ヴェラエの商隊は、オーカス王国内でガイエン帝国との国境付近で活動する小さな商隊である。
元々、オーカスとガイエンの仲はよろしくないこともあり、国境付近は治安も悪く、盗賊の類も多い。
しかし、だからこそヴェラエは国境付近を中心に活動している。
もちろん、危険なだけ商隊の数が少なく、稼ぎがいいこともあるが、商隊が来ることによって救われる村も少なくないことが、ヴェラエたちの活動源なのである。
危険地帯を行き交うだけに、それなりの戦力を保持しているので、商隊のみで行動することが多いのだが、時期が時期だけに帝国との国境付近ということもあって戦力を補強する、ということで今回冒険者を雇ったのである。
そして、ヴェラエの商隊は昔馴染みのオーリのギルドに頼まれて、クリスの人となりを確かめるという役目を負っている。
ギルドでも九分九厘信用できるという結論に達しているのだが、町の外での仕事を任せてクリスに不審な動きが無いか、信頼できる者に観察してもらうことによって、確信を得ようとしているのだ。
なにより、クリスが受付でもめたことで、オーリのギルドもこの問題を早く解決しなければいいけないと思い、丁度出発を間近に控えており、ギルドとの付き合いもあるヴェラエの商隊にお鉢が回ったのである。
ヴェラエ自身、随一の剣の腕を持っており、商隊の中に腕利きの者も多いので、クリスに裏があったとしても対処できると踏んだのだ。
ヴェラエの商隊は金が第一ではなく、信念によって行動している部分があるので、ギルドからの信頼も厚く、長年商いをしているために人を見る目に秀でており、この役目に適任だったのだ。
「平和だ」
馬車の中でクリスが呟く。
商隊の人間が警戒を行っているために、クリスたちは暇をもてあましていた。
ヴェラエの商隊は、元々外部に頼らなくても危険地帯を行き来できる程であるために、雇われのクリスたちは、客人に毛が生えたようなモノとして扱われている。
「平和なのはいいことですよ」
クリスと一緒にのんびりしているようで、しっかり広範囲を警戒しているフウリが言う。
「あれ、フィリスは?」
「先程の休憩で向こうの馬車にいた吟遊詩人の方に興味を持ったようで、今は向こうで詩を聞いているようです」
クリスの疑問にフウリが答える。
ヴェラエの商隊には吟遊詩人の他に旅の芸人なども少数ながら同行し、行く先々で娯楽を提供している。
「これが、親離れか・・・」
クリスが、黄昏ながら辛そうに言葉を吐く。
少し前までは片時も離れようとしなかったフィリスが、最近ではたまに一人で行動するようになったことを親馬鹿なクリスは大層気にしている。
「寂しがらないでください、主。私がついてますよ」
「フウリ・・・!」
フウリの言葉に感動したようにその顔を見るクリス。
「例え家賃ほどの稼ぎもないダメ主でも私は離れたりしませんよ。大丈夫です、私が養ってあげますからね」
その言葉がクリティカルヒットしたクリスは、無言で突っ伏す。
「あんたたち、やっぱり夫婦じゃないか。どうみてもダメ亭主とできた奥さんだ」
それまで二人のやり取りを黙って聞いていたヴェラエが、笑いながら言う。
「どこを見たらそんな結論に達するんだ!」
「よく分かっていますね」
ダメ亭主が叫び、良妻が胸を張る。
「はっはっは、仲がいいことで」
二人の様子を見て、ヴェラエが上機嫌に笑う。
ヴェラエは、町を出発して少しの時間で、この二人を信用できると確信していた。
クリスもフウリも無駄話をしているようで、何かがあるとそちらに注意を向け、休憩中も周囲に気を配っていることを、二人を観察しているヴェラエは気づいていた。
なにより、二人が話しているところを見ると、何か裏があるようには思えず、仲のいい夫婦、フィリスもいれると仲良し家族にしか見えなかったのだ。
「ふむ。お仕事の時間のようですね」
フウリが急に立ちあがる。
それまで談笑していた馬車の中の人達もその言葉に反応する。
