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第二章
第十八話「魔法使いと工作員」
彼女は生まれたときから一人だった。

世話をしてくれる人はいたが、家族はいなかった。

籠の外にでることも叶わず、ただ窓から外を見るだけの日々。

侍女と話すことだけが、唯一の楽しみであり、彼女の情報源でもあった。

侍女との話で、自分の境遇をある程度知ることができた。

そうして、兄がいることを知った。

そのときに彼女の脳裏によぎった思いは、憎悪であった。

なぜ兄は自由奔放に生きられて、自分だけがこのような生活を強いられなければいけないのか。

兄と自分で何が違うのか。

何故違うのか。

何故、なぜ、ナゼ・・・

そんなことを考える日々が続いたある日のことだった。

彼女の部屋にその兄が来たのだ。

彼女は驚いた。

ただただ驚愕して、会ったら言ってやろうと思った恨み言も出てこなかった。

その代わりに、彼女の胸中は嬉しさに溢れていた。

兄が語る外の話はどれも面白く、時間を忘れて聞き入った。

その日、日が落ちて兄が帰ることになると、それまで憎んでいたとは思えないほどにその別れが名残惜しいものとなっていた。

だが、次の日からも兄は彼女のところへと遊びに行ったのだ。

妹は兄が来るたびに大変喜び、それを見て兄も喜んで様々な話をした。

兄妹の密会は長い間続いた。

しかし、とうとう彼らの父である王の知るところとなり兄と妹の密会は終わってしまった。

兄が来なくなってしまったことに妹は酷く落ち込んでしまった。

そうして妹は一層塞ぎこんでしまうようになった。

その状況を心配した侍女がこっそりと兄のお付きの侍女と連絡を取り、兄と妹の間を受け持とうとした。

その企みは成功し、兄と妹は手紙でのやり取りをはじめた。

それは兄が魔法学院に進むまで続いた。

兄が学院に行ってしまってからは、妹は何度か落ち込むことがあったが、そのたびに宝物として大事にとってある兄の手紙を読んで元気をもらっていた。

そんなある日の夜のことだった。

妹はいつものように塔の部屋のベッドで本を読んでいたところ、不意に扉を小さく、しかしはっきりとノックする音が響いた。

何度となく響くその音に、妹は好奇心に勝てず扉に手をかけ、鍵を開けてしまった。

そこには、少し服が乱れた兄が立っていた。

妹は驚きに目を丸くし、兄はそんな妹を愛おしげに落ち着くまで見守っていた。

そうして、落ち着きを取り戻した妹に兄は誕生日のプレゼントを手渡した。

妹にとって誕生日を祝われるのは初めての経験だった。

毎年、妹の誕生日には王の命令で侍女ですら部屋への出入りがないのだ。

そんな中、兄は決して安全とは言えない道のりを乗り越えてやってきた。

それを察した妹は一歩、兄に近づく、とそこで兄の後ろの廊下で周囲を警戒している男が目に入った。

男は兄妹のほうは見ていなかった。

妹の視線の先に気づいた兄は小さな声でその人物が自分の友人であることを妹に告げた。

妹は驚き、そして好奇心から話をしてみたいと思ったが、思いもよらない人物の登場でその希望は潰える。

彼らの父、王さまが廊下の向こうから複数の騎士を連れてやってきたのだ。

すぐに兄は妹を部屋に戻し、その扉を閉めた。

その後、兄と兄の友人は王と騎士を全員気絶させて塔の外に放置して帰途についたのだった。

妹にとってその日のことは、一年たった今でもよく覚えている、宝物の記憶だ。

そうして、一年前の誕生日と同じようにその扉は静かにノックされるのだった。











「そこを動くなよ、冒険者風情が!!貴様らの動きなんぞお見通しだ!!」

ガルンド宰相は、そう言うとこれ見よがしに捕らえられた姫をあごでしゃくる。

「貴様が下手な動きをすれば、この娘がどうなるか、わかるだろう?」

両手を結ばれ口を布で塞がれた格好の姫がうめく。

「おとなしくそこをどけ!!」

叫ぶ宰相を見据え、クリスは力を足に込める。

『フィリス、合図したら目くらまし頼む』

『わかった』

二人は契約を通して意思疎通を図る。

『3、2、1、いま!!』

