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第三章
第二話「魔法使いと町の日常」
家を借りたクリスたちは、新しい生活をスタートさせた。

フウリは主に家事を行い、フィリスは近所の子供たちと遊ぶようになった。


クリスはこまごまとしたギルドの依頼をこなす日々を送っていた。



「フィリスちゃん、遊ぼうぜ!」

「フィリスちゃんは私たちと遊ぶのよ!」

クリスの家の前では、フィリスを遊びに誘いに来た男子グループと女子グループが丁度かち合い、火花を散らしていた。

男子グループは、前にチンピラに絡まれていたのを助けられたことから半ば自分たちのリーダーのような扱いをし、女子グループは、フィリスの容姿と舌足らずに話す姿にハートを撃ち抜かれて骨抜きになっていた。

「ん」

呼ばれて出てきたフィリスは、玄関の前の静かな抗争を見て頷く。

「今日は俺たちがフィリスちゃん、いや!ボスに喧嘩を教えてもらう約束をしてるんだ!」

「なにがボスよ!フィリスちゃんは私たちとおままごとするのよ!」

男女それぞれのリーダーが火花を散らし舌戦を繰り広げる。

「きょうは、みんなでかくれんぼ」

「了解だ!ボス!」

「一緒に隠れましょう、フィリスちゃん!」

瞬時に抗争の炎は鎮火し、いつも通り皆で遊ぶのだった。





いつも通り家の掃除を終えたフウリは、支度をして市場へと向かっていった。

市場には威勢のいい声が辺りに響き渡っている。

国境付近で最大の町ということもあって市場も賑わっている。

その中を悠然と歩くフウリ。

その表情とは裏腹に、目的の物とお買い得の物の値段を比べ、瞬時に計算し、ある程度考えていた献立を修正していく。

「おう!若奥さん!サービスするからどうだい!」

八百屋の店主が泥のついた野菜をフウリに向けて、いい笑顔で勧めてくる。

「ふむ。美味しそうですね、買いましょう」

「まいど!おまけしとくよ!」

八百屋の店主は、おまけを大量に詰め込みはじめ、フウリは店先の一つの野菜を手に取る。

「ありがとうございます。ところで、世間話なのですが。南のほうは今年は豊作だったようで、近々新鮮な物が大量に流れてくるでしょうね」

「・・・おまけしとくよ!」

フウリの手元を見て店主は少し考えると、おまけを更に追加していく。

「ふふ、おまけをいっぱいされてしまうと、また世間話をしたくなってしまいます。店主は商売上手ですね」

「おいおい、若奥さんには負けるぜ」

毎回、いろいろな世間話をもって来るフウリの言葉に店主は頭をかく。

予言じみたフウリの世間話に何度も損をしないで済んでいる店主は、すっかり頭が上がらない。

「まったく、うちで働いてもらいたいくらいだぜ」

大量に包んだ野菜をフウリに渡しながら店主が笑いながらぼやく。

「永久就職してますので」

フウリは野菜の沢山入った包みを受け取りながら、澄ました顔でそう言って颯爽と次の買い物へと向かうのだった。







三人はオーリの町に来てからはそこまで大きな仕事を受けていない。

そのため、クリスはあまり稼ぎが良くないと思われており、ご近所の方々には、「出来た嫁さんと可愛い娘さんがいて若いんだから、冒険者なんて危ない職はやめなさい」と良く言われている。

商店の旦那などには、「うちで働くか?」と、商品ではなく就職を勧められる始末である。

そんなクリスであったが、最近にしては珍しく町の外での仕事、商隊護衛の依頼を引き受けて、フウリとフィリスを連れ立って向かうところであった。




クリスが商隊の護衛を引き受けることになった経緯は複雑である。

元々、オーリの町のギルドでは、クリスを計りかねている現状があった。

王都ではそれなりに名の知れた冒険者だということはオーリのギルドでも分かっており、クリスがオーリに拠点を移したときに、詳しい資料を取り寄せて調べたのだ。

結果、その冒険者の経歴が、大層おかしいことになっていることが判明した。

魔法使いなのに主な武器は剣であり、ドラゴンキラーの称号まで持っている時点で、何かの間違いであると判断されてもおかしくない。

こなした依頼は所々不自然な空白や塗りつぶしがあったりと、はっきりしない資料も相まって怪しさ大爆発なのだ。

そもそも、オーリの町を拠点に活動をする経緯もはっきりしない部分があり、王都のギルドに問い合わせても要領を得ない返答しか返ってこなかったために、オーリのギルドではクリスに対し警戒さえしていた。