「この先の道で待ち伏せです。数は少ないですね、10人前後といったところでしょう。道の両脇に隠れています」
「ぼさっとしてないで適当なところで馬車止めな!」
まるで見てきたような口ぶりのフウリに、皆が疑問の視線を向ける中、ヴェラエが号令をかける。
「その必要はありません」
フウリはヴェラエの言葉を遮り、立ち上がる。
「どういうことだい?」
「主と私とフィリスで仕事をしてきます」
ヴェラエの疑問に何事もないようにフウリは返答すると、クリスの襟首を掴み、走る馬車から飛び降りようとする。
「おいまてまて、自分で歩ける、っていうか作戦とかないのか!」
「作戦?・・・ああ、ありますよ。主が戦う、私とフィリスが応援する。完璧ですね?」
「どこに完璧な要素があるんだよ!応援のほうが多いってどうよ!?むしろ応援ってなんだああああ!?」
フウリはクリスの疑問を無視して馬車から飛びたつ。
そのまま凄い速度で、クリスはフウリと共に飛んで行くのだった。
商隊はクリスたちが賊を退治する様子を、段々と近づく馬車から見守っていた。
途中で拾ったフィリスも入れた三人は、賊が待ち伏せしているところに逆に奇襲をかける。
不意打ちに慌て、混乱する賊を尻目にクリスが剣を振るい、魔法を放ち、その意識を刈り取っていく。
フウリとフィリスは、クリスの剣に怯えて逃げ出した賊を捕まえていく。
精霊二人を見た賊は、人質にしようと逃げ出すのを止めて向かっていくが、すぐにその行動が間違いであることに気づき、しかし後悔する暇も無く意識を奪われる。
瞬く間に十人ちょっとしかいなかった賊は、余すこと無く捕まることとなった。
結局、ヴェラエの商隊が追いついたころには全て終わっていた。
「本当に三人で方を付けちまうとはねぇ」
呆れたような顔をするヴェラエ。
「まぁ、あんまり統率も取れてなかったし、少なかったし」
「がんばって、てかげんした」
自慢げにフィリスが胸を張る。
その仕草はどこかフウリに似ている。
「いい子ですね、フィリス。上手に焼けています」
服やら髪やらが焦げた、しかし身体には異常なさそうな賊を見てフウリが褒める。
その傍らには、焼け落ちた剣が転がっている。
「こ、これで手加減したのかい・・・」
ヴェラエが驚きを隠さずに、その惨状を見回す。
「うちの子は天才じゃないか!?」
「馬鹿ですね、主」
そんなヴェラエの呟きを聞かずにクリスが叫び、フウリが馬鹿にしたような視線を送る。
「なんだと!?」
「私は昔から気づいていました」
フウリはすまし顔でフィリスの頭を撫でる。
「お、俺だって気づいてたし!フウリより前から気づいてたし!ほんとだし!」
「はいはい、そういうことにしておきましょうね」
クリスが顔真っ赤に反論し、フウリが涼しい顔でいなす。
商隊の面々が微笑ましく見守る中、そんなやり取りを続ける親馬鹿二人であった。
その後、戦いの様子を見ていた吟遊詩人が詩を作って披露したりといろいろあったが、ヴェラエの商隊は無事に目的の町まで辿り着く。
「依頼はここまでだね、助かったわ」
町に入り、賊を警備隊に引き渡すと、ヴェラエはクリスたちに礼を述べる。
「こっちこそ。また機会があれば宜しくお願いします」
クリスが頭を下げる。
「ええ、是非。これはささやかながら、あんたたちへのお礼だよ。ギルドへの推薦状みたいなものだから、出せば少しは待遇も改善されると思うわ」
「それは、あなたから見て合格ということでよろしいのですか?」
封筒を差し出すヴェラエにフウリがにこやかに質問する。
「ああ、そう受け取ってもらってかまわないさね」
にやりと笑ってヴェラエが返す。
「また、何かあったときは依頼するよ」
去っていくヴェラエが、振り向かずに手をあげる。
それを見送り、魔法使いとその精霊たちは家への帰途へとつくのだった。
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