フィリスの目くらましと同時に、クリスは足に込めた力を解放して、一瞬で宰相の後ろの姫さまを攫う。

そして宰相たちから間をとったところで止まる。

「な・・・!くそっ!!その娘を渡せ!!」

そう喚く宰相を無視して、クリスは姫さまを下ろす。

「いろいろ聞きたいこともあるだろうけど、城のお兄さんのところへ行ってくれ!」

「わ、わかりました!」

駆け出す姫を見て、宰相の部下がそれを追おうとするも、クリスに邪魔され先へと進めない。

「いかせねぇよ!」

「冒険者風情がぁぁ!!」

クリスと宰相の部下の剣が激しくぶつかり合う。

隙をついて姫を追おうとしたもう一人の部下をクリスは魔法で吹き飛ばす。

『おとうさん、何かくる!』

フィリスの警告が戦っているクリスに届く。

クリスはすぐさまその場を飛び退く。

次の瞬間には、クリスのつい先程までいた地面が、宰相の部下を巻き込んでえぐれる。

一旦間合いを置いたクリスと対峙するように、宰相の近くに男が空から降りてくる。

「ガルンド宰相、姫は?」

帝国の工作員である男、ハイドラはクリスを警戒しつつガルンドに質問を投げかける。

クリスは、降ってきた男が王都についた日にフィリスがぶつかった商人風の男であることに、密かに驚く。

「ひ、姫はそいつに奪われた!す、すぐに追わせる!!」

「必要ありません」

宰相が大汗をかきながら説明するが、ハイドラは取り合わない。

「そ、そうか?」

「ええ、必要ありません。・・・あなたも」

ハイドラが静かにそう言うと、宰相は一瞬驚いた顔をして、しかしすぐに倒れ動かなくなる。

周りにいた宰相の部下たちが動こうとするも、すぐに宰相と同じように倒れる。

「まったく無能すぎる。あなたもそう思いませんか?」

そう言ってクリスを見るハイドラ。

クリスはそれに答えず、この状況をどう打破するか考える。

「ふむ、つれませんね。あなたが精霊と別れて城に向かったと聞いて折角追ってきたというのに」

「こっちとしては、とっととお国に帰ってもらいたいものだけどな、帝国人」

「そうもいきません。あなたを見逃したとあっては、軍に何を言われるか分かりませんからね」

「やっぱり帝国か」

「おっと、これは口が滑ってしまいました」

ハイドラは特に失敗したという顔もせずに、リラックスした様子で会話を続ける。

「なぜ宰相を殺した」

「使えそうなら、生かして連れて帰るつもりだったのですが、どうにも使えない人のようでしたので」

ハイドラは肩をあげ、首を振る。

「さて、もういいでしょう、これ以上話していると、衛兵やらが来てしまいますからね」

そう言うとハイドラの精霊が姿を現し、クリスに襲いかかる。

人型を取っていることから、高位の精霊だとクリスは判断する。

「フィリス!!」

クリスの叫びと共に、フィリスが姿を現し、風精霊の進路を妨害する。

クリスは一気に術者であるハイドラに切りかかるも、ハイドラはひらりとその剣をかわすと、杖らしきものを取り出し、それをフィリスに向ける。

「避けろ!フィリス!」

クリスはその杖が精霊封じであることを瞬時に察し、フィリスに警告するが、風精霊に動きを制限されていたフィリスはその光に当たってしまう。

光の檻のようなものに包まれるフィリス。

「さて、これで二対一ですね」

「くっ」

クリスはフィリスを包んでいる檻目掛けて剣を突きたてようと突進するも、ハイドラの風精霊に阻まれる。

「無駄ですよ」

間合いを詰めた男が精霊と連携してクリスを攻め立てる。

クリスはそれをなんとか守りを固めて防いでいる。

「ほう、よく防ぎますね」

「く、そ、がぁぁ!!」

剣と魔法で防御するクリスに、余裕をもって攻撃を加えるハイドラ。

段々と押され、後退するクリスをハイドラとその精霊は容赦なく追い詰める。

その様子を見て、フィリスはどうにかこの光の檻から脱出できないかと試みる。

攻撃を加えてもびくともしない檻を攻めあぐねていると、ハイドラの精霊の一撃をくらって大きく吹き飛ぶクリスがその視界に入る。

フィリスの感情が高ぶる。

声にならないような悲鳴を上げ、精霊封じに向かって全力の炎を叩き込む。

同時にフィリスの胸元にしまってあったペンダントが輝きを放つ。

