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第三章
第一話「魔法使いと家選び」
「そうだ、家を買おう」

クリスが宿屋のベッドの上で、いい事を閃いたという風に手を打つ。

「どうしたのですか、急に。可哀想に」

「おい、尋ねといて結論を出すな。そして違うぞ、頭は正常だ」

フウリの哀れみの視線をクリスが否定する。

「おとうさん、かわいそう?」

「フィリス、いい子だからフウリの言葉を信じるのは止めよう」

フィリスの疑問にクリスが早急に対応する。

クリスたちは、オーリの町の宿屋にいた。

ステインの計画後しばらく王都を拠点に活動していたのだが、国からの依頼で帝国との国境付近を中心に活動することになったのだ。

もちろん、国境の軍隊も増強されてはいるので、どちらかというと保険の意味合いが強い、というのがクリスとフウリの総意である。

「ほら、まだ来たばっかりで宿住まいだけど。これから数ヶ月いないといけないんだし、どうせなら家借りたほうがいいかもと」

高級宿に泊まりでも問題なくやっていけるほどの多額の報酬が、依頼が終了するまで毎月支払われることになっているのだが、クリスはもちろん知らない。

財布の紐どころか、依頼の報酬に関してもフウリが交渉して決めているためである。

ちなみにクリスが交渉するよりもフウリが交渉したほうが、同じような内容の依頼でも確実に報酬は増加している。

そして元々貢物以外の金銭感覚は普通のクリスからすれば、何ヶ月も宿に泊まるというのは贅沢すぎる部類に入るのだ。

「ふむ。主にしては珍しくいい意見を言いましたね、えらいえらい」

「なんでそんな子供扱い!?っていうか仮にも主に向かって言うことか!?」

「仮にも使役している精霊に、財布の紐を握られている主に向かって言ったことですが?」

「あ、はい」

フウリの的確すぎる言葉に、クリスはただ返事を返すことしかできなくなってしまう。

クリスの下がった頭を。フィリスが楽しそうに撫でている。

概ねいつもの光景であった。




クリスたちの家探しは、話が出た翌日から行われた。

オーリのギルドで聞いてみると、すぐにいろいろな資料が出てきたので、それを元に三人は家探しへと行く。

「そういえば、王都でも居住区にはあんまり馴染みなかったなぁ」

周りの家々を見渡しつつ、クリスが思いだしたように言う。

時折遊び声が響き、フィリスが興味津々に走る子供を目で追っている。

フウリはそんなフィリスと手を繋ぎ歩いている。

「そうですね。私も一般居住区はあまり入ったことがないです」

「ぶっちゃけどこ見て選べばいいのか分からないんだけど」

クリスが期待を込めた目でフウリを見る。

「普通、精霊に家選びのことを聞きますか?まぁ、ある程度は分かりますが」

「さすがフウリ先生!頼りになっちゃうね!」

フウリの言葉に、クリスがはしゃいでおだてる。

「まったく、仕方ない主ですね」

フウリはため息をつきながら、どこか嬉しそうにしていた。




「ここが一件目だ」

「ふむ、少し大きすぎませんか」

クリスたちの家選び栄えある一件目は、かなり大きな家であった。

「とりあえず資料にあった家で一番大きいところから順に周ろうかと」

「主は馬鹿可愛いですね、普通は大きさとか予算とか考えてある程度絞り込むでしょう。あと、買いませんよ?」

「え!?買わないの!?」

「永住するわけではないのですから、借りるだけで十分です」

フウリが呆れたようにクリスから資料を取り、ぺらぺらとめくっていく。

資料を取られたクリスは、どこか所在なさげにフィリスの手を取って遊んでいる。

「さて、行きますよ」

「はい」

資料から顔を上げたフウリは、大体の当たりをつけたほうへと歩きだす。

クリスとフィリスはその後ろをついていく。

「まず、元々が宿屋より安くすませるために家を借りるのですから、宿に泊まっているときよりも経費がかかるところは論外ですよ?」

「はい・・・」

道を歩きながら、クリスはフィリスの言葉を神妙に聞いている。

「次に、あまり大きすぎても維持が大変なので、人数に適した家を選びましょう。そして、周りの環境、例えば治安や騒音、市場やギルドへの近さなども考慮に入れましょう」

来た道を盛大に戻りながら、フウリはクリスにも分かるように話を進めるのだった。



「さて、まずはこの家です」

「ふむ、周りも綺麗だし、うるさくも無いな」

クリスは周囲を見渡しながら判断する。

「市場からもギルドからも少し遠いですが、許容範囲ですね」

「じゃあ、ここにする?」

「即決しないで下さい。実際中を見ないとダメですよ」

クリスの言葉をフウリが嗜める。

「え、入れるの?」

「大家さんが近くに住んでいるので、行けば案内してくれるか鍵を貸してくれるでしょう」

「おおー!早速行こう」




万事そんな感じで家巡りをした三人は、相談するためにギルドに戻ってきていた。

「どこも甲乙付け難いな。というか周って思ったんだけど、ぶっちゃけどこでもいい」

「主はだめだめですね」

「おとうさん、だめだめ」

本音を露にするクリスを、呆れたようにフウリとフィリスが見やる。

ギルド直営の夜は酒場、昼は食堂、というスペースで、昼食時も過ぎて閑散としているのをいいことに、テーブルを占拠して話し合う三人。

既に店員と顔見知りなので、特に何か言われることもない。

そもそも、ほとんどの店員が、フィリスの愛くるしさにノックアウトされているのである。

酒場兼食堂のコックもノックアウトされているため、日に日に子供向けのメニューが追加されていく。

副次効果として、甘味が増えたために女性客も増え、売り上げに貢献している。

「そんなこと言われてもなぁ。どこも同じに見えてきて」

「仕方ないですね。フィリスはどこか住みたい家はありましたか?」

クリスでは決められないと判断したフウリは、フィリスに決定権を渡す。

そもそも、周った家々は、フウリ基準で厳選されたために、同じレベルの物件が多かったのだ。

フウリ的にはクリス同様、その中であればどこでもいいのである。

「さいごにいったいえが、いい」

「ほほう、なんで?」

フィリスが珍しく自分の意見を言い、クリスが興味から聞き返す。

「にぎやかだった」

最後に行った家の周りでは、子供たちが遊び回り、主婦たちが井戸端会議をしていたことを思いだすクリスとフウリ。

「確かに、他のところより賑やかだったな」

「そうですね、あそこなら市場に近いので私も賛成です」

娘の一言で借りる家を決めた親馬鹿二人は、早速手続きをしに行くことにする。


こうして、魔法使いたちは小さな家を借りるのだった。


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