに帰り支度を始める。
「あれ、あにさん帰るんですか?」
クリスの動きに、目ざとく気づいたバールがたずねる。
「え、あ、うん、ちょっと急用思いだして」
しどろもどろに返答するクリスに、いぶかしむ二人。
「急用っすか?俺らで力になれることなら、いつでも言ってくださいね!」
「そうっすよ!俺ら旦那のおかげで、目が覚めたんですから!」
「お、おう。なんかあったら頼りにするぜ。今日はとりあえず帰るけど!」
二人の純粋な好意を受けて、クリスは訳も無く後ろ暗くなり、早口で礼と別れを告げるとギルドから逃げ出そうとする。
しかし、寸でのところでギルドの扉が開き、クリスが伸ばした手は空を切る。
「お?」
「げ」
ギルドの扉を潜って入ってきた大きな影を見上げ、その見覚えのありすぎる顔にクリスは声を上げる。
「おお!クリスじゃねぇか!探したぞ!」
そこには竜人であり、ギバル傭兵団の団長を勤めるベアードが立っていた。
「おっさん!なんでここに!?」
ベアードはクリスがギルドにいないことを確認すると、クリスの家へと向かったのだ。
そこでフウリにクリスの行き先を聞き、行き違いになったことに気づいて、引き返して来たのだ。
「なんでおっさんが俺の家を知ってるんだ・・・、最近借りたばっかだぞ!」
ベアードがことの経緯を説明すると、クリスが透かさず突っ込む。
「ん?おお!休暇の後、国境警備の依頼が来てな、ある程度オーカスの国内が落ち着くまでってことで引き受けたんだが。そこにこの前、クリスが護衛した商隊が来たんでな。で、商隊の頭と話したときにお前の話題が出たんで、いろいろ聞いてな」
クリスはヴェラエに自分の家の位置を教えたことを思いだして頭を抱える。
ヴェラエは、ベアードが名の知れた傭兵団の団長であり、またギルドからクリスの見極めを依頼されたときに、資料で二人が何度も仕事をしていることを知っていた。
なので、ベアードのクリスに会いに行くという言葉に、オーリでのクリスの拠点を教えたのだ。
「吟遊詩人の詩は、最高の酒のつまみだったなぁ」
「くそがぁぁぁ!!」
一旦口を止めて、ベアードがニヤニヤとクリスを見る。
クリスはそんなベアードに殴りかかろうとするも、簡単に制される。
「で、だ。折角なんで、様子を見に来たわけよ」
「何が折角だ!」
したり顔のベアードにクリスが叫ぶ。
「あああああ、あにさん!」
「そ、その方とはどういった関係で!?」
二人が傍から見ると高度な、本人たちにとっては適当な挨拶代わりの拳を交えていると、ベアードの登場により固まっていたクリスの後ろの二人、バールとソドが再起動を果たし、声を上げる。
「お?クリスの連れか?俺はベアードっていうもんだ。クリスとは師弟の間柄といっても過言ではない関係だ」
「とうとうぼけたか。いつ俺とおっさんが師弟になったんだよ」
ベアードが好き勝手な捏造をし、クリスが失礼極まりない暴言を吐く。
「え、えーっと」
「な、仲がよろしいのは分かりました」
二人のやり取りを見て、バールとソドは言葉を濁す。
「っていうか!ギバル傭兵団の方ですよね!?」
バールが大事なことを思いだしたかのように、ベアードに勢い込んで尋ねる。
「お、おう。そうだぞ」
「すげぇ!本物だぜ!」
ソドがキラキラとした目でベアードを見上げる。
ベアードは二人の勢いに引き気味になり、その姿を見てクリスが忍び笑いする。
「てめっ!クリス!」
クリスを見たベアードが叫び、注意をクリスに向けようとする。
「そういえば、ベアードさんが探してたのは、あにさんなんですよね」
「ってことは、旦那は・・・」
「竜人!?」
「どこをどう見たら、このおっさんと同種にみえるんだよ!?俺に蜥蜴の血は流れてねぇぞ!」
二人の閃きにクリスが即座に切り返す。
「蜥蜴ってあにさん!?」
「やべぇって旦那!」
二人はクリスの言葉に青ざめ、恐る恐るベアードを見上げる。
「がっはっは!相変わらず威勢がいいな!」
当の本人は特に気にした様子もなく、笑いながらクリスの頭を撫で回す。
「やめろ!ちょっとでかいからって調子のんなよ!」
二人のじゃれあいを見て、バールとソドはほっと息を漏らす。
そんな二人を他所に、魔法使いと竜人は高度な攻撃的挨拶の応酬をするのだった。
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