その輝きは、檻を貫通し、それを破壊しつくす。

フィリスの全開の炎が、そのままハイドラの精霊に一直線に向かう。

着弾すると、轟音と共にその精霊を吹き飛ばす。

ハイドラと、攻撃から立ち上がったクリスが呆然と見守ることになる。

「おとうさん!」

その叫びに現実に戻ったクリスが、未だ呆然と立っているハイドラ目掛けて一直線に駆け、剣を振り下ろす。

クリスの剣をすんでのところで何とか避けたハイドラは、自分の精霊が立ち上がるのを見て戦闘を続行する。

「フィリス、風精霊を頼む!」

「ん!」

役割を再確認したクリスとフィリスは、畳み掛けるようにハイドラたちに向かう。

クリスとハイドラの剣がぶつかり合う。

「驚きました。まさかあなたの精霊が、あれを持っているとは」

「露店で買っただけだけど、な!!」

剣を振り下ろすクリスに、それを受け止めるハイドラ。

「部下が指輪と一緒に出荷してしまって、探していたのですよ」

普通の精霊は精霊封じを使われると動くこともできないので、その対策として自分の精霊に精霊封じを無効化する加護を持つアクセサリーを持たせようと、ハイドラは本国からそれを取り寄せたのだが、途中で部下が魔力を奪う指輪と共にそれもオーカスの王都の市場に流してしまったのだ。

「有難く使わせてもらっているよ」

「ふむ、しかしあなたの風精霊のほうにも精霊封じはあるのですが、大丈夫ですか?」

脅すように言うハイドラに、クリスは爆笑したい衝動を押さえて、なんとか剣を振るう。

「最高のジョークだ、帝国の軍人にもユーモアのセンスはあるんだな」

「ほう?」

目を細めて、いぶかしむようにクリスを見るハイドラ。

「あのフウリが、精霊封じごときで足止めできるはずが無いだろう?」

クリスが不敵にあざ笑う。

それを更に目を細めてハイドラが見る。


二人は話ながらも、相手を倒そうと剣を繰り出す。

単純な剣の腕だけならクリスが上だが、ハイドラはふんだんにある魔力を使ってその差を埋めてくる。

一方クリスは冷静に状況を分析していた。

一瞬のハイドラの隙を突いて、大きく間合いを空けたと思うと、反転し、剣を勢いよく振り上げるとそのまま振り下ろし、途中でクリスは剣から手を離す。

ものすごいスピードでクリスの魔剣が飛んで行き・・・

クリスの狙い通り、ハイドラの精霊に突き刺さる。

結果を見届けることもせずに、クリスは予備で腰に下げていたナイフを抜き放つと、姿勢を低くし、ハイドラ目掛けて飛びかかる。

ハイドラは間一髪よけるが、その体に大きく切り傷がつく。

ハイドラの精霊は、魔剣に魔力を吸われ、抵抗空しく崩れ落ちる。

それを確認したハイドラは、傷を押さえつつ後方に飛び、クリスから距離を取る。

「どうやら、私の負けのようです」

「諦めがいいな」

「ええ、今回の任務は本当についていないことばかりでしたからね」

そう言って笑うハイドラ。

「任務先の村では子供に捕まるし災難でした。そして一番の災難は、相棒を失ったことですかね」

「その村で何をしていた!」

クリスは心当たりのある話に声を荒げる。

「ふむ。なに、ちょっとした実験ですよ。結局あなたに倒されてしまいましたが」

「おまえ・・・!」

言い募ろうとしたクリスだったが、城のほうから衛兵の声が聞こえ、ハイドラが動き出す。

「今回は引かせていただきます。が、いつかあなたに屈辱を与えます」

ハイドラは自分の精霊がいた場所をちらっと見た後、魔法により急上昇し、ぐんぐん遠ざかる。

クリスもフィリスも追撃するほどの余力は残っておらず、クリスに至っては吹き飛ばされたときのダメージもあり、その場に座り込む始末だ。

王子が衛兵を引き連れて来るのが見え、その後ろには姫さまがいることを確認し、クリスは安心して意識を手放す。

寝転がるクリスに気づき、フィリスが慌ててその体に抱きつく。

そうして、聞こえてくるクリスの寝息と、体に目立った傷が無い事に安心する。




魔法使いは友との約束を果たし、しばし眠りにつくのだった。


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