なので、ギルドはクリスに小さい仕事しか回さなかったのである。

しかし、そんな事情を知らない周りの冒険者は、実力がないので小さい仕事しか回されない、と勘違いしていた。

そして事件は起きた。



「家も借りたし、大きい仕事をしたいのだけど。具体的には犬猫探し以上の仕事。お爺さんと茶のみ話するみたいな仕事も勘弁な!」

オーリの町に住む、自称元凄腕冒険者のお爺さんの冒険譚をリピートで何度も聞かされたクリスは、断固その手の依頼を拒否する。

「それでは、市場の手伝いの依頼をお願いします」

「どうみても荷物運びです。たまには稼ぎのいい仕事もしたい!」

クリスはオーリのギルドのカウンター前で駄々をこねていた。


小さい仕事ばかり回されて、いい加減イラついており、家を借りたこともあり、実入りのいい仕事をしたかったのだ。

「困りましたね。他にクリスさんに回せる仕事は・・・」

ギルドの女性職員が言い辛そうに言葉を濁す。

「そこをなんとか!ね!?」

クリスが職員を拝み倒す。

「おい、坊主。ねえちゃんが嫌がってるだろ」

「お前みたいな三流に、稼ぎのいい仕事なんぞ回ってくるわけないだろ」

がらの悪い男が二人、カウンターで駄々をこねるクリスに向かっていく。

ギルドの受付嬢はその二人を見て、露骨に嫌そうな顔をする。

二人はオーリのギルドを拠点として活動する冒険者で、口と態度が悪くしょっちゅう問題を起すが、腕が立つためギルドでも扱いに困っていた。

「ん?」

二人組みのうちの一人が、クリスの肩に後ろから手をやり、強引に振り向かせる。

クリスはその二人組みを視界に収めると、普段あまり使わない脳をフル回転させ、現状をどう打開するかを考える。

クリスの脳内では、この二人を上手く張り倒して実力を示すことで、ワンランク上の仕事を貰えるようにするという筋書きが出来上がる。

「なんだ?びびって声もでないのか?ああ!?」

「おいおい、可愛そうだろ。いじめるなよ」

二人組みが騒ぐ中、クリスは脳内で結論を出すと、即行動に移る。

「息が臭いぞ、死んだ魚を放置したような臭いだな、そんな臭い撒き散らして周りへの配慮もできんのか、そんなだから女にもてないんだよ、それで男同士でつるんでいちゃいちゃしてんのか、いちゃつくなら人目の無いところにしてくれないかね、最低でも俺の視界に入らないでくれ、あといい加減この薄汚い手をどけてくれよ、っていうか体臭もやばいよ、服装も自称ワイルドだけど傍から見ると汚いだけっていう典型をいってるね、ちょっと勘違いしちゃってるのかなぼくちゃんたち、そもそも人を三流呼ばわりできるほどの実力があるの、あんたら相手なら負ける気しないわ、もちろん二人同時でかかってきていいよ?」

散々に挑発するクリス。

それまで黙っていたクリスがいきなり口を開き、罵詈雑言を重ね始めたことに、二人組みは一瞬呆気に取られる。

そして徐々にクリスの言葉を理解してくると、怒りに顔を赤くする。

「てめぇ!」

「調子に乗るなよ!」

二人が同時にクリスに殴りかかる。

その拳は、しかしクリスに当たる直前に簡単に目標を見失う。

次の瞬間には、二人は腕を捕まれて投げられ、床に這いつくばることになる。

二人の犠牲者が床とキスする姿を見ること無く、クリスはいい笑顔でギルドの受付に振り返る。

受付嬢やその他のギルド職員は、ただ驚愕の表情でクリスを見続けるのだった。





数日後、オーリの町の門の前で、小さな商隊が出発の準備をしていた。

そこにクリスたちも合流する。

一悶着あった翌日、クリスはギルドから商隊護衛の依頼を正式に受けたのだ。

「ちょいと!坊やたちが依頼受けてくれた護衛かい?」

荷馬車への積み込みを確認していた女性が、クリスたちに気づき声を掛ける。

「そうです、宜しくお願いします」

クリスは挨拶しながらギルドで書いた依頼書を渡す。

「確かに。私は商隊の頭やってるヴェラエだ。こちらこそ宜しく頼むよ」

クリスから依頼書を受け取ったヴェラエは、それを確認し、クリスたち三人に視線を移すと頭を下げる。

「しかし、親子連れとはなかなか剛毅だねぇ」

「いやいやいや!?渡した紙にちゃんと精霊だって書いてあったでしょ!?」

「妻です」

「むすめです」

ヴェラエの言葉に突っ込むクリスと、乗っかるフウリとフィリス。

「おいいい!!フィリスまでそんなこと言って!お父さんそんな子に育てた覚えありませんよ!?」

「私に似てしっかり自己主張できる子になったようですね、嬉しいですよ」

フィリスの言動に衝撃を受けたクリスは喚くが、フウリはフィリスの頭を撫でている。

しばらくして、賑やかな魔法使いと精霊たちを加え、準備を終えた商隊はゆっくりと動きだすのだった。


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